コロッケスマイル

さぶれ@6作コミカライズ配信・原作家

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スマイル11・コロッケパーティ

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 恋の病事件があってから、数日が過ぎた。アメリカからの仕事依頼の対応で暫く会社に足止め・・・・もとい仕事で施設にいけなかったから、今日は久々に施設へ向かう。

 そういえば、もうすぐ美羽の誕生日だというのだ!

 その日は櫻井王雅、一世一代の勝負の日だ!! 絶対しくじるワケにはいかねー!
 美羽の誕生日には、ガッチリ彼女のハートを射止めるのだ。
 勿論プレゼントは重要だ。だから何が欲しいか、事前にガキ共にリサーチしたが、全く役に立たなかった!

 全員が口をそろえて『ミュー先生は、(施設の)みんなが元気にいてくれる事が、一番のプレゼントよ』って言いやがるんだ。とりあえず今日は自分で美羽の欲しいものを聞き出すしかねー。

 こーなったらやっぱり結婚指輪しかねーだろーな。そろそろ俺との仲の事、考えてくれただろ。
 日程の都合聞いたらソッコーで超最上級のスウィートルーム予約して、うんと可愛がってやるのに。




――――・・・・




 絹で出来た滑らかなバスローブに手をかけ、そっと紐を解くと、キレイな肌が露見する。美羽が恥じらいを含んだ声を上げる。


――王雅、おねがい! 電気、消してよっ・・・・

――何言ってんだ。お前のキレイなトコ、全部見てーんだよ。


 出来る限り優しく口付けて、露になった肌に指を滑らすと、途端に甘い吐息が漏れる。
 煌々と光る最上級スウィートルームの豪華なライトに照らされ、恥らう美羽の耳に愛の言葉を囁きかけ、抱きしめる。


 彼女の甘い声が、俺の脳天を震わせる。
 絹のバスローブが、音も無く彼女の身体から流れ落ちてゆく。


――・・・・おう・・が。

――美羽、好きだ。



 そのまま俺と美羽は――・・・・・・・




 なーんて事にならねーかなぁ!!



 やべ。想像しただけで下半身が大変な事になっちまった!
 妄想エロ美羽のせーだ。
 本当にチラっとしか見てねーけど、胸は割と大きくて良い形してるし、抱き心地も最高だろうなぁ。

 非売品だからやっかいなんだよな。

 ま、金払って出来るんだったら、飽きてポイしてるかもしんねーな。
 こうやって今までにない努力というヤツをしているから、きっと目標達成した時に感動するんだろう。早くしてーな。


 美羽を抱くところをあれこれ想像しながら施設に行くと、俺の姿を見つけたガキ共に取り囲まれた。

 俺に逢えなくて寂しかったんだな。はっはっは、カワイイ奴等め。
 土産に持ってきた高級菓子詰め合わせセットを渡すと、ガキ共は大騒ぎ。
 毎日ロクなおやつもらってねーだろ。貧乏施設だからな。俺様に感謝して、有難く食えよ。

「お兄さん、美羽先生なら今お買い物です。今日はコロッケの特売日だから、慌ててさっき買いに行ってしまいました」

 美羽の行き先はコロッケ屋だと、ガックンが教えてくれた。

 そうそう。そうだった。
 今日が例の、食事がオムライスとコロッケの日だ。
 また食べたくてチェックしておいたんだ。しかも今日は、俺様が特別にしかけをしたんだ。美羽のヤツきっと驚くぞ。

 俺はガキ共に手を振って、商店街へと歩き出した。

 何時も活気のある商店街だが、今日は特別に静かだった。人通りも無い。
 商店街の入り口にバリケードが張ってあり、警備員が何人か居たが、俺はそれを無視して中に入った。
 人やものでごった返している普段の商店街と違って、小さな露天のコロッケ屋だけが、ポツンと置き去りにされた玩具のようにあった。美羽もその場に立っている。


「おーい」


 俺は美羽に手を振った。逢えた事がこんなにも嬉しい。
 たった数日だが、彼女に逢えなくてたまらなく寂しいと感じている俺は、本当にもう病気だと自覚している。
 並ばずにコロッケが手に入る事を喜んでいるだろうと思っていたのだが、美羽は酷く怒った顔をしていた。


