コロッケスマイル

さぶれ@6作コミカライズ配信・原作家

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スマイル14・桃狩り遠足

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 この前のプールから暫く経った。
 思い返してみれば、美羽の気持ちは少しくらい俺様に傾いていると思う。ガキ共をあんなに喜ばせたのだから、手ごたえがあったハズだ。
 やはり美羽を俺に惚れさせるには、ガキ共をうまく使うしかねえ。それは、前々からよ~くわかっていることだ。とにかく、このポイントを攻めるのが最良だろう。

 それより、次のミッションだ。貧乏施設では、美味い果物を腹いっぱい食ったことがねーだろーから、今度も俺様があっと驚く計画を立て、ガキ共を喜ばせてやるのだ。すると、自動的に美羽も喜ぶし、ますます俺様に惚れるってワケだ。
 こーゆーのを何度か続けていたら、美羽は俺の事が好きになるに違いねえ。

 今回の計画だが、俺様の会社が持つ不動産の中に、桃園が山梨県にあるんだ。今が旬で美味い桃がたらふく食えるから、遠足と称して連れて行ってやろうというワケだ。どーせガキ共は、遠足だってロクに連れて行ってもらったことが無いだろう。アイツ等が喜んで桃にかじりつく様子を想像すると、俺も嬉しくなった。

 明日の分の仕事は既に片づけたから、一日休みを取った。ちなみに、明日の天気は良好だ。誘うなら今だろ。

 というわけで、俺は初めてマサキ施設に電話を掛けた。

 スマホから流れてくる呼び出しコールの音を聞くと、ドキドキする。女に、しかも固定電話に電話をかけるだけでドキドキするのは、生まれて初めてだった。
 美羽にかかりゃ、俺様にとっては初めての事だらけだ。全部初体験だ。初体験という三文字は、何かエロい響きだな。一体、何時になったらエロい方の初体験ができるのだろう。俺は、エロい初体験、早くしてーぞ。

『はい、マサキ施設です』

 呼び出し音が六、七回鳴ったところでコールが切れ、電話口に相手が出た。美羽の声だ。

 ドキン、と心臓が跳ねた。

 美羽の声を聞くだけで、心拍数が跳ね上がる。もう病気だ。俺様は、美羽病だ。早くこの病気を治したい。それには、美羽と添い遂げるしか方法がねえからやっかいだ。

「ああ、俺」

 冷静を装って、わざとそっけなく言葉を発した。声を聞くだけでドキドキしている等と、アイツに悟られたくねえ。

『どちら様ですか?』

「なっ・・・・!」

 スマホを握りしめる手に力が籠った。
 この女、俺様の声もわかんねーのか!
 っつーか、俺はその程度の扱いなのか!? 未来の婚約者――いや、旦那になる男だぞ!

『ウソよ。王雅でしょ。何の用? 今、子供達の食事の用意で忙しいんだけど』

 俺が焦ったのが楽しいかったのか、クスクス笑っている。美羽にからかわれた。
クソっ! 焦ったじゃねーか!!

「明日、ガキ共と遠足行くぞ。朝七時半に、全員で大通りに出とけ。迎えに行くから」

『明日ぁ!?』

「そうだ。文句あるか」

『文句は無いけど、明日はちょっと・・・・』

「なんだ、用事でもあんのかよ」

 てっきり用事も無い暇な奴等だと思い込んでいたのだが、まさか用事があるのか!? 俺様の計画が・・・・。
 迂闊だった。先に予定聞いときゃよかった!

『別に用事は無いけど・・・・急だから、全員分のお弁当作る材料もないし』

 何だ。そうならそうと早く言え。今、メチャクチャガッカリしただろーが!
 ガッガリ損させんな。

「そんな食いモンの事なんか心配すんな。俺様が美味いもん、腹いっぱい食わしてやる。昼飯も抜かりはねえ。手配済だ。あ、そうだ。明日出かけるところは外だから、ガキ共がぶっ倒れたりしねーよーに、熱中対策はしとけよ。他は全部用意してやるから。ガキ共全員連れてこい」

