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スマイル16・バーベキュー
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突如現れた、邪魔な女二人を俺様の勝手で追い返す訳にはいかねえから、予定通り、今からバーベキューの準備を始めることになった。
今までだったら、俺の思った通りにならない事なんて一度もなかったのに・・・・。
先ずはホールに入って、荷物を置いた。
予想通り、本当に何もないただの広いホールだ。しきりすらねえ。
電話も無いようだから、チャーターは絶望的だ。あれだけ張り切って用意した初夜グッズは、全部ボツだ。着の身着のままっつーワケか。上等じゃねーか!
こうなりゃもう、成り行き任せだ。
しかし、ここに全員で雑魚寝かと思うと、頭が痛くなる。
この際手狭でも何でもいいから、せめてもう一部屋あれば何とかなったのに。
準備ができるまで、ガキ共は遊んでおくようにと解散させた。
遠くへ行かないよう美羽が注意したが、話半分だった。前の桃遠足の時と一緒だな。
見渡すと、ガキ共は何もないホールや外で思い思いに遊んでいる。今のところ、全員の姿が確認取れている。行方不明になってるヤツはいねーようだ。
俺は、準備係をさせられた。
江里が貰った食材が届いたので、あれこれ運搬し、皿の準備やら火おこしやら、エラくコキ使われた。
女共は、ガキ共を見張りながら食材の調理にかかっている。人数が多いから手分けしてやるらしい。
男は俺様だけだからな。だから、全般的な運搬や力仕事的な事を一人でさせられた。
女子は調理の方に固まって、勝手に盛り上がってよろしくやっている。
もしかして今日、便利屋代わりに呼ばれたんじゃねーだろーな。
はあぁ。俺、何やってんだろ。
心の支え――あのウキウキとしたテンションは、一体どこへ行ってしまったのか。楽しみをもぎ取られてしまった今、何時もの元気が出ねえ。文句の一つも口に出すのさえ、もう、なんかしんどい。
俺は、今日この日を迎えるためだけに、必死に頑張ってきたっつーのに・・・・。
この休みを取るのに、どれだけ苦労したと思ってんだよ、コラ!
神も仏もねーぜ。ちくしょー!
俺様の苦労を返せ――――っ!!
あー疲れた。
とりあえず机やら椅子やらの準備も終わったし、見回してもガキ共は大丈夫そうだし、手持ちぶさたになったので、テント内に用意した椅子に座って中から空を見上げた。
夏の日差しが、さんさんと草木を照り付けてる。日よけの中でも暑いな。風が吹くと少しは涼しいけど。
まさかと思うがあのホール、冷房器具の類が無いとか言い出すんじゃねーだろーな。
それより初夜・・・・どうすっかな。どう攻略してやろう。邪魔だらけで、美羽までたどり着けんのかよ。
こうなりゃ、外に連れ出すしかねえかな。でも、初回で外っつーのは、どうも・・・・イヤだな。
初めてなんだ。俺だって場所とか雰囲気、大事にしたい。
大切な女なんだ。大切に抱きたい。
「王雅」
ぼんやり空を眺めて初夜の事を考えている俺様の顔を、美羽が覗き込んだ。「コッチの方、もう用意終わったんだ。早いね。ありがとう。一人で大変だろうから、手伝おうと思って来たの」
「・・・・」俺は無言で美羽を見つめた。
ドキン ドキン
お前が目の前に来るだけで、なんで俺様の心臓はこんなにドキドキするんだ。
こんなにお前を好きになっちまうなんて。
どーしてくれんだよ! マジで!!
責任取れ、バカ女。俺をこんな風にしやがって!
お前に振り向いてもらえなきゃ、この先俺は、どうやってこの気持ち静めたらいいんだよ。心だけじゃなく、身体だってもう限界だ!
「どうしたの、王雅、きゃっ」
俺は、美羽を抱き寄せた。「充電させろ。暫くお前に逢えなかったから、パワーがねーんだよ」
「ちょ・・・・ちょっと、こんなところで・・・・」
「うるせえ。俺が、どんなにお前に逢いたかったと思ってんだ――・・・・」
どんなに、今日の事を楽しみにしてたか、お前に解るか!
逢いたくて、逢いたくて、嬉しくて、楽しみで、仕方なかったんだ。
お前と一緒になれるって思ってたから、メチャクチャ楽しみにしてたっつーのに!!
それなのに、ガキ共と寝床は一緒の上に、俺に断りもなく邪魔な女を二人も連れてきやがって。
クソッ、どういうつもりなんだよ!
お前は、俺と一緒になりたくねーのかよ。
なあ、美羽。
俺の気持ち、どうやったら解ってくれんだよ。
言っても解らない、想っても解らないじゃ、何時まで経ってもこのままじゃねーか。
充電がてら、キスのひとつでもしてやろうと思って顔を近づけていくと――・・・・
「ほ、ほらっ、もうこっちは準備できたし、バーベキュー始めるから、アンタも来なさい」
すんでのところで美羽に振りほどかれ、食材がてんこ盛りのところまで引っ張って連れてこられた。
キスは出来なかった。
火おこしは最初に俺様がやってやったから、続きの火の準備は終わっていて、何時でも焼ける状態にしてくれている。
「もういい。食いたくねえ」
ブスっとふくれっ面を見せて、プイ、とそっぽを向いた。
俺は、お前が食いたいんだ!
初夜だってどうなるかわかんねーんだから、キスぐらいさせろっつーの!
「王雅、何膨れてんのよ。準備一人でさせちゃって、ゴメンね? 皆で食べるととっても美味しいから、そんなコト言わずに機嫌直してよ」
何だ。いつも俺様にはツンツンする癖に、今日の美羽はやけに優しいじゃねーか。
ツンデレの、デレの方だな。今日は。
悪くない。お前に優しくされんのは、嬉しい。
もしかして、俺の事好きになってきたのかな。
だったら、キスくらいさせてくれたっていーだろが!
