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スマイル6・施設をめぐって

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 二日後。花井から連絡があったから、マサキ施設に向かった。
 先程受け取った花井からの契約書の内容を確かめると、地代三十億円現金支払いで譲渡する、といった内容が書かれていた。



 バカかアイツは!


 何だその三十億ってのは!!


 別に払えるけど、ボッタクリすぎじゃね?



 そんなにあのボロ地がいーのか?

 貧乏世帯密集地帯だぜ。

 現時点では、絶対そんな価値ねーぞ。だから、都心化計画でホテルが一帯を買収しようとしてんだ。それを知っての行いか!?



 いや、待てよ。

 もしかしたら、金銀財宝が眠ってる――







 ・・・・そんなワケないか。







 よく解らんが・・・・シャレでこんな事書いてるんだったら、シメなきゃならんな。

 ネコの額ほどの狭い土地で、更に価値もあるかどうかも解らないトコに、三十億使ったりしたら、流石に俺も社長(オヤジ)にシメられるかな。



 ま、いいか。別に。

 俺様がすることにイチイチ指図はさせねえ。
 文句言ってきたら、俺がホンキで今抱えている案件、片付けてやる。
 そしたら三十億くらい、ヨユーで儲かるってコトだ。それ以上の利益だって出してやる。

 そんなことより、とりあえず今日は、花井のヤツが契約更新の為に、地代の値上げに施設に向かって行ってるハズだ。
 先に行ってるだろうから、俺は後から行く段取りだ。きっとモメてるに違いねえ。


 施設に行くと、外でガキ共が遊んでいた。俺を見るなり嬉しそうに声を上げ、俺の方に寄ってきたかと思うと、ワッと取り囲まれた。


 ナゼか何時も手厚い歓迎をされるんだ。
 なんでだろーな。俺が魅力的すぎるからだな。ハッハー。


 俺様は誰にでもモテて困るぜ。
 子供相手だって、例外じゃない。



 格好よ過ぎなのも、罪だな。フッ。



 群がってきたガキ共を適当にあしらい、中に入っていくと、約束が違う、どういうことだ、というようなメガネの声が響いてきた。応接間で契約更新の話でもしているんだろう。案の定モメていた。



「俺だ、開けろ」



 応接間には鍵が掛かっていたので、ノックをした後声をかけると、メガネが扉を開け、凄い形相で俺を睨み、無言で俺を促した。
 せいぜいムチャな地代の事、言われて怒っているんだろう。大方、その時交わした契約書みたいなものは無効にでもなっているに違いない。


「で、契約更新の話、どうなってんだ?」花井に尋ねると、現在交渉中です、と返って来た。


 ミューはどこかと思って見回すと、彼女は居なかった。
 契約の話をしているのは、メガネだけのようだ。


「卑怯だぞ! 花井、僕達に約束しただろう!? 契約を交わしたあの時、僕達、いや、美羽は大きな・・・・とてつもなく大きな犠牲を払ったんだ!! 今更それを忘れて、地代の値上げなんて、契約違反だ!!」


「契約違反といわれましても、その書面がない事には・・・・ねえ」


「僕はちゃんと保管していたんだ! それなのに、契約書が別のものにすり替わっていた! お前がやったんだろう!?」


「証拠もないのに、そんな事を言われますと、名誉毀損で訴えますよ? 真崎さん」




「くっ・・・・くそおおおッ!!」




 ガシャ、とメガネは傍のテーブルをグーにした拳で殴りつけた。

 おーおー。もっと悔しがれ。
 昨日、俺を苦しめたバツだ。



「さあ。ご決断くださいな。地代の百万円毎月払うか、今ご提示した条件で契約更新するか、立ち退きするか」



 流石花井。容赦ねーな。

 

「百万円なんてとても無理だ! 前の条件の時に提示してた五十万円なら何とかする。僕が必ず払う。だから・・・・」


「あの条件はだめ、百万円は払えない、じゃあ、立ち退きしかないですねえ」


「・・・・・・」


 グーの音も出なくなったメガネは、唇を噛んで肩を震わせている。
 ハハハ。ザマーミロ。
 声に出して笑ってやりたいところだが、大人のすることじゃねえから、我慢した。