『わかった。じゃあ、七時半ね』

「楽しみにしてろよ。スゲーとこ連れてってやるから」

『うん。ありがとう。楽しみにしてるね。それじゃあ』

 プツ、と電話が切れた。
 美羽が楽しみにしてると言ってくれるだけで、俺様は超ゴキゲンだぜ!!
 俺も楽しみだ。メチャクチャ楽しみだ。
 心が躍るとはこのことか。コブ(ガキ)が山盛り付きだが、美羽と一緒に過ごせるんだ。スゲー嬉しいな。

 それにしても、ちょっと電話して声を聞くだけで嬉しくなったり、デートと呼べるようなもんじゃねーのに、ウキウキ楽しみで仕方なくなったり、本当にこんな事は初めてだ。
 乙女心とやらは、こんなんじゃねーのか。ちょっぴり解った気がした。


 そんな訳だから、コンディションを整えるため、早めに寝ることにした。
 しかし、明日が楽しみ過ぎて、三十分おきに目が覚めた。
 最初は、目覚ましが鳴る頃かと思って時計を見て、就寝から三十分しか経ってない事に驚いた。
 それからずっと、うとうと眠っては三十分から一時間毎に起きて、外が暗いのを見てため息を吐く繰り返しだった。

 一体、何時になったら待ち合わせの時間になるのだろう。

 仕方ねーから、美羽とイチャイチャすることを考えた。想像するだけなら、俺様の勝手だろ。コロッケスマイルを浮かべる、可愛い美羽を想像した。




――そしたら、余計眠れなくなった。





 ※※※




 当日。俺様は目覚ましが鳴る二時間前に起きた。
 遠足が楽しみ過ぎて眠れねーから、もう起きることにした。まるで子供だな、と苦笑が漏れた。
 起きたからには、支度をしよう。クローゼットの前に立ち、どの服で行ったら一番カッコよく見えるか、じっくり吟味した。何でも様になる俺だが、やっぱり好きな女には一番イイトコ見せたい。たかが桃狩りといえど、ファッションに手抜きはできねえ。

 そんな訳で時間をかけて支度を整え、用意させておいた玩具、菓子、弁当が抜かりなくバスに積まれているか確認し、施設へ向かった。大通りで待っている予定だったが、それでも三十分以上も前に着いてしまったから、施設へ迎えに行くことにした。少しでも早く美羽に逢えるしな。
 わざわざこの俺が出向いてやるなんてことも、初めてだ。
 俺様の初めては、全部美羽がらみだから恐ろしい。

 実のところ、俺も驚いている。一人の女の事を、こんなに好きになるなんて。今までこんな気持ちになったこと、一度もなかった。女なんて、誰でも一緒だと思ってた。

 欲を満たし、抱きあえりゃ何でも良かったんだ。

 そんな俺様が、デートでもない遠足行事が楽しみ過ぎて眠れないとか、ありえない話だ。
 でも、ガキ共が喜んで桃食ってるところを、優しく見つめる美羽のこと考えるだけで、俺も嬉しくなるんだ。幸せな気持ちで満たされる。

 それに、逢いたくて堪らなくて、胸が苦しい事もしばしばある。

 いっつも冗談とか、からかってるとか、俺のキモチなんか何一つ信用してねー美羽の事に、腹が立つ。
 俺様の心が見せられるなら、幾らでも取り出してお前に見せてやるのに。
 この気持ちが美羽に伝わるように、証明できればいいのにな。


 そんな事を考えながら歩いていると、ボロい施設が見えてきた。俺は、美羽に逢える事が本当に嬉しくて仕方ないようだ。心がソワソワしだした。まだ、彼女を見たわけではない。ボロ施設が見えただけだというのに、どうなってるんだ――。


 クソッ、腹が立つ!