「お前が食わせてくれんだったら、食ってやってもいーぜ」
「何言ってんのよ。セルフよ、セルフ。そんな事言ってたら、無くなっちゃうわよ」
「じゃあ、食わねー」
「あ、そ。じゃあ勝手になさい」
うわっ、もうツンツンでそっぽ向かれた。
デレは一瞬だ。鬼だな。
もうちょっと構ってくれたっていーだろが!
美羽の場合、ツンデレじゃなく、ツンツンツンツンツン・・・・デレだな。
・・・・なんか、ツンばっかじゃねーか? ヒドくね?
美羽は、俺様の事は放置で、勝手にまりなと江里とで手分けして、野菜や肉を焼き始めた。
すると砂糖に群がるアリのように、ガキ共はわらわらと集まってきた。
火の元へ行かせられねえ小さいガキを何人か抱えて、俺はさっき用意したテーブルの方に行くことにした。テント張ったから日よけもあるし。熱いし、もういいや。
何が楽しみにしててだ、美羽のやつ。俺はちっとも楽しくねえぞ!
ガッカリ祭りだ。俺様にこの苦しみを味合わせた責任は、絶対に取ってもらうからな。覚悟しておけよ。
そんな事を考えながら、小さいガキどもをあやしていると、ツンツンとジャケットの裾を引っ張られた。振り向くと、ガックンが立っている。「お兄さん、これ、食べてください!」
見ると、焼けた肉や野菜を持ってきてくれている。すぐ食べれるように、焼き肉のタレのようなものがかかっている。
「なんだ、ガックンもう食ったのか?」
「いいえ、まだです」
「じゃ、早く食えよ」
「はい。お兄さんに最初に食べてもらおうと思って、取ってきました! どうぞ」
ニッコリ笑顔で、紙皿を差し出してくれた。
――うわ、やべ。めちゃ嬉しい。
なんでだろう。俺様が何時でも一番っつーのは当たり前だったのに、なんか、違う。
多分それは、ガックンの優しい気持ちがそこにあるからだ。
なんか、胸いっぱいになった。
俺は、ガックンをぎゅっと抱きしめた。「ありがとな。遠慮なくもらうぜ」
言葉通り俺は遠慮なく、皿の中の肉や野菜を食った。めちゃめちゃ美味かった。こんな美味い肉や野菜は、初めて食った。
なんでだろう。絶対そんな、高級肉とかでは無い筈なのに。
どうして、こんなに美味いんだろう。
「美味いな。サンキュー、ガックン」
「お兄さんに喜んでもらえて、良かったです!」
俺の返事に、ガックンスマイルが炸裂した。かわいいな。
「よし。今度はガックンの為に、俺様がいっぱい肉取ってきてやる。待ってろ」
ガックンを椅子に座らせ、俺は肉に群がるアリの群れに突っ込んでいった。
中では、美羽と他二名が肉や野菜を必死に焼いている。はらぺこアリばかりだから、焼けた傍から奪い合いだ。俺もその戦争に参加した。
「とあ―っ!」
俺の方がガキよりリーチが長い。腕が長いからな。気合を入れて肉と野菜を争奪すると、美羽が俺の方を見て笑っているのが見えた。
「楽しいでしょ?」
「あ、うん、まあな」
さっきまで楽しくなかったけど。ま、ガックンのおかげでテンションが盛り上がったワケだ。
楽しいと、そういう事にしておいてやろう。
「美味しいから、王雅もいっぱい食べてね」
「ああ。これじゃ足りねえから、もっと寄こせ。あと、皿と箸も」
「全部食べないでよ。図々しいわね」
「バカ、俺が食うんじゃねーよ。ガキの分だ。あっちでチビ共を食わしておくから、アイツ等が食えそうなやつ、後から追加で持ってきてくれ。頼んだぞ」
「そうだったんだ、図々しいとか言っちゃってゴメン。あの子たち面倒見てくれてるんだ。王雅、本当にありがとう。助かるわ」
そう言って、優しい微笑みを浮かべる美羽。俺の惚れた、極上のコロッケスマイルだ。
お前はガキの事になると、本当に優しい母親みたいになるんだな。
美羽はトレイに、皿、コップ、箸、肉や野菜が切れる専用のハサミ、チビ用のスプーンやフォーク、手拭き、ジュースやお茶の類を乗せたものを素早く用意して、俺に渡してきた。「ちょっとここの手が離せないから、後からいっぱい焼いて持って行くね。暫くあの子たちのこと、お願い」
「いいぜ。任せとけ」
好きな女に頼りにされたら、男は嬉しい。俺はトレイを受け取って、ガックン達が待つテーブルまで戻った。
争奪した肉や野菜があるから、当面これを分けて食わせておこう。
「待たせたな」
人数分に分け、皿に盛った肉や野菜を小さく切って、チビ共の目の前に置いた。
特にガックンの前には、他のガキ共から奪い取った肉をたっぷり置いてやった。
「こんなに食べていいんですか!?」ガックンの目が輝いた。
「いいぜ。足りなくなったら、また追加すりゃーいーんだよ。たらふく食え」
「ありがとうございます! いただきまーす」
ガックンは肉に食らいついた。ちょびっと口元にタレを付けたまま、ガックンスマイルを見せる。「美味しいです!!」
「そうだな、美味いな」
チビ共も、スプーンやフォークを使って思い思いに食っている。うまーとかうあー、とか、奇声を発しながら。
それにしても、ガキ共と食う焼き肉が、こんなに美味いとは思わなかった。
肉の質や本来の味なんかは、絶対俺が何時も食っているの方が上だと思う。家では、高級肉しか出てこねーからな。
でも、一人きりで食べる高級肉よりも、雑多な中で食べる肉の方が、遥かに美味いんだって、初めて知ったんだ。
俺は今まで、もの凄くつまらない世界で生きて来たんだな。
金があるからエラソーにするだけで良かったし、思い通りにならない事も無かったけど。
好きでもない女と肌を重ねても、何一つ残るものは無かった。何時も心は満たされなかった。
でも、今は違う。
こんなに心から楽しいって思えるし、嬉しいって思う事が沢山ある。
楽しい時間を過ごすことも、行事ひとつにウキウキしたことさえ、今までなかったからな。