「・・・・一日、時間をくれ」



 長い間沈黙を保っていたメガネが声を絞り出し、何とかそれだけ言い放った。

「解りました。良い知らせ、お待ちしておりますよ。では王雅坊ちゃん、帰りましょうか。真崎さんからの返事は明日になるようですから」

「ああ。悪いが花井は先に行って、リムジンで待っててくれ。ちょっと、真崎さん――この人と話があるから」


 俺は花井を応接間から追い出し、メガネに言った。「な? 俺の言ったとおりだろ。書面契約してたって、偽造されてるのがオチだって。アイツはそーゆーヤツなんだよ」


 メガネは無言で俺を睨みつけた。


 ハハ。そんな顔をしても無駄だ。
 今のお前の顔、かなり情けない顔になってるぜ。




「なあ、それよりアイツが提示した条件って? 何て言われたんだ?」



 どーせ、メチャクチャな条件言われたに決まってるだろーけど。
 それ聞いて、思い切り笑ってやろう。ほら、できないだろ、って。
 妹に恋するヘンタイを、俺様が成敗してやろうじゃないか。ハッハッハ。


「君には関係ない」メガネが顔も上げずに吐き捨てた。


「随分ナメた口きくなあ。俺様に向かって。条件によっちゃあ、助けてやらなくもないけど?」



 ウソウソ。助ける気、ゼロだから。



「助ける? ・・・・だったら、あの花井(オトコ)殺してくれ――」


「殺すなんて穏やかじゃねーなぁ。何言われたんだよ?」


「君には関係ないって言ってるだろ!!」



 メガネが俺に掴み掛かってきたから、ひょいとよけた。勢い余ってヤツはそのまま壁に激突し、うずくまった。


 おいおーい。大丈夫か。


 情けねえなあ。ミューのヤツはこんなオトコが好きなのか?
 ま、これで百年の恋も覚めるだろう。
 処女だから、こんなつまらんオトコに惚れるんだ。大体、実のアニキだぜ。



 こりゃ、王子様のキスが必要だな。
 ふっ、しょーがねー。
 俺様が目覚めさせてやる。




――勿論、ベッドの上で!!




 メガネが何時まで経っても起き上がらないので、大丈夫か、と声をかけようと思ったら扉の方で気配がした。
 見ると、ミューが立っていた。


「恭ちゃん、大丈夫!? アンタ、恭ちゃんに酷い事しないで!」


 突き飛ばされ、悪者扱いされた。
 ミューのヤツ、俺様をこの間からドンドン突き飛ばしやがって!
 今に見てやがれ!!


「俺じゃねーよ! メガネ・・・・じゃなくて、お前のアニキが勝手に突っ込んでったんだろが!」


 しかし、俺の話なんか聞いちゃいねー。

 ミューは、大丈夫? とメガネをいたわる始末。

 そんな情けないヤツほっとけよな。それより俺をいたわれ。



「それより、さっきの話、聞こえてた。私、条件呑む――・・・・」


「いいっ!! そんな条件、呑むな!! 月の地代の百万円、何とか捻出できるか必死に考えたけど、今の僕の力ではムリだ。・・・・今まで頑張ってきたけど、もう、この施設は諦めよう。ホテルが用意してくれる金で、どこか別の場所に施設、借りよう。これ以上、美羽を犠牲になんかできない!!」



 ミューをギセイ?

 何だ? 話が見えんぞ。


「ううん、私は平気! 大丈夫よ。この施設、守っていくってずっと決めてた事だもん! 恭ちゃんだって、ギセイになってるじゃない。だから、今までやって来れたんだよ・・・・だから私だって・・・・」


「嫌なんだ! 僕が嫌なんだよ、美羽!! もう、アイツの事でお前が傷つけられるのが――」



 おーい。
 話、見えませーン。
 俺の解る様に説明してくださーい。



「大丈夫! 平気よっ。私だってもう子供じゃないんだし、そういう事考えてもおかしくない年齢になったでしょ?」



「――美羽!!」




 ギュッ



 ん? おい、メガネ。





 ナニシテルンダヨオマエ。




 アイツ、ミューの事、ギュッ、て抱きしめやがった!








 俺様の、目の前で!!