「これ、アンタの仕業でしょ! 一体、どういうことなの!?」

「何が? あ、気に入ってくれたか? コロッケ、手に入れるのに並ばなくてもいいようにしておいた。数はたっぷりあるだろ。好きなだけ持って帰れよ」

「どういうつもりなのかって聞いてんのよ!! 何やったの!? 商店街、どうなっちゃったのよ! まさか潰したんじゃないでしょうね!!」

「商店街・・・・ああ。この事か。潰すなんてそんな野暮な事はしねーよ。一日、お前のために買い占めたんだ」

「かっ・・・・買い占めたぁ!?」

「そっ。俺様の力があれば、何だって出来るんだ。お前が必死こいて並んでちょっとの数しか買えないコロッケだって、ホラ」俺は露天を指した。「今日は特別貸切だぜ。このコロッケ、全部お前のだ。どうだ、嬉しいか?」


 美羽は震えていた。余程嬉しかったのだろう。肩なんか震わせちゃって、カワイイな。
『王雅嬉しい、有難う。お礼に私を抱いて』なんつって――・・・・




 バチン




 強烈なビンタが俺の頬を襲った。
 一瞬、何が起きたのか解らなくて呆然とした。
  

「アンタ、本当に救いようが無いバカね!! こんなコトして貰っても、私はちっとも嬉しくなんかない! 本当、アンタって可哀想。人の気持ちがこれっぽっちも解らないなんて」

「はあ、何言ってんだ! コロッケたらふく食えりゃ、嬉しいだろーが! ガキ共だって喜ぶしよ、そう思ってやってやったのに、折角の好意を無駄にしやがって! 何が可哀想――・・・・」


 そう言って、ハッと気が付いた。
 美羽の頬が、涙でぬれていた。

「アンタって、何も解ってない。私の為だけにこんな事をしたのだったら、この辺りに住む大勢の人は、一体何処で買い物をすればいいの? 他の人の生活とか、考えた事ある!?」

「いや、そこまでは・・・・」何で俺は怒られているんだろう。


「アンタが言うみたいに、お金があったらそりゃ楽にはなるわよ。生活だって豊かになるし、子供達にひもじい思いさせなくて済むわ。でもね、アンタのその何でもお金で解決するやり方は、何も産まない。感謝の気持ちとか、人を大切にする気持ちとか、本当に毎日を生きていく事がどれ程大切で、素晴らしいかなんて事、絶対解らない!!」


 一気にそれだけまくしたてた後、彼女は強引に涙を拭い、悲しげな瞳で俺を見つめて無言で去っていった。
 何で、アイツはあんなに怒ったんだ。

 嬉しくねーのか?
 女ってわかんねー。


 っつーか、このコロッケどーすんだよ!!


 俺は、露天に積み上げられたコロッケを見て、ため息をついた。
 しゃーねーな。この大量のコロッケ、勝手に処分したらまた美羽に怒られそうだから、召使に頼んで、施設に届けさせる事にした。

 それより、美羽は俺に逢えて嬉しくねーのかな。
 何であんなに怒ってばかりなんだ。
 俺なんかちょっとでもお前に逢えただけで、こんなに嬉しいのに。
 俺はただ、お前のコロッケスマイルが見たいだけなのに。


 どうして、泣くんだよ。
 どうして、俺の気持ち解ってくれねーんだ・・・・。


 恋をして、初めて弱気になった。
 好きな女一人振り向かす事が出来ない俺は、やっぱり金の力が無かったらただの無能な男で駄目なのか、と 自信を失くしてしまいそうだ。


 今までとは違う。

 好きになってもらえない。

 振り向いてもらえない。

 俺様の今までのものが、何も通じない。


 こんな事ってあるか?
 途方に暮れるしか、今の俺にはできなかった。



 戻り辛い雰囲気ではあったが、折角会社抜けて来たんだからもうひと目だけでも美羽を見て帰ろうと思って、施設にやって来た。我ながら女々しいと思うが、仕方ねえ。

 門の所からそーっと覗いてみると、中がゴタついていた。

 広場には大きなテーブルを用意しようとガキ共が数人で必死になって運んでいて、ひっきりなしに施設からガキが出ては戻り、という状態なのだ。


「あっ、お兄さん! こっちこっち~!」


 いち早く俺に気が付いたリョウが、手を振った。「良かった。お兄さんの事探しに行こうと思ってたんだ! 今日は沢山のコロッケ届けてくれて有難う!! 僕たちだけじゃ食べきれないから、近所の人たちも呼んで、これからコロッケパーティする事になったんだ!」

