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スマイル15・お泊り保育
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桃狩り遠足から、また暫く経った。
俺は仕事が忙しくなってしまい、なかなか施設に出向くことができなかった。
逢いたくても逢えない。こんなに片想いが辛いって、ホントに身に染みて感じる。
美羽、どうしてんのかな。ガキ共も、元気かな。
事あるごとに、そんな事を考える毎日が続いていた。
そんなある日の事。俺のスマホに電話がかかってきた。
ディスプレイに浮き上がった番号を見ると、何と、マサキ施設からだ!
今、俺の時間を拘束している、櫻井グループの一大プロジェクト会議中だったが、超緊急案件の電話だから、と会議を中断させ、大慌ててその場を抜け出して、会議室の外にでた。
「もしもし」
息を整え、電話に出た声が弾むのが自分でも解った。努めて冷静になんて、もう出来ねえ。久々に美羽の声が聞けるんだ。それだけで、スゲー嬉しくなった。
それに、美羽からの電話なんて、初めてだしな!
あー、嬉しい。ドキドキする。一体、何の用だろう。
『あ、王雅お兄さん? 僕、リョウだよ! あのねー・・・・』
はぁ――――――――――っっっっ。
俺は、落胆した。かけてきてくれたのは、美羽じゃなく、リョウだった。
深い、深ぁーいため息が出た。
こんなに残念な気持ちになったのも、生まれて初めてだ。
『もしもしー? 聞こえてるー?』
「聞こえてるよっ」
クソッ。何でリョウなんだよ!
会議抜け損じゃねーか!! 大事な会議中だったのに。
いや、それより超喜び損した方がダメージでかい。俺様のトキメキを返せ。
「何の用だ」
声のトーンが変わったのも、不機嫌になったのも、自分で分かった。リョウは悪くない。それも解っちゃいるが、大喜び損したんだ! しょーがねーだろっ、クソっ!
『あ、あのね、お兄さん。今度の土日の事なんだけど』リョウは、俺の機嫌なんか気にもせず話し出した。
「土日? 多分忙しい。今、ちょっと仕事で大きな案件抱えてんだ。そんな事、リョウに言ってもわかんねーか。それより、施設の電話代かかんだろ。俺がかけ直すから、すぐ出ろよ」
俺は、返事も待たずにスマホの通話終了ボタンをタップした。数秒待って、マサキ施設にかけ直したら、すぐにリョウが出た。「俺だ。王雅だ」
『お兄さん、あのね、前にプールをプレゼントしてくれたり、桃を食べに連れて行ってくれたり、いつもお世話になってるから、みんなでお兄さんにお礼したいなーって考えたんだ! 今度の土日にお泊り保育するから、一緒に行こうよ。絶対楽しいよ! ミュー先生も、お兄さんも誘っていいって。だから、電話したんだぁ』
「お泊り保育ぅ?」
なんだそれは。俺様には無縁の単語だ。
『えーっとね、何をするかは当日のお楽しみだよっ! ミュー先生からの伝言で、今週の土曜日、朝九時に施設に集合。お泊りだから、着替えなんかの荷物の準備することと、次の日の日曜日も予定空けておいてって。あ、すごく面白いから、楽しみにしててね、って。それじゃあ、待ってまーす! バイバーイ』
「えっ、ちょ、オイ、俺は仕事が――」
再びリョウの名前を呼んだが、ガチャ、と相手が受話器を置く音がして、プープーと通話が終了した機械音が聞こえてくる。
俺はまだ話が終わってないっつーのに。
コラ、リョウ。
俺みたいな事すんなよな。
相手の都合も聞かずに、言いたい事だけ言って切るっつーのは、俺様だけがやっていーんだよ!
全く、マサキ施設の奴等は、俺様の事をナンだと思ってやがるんだ!!
こんな奴等が好きとか、大切にしたいとか思う事に、たまに疑問を感じちまうな。
土日はプロジェクトに関わる打ち合わせが入ってるから、断ろうと思って再びマサキ施設に電話を掛けるためにスマホを操作しようとして、思いとどまった。
待てよ。
今、泊りっつったよな?
しかも、美羽が誘っていいって・・・・更に、楽しみにしてて、って、リョウのヤツ、確かに言ったよな!?
ちょ、ちょっと待て。早まるな、俺。かけ直したら、折角の美羽からのお誘いがパーになっちまうだろ。
冷静に考えろ。
泊りなんだぜ、泊り!!
いいのか!? それって・・・・俺様を誘って、っつーことは・・・・!?
――――――・・・・!!
何だ、そうなのか! そーゆーの、OKサインって事か!
はっはっは。それならそうと、早く言えっつーの。
俺はメチャクチャ残念な気分から、一気にテンションが上がった。気分はマックスだ。
よく電話してくれた、と、リョウに感謝した。さっきは邪険に扱って、悪かったな。やっぱ好きだぜ、お前の事。
それにしても、お泊り保育か・・・・何かエロい響きだな。
泊まって、男女関係を育むってコトなんだな!
ちょっと違うような気もするが、まあ、この際何でもいい。
これは、櫻井グループ一大プロジェクトどころじゃなくなっちまったぜ!!
櫻井王雅、一世一代の大プロジェクトだ!!
絶対、絶対、ぜーったい、美羽とイイコトしてやるぜ――――!!
「すまない。待たせたな」
重役その他を待たせてしまった詫びも兼ねて、俺はこのプロジェクトを成功させるべく、再度プレゼンを練り直すこと、今週中にプランの再提出を申し出た。
土日の予定を今から全てキャンセルして、お泊り保育のために、スケジュールを空けなければ。
このチャンスをモノにする為に、プレゼンを成功させなければならない。土日まで、たった数日しかねえ。
俺は、この瞬間から仕事の鬼になった。
このプロジェクトは櫻井グループの命運もかかってるんだ。絶対成功させて、そんで美羽も一緒に手に入れるんだ。
プロジェクト成功を親父に叩きつけ、美羽との結婚を大発表だ!