本当に、マサキ施設のヤツ等にかかりゃ、俺様は初体験だらけだぜ。
「はーい、お待たせなのだ~」
まりなが、トレイいっぱいに沢山のおにぎりとふかし芋を持ってきてくれた。
「熱いから、気をつけるのだ」そう言いながら、皿ごとテーブルに置いてくれた。
「こちらも美味しそうですね。お兄さん、頂きましょう!」
「そうだな。食おうか」
できたての温かいおにぎりと、ふかし芋を食べた。びっくりする程、美味かった。
「ガックン、コレ、美味いな!」俺はガックンに同意を求めた。
「ふおうでふね」
そうですね、と言いたいのだろう。ガックンはアツアツのふかし芋を頬張ったもんだから、顔をもの凄く歪めてハフハフ言っている。
「プッ、アハハハッ!! ガックンの顔、スゲー変な顔!」
その顔があまりに可笑しくて、思わず大笑いしてしまった。
――俺、こんな風に笑ったの、本当に初めてだ。
こんな大声を立てて、腹を抱えて笑うなんて。
・・・・いいもんだな。こんなに笑うって。楽しいんだな、ガキ共と一緒に居ると。
俺は、ガックンの坊ちゃん刈りの頭をクシャクシャと乱暴に撫でた。「ありがとよ」
「はにがふぇすか?」
ガックンはまだフガフガ言いながら、芋を食っている。思わず笑みがこぼれた。
ホントに飽きない。
そんな風に食べていると、肉や野菜を皿いっぱい乗せたトレイを持つ美羽が現れた。
「お待たせ。遅くなってごめんね」
「おう、待ってたぜ」
お前が俺の傍に来てくれるのを、な。
美羽から皿を受け取り、テーブルの中央に置いた。皿の中身が空になっているチビ共の前に、割と冷めている肉や野菜をよって、専用のハサミで小さく切って置いた。
「慣れたものね」俺の手つきを見た美羽が、感心して言った。
「まあな。今までこんな事やったこと無かったけど、前から面倒見てるし、慣れるもんだな。だから、お前が毎日どれだけ大変かって、よくわかる」
「大変なんかじゃないわ。毎日、とっても楽しいのよ。子供たちの成長が、傍で見れるんだもの」
美羽が微笑んだ。優しいコロッケスマイルを浮かべて。
ああ、好きだなって思う。
お前が、こんなにも好きだって、身体中で叫んでる。
さっと目を走らせると、ガックンやチビ共は、俺と美羽の方を見向きもしないで、皿の肉や野菜に飛びついている。
俺はガキ共の目を盗んで、アイツ等に背を向けて見えないようにして、美羽を抱き寄せ口づけた。
「なっ・・・・んっ・・・・! ちょ、王雅っ・・・・こんなトコで、やめてよっ」
小声で叱られた。知るか。
「うるさい。ガキ共に聞こえんぞ。いいのか? 俺は、別に見られたっていーけどな。こんなトコじゃなけりゃいいって言うなら、場所変えるけど?」
「そうじゃなくてっ・・・・んっ・・・・っ!!」
ガキ共に見せたり聞かせちゃまずいと思っているのだろう。美羽は俺の腕の中でジタバタしているが、声を荒げたり俺の舌に噛みつくようなことはしなかった。
俺は、今日まで頑張って来たんだ。前払いでちょっとイイコトくらいしたって、罰は当たんねーだろ。
散々キスしまくってやったら、美羽が真っ赤な顔して俺を睨んでいる。
「なんだよ、まだして欲しいのか?」
「バカッ、なんでこんなコトするのよっ」
怒っているが、あくまでも小声だ。ガキ共は肉に夢中で、俺達がゴチャゴチャやりあってるとは気づいちゃいねえ。
「何でするのかって? 好きだからに決まってんだろ。お前が好きだからだ。キスもしたいし、お前を抱きたい。お前が欲しい。それじゃダメなのかよ」
「わっ・・・・私は、そんな不愉快な事、したくない」
「なんで不愉快なんだよ」
「・・・・私の口から、それを言わせたいの?」
――ああ、そういう事か。
男女関係を結ぶ事を不愉快だというのは、恐らく、花井との事があったからだろう。
そりゃあ、ビジネスとはいえ、初めてをあんなジジイに奪われたなんて、屈辱にも程がある。美羽が嫌がるのも、無理はない。俺だって、美羽と花井がどうこうなったなんて、考えるだけで嫌だ。考えたくないから俺の中では、それは無かったことになっている。
あくまでも、ビジネス――施設を守る為だったんだから。
ビジネスに、犠牲はつきものだ。それは幼い頃から俺は良く解っている。
三年前、二十歳になるかならないかの小娘が、たった一人であんな姑息なジジイに立ち向かって、女として一番大切なものを投げ出したんだ。その事を、本当にスゲーって思う。マジで体張って、ガキ共を守ってんだからな。
俺も危うく花井と同じ卑劣な男になり下がるところだったが、あの時思いとどまって本当に良かったぜ。
この気持ちに気づいた今なら、
心からお前の事、大切に抱いてやることができるから――・・・・
「美羽の考えは、俺が変えてやる。男と女が抱き合う事が、不愉快な行為なんて絶対言わせねーよ。だから、俺を好きになれ、美羽。俺が全部受け止めて、お前の大切なものも全て、守ってやるから」
「アンタなんか・・・・」美羽はまだ俺を睨んでいる。
「怖い顔して睨んでるけど、俺の何が気にくわねーんだよ。俺様は容姿もいいし、金もあるし、お前の欲しい土地持ちだし、ガキ共にも好かれてるし、言う事ねーだろが。これ以上の男はいねーと思うんだけど」
「バカじゃないの」
「なっ・・・・さっきからバカバカ言いやがって! 俺様の何がバカなんだよ!?」カチンときて、つい大声をあげてしまった。
「そういうトコロがバカだって言ってんのよ!」ガキ共が傍に居ることも忘れて、美羽も負けじと大声になる。
「なにを――・・・・」
言いかけたところで、俺のジャケットの裾がツンツンと引っ張られた。見るとガックンだ。