「コロッケパーティ?」

「そう! お兄さんのお陰だよぉ~!! こんなの初めてで嬉しいなっ。ねえねえ、お兄さんも一緒に準備しよっ! あ、そうだ! お兄さんが来たら、キッチンの方に来るように伝えてって、ミュー先生に言われてたんだ!」

 リョウはかなり興奮しているようで、一気に自分の喋りたい事をまくし立てた。
 早く行けと急かされたので、俺は施設内に入り、キッチンへ向かった。

 キッチンは美羽やガキがバタバタしていた。何となく入りづらいので外から様子を伺っていると、ガキのひとりが俺に気づいた。「あ、お兄さんだ! 来てくれたんだね!!」

「お、おう」

 身を引くのもどうかと思い、軽い挨拶と共に、中へと足を踏み入れた。

「ねえ、アンタ、おにぎりって作った事ある? ていうか、おにぎりって知ってる?」

 美羽が突然そんな事を聞いてきた。


 あ、何か、フツーだ。


 さっきの事、まだ怒ってるというか、悲しんでるというか、とにかく話しにくい雰囲気かと思っていたからだ。

「誰に向かって聞いてんだ! おにぎり位知ってるっつーの!!」

 嬉しくなった俺は、必要以上に力んで返事をした。
 これじゃ小学生のガキだな。好きな女にやたら張り切って接しようとするけど、どうしていいか解らなくて意地悪の繰り返し、そして結局嫌われる・・・・って俺そのものかよ!?

 思いながら、自分でツッコミたくなった。
 
「あっそ。じゃ、いーわ。一緒に作りましょ」

 美羽は俺がムキになっても気にせず作業を促した。

「作る? 誰が?」

「アンタと私よ」

「そうか。やっとその気になったか! 子作りなら喜んで――」

 そう言い掛けた俺を、美羽は思い切り怖い顔で睨み付けた。「手、そこでよく洗ってね」


 おお、コワ。
 これ以上怒らせないように、俺は黙って手を洗った。

 小学生のガキにはなっちゃいけねーな。
 俺様は最強の男だ。(多分)←何か弱気になりかけてるが気にするな。
 うんと優しく、美羽が惚れるような男の態度を取らねば!

 そう心の中で密かに決意しながら指定された定位置に戻ると、美羽が釜いっぱいに炊き上がった白いご飯を持ってきた。熱々の湯気が出ている。

「私はちょっと別の準備があるから、皆はお皿運びをお願いね。おにぎりは、とりあえずアンタ一人でお願い。お手本見せるから、その通りにやってね。熱いから気をつけて」

 美羽の声に、はーい、とガキが返事する。

「王雅君はわかりましたかー? お返事が聞こえませーん」

 返事をしない俺に向かって、美羽が嫌味に聞いてくる。

「わかったよ。イチイチうるせーな」

 おっと。思わず嫌な返事をしてしまった。


 イカンイカン。
 紳士にスマートにゆかねば。


「じゃ、見ていてね」

 美羽は俺の返事は気にもせず、先ず水の入った碗に手をつけ、軽く手のひらを擦って濡らし、そこに塩を入れた皿に手をつけ、軽く刷り込んだ。

「こうやって手を濡らして、塩を少し刷り込んだら・・・・」

 シャモジで熱々の白ご飯をすくい、その中にカツオと醤油で味付けしたものを入れると、さっと丸めておにぎりにした。
 手際も良く、一瞬で綺麗な俵おにぎりが出来上がった。

「はい。簡単でしょ。やってみて」

「何だそれくらい。簡単じゃねーか。見てろ」


 俺は美羽がやった通りに水で軽く手を濡らし、塩を刷り込み、シャモジで白ご飯をすくって――




「あちちちちちちちっ!!」




 手の中に熱々の白ご飯が触れた瞬間、余りの熱さに驚き、シャモジを釜の中に投げ捨てた。
 更に手に付いた白い飯が熱すぎて、洗い場に駆け込んだ。


「おいっ! こんな熱いの触れるかっつーの!!」


 蛇口いっぱいから水を出し、手を冷やしながら文句を言ったが、簡単じゃねーかって言ったでしょ、お水もったいないから早く止めてね、と相手にしてもらえず。

 何で俺はこの女にかかると、こんなにダメな男になっちまうんだ?
 不思議で仕方ねー。
 しかもこの俺の方が惚れちまってるから、タチが悪い。

 結局四苦八苦しながら、べちゃべちゃのおにぎりを幾つか完成させた。見てくれが悪くべちゃべちゃなのは、ご飯が熱すぎるせいで触れず、大量に水を含んだ手で握ったからだ。それでも熱かったが、何とか堪えた。
 こうなるともう、ご飯が水分を吸って膨張して冷たくなり、何ともマズそうな水気のあるおにぎりしか完成させることができない。見た目も最悪だしな。実際、本当にマズイだろうと思う。