ダメだっつったら、俺は櫻井家と縁を切る。それぐらいの覚悟はもう決めたんだ。
施設の土地は会社名義じゃなく、俺様名義にしておいて良かったぜ。これだけは、手切れ金として貰っていくつもりだ。寄こさないつもりなら、プロジェクト成功と引き換えるつもりでいる。俺が進めている案件だから、他の誰もが真似できないようにするつもりだ。
そこに関しては、相手との交渉で話をつけるつもりでいる。俺以外の人間と、取引しないようにってな。
それに美羽だって、施設の土地持ちの俺様と結婚出来りゃ、色々便利がいいから断らねーだろ。アイツが喉から手が出るほど欲しがっている切り札は、この俺が握ってんだ。
それに、美羽の望み通り、俺様も施設でガキ共の面倒見てやるって言ったら、断る要素なんて、ねーだろ。
だから、然るべき時が来た時に行う美羽へのプロポーズが断られることは、一切考えちゃいねえ。もともと、ダメな事は考えない主義だ。今までダメだと思ったことだって、成功に変えてきた。その為の努力はやって来たんだ。
欲しいと思ったものは、今まで手に入らなかったことなんかねーんだ。
それがたとえ非売品であろうと、手に入れる!
俺なら出来る。絶対に出来る!!
だから、お泊り保育とやらに行くまでに、このプロジェクトのプレゼンを完成させ、晴れて宿泊先で美羽と合体だぜ!
あー、やべ。考えただけで興奮するっ!
どんな風に美羽の事、かわいがってやろうかな。
ふっふっふ。ここでは言えないようなあんなxxxxやこんなxxxxで――
俺はとにかく、土日のスケジュールを空けるために、必死で努力した。
こんなに努力したのは、生まれて初めてだ。
限りある時間をどう有効に使うか、かつ、今週土日の美羽とのお泊りの為に、俺は全てをこなした。身を粉にして働いた。
芸能人並みの分刻みスケジュールで、先方との打ち合わせ、資料作り等、寝る間も惜しんでやり遂げた。無理なスケジュール変更をやったもんだから、迷惑をかけた人間には、誠心誠意、頭を下げた。この俺様が頭を下げる事なんて、今まで一度もなかったから、非常に驚かれた。
今まではエラソーに権力を振りかざすだけだった俺が、こんなに必死になってプレゼンに打ち込む姿を、他の奴等も認め始めた。
プレゼン当日、二代目だからとか、社長の息子だから贔屓してのもんじゃねーってこと、役員共に見せつけた。
俺のプレゼンは、他の誰よりも完璧だった。
その甲斐あってか、見事プレゼンは成功し、俺は土日の休みを勝ち取ったのだった。
※※※
美羽との、お泊り保育当日がやって来た。
この日を、どんなに待ちわびた事か!
桃狩り遠足の時のウキウキとは、比べ物にならなかった。楽しみ過ぎて、マジで寝れなかった。寝不足が続いていたからコンディションは最悪かと思っていたが、美羽と合体できるという希望が、俺様を奮い立たせている。テンションはマックスだ。ついでにアソコも。
それにしても、好きな女と一晩を過ごせるというのは、何という幸せなことなのだろう。
考えるだけで、最高の気分だぜ。こんなにワクワクして楽しみなのも、生まれて初めてだ。本当に幸せだなって思う。
俺は、今日この日を迎える為に生きてきたんだと思う。
いよいよなんだ。いよいよ。
ただ、一緒に連れて行くガキ共が邪魔だな。それが気がかりだ。
情事の最中に割り込んできたら、多分、いや、確実にブン殴ると思う。
睡眠薬でも盛って、全員絶対に起きてこないように細工しなきゃならんな。
――いや、待て。
万が一俺がそんな細工をしているトコを見られたら、美羽は怒る。絶対、やらしちゃくんねーぞ。それはマズイ。
そうだ。プールの時みたいに、ガキ共全員を疲れさせ、深い眠りに誘うのだ。
宿泊先がわかんねーから、とりあえずどんな事があってもいいように、着いたらすぐ貸し切りにしてやる。部屋を抑えるために、全てを買収できるように、現金やカード、しっかり用意しておこう。百億円くらいあったら、足りるかな。足りなきゃ、俺様の貯金――いや、全財産をつぎこんでもいい。
とにかく、金は心配ねえ。後は、ガキ共だ。これが問題だ。
コレさえクリアしたら、問題ないはずだ。
宿泊所についたら、とにかくガキ共を眠らせるための遊び道具は、速攻で用意してやる。どこでも対応できるよう、ありとあらゆる遊具を用意させ、大至急で持ってこさせよう。チャーターの手配をしておけば、安心だ。
万が一の時のために、眠りガスとかあった方がいいかな。これも、こっそり用意させておこう。あ、いや、睡眠薬入りのアメとか作ったらいーんじゃねーか。そうだ、それがいい。大至急作らせよう。ガキが食いそうなモンだから、これなら細工したってバレねーだろ。
とにかく、抜かりなく初夜を迎えられる為に、用意は怠れねえ。
ガキの方の準備はもういいだろ。
それより、今日の美羽とのお泊り――夜の事を考えよう。
どーすっかな。美羽の着るカワイイ下着は、何時プレゼントしよう。俺好みのやつ、沢山オーダーして作らせたからな。でも、そんなに俺が宿泊先に持っていけねーしな。持って行けたとしても、せいぜい一、二枚が限界か。
あ、そうだ。必要な荷物だっつって、遊具と共にチャーター便で宿泊施設まで届けさせよう。その手配も、やっておけばいい。取り扱い注意の厳重アイテムだと、念を押しておこう。
いや、でも待て。俺様の好みのオーダー下着もいいが、アイツが普段身に着けてるっつー下着も気になるな。
どんなのだろう。色は黒かな、白かな、ピンクとかもいいな。
うわー、想像できねえ。興奮する。
ここは、まずどんなシチュエーションになっても、美羽の普段を見つめるとしよう。
俺様の用意したものは、後からだ。脱がせてから着せるっつーのも、まあそれはそれで良しとするか。朝が来るまで、何度だって楽しめるんだ。
っつーか、下着なんかもう用無しかもしんねーな。ま、使わなけりゃ、また次の時にでも着けて貰えりゃいーや。
大切なのは、二人で過ごす時間なんだ。
ああぁ――――っ、早く、一緒になれねーかな!
もう、昼間の行事はすっとばしちまって、ガキ共は勝手に遊ばせておいて、俺と美羽だけ別の部屋で×××・・・・。
――――お泊り保育、最高だぜ!!