「ミュー先生、お兄さん、ケンカはいけません」
「ガックン・・・・」美羽がバツの悪そうな顔でガックンを見ている。
「二人とも、仲良くです! ね? はい、握手で仲直り。いつもミュー先生がやってくれます」
ガックンは小さな手で俺と美羽の手を取り、お互いの手を握らせた。
「これで、ケンカは終わりです。まりなお姉さんが、追加のお肉や野菜を持ってきてくれました。皆で食べましょう!」
俺達の手を取り、ガックンに着席させられた。美羽と俺の真ん中に、ガックンが座って俺達の世話を焼いてくれた。
コイツ、ちびっこい癖に――・・・・。
ま、俺もちょっと焦りすぎたかな。美羽のやつ、もしかして男嫌いなんじゃねーのか。
少し前、あのメガネヤロー(恭一郎)の事、やっとふんぎりついたって言ってたし、そろそろ俺の事、前向きに考えて欲しいんだけどな。
焦っちゃいけねーっつーのは解ってるけど、早く俺を好きになって欲しいんだ。
ぼやぼやしていて、もし他の男に盗られたりしたら、目も当てらんねーだろ。
お前が、俺以外の男に惚れちまったりするかもしんねーだろ。
不安なんだ。お前が誰かのものになってしまわないか。
怖いんだ。お前を盗られやしないかって。
だから焦るんだ。
でも、どうやったら、お前に好きになってもらえるか、全然わかんねー。
こんなに、今までにない努力をしてるっつーのに、何がいけねーんだ。
さっきも言った通り、俺様は、お前にとっちゃ最良物件だろが。何が不満なんだ。
黙って見てりゃ、好きになってくれんのかよ。
それに、キスのひとつやふたつ、減るもんじゃねーし、そんなに怒んなくても、別にいーだろが。もう何回もしてるっつーのに。
あーあ・・・・こりゃ、初夜はおあずけだな。チャンスがあるなら今夜したいけど、場所も最低だし、美羽の気持ちを大切にしてやんねーと、マジで嫌われちまう。
ちょっとは脈アリかと思う事もあるけど・・・・でも、この様子じゃ多分違うな。
お前に振り向いてもらえる日なんて、やって来んのかよ。はぁぁ。俺様がこんなため息を、女の事で吐く日が来るなんて。夢にも思わなかったぜ。
今までだったら、どんなものでも、どんな女でも、欲しいと思ったら手に入れてきて、飽きたらポイ捨てだったんだ。
でも、美羽は違う。
心から大切にしたい、抱きたいって思ってる。きっと、飽きることなんて無いだろう。
こんな気持ちは初めてなんだ。お前を好きだって気持ちが、今も溢れてる。
だからこれからも、この気持ちがお前に伝わるように努力する。
でも、遠慮はしねえぞ。俺は、俺のやりたいようにするんだ。
美羽も、ガキ共も、全部、俺様が大切にしてやるから。
ガックンのおかげで険悪にならずにすんだ俺達は、バーベキューの肉や野菜をたらふく食べ、満腹になった。
食事が終わったガキ共は、草原を走り回って遊んでいる。
美羽と他の女共は、片付けに行ってしまった。俺も手伝うって言ったが、仕事で疲れてるだろうから少し休んでなさい、と断られた。後でお茶を持ってきてくれるんだとか。
確かに、ちょっと体が疲れてきている。勘違いとはいえ、お前との初夜を目標にして今日まできたんだ。目いっぱい無理して、寝不足が続いていたからな。
俺は、素直にありがとう、と伝えてその場に残った。
ガキ共を見つめながらテントの中の折り畳み椅子に座っていたら、知らないうちにウトウトしていた。
心地よい風に吹かれながら、夢を見た。
美羽とキスを交わす夢。
何時もみたいに無理やりじゃなく、恥ずかしそうにしながら、アイツが俺にキスしてくれる夢。
夢なんかじゃなく、いつか本当になればいいのにな。
楽しい時間はあっという間に過ぎて行った。草原で虫取りして遊んだ後、飯盒炊爨とやらに、初めてチャレンジした。ガキ共と一緒になって野菜を洗って肉を切って、カレーを作った。
美羽とまりなと江里の三人は勿論の事、ガキ共の女子が特に中心になって、飯盒で御飯を炊いてくれた。これで本当に炊けるのかと疑問に思ったが、ちゃんと炊けた。おこげというのも初めて見た。焦げてるからマズいんじゃねーのか、と思ったが、違ってた。
外でカレーを作って食うなんて、初めてだった。おこげの入ったカレーを食った。
御飯も、カレーも、スゲー美味かった。こんなこと初めてだから、楽しかった。
カレーを食った後は、キャンプファイヤーと花火をするんだとかで、準備を始めた。
俺はガキ共と一緒に、キャンプファイヤーの為の木を組んだ。重いから、みんなで協力して必死になって作り上げた。こんな事も、初めてだった。
燃え盛る炎を囲み、皆でフォークダンスの定番ソングを歌いながらぐるぐる回った。よくわからねーからガキ共に習って、一緒に踊った。
その後、花火をやった。
山の中だから何処にも遠慮することなく、手持ち花火だけじゃなくて、大きな打ち上げ花火を盛大にやった。
綺麗な花火で、ガキ共は大喜びだった。
全部初めてで、全部楽しかった。
ガキ共や美羽が、俺を誘ってくれた事に感謝した。こんな楽しい世界があったってこと、教えて貰えて良かった。
花火の後、男と女に分かれて風呂に入った。男のガキ共全員の面倒を押し付けられたが、苦にならなかった。楽しく風呂に入れてやり、風呂でもお湯の掛け合いをして遊んでやった。
それから、全員でホールに雑魚寝した。心配だったが、冷房器具は一応整っていた。ただ、山の中だから気候は涼しく、窓を少し開けて寝たら、心地よい風と冷気が入ってくるので、冷房は不要だった。気温も、丁度良かった。
初夜は残念だったが、まあ、これも悪くない。
こんなに大勢で寝るなんてことも、初めてだ。まあ、思ってた初夜と違うが、俺様にとったらこれも初夜っちゃー初夜か?