 何で俺様ばっかり、こんな気持ちにならなきゃいけねーんだ。
 何で俺様ばっかり、お前の事を追いかけなけりゃいけねーんだよ!!
 お前が、俺を追いかけて来い。そしたら、何時でも捕まえて一生離さないでやるのに。
 ボロい門扉を開け、中に入った。食堂の方かと思って向かったが、遊戯室の方から騒がしい声が聞こえてきたので、そっちに向かう。
 中に入ると、美羽とリカとガックンが手分けして用意をしていた。

「あっ、お兄さんだ! おはようございます!!」

「おはようございまーす!!」

 リョウが筆頭になって、ガキ共が大声で俺様に挨拶してきた。
 うむ。良い心がけだ。

「あら、王雅。おはよう。わざわざここまで来てくれたの?」

「早く着いたし、ガキ共一人で連れてくんの、大変かと思ったから手伝いに来た」

「気が利くのね。助かるわ。さあ、みんな。今日は王雅お兄さんが、すっごく面白いところに連れて行ってくれるって! ご挨拶できる?」

「はーい! 王雅お兄さん、今日はよろしくお願いしまーす!!」

 施設が壊れそうなくらい大きな声で、ガキ共が挨拶してきた。

「よーし、いい返事だ。準備できたやつから並べ。俺様が準備地点まで案内してやるから、美羽先生の言う事聞いて、ちゃんとはぐれないように、ついてくるんだぞ。それから、自分の荷物は自分で持て。他のヤツに甘えるな。誰も持っちゃくんねーぞ」

 はーい、と大きな声で返事が上がった。これくらい素直なら、いう事ねーな。

「あら。みんなは王雅の言う事、良く聞くのね」美羽が感心して言った。

「あたりめーだろ。誰に向かって言ってんだ」

「私の場合、時々聞いてくれない時があるのはどうしてかな~?」

 美羽はガキ共に笑顔を向けたが、言葉の端々に棘が感じられる。ガキ共はこれからちゃんと聞きまーす、と返事をよこした。

「さあ、出発ね。忘れ物は無い?」

「無いでーす!!」

 というわけで、ボロ施設を出発し、俺様の会社所有の超高級大型バスまで案内した。
 櫻井グループは便利だ。欲しいものも、用意したいものも、何でも揃う。今までそういった面で不自由したことはねえ。それに俺様は特別だから、私用だろうが別に、何でも使い放題ってワケだ。
 広々とした車内は、ゆったりとした空間で、豪華に革張りのシートを採用している。座り心地だけでなく、寝心地も最高だ。
 ガキ共はまだ小さいから、トイレも完備だ。各席に遊べる玩具と菓子も用意してある。

「えーっ、カッコイイ!! これに乗るのぉ!?」

「すっげー!!」

 ガキ共は口々に叫んで、我先にとバスの車内に入っていった。

「こんな高そうなバス・・・・」美羽が不安そうな顔をしている。

「いいんだ、気にすんなって。俺様の会社のバスだから、タダだよ。お前から金なんてとらねーよ。心配すんな」

 何か言いたげな美羽をバスに押し込めた。
 バスの中に入ると、既に席の割り振りが勝手に決まっていた。
 予め用意していた、俺様の席の隣に配置してある美羽の席は、既に陣取られていた。座っていたのはサトルだ。コイツは、この小説に出てくるのは、初めてだな。作者もいい加減、名前やキャラ設定をしなくては、と焦って作った名前とキャラに違いねえ。

 そんな解説はさておき。

「おいコラ。そこは俺の席だ。正確に言うと、美羽先生の席だ。荷物だってあんだろ」

「ダメだよ、早い者勝ちだよーっ」

「お前等の席は、後ろだ。ちゃんと玩具や菓子を用意してある。そっち行け」しっしっ、と手で追い払う真似をした。

「僕、今日はお兄さんの隣に座りたいんだもん」

「何が悲しくて男の隣に座んなきゃいけねーんだよ。おい美羽――」

 美羽を呼ぼうとしたら、既に女子達に後ろの席の方で囲まれ、確保されていた。見ると、席にまで着かされている。

「ちょっ・・・・」

「はい、お兄さん。残念だけど、もうミュー先生忙しいから、僕とあそぼっ」

 サトルに腕を掴まれて、俺も自分の席に着いた。
 今日は美羽の隣に座って、あれこれ話して、親密深めようと考えていたっつーのに!!



 俺様の計画があぁあぁぁぁ――――っ!!