俺は、約束の一時間前に施設に到着した。好感度を上げるため、準備を手伝う事にしよう。
いや、それよりも早く美羽に逢いたい。
それに、ガキ共にもウンと優しくしてやろう。さっさと全員くたばっちまって(寝て)貰わなきゃ困るからな。今日の、美羽との初夜のためだ。努力は惜しまねえぞ。
それにしても、好きな女との初夜を迎えるのは、本当に大変なんだな。
世の男どもの苦労を、初めて知ったぜ。女と寝るのに、こんなに苦労したのは初めてだからな。
もう、美羽にかかれば俺様は全て初めてだ。でも、それも、今日で終了だ。
脱・初体験してやるぜ!
ボロい門扉を開け、中に入った。大分時間が早いが、どうせ遊戯室あたりで用意しているだろうと思い、勝手に入っていった。
「オッス」
「あ、お兄さんだぁ!!」
いち早く俺を見つけたガックンが、笑顔を見せて飛びついてきた。「来てくれたんですね!」
ガックンは何時も丁寧だ。俺様に敬語を使ってくれる。他のガキとは違う、上品な雰囲気がある。頭が坊ちゃん刈りだから、身も心も坊ちゃんなんだな。納得。
「お兄さ~ん!!」
ガバッ、と俺の背中に飛びついてきたのは、サトルとリョウだ。
「よしっ、まとめて来いっ」
俺は背中に貼り付いてきた二人を担ぎ上げ、人間飛行機で振り回した。キャーキャー言って喜んでいる。ガックンはサトルやリョウよりも年上で少し背が高いから、一人だけで振り回した。
少し回っただけで、疲れた。今、寝不足だから体力が少ないんだ。ここ暫く、殆ど寝てないからな。
俺は、今日この日の為だけに頑張って来たんだ。あまり体力をムダ使いして本番を迎える前にくたばったりしたら、俺様の今までの相当な努力がパーになる。それだけは、絶対に避けなければ。
俺は人間飛行機を素早く切り上げ、遊戯室に散らばっていたガキ共に集合をかけた。
「よし、お泊り保育とやらへ、もうすぐ出発だろ。荷物とかあるなら、先に運んどけよ」
「はーい!!」
「自分の荷物は自分で持つこと、忘れんなよ」
「はーい!!」
自分でも思う。すっかり俺も、ここの先生みたいになっちまったな。
まあ、叱ったり教育するのは美羽の仕事だ。ガキ共と俺が接するのは、遊んだり玩具やったり、オイシイとこばかりだから、俺様はガキ共から絶大な信頼を寄せられてるってワケだ。俺がやってくると、ガキ共がみんな寄ってくるほどの人気者だ。
フッ、誰にでも俺様は人気があるから罪だぜ。
でも、俺は一番に美羽に気に入られたい。
だからこそ今日、折角誘ってくれたお泊りで、美羽の一番になるんだ!
今日のミッションは、何が何でも成功させなきゃならねえぞ。櫻井グループの一大プロジェクトなんかよりも、数億倍大切なんだ。
気合してかかれ、俺!
再度気を引き締めて、出発の準備の手伝いをした。美羽は洗い物の片づけをしているらしいから、こっちの方をやっておいたら、助かるだろ。早く逢いたいが、あと少しの辛抱だ。
それよりも、気を利かせる方が大切だ。こんなに良くしてやってる俺様の事、また好きになるに違いねえ。
着替えなどを入れたリュックの荷物確認を行い、足りないものは入れ、全員にリュックを背負わせていると、食堂の片付けが終わったであろう美羽がやって来た。
「あれっ、王雅、おはよう。もう来てくれてたの? あ、準備も、もう出来てるね。ありがとう」
久々に見る美羽が、可愛い笑顔を見せてくれた。俺様の予想通りだ。
俺のハートは、お前の笑顔にキュンキュンだぜ!!
いよいよお前が今日、俺のものになるんだな。ありがとう。なんかわかんねーけど、誰かに感謝したい気持ちになった。悟りを開いた気分だ。
「そんな、いーんだよ。気にすんな。いっつも一人で大変だろ。だから、お前を助けようと思って早めに来たんだ。それより、今日は・・・・誘ってくれて、ありがとう」
少し照れながら、とりあえず美羽に感謝の気持ちを伝えた。
「うん。いつも色々私達の為に面白い事考えてくれるから、今回は王雅にも楽しんで貰おうと思って誘ったんだけど、暫く施設に来なかったから、仕事忙しかったんじゃないかなって思ってたの。急に誘って、迷惑じゃなかった?」
「全っっ然、大丈夫! 丁度、土日は休みだったんだ。迷惑なんてこと、あるわけねーよ。それより、誘ってくれて嬉しかったぜ」
お前からの誘いを、断るわけねーだろ。どんなスケジュールだって、お前の為なら空けるっつーの。
楽しんで貰うって・・・・やっぱそうなんだな。俺の考えは間違っちゃいなかったんだ。
今、確信した。これまでの礼ってワケか。
それにお前も、そのつもりでいるんだな。良かった。
うん、俺も早く楽しみたい。
「そう。それなら良かった。じゃあ早いけど、みんな準備できてるみたいだし、出発しようか」美羽がガキ共に号令をかけた。
「はーい!!」
いざゆかん。お泊り保育へ!
気合を入れ、俺達は目的地へ出発した。
※※※
「なっ・・・・なんじゃココは――――っっ!?」
現地に到着して、俺は叫んだ。「宿泊施設(ホテル)じゃねーのかよっ!?」
マサキ施設を出発して、一時間弱。安く借りたという、乗り心地最悪のボロの観光バスにガタゴト揺られて、近所の山奥にやって来た。見晴らしの良い草原の中に、ポツンとひとつだけ、がらんどうの何もないボロ公民館というか、ホールのようなものが建っていた。
因みにこの建物以外、他に何もない。
だだっ広い草原が広がっているだけだ。
更に付け加えるなら、携帯の電波は圏外だ。チャーターも呼べやしねえ。初夜のための準備グッズは、もう手元に届かねえ。迂闊だった。
まさか携帯の電波が届かないような山奥とは・・・・。
貸切るも何も、最初から貸切りじゃねーか!!