 まあ、俺は関係ねーけど。俺が食う訳じゃねーし。どーせ食うのはガキ共だ。


 そんな事を考えながら、マズそうな(というか実際マズイであろう)おにぎりをせっせと作っていると、他の準備を終えて戻ってきた美羽も作業に加わった。すぐに俺の作ったおにぎり以上の数を作り、どんどん作業を進めて行く。こいつは本当に綺麗で早い。

 折角二人きりだから、何か話してーな。けど、さっきの件(商店街でビンタ事件)があったから、どうもやりにくい。

 かといって、他に会話も思いつかねー。

 ヤブヘビになるといけねーから、その話は俺から触れないでおこう。仕方ないな。暫く無言で通し、好きな女と2人きりで居るという幸せに浸っておこう。俺ともあろう者が、こんな事で満足するなんて、本当に落ちぶれたものだ。

「・・・・さっきはゴメンね。商店街で、叩いたりして」

 触れないでおこうとしたら、勝手に向こうから振ってきた。「・・・・アンタなりに色々考えてやってくれたんだもんね。結果、子供たちも喜ぶ事になったし、ご近所の皆さんを招待して、ささやかなコロッケパーティできるようになったし」

「あ、いや・・・・」

 謝られるとは思わなかったので、返す言葉が見つからなかった。

「でも、あの商店街は皆が利用している大切な場所だし、コロッケの特売だって、近所の人達が楽しみにしているイベントのひとつなの。日常のささやかな幸せっていうか・・・・ま、王雅には私達の気持ち、解らないかも知れないけど」

「そりゃ・・・・解らねーけど、お前が大事にしてるモンを壊そうとか、取り上げようとか、そんな風に思ってる訳じゃねーよ」

 それだけは誤解しないで欲しい。
 俺がどんなにお前の事を思っているか、マジで解って欲しい。

「うん。それは解ってる。だから、怒って叩いたりして悪かったなって思って。ゴメンね」

「別に、気にしちゃいねーよ」

 美羽に引っぱたかれるの、もう慣れたしな。
 あ、そーいう問題でもねーか。

「けどね、もう今後一切、私の為に色んな人を巻き込んで、お金使って場所を貸切ったり、物を買占めしたり、そういう事するのはやめてね。そんな事したら困る人は絶対に居るし、してもらっても嬉しくないから」

「俺は・・・・お前に喜んで欲しいだけなんだ。じゃあ、どうやったら喜んでくれるんだよ」

「それは、自分で考えなさい」

「わかんねーから聞いてんだよ!」

「それを考えるのが、モテる男の仕事でしょ。本人に直接聞いてどーするのよ」


 あはは、と美羽が笑った。
 くっそー、笑顔はめちゃくちゃカワイイのに、性格悪いよな、この女。

 そんな会話を続けながらも、美羽は皿に綺麗ににぎったおにぎりを増やしていく。スピードも速い。

「何でお前、おにぎり作るのそんなに早いし綺麗なんだよ? おにぎりマシーンか」

「おにぎりマシーンて・・・・失礼ね。こんなの慣れよ。毎日子供たちのご飯作ってるもん」

「そっか・・・・大変じゃねー? 毎日毎日よー。若いんだから、普通もっと遊んだりしたいとか、思うだろ」

「ううん、思わない。私が遊びに行ったりしたら、誰が子供達の面倒見るのよ」


 そんなの俺が幾らでも用意してやる――そう言い掛けたが、怒られそうだから止めた。
 美羽は金を使う事を極端に嫌うからな。さっきも釘さされたトコだし、できるだけその話はしないでおこう。


「でも・・・・何時かはアイツ等だってここを出て行くだろ? お前はずっと一人じゃねーか。淋しくねーのかよ。恭一郎も出て行ったし」

「残念ながら」美羽は俺の方を真剣に見つめた。「ここに入ってくる子供たち、後を絶たないの。ここに居る子は、皆ワケありの子供たちばかり。捨てられたり、虐待されたり・・・・まあ、理由は色々よ。勿論、この施設が無くなるのが理想の世の中よ。だって、皆がちゃんと両親の元で暮らせるんだもの。そんな幸せな事って無いよね」

「両親揃ってりゃ幸せってのは、違うぜ」

「どうして?」


――両親揃って健在でも、全く家に居ない場合もある。子供の頃、俺はスゲー淋しかった、という言葉を危うく言いそうになった。


 何、言おうとしてんだ、俺は!