まあ見てろ。そのうち美羽と、本当の初夜を迎えてやるからな。
今日は仕方ねえから、ガキ共に免じて我慢してやるよ――
今までだったら、俺の思った通りにならない事なんて一度もなかったのに・・・・。
先ずはホールに入って、荷物を置いた。
予想通り、本当に何もないただの広いホールだ。しきりすらねえ。
電話も無いようだから、チャーターは絶望的だ。あれだけ張り切って用意した初夜グッズは、全部ボツだ。着の身着のままっつーワケか。上等じゃねーか!
こうなりゃもう、成り行き任せだ。
しかし、ここに全員で雑魚寝かと思うと、頭が痛くなる。
この際手狭でも何でもいいから、せめてもう一部屋あれば何とかなったのに。
準備ができるまで、ガキ共は遊んでおくようにと解散させた。
遠くへ行かないよう美羽が注意したが、話半分だった。前の桃遠足の時と一緒だな。
見渡すと、ガキ共は何もないホールや外で思い思いに遊んでいる。今のところ、全員の姿が確認取れている。行方不明になってるヤツはいねーようだ。
俺は、準備係をさせられた。
江里が貰った食材が届いたので、あれこれ運搬し、皿の準備やら火おこしやら、エラくコキ使われた。
女共は、ガキ共を見張りながら食材の調理にかかっている。人数が多いから手分けしてやるらしい。
男は俺様だけだからな。だから、全般的な運搬や力仕事的な事を一人でさせられた。
女子は調理の方に固まって、勝手に盛り上がってよろしくやっている。
もしかして今日、便利屋代わりに呼ばれたんじゃねーだろーな。
はあぁ。俺、何やってんだろ。
心の支え――あのウキウキとしたテンションは、一体どこへ行ってしまったのか。楽しみをもぎ取られてしまった今、何時もの元気が出ねえ。文句の一つも口に出すのさえ、もう、なんかしんどい。
俺は、今日この日を迎えるためだけに、必死に頑張ってきたっつーのに・・・・。
この休みを取るのに、どれだけ苦労したと思ってんだよ、コラ!
神も仏もねーぜ。ちくしょー!
俺様の苦労を返せ――――っ!!
あー疲れた。
とりあえず机やら椅子やらの準備も終わったし、見回してもガキ共は大丈夫そうだし、手持ちぶさたになったので、テント内に用意した椅子に座って中から空を見上げた。
夏の日差しが、さんさんと草木を照り付けてる。日よけの中でも暑いな。風が吹くと少しは涼しいけど。
まさかと思うがあのホール、冷房器具の類が無いとか言い出すんじゃねーだろーな。
それより初夜・・・・どうすっかな。どう攻略してやろう。邪魔だらけで、美羽までたどり着けんのかよ。
こうなりゃ、外に連れ出すしかねえかな。でも、初回で外っつーのは、どうも・・・・イヤだな。
初めてなんだ。俺だって場所とか雰囲気、大事にしたい。
大切な女なんだ。大切に抱きたい。
「王雅」
ぼんやり空を眺めて初夜の事を考えている俺様の顔を、美羽が覗き込んだ。「コッチの方、もう用意終わったんだ。早いね。ありがとう。一人で大変だろうから、手伝おうと思って来たの」
「・・・・」俺は無言で美羽を見つめた。
ドキン ドキン
お前が目の前に来るだけで、なんで俺様の心臓はこんなにドキドキするんだ。
こんなにお前を好きになっちまうなんて。
どーしてくれんだよ! マジで!!
責任取れ、バカ女。俺をこんな風にしやがって!
お前に振り向いてもらえなきゃ、この先俺は、どうやってこの気持ち静めたらいいんだよ。心だけじゃなく、身体だってもう限界だ!
「どうしたの、王雅、きゃっ」
俺は、美羽を抱き寄せた。「充電させろ。暫くお前に逢えなかったから、パワーがねーんだよ」
「ちょ・・・・ちょっと、こんなところで・・・・」
「うるせえ。俺が、どんなにお前に逢いたかったと思ってんだ――・・・・」
どんなに、今日の事を楽しみにしてたか、お前に解るか!
逢いたくて、逢いたくて、嬉しくて、楽しみで、仕方なかったんだ。
お前と一緒になれるって思ってたから、メチャクチャ楽しみにしてたっつーのに!!
それなのに、ガキ共と寝床は一緒の上に、俺に断りもなく邪魔な女を二人も連れてきやがって。
クソッ、どういうつもりなんだよ!
お前は、俺と一緒になりたくねーのかよ。
なあ、美羽。
俺の気持ち、どうやったら解ってくれんだよ。
言っても解らない、想っても解らないじゃ、何時まで経ってもこのままじゃねーか。
充電がてら、キスのひとつでもしてやろうと思って顔を近づけていくと――・・・・
「ほ、ほらっ、もうこっちは準備できたし、バーベキュー始めるから、アンタも来なさい」
すんでのところで美羽に振りほどかれ、食材がてんこ盛りのところまで引っ張って連れてこられた。
キスは出来なかった。
火おこしは最初に俺様がやってやったから、続きの火の準備は終わっていて、何時でも焼ける状態にしてくれている。
「もういい。食いたくねえ」
ブスっとふくれっ面を見せて、プイ、とそっぽを向いた。
俺は、お前が食いたいんだ!
初夜だってどうなるかわかんねーんだから、キスぐらいさせろっつーの!
「王雅、何膨れてんのよ。準備一人でさせちゃって、ゴメンね? 皆で食べるととっても美味しいから、そんなコト言わずに機嫌直してよ」
何だ。いつも俺様にはツンツンする癖に、今日の美羽はやけに優しいじゃねーか。
ツンデレの、デレの方だな。今日は。
悪くない。お前に優しくされんのは、嬉しい。
もしかして、俺の事好きになってきたのかな。
だったら、キスくらいさせてくれたっていーだろが!
「お前が食わせてくれんだったら、食ってやってもいーぜ」
「何言ってんのよ。セルフよ、セルフ。そんな事言ってたら、無くなっちゃうわよ」
「じゃあ、食わねー」
「あ、そ。じゃあ勝手になさい」
うわっ、もうツンツンでそっぽ向かれた。
デレは一瞬だ。鬼だな。
もうちょっと構ってくれたっていーだろが!