 桃園に着くまで、俺様はサトルに捕まって、あれこれ相手をさせられたのだった。




 ※※※




 出発してから二時間弱で、桃園に到着した。
 案の定、ガキ共は大喜び。散り散りになって行こうとするのを先ずは止め、熱中症対策を行い、桃狩りの説明を行った。
 ガキにしたら、説明なんて話半分だったと思うが、元気よく返事が返ってきた。
 後は野となれ山となれ状態だ。俺様はもう知らん。

 早速ガキ共は散り散りになって、桃をむしり出した。皿なんかも渡してやったのに、その辺のテーブルに置き去りにして、桃をもぎとった途端、近くの水道で水洗いして皮ごとむしゃむしゃ食べている。
 想像通りだな。桃にガっついて、満面の笑みを湛え、お兄さんとっても美味しいよ、と報告してくるガキ共。
 良かった。こんなにも喜んでくれたことが、とても嬉しかった。

 俺は、自分で桃を取ることが出来ないまだ小さいガキの何人かに、取った桃を丁寧に洗って産毛を取り、皮つきのまま小さく切って、皿に出してやった。

「知ってるか? 桃は、皮ごと食った方がより美味いんだぜ。皮と実の間が一番美味いんだ。食ってみろよ」

「あーとう」

 ありがとう、という意味だろう。礼を言って美味そうに桃を食べるガキ共を前にして、俺は微笑みながらその様子を見ていた。
 目の前に居るガキ共は、まだたったの二,三歳くらいだ。
 こんな小さいのに、どういうワケでこの施設にやってくるんだろうな。親とか、どうしてるんだろう。考えたことも無かったが、ガキ共も苦労してんだろうな。

 でも、今幸せそうな顔して桃食ってるから、こいつらは間違いなく幸せだと思う。

 両親揃ってても、淋しく辛い思いばかりしていた俺みたいな暮らしとは違って、マサキ施設だったら、きっと毎日楽しく、幸せに暮らしていけると思う。
 俺の家は幸い金の面では裕福であったが、幸せという意味では、侘しく貧乏だった。美羽に出逢ってから、俺はその事に気づいてしまったんだ。
 それに、両親が居ても不幸になったりするヤツ、沢山いるしな。親が居なくて貧乏でも、美羽がいりゃー、幸せになれるだろ。あんなに、ガキの為に一生懸命な女はいねーからな。

 俺も、そこに惚れちまったんだ。ガキ共だって同じだろ。

 それにしても、美羽は、たった一人で毎日ガキ共の面倒見てんだよな。本当に大変だな。改めて思う。
 前に、美羽のバースデーケーキ作戦を実行した事を思い出した。
 一人で面倒引き受けた時、マジで大変だったからな。一人でよくやるぜ。
 今度また時間作って、美羽の手伝いしてやろう。美羽も俺様が居る方が助かるだろ。
 それより、ガキ共とどうやって遊んでやろうかな。次のミッションで、どうやってまた驚かせ、喜ばせてやろうかな――・・・・そんな事をあれこれ考えていると、肩を叩かれた。美羽だ。

「王雅、折角来たのに、全然桃食べてないでしょ? はい。取って来たから、一緒に食べましょ」

「ああ、サンキュ。食おうか」

 俺は、満面の笑みで美羽を見つめ返した。俺の為に桃取ってきてくれたんだな。スゲー嬉しかった。

 美羽は俺の席の隣に腰かけると、手際よく桃を一口サイズに切ってくれた。流石に毎日大量に飯作ってるだけあって、ナイフの扱いはプロ級だ。さっき、皮も食えるからって教えておいたから、綺麗に洗って持ってきてくれている。もぎたての桃は、みずみずしくて美味そうだ。
 俺は、桃を見ているうちに、無性に美羽に食べさせてもらいたくなった。

「なあ、食わせてくれよ」

 美羽の方を向いて、口を開ける。はい、あーん、ってヤツだ。結構恥ずかしいもんだな。
 でも、俺様はカッコイイから、きっと絵になっているハズだ。
 口を開けて待っているが、一向に桃を運んでくれる気配が無い。自分で食べれるでしょ、と冷たくあしらわれた。それより目の前のガキが桃の汁を垂らして食ってるもんだから、口を拭きにかかっている。


 俺、かなり寒いんだけど!!