 情けない事この上ねーな。


「どうしてって・・・・そりゃ、りょ、両親揃ってたって、家に居づらいガキだって居るだろーが。虐待とか、あんだろ」

 俺の言葉に、美羽は苦しそうに顔を歪め、瞳を伏せた。
 きっと、ガキの誰かを思い出したのだろう。酷く辛い顔をしている。

「・・・・そう、よね。両親揃ってても、ここに来る子供が居るんだもんね。だからかな。特に皆には淋しい思いさせたくないのよ。子供たちが幸せだったら、私も幸せだから」

「そんな事言ってたら、お前の青春二十代どころか、あっという間に年寄りだろ」

「いいのよ。子供たちに囲まれておばあちゃんになれるんだったら、嬉しいわ」

「じゃあ・・・・今のガキ達もいなくなって、新しく施設に来るガキも居なくなったら・・・・お前、ひとりじゃねーか」


「それは・・・・ちょっと淋しいかもしれないけど、でも、いいわ。だって――」そう言って、美羽はとても嬉しそうな顔で笑った。「それだけ、未来の子供たちが幸せだってことでしょ!」



――今、わかった。



 俺が、コイツを好きな理由。

 今までの女と違って、こいつは俺の事を金がある男だから利用価値がある、とか、ルックスがいいから連れて歩くには申し分ない、とか、そんな風に見ないからだ。

 着飾った俺じゃなく、本当は弱い心を持ったありのままの俺を、広い心で包んでくれる気がしたから――・・・・

 それに、自分よりも他人にとても優しいところ。

 常に他人の幸せを願っているところ。

 一緒に居たら幸せになれるだろうなって、予感がすること。


 まいったな。ベタ惚れじゃねーか。


「じゃあ――・・・・」恥ずかしいから、コホンとひとつ咳払いして、続けた。「今なら俺がお前の事、貰ってやってもいーぜ。そんな忙しくて恋愛してるヒマ無し女なんか、嫁ぎ先なんて到底見つかんねーだろ。だから、俺様が仕方なく貰ってやる」

 これは俗に言うプロポーズというヤツではないのか!?
 何か勢いで言っちまったけど・・・・どう思われたかな。


「王雅・・・・」

「なっ、なんだよ」


 うわっ、ドキドキしてきた!!
 こんなの初めてだっ!! き、緊張してきやがるぜ~!

 っつーか、ちょっとエラソー過ぎたかな?

 アンタバカじゃないの、とか言われちゃうのかな・・・・。

 そうだよな。同じ告白するにしたって、もっと言い方あるもんな。もっと女が喜びそうな台詞だってあるのに、俺はどうして、こんなひねくれた言い方しかできねーんだろ。


「ありがと。考えとく」


 美羽は俺に向かってにっこり笑った後、再びおにぎりに視線を戻した。


「お、おう。なるべく・・・・前向きに考えとけよ」


 なんだ、美羽のリアクション。それは、嬉しいってコトなのか!?
 俺の恋はちょっと前進したって思っていいってコトか!?


 あーっ、わかんねー!!


 こんなまどろっこしい恋愛したことねーから、ど~~~もよく解らん!