なんじゃココは――――っ!!
「おい美羽、これ・・・・何だよ」
「えっ?」
「ここに泊まんのかよ!」
「そうだけど」
「へっ・・・・部屋は!?」
「部屋? みんな一緒よ。ホールひとつしかないもの」美羽はあっさり言ってのけた。
「なっ・・・・どういう事だよっ。俺とお前の部屋は!?」
「大人だけ別の部屋なんて、あるわけないでしょ。みんな一緒に決まってるじゃない。何言ってんのよ、おかしな事言うのね」
「そっ・・・・そんな、お前、ガキ共の横で初夜っ・・・・いや、その、俺はいーけど・・・・お前がマズいんじゃねーの? そーゆーのって、やっぱさ、もう少し大事に・・・・」
言っとくけど俺、アッチのテク、かなりある方だと思うんだ。経験豊富だし。
だから、多分黙ってするのは無理だと思う。
・・・・ってコトは、お前の乱れた声、ガキ共に聞かせちゃうのかよっ。そのシチュエーションは興奮すると思うけど、やっぱ、それはイヤだ。
お前の全て――初めては、俺様が独り占めしたいんだ!
「初夜? 何言ってるのよ。何よ、初夜って」
あれ。なんかおかしい。・・・・どういう事だ?
「あの・・・・ちょっと聞くけど、俺と泊まりたくて誘ってくれたんじゃねーのかよ」
「うん。だから、今からバーベキューして、草原でめいっぱい遊んで、みんなで飯盒炊爨して、美味しいごはん食べて、キャンプファイヤーして、ここに泊まるのよ。王雅って、こーゆーコト全然したことないでしょ? 貧乏には無縁だものね。だから、これがどんなに楽しいか、体験してもらおうと思って誘ったの!」
そして、ニッコリ。輝くコロッケスマイル。
――――俺は、今日、お前とひとつになるためにココに来たんだ。
バーベキューとか、キャンプファイヤーとか、そんなのどーでもいーっつーの!!
眩暈がした。急激に、今までの疲労が俺の全身に回ってきた。
ダメだ。
もう、倒れそうだ。
ここで死ぬのか、俺は。
心の支えを、たった今失ってしまったんだ。
俺は、お前と合体するコトだけを楽しみに、今日まで生きてきたんだ。
それなのに、その楽しみを奪うとは・・・・いや、絶対そんな事させねーぞ!!
こうなったら、手段は選ばねえ。ガキが居ようが、こんなボロ公民館だろうが、構うもんか!
絶対、お前とひとつになってやるんだ――――っ!!
危うく抜け殻になるところだったが、逆境に強いから燃え上がり、立ち直った。
こうなったら、意地でもヤってやる。
このミッションは、何者にも阻むことはできねえんだ。
「美羽――――っ!!」
どうしてやろうか真剣に考えていたら、突然、大声がした。
振り向くと、向こうの方で手を振っている肩までの金髪の女が視界に入った。もう一人、ショコラ色の髪をした髪の女もいた。こちらの姿を確認した途端、金髪の方が、猛ダッシュでこっちに向かって走って来た。
「久しぶりなのだ!」
金髪の女は、そのまま美羽に抱き着いた。「会いたかったのだ――!」
「まりなちゃん! 久しぶり、元気だった?」
「ウン、オレはいつでも元気だよっ」
まりなと呼ばれたヘンな喋り方をする女は、美羽と抱き合って再会を喜んでいる。
なんだ、一体、どーなってるんだよ!?
呆然と成り行きを見つめていたら、美羽が先ず俺の事を金髪女に説明している。その後、美羽は俺の方を振り返って笑顔を見せた。
「あ、王雅、紹介するね。彼女、暁まりなちゃん」
そう言って、紹介された金髪の女は、暁まりなと名乗った。肩までの金髪に大きな団栗目で、割と可愛い容姿をしている。年齢は、十七、八くらいってトコか。女というより、少女だな。
「商店街のコロッケ友達なの」
「コロッケ・・・・友達・・・・?」
そんな友達あんのかよ。
「前、私がコロッケ買えなくて困っていた時に、まりなちゃんがコロッケ分けてくれたのがきっかけで、友達になったの。この前施設に来てくれて、子供達と一緒に遊んでくれたのよ。今日は、子供達が王雅とまりなちゃんを誘いたいって言うから、彼女にも声かけて、来てもらったの」
「ヨロシク、王雅!」
いきなり呼び捨てかよ。なんだ、この金髪女。馴れ馴れしいな。
「あ、美羽、チョット前に話した友達も連れて来たんだ。おーい、江里――っ、おいでよ!」
さっき見えたショコラ色の髪の女も、こちらへやって来た。あ、あれは確か――
「コンニチハ。今井江里です。急にお邪魔して、すみません」
そうだ。思い出した。今井江里だ。グラビアアイドルで、今、人気急上昇の女だっけ。
ショコラ色のシャギーを入れた髪が特徴で、幼い割には胸があるんだ。因みに、これも少女だ。年齢は――幾つだっけ。
俺様の好みではないからどーでもいー。今は美羽一筋だしな。
コイツ等の詳しくは、作者別作品でも活躍する物語をそのうち公表するから、暇があったら覗いてやってくれ。現時点では、未公表だから読めねーけど。
っつーか、そんなコトはどーでもいーんだ!
コイツ等・・・・まさか今日、一緒にお泊りするとか言うんじゃねーだろーなぁ!?
俺の嫌な予感は的中した。
その、まさかだった。
何でも、ガキ共たっての希望で、まりなっつー女と俺様を、今日のお泊り保育に誘いたいとのことだったようだ。美羽がさっき説明してたしな。
んで、江里っつー女がくっついて来たのは、グラビアの仕事で、地元のPRに貢献した礼に沢山の野菜や肉をもらったらしい。食べきれないからまりなに相談したところ、それなら丁度お泊り保育でバーベキューをするから一緒に来ないかという事になり、勝手に女どもだけで話が盛り上がって、決まったらしい。
俺はきーてねーぞ、そんな事っ!!
また、俺様の計画を阻むお邪魔虫が登場ってワケか。
クソっ!
これは何かの陰謀だ。俺と美羽との初夜を邪魔する陰謀なんだっ!!