美羽の場合、ツンデレじゃなく、ツンツンツンツンツン・・・・デレだな。
・・・・なんか、ツンばっかじゃねーか? ヒドくね?
美羽は、俺様の事は放置で、勝手にまりなと江里とで手分けして、野菜や肉を焼き始めた。
すると砂糖に群がるアリのように、ガキ共はわらわらと集まってきた。
火の元へ行かせられねえ小さいガキを何人か抱えて、俺はさっき用意したテーブルの方に行くことにした。テント張ったから日よけもあるし。熱いし、もういいや。
何が楽しみにしててだ、美羽のやつ。俺はちっとも楽しくねえぞ!
ガッカリ祭りだ。俺様にこの苦しみを味合わせた責任は、絶対に取ってもらうからな。覚悟しておけよ。
そんな事を考えながら、小さいガキどもをあやしていると、ツンツンとジャケットの裾を引っ張られた。振り向くと、ガックンが立っている。「お兄さん、これ、食べてください!」
見ると、焼けた肉や野菜を持ってきてくれている。すぐ食べれるように、焼き肉のタレのようなものがかかっている。
「なんだ、ガックンもう食ったのか?」
「いいえ、まだです」
「じゃ、早く食えよ」
「はい。お兄さんに最初に食べてもらおうと思って、取ってきました! どうぞ」
ニッコリ笑顔で、紙皿を差し出してくれた。
――うわ、やべ。めちゃ嬉しい。
なんでだろう。俺様が何時でも一番っつーのは当たり前だったのに、なんか、違う。
多分それは、ガックンの優しい気持ちがそこにあるからだ。
なんか、胸いっぱいになった。
俺は、ガックンをぎゅっと抱きしめた。「ありがとな。遠慮なくもらうぜ」
言葉通り俺は遠慮なく、皿の中の肉や野菜を食った。めちゃめちゃ美味かった。こんな美味い肉や野菜は、初めて食った。
なんでだろう。絶対そんな、高級肉とかでは無い筈なのに。
どうして、こんなに美味いんだろう。
「美味いな。サンキュー、ガックン」
「お兄さんに喜んでもらえて、良かったです!」
俺の返事に、ガックンスマイルが炸裂した。かわいいな。
「よし。今度はガックンの為に、俺様がいっぱい肉取ってきてやる。待ってろ」
ガックンを椅子に座らせ、俺は肉に群がるアリの群れに突っ込んでいった。
中では、美羽と他二名が肉や野菜を必死に焼いている。はらぺこアリばかりだから、焼けた傍から奪い合いだ。俺もその戦争に参加した。
「とあ―っ!」
俺の方がガキよりリーチが長い。腕が長いからな。気合を入れて肉と野菜を争奪すると、美羽が俺の方を見て笑っているのが見えた。
「楽しいでしょ?」
「あ、うん、まあな」
さっきまで楽しくなかったけど。ま、ガックンのおかげでテンションが盛り上がったワケだ。
楽しいと、そういう事にしておいてやろう。
「美味しいから、王雅もいっぱい食べてね」
「ああ。これじゃ足りねえから、もっと寄こせ。あと、皿と箸も」
「全部食べないでよ。図々しいわね」
「バカ、俺が食うんじゃねーよ。ガキの分だ。あっちでチビ共を食わしておくから、アイツ等が食えそうなやつ、後から追加で持ってきてくれ。頼んだぞ」
「そうだったんだ、図々しいとか言っちゃってゴメン。あの子たち面倒見てくれてるんだ。王雅、本当にありがとう。助かるわ」
そう言って、優しい微笑みを浮かべる美羽。俺の惚れた、極上のコロッケスマイルだ。
お前はガキの事になると、本当に優しい母親みたいになるんだな。
美羽はトレイに、皿、コップ、箸、肉や野菜が切れる専用のハサミ、チビ用のスプーンやフォーク、手拭き、ジュースやお茶の類を乗せたものを素早く用意して、俺に渡してきた。「ちょっとここの手が離せないから、後からいっぱい焼いて持って行くね。暫くあの子たちのこと、お願い」
「いいぜ。任せとけ」
好きな女に頼りにされたら、男は嬉しい。俺はトレイを受け取って、ガックン達が待つテーブルまで戻った。
争奪した肉や野菜があるから、当面これを分けて食わせておこう。
「待たせたな」
人数分に分け、皿に盛った肉や野菜を小さく切って、チビ共の目の前に置いた。
特にガックンの前には、他のガキ共から奪い取った肉をたっぷり置いてやった。
「こんなに食べていいんですか!?」ガックンの目が輝いた。
「いいぜ。足りなくなったら、また追加すりゃーいーんだよ。たらふく食え」
「ありがとうございます! いただきまーす」
ガックンは肉に食らいついた。ちょびっと口元にタレを付けたまま、ガックンスマイルを見せる。「美味しいです!!」
「そうだな、美味いな」
チビ共も、スプーンやフォークを使って思い思いに食っている。うまーとかうあー、とか、奇声を発しながら。
それにしても、ガキ共と食う焼き肉が、こんなに美味いとは思わなかった。
肉の質や本来の味なんかは、絶対俺が何時も食っているの方が上だと思う。家では、高級肉しか出てこねーからな。
でも、一人きりで食べる高級肉よりも、雑多な中で食べる肉の方が、遥かに美味いんだって、初めて知ったんだ。
俺は今まで、もの凄くつまらない世界で生きて来たんだな。
金があるからエラソーにするだけで良かったし、思い通りにならない事も無かったけど。
好きでもない女と肌を重ねても、何一つ残るものは無かった。何時も心は満たされなかった。
でも、今は違う。
こんなに心から楽しいって思えるし、嬉しいって思う事が沢山ある。
楽しい時間を過ごすことも、行事ひとつにウキウキしたことさえ、今までなかったからな。
本当に、マサキ施設のヤツ等にかかりゃ、俺様は初体験だらけだぜ。
「はーい、お待たせなのだ~」
まりなが、トレイいっぱいに沢山のおにぎりとふかし芋を持ってきてくれた。
「熱いから、気をつけるのだ」そう言いながら、皿ごとテーブルに置いてくれた。