 けど、今の美羽の笑顔、カワイかったな。
 悔しいけど、美羽の方が一枚上手だよな。

 よし。これからも美羽をモノにするために、頑張ろう。

 それより、何時セックスできるんだろう。
 聞いたら怒られるかな。
 そんなコトを考えながら、必死におにぎりと格闘したのだった。




 ※※※




 それから準備も整い、施設でコロッケパーティが始まった。
 近所のジジババや子供たちが大勢押しかけて来て、施設の小さな広場が人で溢れていた。
 人ごみが苦手だから避けていると、美羽に肩をたたかれた。

「食べないの?」

「ああ。どうも人ごみは苦手でな。別に、食わなくても平気だし」

「ダメよ。ちゃんと食べなきゃ! ホラ、みんな喜んでるんだから、アンタも来なさい」


 美羽に押される形で広場に出た。すると、俺の姿を見つけたガキ共に一斉に取り囲まれた。
 口々に、お兄さんありがとう、コロッケ沢山食べれて嬉しいよ、ナドナド。
 俺が作ったいかにもマズそうなおにぎりを頬張り、ガキ共は美味しいよ、と繰り返す。


 ・・・・なんだよ。


 そんなに喜ぶんだったら、もっとちゃんと作ってやりゃよかったな。
 まあ、ガキ共がそんな風に言うから味は大丈夫なんだろう。俺は、こっそり自分の作ったおにぎりを食べてみた。味は――・・・・見た目と同じく想像通りの味で、全くお世辞にも美味いとは言えなかった。
 隣に置いてあった美羽の作ったものも食べてみたが、彼女のは見た目と同じ通り、本当に美味しかった。塩加減も丁度よく、綺麗に握られているから米と具の調和も素晴らしい。

 俺とのおにぎりは、天と地ほどの差がある。
 しかしガキ共は、俺の作った出来損ないのおにぎりを、うまいうまいと平らげていく。
 俺だったら、こんなクソマズイ飯、絶対食わねーけどな。

 きっと来るたびに持参してる菓子折りへの礼か、今日このコロッケパーティへの礼のつもりなのだろうか・・・・ガキ共に気を遣われちゃ仕方ねーな。
 それとも、貧乏だから残さず食えっつー躾でもされてんのか。
 美羽も俺と結婚すりゃー、施設も綺麗に建て直せるし、ガキ共に美味い飯、腹いっぱい食わせてやれるのにな。

 そこんとこ、よく解ってくれたらいいのにな。

 っつーか、別に今すぐ結婚しなくてもいいから、恋人くらいに・・・・


「王雅。どうしたの? ぼんやりしちゃって」

「ん、あ、いや・・・・美羽の作ったおにぎりはメチャクチャ美味いのに、俺の作ったおにぎりはあんま美味くねーな、って思って。ガキも気ィ遣って無理して食ってるし」

「そんな事無いわよ。美味しいわ。私も食べた」

「えっ!? 食うなよ。そんなマズイもん! べちゃべちゃで、見た目も酷いし・・・・」


 やっぱ、もっとちゃんと作ればよかった!!
 美羽まで口にするとは・・・・誤算だったぜ。

 しかし美羽は、意外そうに俺の顔を見つめて言った。「そんな事気にしてたの? 私もそうだけど、子供たちはちゃんと解ってるのよ」

「何が」

「王雅が、心を込めて作ってくれた、って事をよ。確かに見た目はよくないけど・・・・でも、みんなの為に一生懸命作ってくれたでしょ。それを解ってるから、みんな美味しいって食べるのよ。誰も気なんか遣ってないわ」


 そう言って、美羽は笑顔を見せてくれた。


 俺は、初めて穴があったら入りたいって思った。
 美羽やガキ共が思うように、人の為にやったわけでもない。ましてや、失敗作を褒められるとは。
 どーせ食うのはガキ共だ、と、適当に作ったとは口が裂けても言えなかった。
 真実を吐露したところで、俺が無駄に恥をかくだけだし、その上、美羽にまた嫌われるのもイヤだった。

「今日は初めてだったから上手く出来なかったけど・・・・今度は、もっともっと上手く作ってやるよ」

 それだけ言うのが精一杯だった。
 俺はもしかしたら、美羽が好きになってくれるような資格なんて、何一つ持ち合わせちゃいねーんじゃないだろうか。

 今までは、ただ金を撒き散らすだけで良かったし、ルックスだっていいから、勝手に女の方から寄ってきたんだ。


 けど、美羽は違う。


 俺のそんな部分なんか、美羽にとっちゃどーでもいい事でしかない。
 俺に持ってないもので勝負しなきゃ、この女は落とせない。


 でも俺にはそれが何なのかが、よく解らない。

 俺に足りないものは何だろう。


 それさえ金で買えればいいのにな、とか思う時点でもうダメだと思ったが、それがダメだと気づけるようになっただけでも進歩かな、と少しは自分を褒めておいてやろう。



 この恋の道のりは、まだまだ果てしなく遠い――・・・・



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