絶対負けねーぞ! 意地でも合体してやるからな――――っ!
俺は仕事が忙しくなってしまい、なかなか施設に出向くことができなかった。
逢いたくても逢えない。こんなに片想いが辛いって、ホントに身に染みて感じる。
美羽、どうしてんのかな。ガキ共も、元気かな。
事あるごとに、そんな事を考える毎日が続いていた。
そんなある日の事。俺のスマホに電話がかかってきた。
ディスプレイに浮き上がった番号を見ると、何と、マサキ施設からだ!
今、俺の時間を拘束している、櫻井グループの一大プロジェクト会議中だったが、超緊急案件の電話だから、と会議を中断させ、大慌ててその場を抜け出して、会議室の外にでた。
「もしもし」
息を整え、電話に出た声が弾むのが自分でも解った。努めて冷静になんて、もう出来ねえ。久々に美羽の声が聞けるんだ。それだけで、スゲー嬉しくなった。
それに、美羽からの電話なんて、初めてだしな!
あー、嬉しい。ドキドキする。一体、何の用だろう。
『あ、王雅お兄さん? 僕、リョウだよ! あのねー・・・・』
はぁ――――――――――っっっっ。
俺は、落胆した。かけてきてくれたのは、美羽じゃなく、リョウだった。
深い、深ぁーいため息が出た。
こんなに残念な気持ちになったのも、生まれて初めてだ。
『もしもしー? 聞こえてるー?』
「聞こえてるよっ」
クソッ。何でリョウなんだよ!
会議抜け損じゃねーか!! 大事な会議中だったのに。
いや、それより超喜び損した方がダメージでかい。俺様のトキメキを返せ。
「何の用だ」
声のトーンが変わったのも、不機嫌になったのも、自分で分かった。リョウは悪くない。それも解っちゃいるが、大喜び損したんだ! しょーがねーだろっ、クソっ!
『あ、あのね、お兄さん。今度の土日の事なんだけど』リョウは、俺の機嫌なんか気にもせず話し出した。
「土日? 多分忙しい。今、ちょっと仕事で大きな案件抱えてんだ。そんな事、リョウに言ってもわかんねーか。それより、施設の電話代かかんだろ。俺がかけ直すから、すぐ出ろよ」
俺は、返事も待たずにスマホの通話終了ボタンをタップした。数秒待って、マサキ施設にかけ直したら、すぐにリョウが出た。「俺だ。王雅だ」
『お兄さん、あのね、前にプールをプレゼントしてくれたり、桃を食べに連れて行ってくれたり、いつもお世話になってるから、みんなでお兄さんにお礼したいなーって考えたんだ! 今度の土日にお泊り保育するから、一緒に行こうよ。絶対楽しいよ! ミュー先生も、お兄さんも誘っていいって。だから、電話したんだぁ』
「お泊り保育ぅ?」
なんだそれは。俺様には無縁の単語だ。
『えーっとね、何をするかは当日のお楽しみだよっ! ミュー先生からの伝言で、今週の土曜日、朝九時に施設に集合。お泊りだから、着替えなんかの荷物の準備することと、次の日の日曜日も予定空けておいてって。あ、すごく面白いから、楽しみにしててね、って。それじゃあ、待ってまーす! バイバーイ』
「えっ、ちょ、オイ、俺は仕事が――」
再びリョウの名前を呼んだが、ガチャ、と相手が受話器を置く音がして、プープーと通話が終了した機械音が聞こえてくる。
俺はまだ話が終わってないっつーのに。
コラ、リョウ。
俺みたいな事すんなよな。
相手の都合も聞かずに、言いたい事だけ言って切るっつーのは、俺様だけがやっていーんだよ!
全く、マサキ施設の奴等は、俺様の事をナンだと思ってやがるんだ!!
こんな奴等が好きとか、大切にしたいとか思う事に、たまに疑問を感じちまうな。
土日はプロジェクトに関わる打ち合わせが入ってるから、断ろうと思って再びマサキ施設に電話を掛けるためにスマホを操作しようとして、思いとどまった。
待てよ。
今、泊りっつったよな?
しかも、美羽が誘っていいって・・・・更に、楽しみにしてて、って、リョウのヤツ、確かに言ったよな!?
ちょ、ちょっと待て。早まるな、俺。かけ直したら、折角の美羽からのお誘いがパーになっちまうだろ。
冷静に考えろ。
泊りなんだぜ、泊り!!
いいのか!? それって・・・・俺様を誘って、っつーことは・・・・!?
――――――・・・・!!
何だ、そうなのか! そーゆーの、OKサインって事か!
はっはっは。それならそうと、早く言えっつーの。
俺はメチャクチャ残念な気分から、一気にテンションが上がった。気分はマックスだ。
よく電話してくれた、と、リョウに感謝した。さっきは邪険に扱って、悪かったな。やっぱ好きだぜ、お前の事。
それにしても、お泊り保育か・・・・何かエロい響きだな。
泊まって、男女関係を育むってコトなんだな!
ちょっと違うような気もするが、まあ、この際何でもいい。
これは、櫻井グループ一大プロジェクトどころじゃなくなっちまったぜ!!
櫻井王雅、一世一代の大プロジェクトだ!!
絶対、絶対、ぜーったい、美羽とイイコトしてやるぜ――――!!
「すまない。待たせたな」
重役その他を待たせてしまった詫びも兼ねて、俺はこのプロジェクトを成功させるべく、再度プレゼンを練り直すこと、今週中にプランの再提出を申し出た。
土日の予定を今から全てキャンセルして、お泊り保育のために、スケジュールを空けなければ。
このチャンスをモノにする為に、プレゼンを成功させなければならない。土日まで、たった数日しかねえ。
俺は、この瞬間から仕事の鬼になった。
このプロジェクトは櫻井グループの命運もかかってるんだ。絶対成功させて、そんで美羽も一緒に手に入れるんだ。
プロジェクト成功を親父に叩きつけ、美羽との結婚を大発表だ!