 でも、ここで諦めては男がすたるってもんだ。俺は再び美羽をつついて、待ってるんだけど、と微笑んだ。
 あ、なんか、美羽のヤツ、ため息ついてんぞ。
 また、冷たくあしらわれるのかと思ったが、仕方ないわね、王雅は大きな赤ちゃんで困っちゃうわねー、と言いながら、爪楊枝に突き刺した桃を食べさせてくれた。





――その瞬間、今食った桃が、俺がこれまでに食ってきた桃の中で、一番美味い桃になった。




 そして今度は、お前の大きくて柔らかい二つの桃を拝み、食いたいと切に願うのだった。

 それから暫く、桃園でたっぷり桃を食った。たらふく食べたが、弁当は別腹のようで、ガキ共は俺様が用意した弁当やおやつまで、しっかり平らげた。まだ桃を食うヤツもいるくらいだ。何人かは桃園の方に走って行って、まだムシャムシャ食ってるぞ。
 普段、どんだけロクなもん食わせてもらってねーんだよ。見ていてかわいそーになる位だ。
 仕方ねーから、今度はお菓子の家でも作って、アッと驚かせてやろう。コイツ等にかかったらものの三十分程度で、そんなもんは無くなるに違いねえ。

「ねえ、王雅。サトル君知らない?」

さっきまで土産用の桃をもいでいた美羽が、少し慌てた様子で戻ってきて、俺に尋ねた。「見当たらないのよ」

「サトル? さっき桃食いに行くっつって、桃園の方に行ったぞ」

「おかしいなあ。ここから見える範囲にしか行かないように言ってるのに、姿が見えないのよね」

「わかった。探しに行ってくる。ここで待ってろ」

「ううん、私が行ってくる。ちょっと子供達のこと、見ててくれるかな? お願いね」

「任せとけ。居なかったら、すぐ俺も行く。呼んでくれ」

「ありがとう。助かる。多分ちょっと奥に行っただけだと思うから。サトル君、結構そういうトコあるから」

 慌てて美羽が桃園の方に走って行った。美羽も心配性だな。サトルみたいな、頑丈で叩いても死にそーにねーヤツ、大丈夫に決まってる。


 だが、桃園の方に走って行った美羽は、十分経っても戻って来なかった。
 流石に遅いだろ。心配になったので、桃園管理のオッサンと召使にこの場(というかガキ共)を見張っておくように言って、俺も桃園の奥に向かった。

 さっきの所からだいぶ奥へ向かって走って行った所で――


「きゃあぁ――っ!!」


 美羽の悲鳴が聞こえた。
 声の上がった方は、もう少し先だ。

「美羽っ、サトル!!」

 あたりを見回し、二人を探した。「ドコだ――っ!?」

 更に奥に進むと、サトルを抱きかかえて蹲っている美羽が居た。彼女の着用している白地のレースシャツに、巨大なスズメバチが止まっている。肩辺りに止まっていて、動くことができない様だ。下手に動くと刺激して刺されちまうからな。
 スズメバチは、刺されたりしたら大人でも危ない。ましてや、サトルみたいな小さなガキは特に用心しなきゃならねえ。

「美羽、大丈夫だ! そのまま、もう少し辛抱してろ。絶対、動くなよ!」

 俺は羽織っていたジャケットを脱ぎ、念のために用意していた携帯用のハチ除けスプレーを取り出した。その辺に落ちてる桃の枝を拾って武器もどきを作り、まずは美羽の肩に止まっていたハチを追い払った。
 彼女に素早く俺のジャケットを被せて振り向くと、俺に攻撃されたと思ったハチが向かってきたから、スプレーで撃退した。
 最近この辺で、スズメバチが良く出没すると聞いてたから、用心してスプレー持ってて良かったぜ。
 