「こちらも美味しそうですね。お兄さん、頂きましょう!」
「そうだな。食おうか」
できたての温かいおにぎりと、ふかし芋を食べた。びっくりする程、美味かった。
「ガックン、コレ、美味いな!」俺はガックンに同意を求めた。
「ふおうでふね」
そうですね、と言いたいのだろう。ガックンはアツアツのふかし芋を頬張ったもんだから、顔をもの凄く歪めてハフハフ言っている。
「プッ、アハハハッ!! ガックンの顔、スゲー変な顔!」
その顔があまりに可笑しくて、思わず大笑いしてしまった。
――俺、こんな風に笑ったの、本当に初めてだ。
こんな大声を立てて、腹を抱えて笑うなんて。
・・・・いいもんだな。こんなに笑うって。楽しいんだな、ガキ共と一緒に居ると。
俺は、ガックンの坊ちゃん刈りの頭をクシャクシャと乱暴に撫でた。「ありがとよ」
「はにがふぇすか?」
ガックンはまだフガフガ言いながら、芋を食っている。思わず笑みがこぼれた。
ホントに飽きない。
そんな風に食べていると、肉や野菜を皿いっぱい乗せたトレイを持つ美羽が現れた。
「お待たせ。遅くなってごめんね」
「おう、待ってたぜ」
お前が俺の傍に来てくれるのを、な。
美羽から皿を受け取り、テーブルの中央に置いた。皿の中身が空になっているチビ共の前に、割と冷めている肉や野菜をよって、専用のハサミで小さく切って置いた。
「慣れたものね」俺の手つきを見た美羽が、感心して言った。
「まあな。今までこんな事やったこと無かったけど、前から面倒見てるし、慣れるもんだな。だから、お前が毎日どれだけ大変かって、よくわかる」
「大変なんかじゃないわ。毎日、とっても楽しいのよ。子供たちの成長が、傍で見れるんだもの」
美羽が微笑んだ。優しいコロッケスマイルを浮かべて。
ああ、好きだなって思う。
お前が、こんなにも好きだって、身体中で叫んでる。
さっと目を走らせると、ガックンやチビ共は、俺と美羽の方を見向きもしないで、皿の肉や野菜に飛びついている。
俺はガキ共の目を盗んで、アイツ等に背を向けて見えないようにして、美羽を抱き寄せ口づけた。
「なっ・・・・んっ・・・・! ちょ、王雅っ・・・・こんなトコで、やめてよっ」
小声で叱られた。知るか。
「うるさい。ガキ共に聞こえんぞ。いいのか? 俺は、別に見られたっていーけどな。こんなトコじゃなけりゃいいって言うなら、場所変えるけど?」
「そうじゃなくてっ・・・・んっ・・・・っ!!」
ガキ共に見せたり聞かせちゃまずいと思っているのだろう。美羽は俺の腕の中でジタバタしているが、声を荒げたり俺の舌に噛みつくようなことはしなかった。
俺は、今日まで頑張って来たんだ。前払いでちょっとイイコトくらいしたって、罰は当たんねーだろ。
散々キスしまくってやったら、美羽が真っ赤な顔して俺を睨んでいる。
「なんだよ、まだして欲しいのか?」
「バカッ、なんでこんなコトするのよっ」
怒っているが、あくまでも小声だ。ガキ共は肉に夢中で、俺達がゴチャゴチャやりあってるとは気づいちゃいねえ。
「何でするのかって? 好きだからに決まってんだろ。お前が好きだからだ。キスもしたいし、お前を抱きたい。お前が欲しい。それじゃダメなのかよ」
「わっ・・・・私は、そんな不愉快な事、したくない」
「なんで不愉快なんだよ」
「・・・・私の口から、それを言わせたいの?」
――ああ、そういう事か。
男女関係を結ぶ事を不愉快だというのは、恐らく、花井との事があったからだろう。
そりゃあ、ビジネスとはいえ、初めてをあんなジジイに奪われたなんて、屈辱にも程がある。美羽が嫌がるのも、無理はない。俺だって、美羽と花井がどうこうなったなんて、考えるだけで嫌だ。考えたくないから俺の中では、それは無かったことになっている。
あくまでも、ビジネス――施設を守る為だったんだから。
ビジネスに、犠牲はつきものだ。それは幼い頃から俺は良く解っている。
三年前、二十歳になるかならないかの小娘が、たった一人であんな姑息なジジイに立ち向かって、女として一番大切なものを投げ出したんだ。その事を、本当にスゲーって思う。マジで体張って、ガキ共を守ってんだからな。
俺も危うく花井と同じ卑劣な男になり下がるところだったが、あの時思いとどまって本当に良かったぜ。
この気持ちに気づいた今なら、
心からお前の事、大切に抱いてやることができるから――・・・・
「美羽の考えは、俺が変えてやる。男と女が抱き合う事が、不愉快な行為なんて絶対言わせねーよ。だから、俺を好きになれ、美羽。俺が全部受け止めて、お前の大切なものも全て、守ってやるから」
「アンタなんか・・・・」美羽はまだ俺を睨んでいる。
「怖い顔して睨んでるけど、俺の何が気にくわねーんだよ。俺様は容姿もいいし、金もあるし、お前の欲しい土地持ちだし、ガキ共にも好かれてるし、言う事ねーだろが。これ以上の男はいねーと思うんだけど」
「バカじゃないの」
「なっ・・・・さっきからバカバカ言いやがって! 俺様の何がバカなんだよ!?」カチンときて、つい大声をあげてしまった。
「そういうトコロがバカだって言ってんのよ!」ガキ共が傍に居ることも忘れて、美羽も負けじと大声になる。
「なにを――・・・・」
言いかけたところで、俺のジャケットの裾がツンツンと引っ張られた。見るとガックンだ。
「ミュー先生、お兄さん、ケンカはいけません」
「ガックン・・・・」美羽がバツの悪そうな顔でガックンを見ている。
「二人とも、仲良くです! ね? はい、握手で仲直り。いつもミュー先生がやってくれます」
ガックンは小さな手で俺と美羽の手を取り、お互いの手を握らせた。