ダメだっつったら、俺は櫻井家と縁を切る。それぐらいの覚悟はもう決めたんだ。
施設の土地は会社名義じゃなく、俺様名義にしておいて良かったぜ。これだけは、手切れ金として貰っていくつもりだ。寄こさないつもりなら、プロジェクト成功と引き換えるつもりでいる。俺が進めている案件だから、他の誰もが真似できないようにするつもりだ。
そこに関しては、相手との交渉で話をつけるつもりでいる。俺以外の人間と、取引しないようにってな。
それに美羽だって、施設の土地持ちの俺様と結婚出来りゃ、色々便利がいいから断らねーだろ。アイツが喉から手が出るほど欲しがっている切り札は、この俺が握ってんだ。
それに、美羽の望み通り、俺様も施設でガキ共の面倒見てやるって言ったら、断る要素なんて、ねーだろ。
だから、然るべき時が来た時に行う美羽へのプロポーズが断られることは、一切考えちゃいねえ。もともと、ダメな事は考えない主義だ。今までダメだと思ったことだって、成功に変えてきた。その為の努力はやって来たんだ。
欲しいと思ったものは、今まで手に入らなかったことなんかねーんだ。
それがたとえ非売品であろうと、手に入れる!
俺なら出来る。絶対に出来る!!
だから、お泊り保育とやらに行くまでに、このプロジェクトのプレゼンを完成させ、晴れて宿泊先で美羽と合体だぜ!
あー、やべ。考えただけで興奮するっ!
どんな風に美羽の事、かわいがってやろうかな。
ふっふっふ。ここでは言えないようなあんなxxxxやこんなxxxxで――
俺はとにかく、土日のスケジュールを空けるために、必死で努力した。
こんなに努力したのは、生まれて初めてだ。
限りある時間をどう有効に使うか、かつ、今週土日の美羽とのお泊りの為に、俺は全てをこなした。身を粉にして働いた。
芸能人並みの分刻みスケジュールで、先方との打ち合わせ、資料作り等、寝る間も惜しんでやり遂げた。無理なスケジュール変更をやったもんだから、迷惑をかけた人間には、誠心誠意、頭を下げた。この俺様が頭を下げる事なんて、今まで一度もなかったから、非常に驚かれた。
今まではエラソーに権力を振りかざすだけだった俺が、こんなに必死になってプレゼンに打ち込む姿を、他の奴等も認め始めた。
プレゼン当日、二代目だからとか、社長の息子だから贔屓してのもんじゃねーってこと、役員共に見せつけた。
俺のプレゼンは、他の誰よりも完璧だった。
その甲斐あってか、見事プレゼンは成功し、俺は土日の休みを勝ち取ったのだった。
※※※
美羽との、お泊り保育当日がやって来た。
この日を、どんなに待ちわびた事か!
桃狩り遠足の時のウキウキとは、比べ物にならなかった。楽しみ過ぎて、マジで寝れなかった。寝不足が続いていたからコンディションは最悪かと思っていたが、美羽と合体できるという希望が、俺様を奮い立たせている。テンションはマックスだ。ついでにアソコも。
それにしても、好きな女と一晩を過ごせるというのは、何という幸せなことなのだろう。
考えるだけで、最高の気分だぜ。こんなにワクワクして楽しみなのも、生まれて初めてだ。本当に幸せだなって思う。
俺は、今日この日を迎える為に生きてきたんだと思う。
いよいよなんだ。いよいよ。
ただ、一緒に連れて行くガキ共が邪魔だな。それが気がかりだ。
情事の最中に割り込んできたら、多分、いや、確実にブン殴ると思う。
睡眠薬でも盛って、全員絶対に起きてこないように細工しなきゃならんな。
――いや、待て。
万が一俺がそんな細工をしているトコを見られたら、美羽は怒る。絶対、やらしちゃくんねーぞ。それはマズイ。
そうだ。プールの時みたいに、ガキ共全員を疲れさせ、深い眠りに誘うのだ。
宿泊先がわかんねーから、とりあえずどんな事があってもいいように、着いたらすぐ貸し切りにしてやる。部屋を抑えるために、全てを買収できるように、現金やカード、しっかり用意しておこう。百億円くらいあったら、足りるかな。足りなきゃ、俺様の貯金――いや、全財産をつぎこんでもいい。
とにかく、金は心配ねえ。後は、ガキ共だ。これが問題だ。
コレさえクリアしたら、問題ないはずだ。
宿泊所についたら、とにかくガキ共を眠らせるための遊び道具は、速攻で用意してやる。どこでも対応できるよう、ありとあらゆる遊具を用意させ、大至急で持ってこさせよう。チャーターの手配をしておけば、安心だ。
万が一の時のために、眠りガスとかあった方がいいかな。これも、こっそり用意させておこう。あ、いや、睡眠薬入りのアメとか作ったらいーんじゃねーか。そうだ、それがいい。大至急作らせよう。ガキが食いそうなモンだから、これなら細工したってバレねーだろ。
とにかく、抜かりなく初夜を迎えられる為に、用意は怠れねえ。
ガキの方の準備はもういいだろ。
それより、今日の美羽とのお泊り――夜の事を考えよう。
どーすっかな。美羽の着るカワイイ下着は、何時プレゼントしよう。俺好みのやつ、沢山オーダーして作らせたからな。でも、そんなに俺が宿泊先に持っていけねーしな。持って行けたとしても、せいぜい一、二枚が限界か。
あ、そうだ。必要な荷物だっつって、遊具と共にチャーター便で宿泊施設まで届けさせよう。その手配も、やっておけばいい。取り扱い注意の厳重アイテムだと、念を押しておこう。
いや、でも待て。俺様の好みのオーダー下着もいいが、アイツが普段身に着けてるっつー下着も気になるな。
どんなのだろう。色は黒かな、白かな、ピンクとかもいいな。
うわー、想像できねえ。興奮する。
ここは、まずどんなシチュエーションになっても、美羽の普段を見つめるとしよう。
俺様の用意したものは、後からだ。脱がせてから着せるっつーのも、まあそれはそれで良しとするか。朝が来るまで、何度だって楽しめるんだ。
っつーか、下着なんかもう用無しかもしんねーな。ま、使わなけりゃ、また次の時にでも着けて貰えりゃいーや。
大切なのは、二人で過ごす時間なんだ。
ああぁ――――っ、早く、一緒になれねーかな!
もう、昼間の行事はすっとばしちまって、ガキ共は勝手に遊ばせておいて、俺と美羽だけ別の部屋で×××・・・・。
――――お泊り保育、最高だぜ!!