「怪我無いか、大丈夫か!? もうハチは退治したから大丈夫だ」

 美羽とサトルに駆け寄り、顔を覗き込んだ。

「王雅・・・・もう大丈夫なの?」

「お兄さん・・・・ひっく。うわーん、怖かったよー!!」

 半泣きになっている美羽と、既に泣きじゃくってボロボロの顔したサトルを、俺は強く抱きしめた。

「サトル、美羽も、怪我はねーんだな!? 良かった!!」

「うん・・・・」

 美羽も、安心して俺の背中をぎゅっと抱き返してくる。
 何だコレは。メチャクチャ美味しいシチュエーションじゃねーのか!?
 俺は、撃退したスズメバチに感謝した。

「サトル、どうしてこんな奥に入って来たんだ。美羽先生も心配すんだろが」

 美羽ごとサトルを抱きしめ、ヤツの髪を撫でた。怯えて泣いていたのが、落ち着いてきている。「もう大丈夫だ。男なら泣くな」

「はい、ごめんなさい」

「美羽も、ムチャせず困ったら呼べ。俺様が、守ってやるから」

「うん。そうする。来てくれてありがとう、王雅」素直にそう言って、俺様の背中に回した手に、更に力がこもった。



 ふおおお――っ。マジ、さっきのハチに感謝だぜ!! あんがとよ。撃退しちまって、悪かったな。




 サトルが邪魔だが、美羽の柔らかい肌に触れられて、最高だぜ!
 あー、もう、早くしてえ。今すぐお前の桃にかじりついて、xxxとかxxx・・・・何とかなんねーのかな。

 俺は、心を読まれたら確実にどつかれそうな事ばかり考えて、でも、顔はマジで美羽とサトルを心配している様に務めた。こんな時にエロ桃想像してるって知られたら、多分、好感度は地に落ちる。俺様の今までの苦労が水の泡になっちまうからな。気をつけねば。

「ごめんなさい。あのね、王雅お兄さん、いつも僕たちを楽しませてくれるから、何かお礼ができないかなーって探してたら、綺麗なちょうちょを見つけたんだ。捕まえてお兄さんに見せたら喜ぶかな、と思って追いかけてたら・・・・そしたらすごく大きなハチが飛んできて、走っても走っても追いかけてくるから、逃げてたら迷子になっちゃって・・・・」

 威勢のいいサトルも、流石にシュンとしている。

「俺を喜ばせる為に、こんなムチャな事したのか」

「ウン。ごめんなさい。いつも僕たちのためにありがとう、お兄さん! お礼がしたかったんだ」


 やべー。キュンと来た!!
 サトルのヤツ、かわいーとこあるじゃねーか。



 俺の為にムチャしてくれたのは、嬉しかった。でも、怪我したりしたら元も子もねーからな。

「ホラ、立てるか。俺様の為に何かしようとしてくれるのは嬉しいけど、ムチャして美羽先生を困らせるのは、もうナシだ。俺様だって心配だ」

「ウン。ごめんなさい」

「サトルの優しい気持ちは、ありがたくもらっておく。俺様のことを考えてくれたのは、スゲー嬉しい。でもな、子供は素直に喜んでりゃそれでいーんだよ。また、面白いトコ連れてってやるし、施設でもスッゲーことして、遊んだりしよーぜ」

「ウン、したい!」

「但し、美羽先生や、俺様に心配かけるな。これからは、ムチャして一人で勝手な行動はしないこと! いいな?」

「はーい!」

「よし、良い返事だ。来いよ」

俺はサトルを抱き上げ、肩車してやった。

「うわーっ、高い! スゴーイ!」サトルは大興奮だ。


 今、なんとなく、俺がコイツ等(ガキ達)が好きな理由、解った気がする。
 ビジネスや金の力抜きで、俺を大切にしてくれようとするところや、損得関係なく、ありのままの俺を慕ってくれることや、気を使わない事。
 ガキ共だって、俺様に向かって言いたい放題だしな。


 美羽と、一緒だ。だから、好きなんだ。


 俺は小さな頃からちやほやされてきたが、本当の意味で大切にしてもらったと感じたこと、一度も無い。
 友達と呼べるヤツも居なかったしな。俺に気に入られようと変に近寄ってくるヤツは大勢いたけど。そんなの友達とは言わねーし。向こうは友達みたいなツラしてたけど、全部無視だったし。

 俺の世話してくれた召使は、優しくはしてくれたが、気を使って一線おいてたしな。金で雇ってたから仕方ねえけど。俺を立派にしつけ、教育するのが仕事で、ちゃんとできなきゃクビになるからな。自分の為に、クビにならないように、気を付けていたまでだ。