「これで、ケンカは終わりです。まりなお姉さんが、追加のお肉や野菜を持ってきてくれました。皆で食べましょう!」
俺達の手を取り、ガックンに着席させられた。美羽と俺の真ん中に、ガックンが座って俺達の世話を焼いてくれた。
コイツ、ちびっこい癖に――・・・・。
ま、俺もちょっと焦りすぎたかな。美羽のやつ、もしかして男嫌いなんじゃねーのか。
少し前、あのメガネヤロー(恭一郎)の事、やっとふんぎりついたって言ってたし、そろそろ俺の事、前向きに考えて欲しいんだけどな。
焦っちゃいけねーっつーのは解ってるけど、早く俺を好きになって欲しいんだ。
ぼやぼやしていて、もし他の男に盗られたりしたら、目も当てらんねーだろ。
お前が、俺以外の男に惚れちまったりするかもしんねーだろ。
不安なんだ。お前が誰かのものになってしまわないか。
怖いんだ。お前を盗られやしないかって。
だから焦るんだ。
でも、どうやったら、お前に好きになってもらえるか、全然わかんねー。
こんなに、今までにない努力をしてるっつーのに、何がいけねーんだ。
さっきも言った通り、俺様は、お前にとっちゃ最良物件だろが。何が不満なんだ。
黙って見てりゃ、好きになってくれんのかよ。
それに、キスのひとつやふたつ、減るもんじゃねーし、そんなに怒んなくても、別にいーだろが。もう何回もしてるっつーのに。
あーあ・・・・こりゃ、初夜はおあずけだな。チャンスがあるなら今夜したいけど、場所も最低だし、美羽の気持ちを大切にしてやんねーと、マジで嫌われちまう。
ちょっとは脈アリかと思う事もあるけど・・・・でも、この様子じゃ多分違うな。
お前に振り向いてもらえる日なんて、やって来んのかよ。はぁぁ。俺様がこんなため息を、女の事で吐く日が来るなんて。夢にも思わなかったぜ。
今までだったら、どんなものでも、どんな女でも、欲しいと思ったら手に入れてきて、飽きたらポイ捨てだったんだ。
でも、美羽は違う。
心から大切にしたい、抱きたいって思ってる。きっと、飽きることなんて無いだろう。
こんな気持ちは初めてなんだ。お前を好きだって気持ちが、今も溢れてる。
だからこれからも、この気持ちがお前に伝わるように努力する。
でも、遠慮はしねえぞ。俺は、俺のやりたいようにするんだ。
美羽も、ガキ共も、全部、俺様が大切にしてやるから。
ガックンのおかげで険悪にならずにすんだ俺達は、バーベキューの肉や野菜をたらふく食べ、満腹になった。
食事が終わったガキ共は、草原を走り回って遊んでいる。
美羽と他の女共は、片付けに行ってしまった。俺も手伝うって言ったが、仕事で疲れてるだろうから少し休んでなさい、と断られた。後でお茶を持ってきてくれるんだとか。
確かに、ちょっと体が疲れてきている。勘違いとはいえ、お前との初夜を目標にして今日まできたんだ。目いっぱい無理して、寝不足が続いていたからな。
俺は、素直にありがとう、と伝えてその場に残った。
ガキ共を見つめながらテントの中の折り畳み椅子に座っていたら、知らないうちにウトウトしていた。
心地よい風に吹かれながら、夢を見た。
美羽とキスを交わす夢。
何時もみたいに無理やりじゃなく、恥ずかしそうにしながら、アイツが俺にキスしてくれる夢。
夢なんかじゃなく、いつか本当になればいいのにな。
楽しい時間はあっという間に過ぎて行った。草原で虫取りして遊んだ後、飯盒炊爨とやらに、初めてチャレンジした。ガキ共と一緒になって野菜を洗って肉を切って、カレーを作った。
美羽とまりなと江里の三人は勿論の事、ガキ共の女子が特に中心になって、飯盒で御飯を炊いてくれた。これで本当に炊けるのかと疑問に思ったが、ちゃんと炊けた。おこげというのも初めて見た。焦げてるからマズいんじゃねーのか、と思ったが、違ってた。
外でカレーを作って食うなんて、初めてだった。おこげの入ったカレーを食った。
御飯も、カレーも、スゲー美味かった。こんなこと初めてだから、楽しかった。
カレーを食った後は、キャンプファイヤーと花火をするんだとかで、準備を始めた。
俺はガキ共と一緒に、キャンプファイヤーの為の木を組んだ。重いから、みんなで協力して必死になって作り上げた。こんな事も、初めてだった。
燃え盛る炎を囲み、皆でフォークダンスの定番ソングを歌いながらぐるぐる回った。よくわからねーからガキ共に習って、一緒に踊った。
その後、花火をやった。
山の中だから何処にも遠慮することなく、手持ち花火だけじゃなくて、大きな打ち上げ花火を盛大にやった。
綺麗な花火で、ガキ共は大喜びだった。
全部初めてで、全部楽しかった。
ガキ共や美羽が、俺を誘ってくれた事に感謝した。こんな楽しい世界があったってこと、教えて貰えて良かった。
花火の後、男と女に分かれて風呂に入った。男のガキ共全員の面倒を押し付けられたが、苦にならなかった。楽しく風呂に入れてやり、風呂でもお湯の掛け合いをして遊んでやった。
それから、全員でホールに雑魚寝した。心配だったが、冷房器具は一応整っていた。ただ、山の中だから気候は涼しく、窓を少し開けて寝たら、心地よい風と冷気が入ってくるので、冷房は不要だった。気温も、丁度良かった。
初夜は残念だったが、まあ、これも悪くない。
こんなに大勢で寝るなんてことも、初めてだ。まあ、思ってた初夜と違うが、俺様にとったらこれも初夜っちゃー初夜か?
まあ見てろ。そのうち美羽と、本当の初夜を迎えてやるからな。
今日は仕方ねえから、ガキ共に免じて我慢してやるよ――
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