俺は、約束の一時間前に施設に到着した。好感度を上げるため、準備を手伝う事にしよう。
いや、それよりも早く美羽に逢いたい。
それに、ガキ共にもウンと優しくしてやろう。さっさと全員くたばっちまって(寝て)貰わなきゃ困るからな。今日の、美羽との初夜のためだ。努力は惜しまねえぞ。
それにしても、好きな女との初夜を迎えるのは、本当に大変なんだな。
世の男どもの苦労を、初めて知ったぜ。女と寝るのに、こんなに苦労したのは初めてだからな。
もう、美羽にかかれば俺様は全て初めてだ。でも、それも、今日で終了だ。
脱・初体験してやるぜ!
ボロい門扉を開け、中に入った。大分時間が早いが、どうせ遊戯室あたりで用意しているだろうと思い、勝手に入っていった。
「オッス」
「あ、お兄さんだぁ!!」
いち早く俺を見つけたガックンが、笑顔を見せて飛びついてきた。「来てくれたんですね!」
ガックンは何時も丁寧だ。俺様に敬語を使ってくれる。他のガキとは違う、上品な雰囲気がある。頭が坊ちゃん刈りだから、身も心も坊ちゃんなんだな。納得。
「お兄さ~ん!!」
ガバッ、と俺の背中に飛びついてきたのは、サトルとリョウだ。
「よしっ、まとめて来いっ」
俺は背中に貼り付いてきた二人を担ぎ上げ、人間飛行機で振り回した。キャーキャー言って喜んでいる。ガックンはサトルやリョウよりも年上で少し背が高いから、一人だけで振り回した。
少し回っただけで、疲れた。今、寝不足だから体力が少ないんだ。ここ暫く、殆ど寝てないからな。
俺は、今日この日の為だけに頑張って来たんだ。あまり体力をムダ使いして本番を迎える前にくたばったりしたら、俺様の今までの相当な努力がパーになる。それだけは、絶対に避けなければ。
俺は人間飛行機を素早く切り上げ、遊戯室に散らばっていたガキ共に集合をかけた。
「よし、お泊り保育とやらへ、もうすぐ出発だろ。荷物とかあるなら、先に運んどけよ」
「はーい!!」
「自分の荷物は自分で持つこと、忘れんなよ」
「はーい!!」
自分でも思う。すっかり俺も、ここの先生みたいになっちまったな。
まあ、叱ったり教育するのは美羽の仕事だ。ガキ共と俺が接するのは、遊んだり玩具やったり、オイシイとこばかりだから、俺様はガキ共から絶大な信頼を寄せられてるってワケだ。俺がやってくると、ガキ共がみんな寄ってくるほどの人気者だ。
フッ、誰にでも俺様は人気があるから罪だぜ。
でも、俺は一番に美羽に気に入られたい。
だからこそ今日、折角誘ってくれたお泊りで、美羽の一番になるんだ!
今日のミッションは、何が何でも成功させなきゃならねえぞ。櫻井グループの一大プロジェクトなんかよりも、数億倍大切なんだ。
気合してかかれ、俺!
再度気を引き締めて、出発の準備の手伝いをした。美羽は洗い物の片づけをしているらしいから、こっちの方をやっておいたら、助かるだろ。早く逢いたいが、あと少しの辛抱だ。
それよりも、気を利かせる方が大切だ。こんなに良くしてやってる俺様の事、また好きになるに違いねえ。
着替えなどを入れたリュックの荷物確認を行い、足りないものは入れ、全員にリュックを背負わせていると、食堂の片付けが終わったであろう美羽がやって来た。
「あれっ、王雅、おはよう。もう来てくれてたの? あ、準備も、もう出来てるね。ありがとう」
久々に見る美羽が、可愛い笑顔を見せてくれた。俺様の予想通りだ。
俺のハートは、お前の笑顔にキュンキュンだぜ!!
いよいよお前が今日、俺のものになるんだな。ありがとう。なんかわかんねーけど、誰かに感謝したい気持ちになった。悟りを開いた気分だ。
「そんな、いーんだよ。気にすんな。いっつも一人で大変だろ。だから、お前を助けようと思って早めに来たんだ。それより、今日は・・・・誘ってくれて、ありがとう」
少し照れながら、とりあえず美羽に感謝の気持ちを伝えた。
「うん。いつも色々私達の為に面白い事考えてくれるから、今回は王雅にも楽しんで貰おうと思って誘ったんだけど、暫く施設に来なかったから、仕事忙しかったんじゃないかなって思ってたの。急に誘って、迷惑じゃなかった?」
「全っっ然、大丈夫! 丁度、土日は休みだったんだ。迷惑なんてこと、あるわけねーよ。それより、誘ってくれて嬉しかったぜ」
お前からの誘いを、断るわけねーだろ。どんなスケジュールだって、お前の為なら空けるっつーの。
楽しんで貰うって・・・・やっぱそうなんだな。俺の考えは間違っちゃいなかったんだ。
今、確信した。これまでの礼ってワケか。
それにお前も、そのつもりでいるんだな。良かった。
うん、俺も早く楽しみたい。
「そう。それなら良かった。じゃあ早いけど、みんな準備できてるみたいだし、出発しようか」美羽がガキ共に号令をかけた。
「はーい!!」
いざゆかん。お泊り保育へ!
気合を入れ、俺達は目的地へ出発した。
※※※
「なっ・・・・なんじゃココは――――っっ!?」
現地に到着して、俺は叫んだ。「宿泊施設(ホテル)じゃねーのかよっ!?」
マサキ施設を出発して、一時間弱。安く借りたという、乗り心地最悪のボロの観光バスにガタゴト揺られて、近所の山奥にやって来た。見晴らしの良い草原の中に、ポツンとひとつだけ、がらんどうの何もないボロ公民館というか、ホールのようなものが建っていた。
因みにこの建物以外、他に何もない。
だだっ広い草原が広がっているだけだ。
更に付け加えるなら、携帯の電波は圏外だ。チャーターも呼べやしねえ。初夜のための準備グッズは、もう手元に届かねえ。迂闊だった。
まさか携帯の電波が届かないような山奥とは・・・・。
貸切るも何も、最初から貸切りじゃねーか!!
なんじゃココは――――っ!!