 コレもビジネス。仕方ねえのは判る。
 だからだろう。心から俺の事を考えてくれたヤツは、居なかった。


 全部、親の金の力のおかげなのだと、その事に割と早く気が付いたもんだから、金の力を使って、やりたいようにやって来た。思い通りにならない事なんて、今までなかった。
 幸い器用で頭も良かったから、たいていの事は自分で何でもできたし、淋しいと思う気持ちなんかは、全部それに気づいた幼い頃に捨ててきたんだ。
 


 でも、気づいてしまった。



 俺が、今まで誰にも抱く事が無かった気持ちに。
 美羽を含めて、マサキ施設のヤツ等が大切だってこと。
 俺の全力で、守ってやりたいってこと。



 美羽も、ガキ共全員ひっくるめて、大好きだってこと――



「お兄さん、すごいよっ! 僕こんなの初めて!!」


 考えにふけっていると、俺の上ではしゃぐサトルの声が聞こえてきた。


――俺も、やってもらいたかったな。自分の父親に、こーゆーこと。一度も経験したことねーからな。

 両親は何時も仕事で忙しかった。ビジネスチャンスは逃すことはできないから、家庭が犠牲になってきたんだ。三人揃った食事をしたかどうかでさえ記憶に無い程、彼等は俺と接することが無かった。家は豪邸で立派だったが、家族としてはダメだったってことだ。
 
 その集大成が、俺だ。
 今までは、そのことを何とも思っちゃいなかった。大切なものなんて無かったし。
 だから、人を好きになったことも無かったし、誰かを大切にしたことも無かった。
 そんなこと、知らなかったからな。

 でも、今は違う。
 金では決して買えないものが、俺は欲しいと思ってしまったから。



 素直に俺の上で喜んでいるサトルが、少し羨ましくなった。
 
「美羽、戻るぞ。他のガキ共が心配して待ってる。それにもし、これからもお前が困ったら、何時でも駆けつけて守ってやるからな。だから、俺様を頼れ。ホラ、手貸せよ」

 まだ少し震える美羽の手を取り、サトルを肩に乗せたまま、三人で元の場所まで歩いた。
 普段は気が強い美羽も、やっぱ女だな。
 たった一人で体張って、これだけの人数のガキ共を守っていくのは、相当負担になっていると思う。しかもまだ若くて十分遊べる年頃なのに、何時だって考えているのは、血も繋がってないガキ達のことばかりだ。

 でも、そんな事何とも思っちゃいねーお前の事、スゲーって思う。マジで尊敬するぜ。


 彼女と繋いだ手が温かくて、心地よかった。


 サトルも肩にのっけてるから、何だか、親子みたいな気分になった。
 不思議な、優しいぬくもりに包まれている。繋いだこの手を、放したく無いって思った。

 このまま、本当に美羽と家族になれたらいいのに。
 お前が望むように、俺もこの施設でガキ共の面倒見て、全部守ってやるから。
 そしたら、毎日お前のコロッケスマイル見て、楽しい日々が送れるんじゃねーかって思う。
 時にはケンカして、抱き合って、同じ時間を過ごすんだ。


 なあ、美羽。
 頼むから、俺だけのものになってくれよ。
 俺の事、好きになってくれよ。
 誰にも渡したくねーんだ。
 お前が、欲しいんだ。

 俺は、今まで欲しいと思ったものは、何だって手に入れる事ができた。
 何時だって、どんなものだって、手に入れることができたんだ。
 でも、初めてこんなに欲しいって思ってるのに、どうして手に入れる事ができねーんだよ。

 お前が俺のものになってくれるっつーなら、他に何も要らない。
 今の生活も、金も、全部捨てていい。
 貧乏はやったことねーから、苦労とか、他にもわかんねーとこいっぱいあるけど、施設があって、ガキ共が元気で、お前が居てくれたら、別に金なんか無くったって何とでもできそうな気がする。

 俺、こんなに誰かを好きになって、必要だって思った事、生まれて初めてなんだ。
 もどかしいこの思いを伝える方法がわからなくて、苦しくてしょうがないんだ。



 好きだ。
 好きだ、美羽。



 お前が傍に居てくれるだけで、俺はこんなにも幸せなんだ。


 だから、全部俺にくれよ。



 誰にもやらないっつった、お前の心、その全てを――――




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