 

「美羽・・・・力のない僕を赦してくれ。両親(ふたり)が残してくれた大切なもの、何一つ守ってやれなくてゴメン! でも、頼む! 今度の条件はあんまりだ。・・・・施設は残念だけど、諦めよう」


「イヤよっ!! 私、この施設、死んでも守るって、おとうさんとおかあさんと約束したんだよ? そんな、今更手放すんだったら、あの時、何の為に――・・・・」


「でも、僕にはそんな条件があるなんて、言わなかっただろ! 話つけてくるなんて一人で背負って・・・・昔から、いっつもムチャばっかりして・・・・」



 おおーい。

 お前ら、俺様の前でイチャイチャ抱きあって、俺様にわからん話をするな――――っ!!





「お前らいい加減にしろ!!」





 ムカついて、思わずミューを略奪してメガネから引き剥がした。


「何なんだよ、その花井からの提示条件! 俺に言え!!」


 しかし、ミューは唇を噛んで俯き、メガネはこめかみを押さえて黙り込んだ。


「言えっつってんだよ!!」メガネの胸倉を掴んで、再び怒鳴った。「言えっ!!」


「やめてよっ! 恭ちゃんに乱暴しないで!! 言ったら、アンタが何とかしてくれるの!?」


「ああ。いいぜ。話つけてやっても。その代わり、俺の条件呑んだらの話だ」


「条件て、何よ」


 俺の腕を振り解き、メガネを守るようにして俺の前に立つミューに、俺は言ってやった。「俺のオンナになれ、ミュー。今日から俺の相手しろ。お前の身体、よこせ」



「いいわよ」



 間髪入れずにイエスの返事してきたから、流石に俺も驚いた。「ホンキか?」


「ウソでこんな事言うわけないでしょ! どっちみち同じよ。どっちみち、ね」


「美羽、やめろ!! もうよせっ!!」


「いいのよ、恭ちゃん」ミューは悲しげに笑った。「あの日から、私は何時だって覚悟は出来てる。でも、あんなジジイの所にお嫁に行くよりいいでしょ?」


「嫁? どういうことだ? 全く話が見えねーから、説明しろ」


「花井のヤツ、私を嫁にしたいんだって。嫁になるなら、施設の地代も無しにしてくれるし、土地も売らないって。地代毎月百万円払うか、花井の嫁になるか、施設を出て行くか。この三択ってコト! で、アンタは? 私を好きにする代わりに、施設守ってくれんの? 別に私に飽きてポイするのは勝手だけど、ちゃんと施設は最後まで守ってよね。ホテルの計画潰して、花井の事もカタつけてくれたら、私、アンタの言う事何でも聞くわ」


「俺に出来ない事なんて、無い。いいぜ。お前が言った事、全部俺が今日中にカタつけてやる」


「解った。じゃ、アンタの用意した契約書にサインするわ」


「そんなもの、いらねーよ。契約書が無いからって、約束を破ったりするような、お前はそんなセコイ女じゃねーだろ? 俺は約束は守る。必ず。特別に前働きしてやるよ。だから今夜、セントラルプリンスホテルに来い。この施設を潰そうとしてるホテルだ。最上級の部屋取っておいてやるから、俺の相手しろ」


「いいわ。約束する」


「美羽っ!!」メガネが叫んだ。「ウソだ!! そんな人身売買みたいなことが、赦されると思ってるのか!? 櫻井さん、お願いします! この施設はもう諦めますから・・・・僕達、言うとおり立ち退きます。だから美羽を、そんな風にオモチャにするのは、やめてください!!」


「うるせー! これは、俺とミューとの契約だ。お前がしゃしゃり出てくんな。もう決まった事だ。じゃ、ミュー、今夜十時だ。いいな?」


「ええ。行くわ」


「待ってるぜ」俺は笑った。そして、去り際メガネに一言囁いた。「大事な妹ひとり守れねーで、何がアニキだ。笑わせんな」




 だから、金が全てなんだよ。解ったろ、貧乏人。
 ほうら。金さえあればこうやって、欲しいと思った女も、簡単に手に入る。
 最高だぜ。



 さあ、どうやって料理してやろうかな。



 笑いが、止まらなかった。
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