「おい美羽、これ・・・・何だよ」
「えっ?」
「ここに泊まんのかよ!」
「そうだけど」
「へっ・・・・部屋は!?」
「部屋? みんな一緒よ。ホールひとつしかないもの」美羽はあっさり言ってのけた。
「なっ・・・・どういう事だよっ。俺とお前の部屋は!?」
「大人だけ別の部屋なんて、あるわけないでしょ。みんな一緒に決まってるじゃない。何言ってんのよ、おかしな事言うのね」
「そっ・・・・そんな、お前、ガキ共の横で初夜っ・・・・いや、その、俺はいーけど・・・・お前がマズいんじゃねーの? そーゆーのって、やっぱさ、もう少し大事に・・・・」
言っとくけど俺、アッチのテク、かなりある方だと思うんだ。経験豊富だし。
だから、多分黙ってするのは無理だと思う。
・・・・ってコトは、お前の乱れた声、ガキ共に聞かせちゃうのかよっ。そのシチュエーションは興奮すると思うけど、やっぱ、それはイヤだ。
お前の全て――初めては、俺様が独り占めしたいんだ!
「初夜? 何言ってるのよ。何よ、初夜って」
あれ。なんかおかしい。・・・・どういう事だ?
「あの・・・・ちょっと聞くけど、俺と泊まりたくて誘ってくれたんじゃねーのかよ」
「うん。だから、今からバーベキューして、草原でめいっぱい遊んで、みんなで飯盒炊爨して、美味しいごはん食べて、キャンプファイヤーして、ここに泊まるのよ。王雅って、こーゆーコト全然したことないでしょ? 貧乏には無縁だものね。だから、これがどんなに楽しいか、体験してもらおうと思って誘ったの!」
そして、ニッコリ。輝くコロッケスマイル。
――――俺は、今日、お前とひとつになるためにココに来たんだ。
バーベキューとか、キャンプファイヤーとか、そんなのどーでもいーっつーの!!
眩暈がした。急激に、今までの疲労が俺の全身に回ってきた。
ダメだ。
もう、倒れそうだ。
ここで死ぬのか、俺は。
心の支えを、たった今失ってしまったんだ。
俺は、お前と合体するコトだけを楽しみに、今日まで生きてきたんだ。
それなのに、その楽しみを奪うとは・・・・いや、絶対そんな事させねーぞ!!
こうなったら、手段は選ばねえ。ガキが居ようが、こんなボロ公民館だろうが、構うもんか!
絶対、お前とひとつになってやるんだ――――っ!!
危うく抜け殻になるところだったが、逆境に強いから燃え上がり、立ち直った。
こうなったら、意地でもヤってやる。
このミッションは、何者にも阻むことはできねえんだ。
「美羽――――っ!!」
どうしてやろうか真剣に考えていたら、突然、大声がした。
振り向くと、向こうの方で手を振っている肩までの金髪の女が視界に入った。もう一人、ショコラ色の髪をした髪の女もいた。こちらの姿を確認した途端、金髪の方が、猛ダッシュでこっちに向かって走って来た。
「久しぶりなのだ!」
金髪の女は、そのまま美羽に抱き着いた。「会いたかったのだ――!」
「まりなちゃん! 久しぶり、元気だった?」
「ウン、オレはいつでも元気だよっ」
まりなと呼ばれたヘンな喋り方をする女は、美羽と抱き合って再会を喜んでいる。
なんだ、一体、どーなってるんだよ!?
呆然と成り行きを見つめていたら、美羽が先ず俺の事を金髪女に説明している。その後、美羽は俺の方を振り返って笑顔を見せた。
「あ、王雅、紹介するね。彼女、暁まりなちゃん」
そう言って、紹介された金髪の女は、暁まりなと名乗った。肩までの金髪に大きな団栗目で、割と可愛い容姿をしている。年齢は、十七、八くらいってトコか。女というより、少女だな。
「商店街のコロッケ友達なの」
「コロッケ・・・・友達・・・・?」
そんな友達あんのかよ。
「前、私がコロッケ買えなくて困っていた時に、まりなちゃんがコロッケ分けてくれたのがきっかけで、友達になったの。この前施設に来てくれて、子供達と一緒に遊んでくれたのよ。今日は、子供達が王雅とまりなちゃんを誘いたいって言うから、彼女にも声かけて、来てもらったの」
「ヨロシク、王雅!」
いきなり呼び捨てかよ。なんだ、この金髪女。馴れ馴れしいな。
「あ、美羽、チョット前に話した友達も連れて来たんだ。おーい、江里――っ、おいでよ!」
さっき見えたショコラ色の髪の女も、こちらへやって来た。あ、あれは確か――
「コンニチハ。今井江里です。急にお邪魔して、すみません」
そうだ。思い出した。今井江里だ。グラビアアイドルで、今、人気急上昇の女だっけ。
ショコラ色のシャギーを入れた髪が特徴で、幼い割には胸があるんだ。因みに、これも少女だ。年齢は――幾つだっけ。
俺様の好みではないからどーでもいー。今は美羽一筋だしな。
コイツ等の詳しくは、作者別作品でも活躍する物語をそのうち公表するから、暇があったら覗いてやってくれ。現時点では、未公表だから読めねーけど。
っつーか、そんなコトはどーでもいーんだ!
コイツ等・・・・まさか今日、一緒にお泊りするとか言うんじゃねーだろーなぁ!?
俺の嫌な予感は的中した。
その、まさかだった。
何でも、ガキ共たっての希望で、まりなっつー女と俺様を、今日のお泊り保育に誘いたいとのことだったようだ。美羽がさっき説明してたしな。
んで、江里っつー女がくっついて来たのは、グラビアの仕事で、地元のPRに貢献した礼に沢山の野菜や肉をもらったらしい。食べきれないからまりなに相談したところ、それなら丁度お泊り保育でバーベキューをするから一緒に来ないかという事になり、勝手に女どもだけで話が盛り上がって、決まったらしい。
俺はきーてねーぞ、そんな事っ!!
また、俺様の計画を阻むお邪魔虫が登場ってワケか。
クソっ!
これは何かの陰謀だ。俺と美羽との初夜を邪魔する陰謀なんだっ!!
絶対負けねーぞ! 意地でも合体してやるからな――――っ!
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