コロッケスマイル

さぶれ@6作コミカライズ配信・原作家

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スマイル4・ケーキの役割

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 次の日。
 俺はまた、例のマサキ施設にやって来た。


 大体この俺様が負けっぱなしでいるわけにはいかねぇ。
 何としても、この施設を潰す!
 そしてミューに土下座して謝らせる。

 処女も、貰う。



 それに、昨日はサルガキ(リョウって名前だったよーな気がする)に恵んで貰ったコロッケの恩がある。
 俺は、借りは作らない主義だ。

 貸しは作りまくって、何倍にもして返して欲しいタイプだからな。


 だから、特別にプロの菓子職人に作らせた、デラックススーパー・シェリーノエルを持ってきた。
 ブラックチェリーをふんだんに使い、チョコレートでコーティングした、オトナなケーキ。


 超高級品で、マダムも大絶賛!


 貧乏人にはとても買えない、目玉が飛び出るくらいの値段がついたケーキだ。有難く思え。



 俺が施設の門から中を覗くと、遊具で遊んでいたサルガキと目があった。「あっ、お兄さんだぁ!」


 ヤツは大声で叫び、俺の方に向かってやって来た。


「いらっしゃい、お兄さん! ミュー先生にご用ですか?」


「ああ。昨日のコロッケの礼だ。お前にやる」


 サルガキにケーキを渡すと、うわーっ、すごーい、お兄さんありがとう、とメチャクチャ喜んで俺の手を掴み、一目散に施設の中に走っていった。



「ミュー先生っ、ミュー先生!! お兄さんがお土産くれたよーっ!!」



 仕事部屋で書類の整理をしていたミューが顔を上げた。「リョウ君、どうしたの? あら、貴方・・・・」


 俺の顔を見て、嫌そうな顔をするミュー。



 オイ!!

 人の顔を見てイキナリ嫌そうな顔をするな!!



「リョウ君、良かったね。お兄さんにちゃんとお礼、言った?」


「ウン! 言った!! 先生、開けてもいい?」


「いいわよ。後でみんなで分けて食べようね」


 サルガキ――リョウに微笑みかけるミューは本当にカワイイのに、どうして俺様を見る時だけあからさまに嫌そうな顔になるんだよっ!





 腹立つ――――!!



 


「あれーっ、ミュー先生・・・・」

 リョウが残念そうな顔をしてケーキの箱の中を覗き込んだ。「コレじゃ小さくて、みんなと分けれないよ・・・・」

 リョウはうーん、と考えて、ケーキの箱をミューに差し出した。「先生にあげる! 僕はいいよ。みんなで食べれないなら、僕はいい。でも、何時も先生は僕達の為にいっぱい我慢してくれてるから、コレ食べて! みんなには内緒だよっ」


 リョウは、お兄さん有難うございました、と丁寧にお辞儀をして部屋を出て行った。
 ミューは俺の方を見て、はあ、とため息をついた。


「お土産は有難いけど、皆で食べれなきゃ意味無いわ。返す」


「バカヤロー! そのケーキ幾らすると思ってんだ!! それに、それは・・・・そう、リョウってヤツに貰ったコロッケの礼だ! あんな庶民の食べ物を恵んで貰ったとなれば、櫻井グループの次期社長の名誉にも関わる。だからだな・・・・」


「それで? 今日は何の用? あと、コレ折角だけど返しておくわ。子供達が食べないのに、私だけ食べれないから」



 また話を途中で遮られた上、俺様が折角用意してやった高級ケーキをつき返された。




 この・・・・クソアマ。


 絶対赦さん!!



「用事無いの? 無いなら帰ってよね」更に、冷たくあしらわれた。


「用事はある! 施設立ち退き・・・・」


「しつこい男、キライなの」


「だーっ!! 俺の話を聞けっ!!」



 そういや、俺の話を聞けー 二分だけでもいいー、なんて歌、あったな。
 クレイジーケンバンドの、タイガー&ドラゴンが俺の頭でBGMと化した。

 いや、そんなことはどうでもいいんだ。
 言っとくけど、俺の話は二分じゃすまねえぞ。

 何せここではとても言えないような、×××や×××でお仕置きだからな。



「もー、煩い。それより、ヒマなら一緒に買出しにでも行く? つき合わせてあげてもいいわよ」



「誰が行くか!!」



 しかも上から目線で、俺様に向かってものを言うな!
 

「あっそう。じゃ、帰ってよね。これからケーキ焼かなきゃいけないんだから、私忙しいの」


「ケーキならココにあるじゃねーか! この俺様がわざわざ持ってきてやったんだ!! 有難く受け取って、食え!」


「バカじゃないの。こんな量じゃ足りないって言ってんのよ! 子供達大勢居るのに、そんな事も解んないの?」


「バッ・・・・」



 バカ、だと?


 この俺様を、バカ、だと?





――もう赦せねぇ!!





「お前、あんまナメた口きいてると、ホンキでシメるぞ」





 ミューの身体を押さえつけ、強引に唇を奪おうとした俺の左頬に強烈なビンタが飛んできたのは、言うまでも無い。







 ※











「あ――――っ、痛ってぇ!! この俺様をブッ叩くとか、マジありえねー女だな、お前!」






 結局ブツブツ言いながら、また商店街の買出しにつき合わされている、俺。
 何でこんなに振り回されてんだよ!


 絶対絶対、ぜ――ったい、手に入れてやるからな!


 メッチャメチャのグッチャグチャにして、王雅様赦して下さいって、ヒーヒー言わせてやる!


 あー、それにしても左頬、マジ痛ぇ。

 コイツ、握力一万はあるな。女じゃねえよ。



「今日はアンタに、ケーキの役割っていうのを教えてあげる。・・・・今日ね、リョウ君が五歳の誕生日なの。施設のお金のやりくりじゃ、どうしてもプレゼントを買う余裕が無いから、クラブで少しでも働いて、貰ったお給料でラジコンのひとつでも買ってあげたかったんだけど・・・・クラブの仕事はやっぱり私には向いてなくて、結局すぐ辞めちゃったわ。でも、良く考えたら、アンタのせいよね。災難だったわ」


「俺も災難だ」


 水はかけられるわ、ビンタされるわ、振り回されるわ、散々だ!


「でも、アンタって義理堅いのね。リョウ君に貰ったコロッケの恩、しっかり感じてるし、お金持ちのクセに、庶民のコロッケ美味しいって食べるし」


 そう言って、ミューは嬉しそうに笑った。









 ドキン











――な、何だ?




 ドキン?



 オイオイ!

 ドキンドキンしてるぞ、俺の心臓!


 俺はどうも、コイツのコロッケ笑顔に弱いらしい。
 何故か胸がきゅーってなって、今すぐ押し倒したくなるから、意味が解らん。
 昨日食べたコロッケに、実は何かの毒が入ってたんじゃねーのか、とさえ疑いたくなる。



「それより王様、手が空いてるならコレ持ってよ」


「王雅でいーよ」


「呼び名、大王の方がしっくりくるわね」


「ハアっ!? 何で大王なんだよ!! やめろよ、その呼び方!」



 王様はまだしも、大王とかいうと、カメハメ大王とか言うヤツを思い出す。


 ん? ハメハメだったか?


 ハメでもカメでもいーけど、ま、どうせならハメだな。
 この女を、俺の×××にハメる。


 よし。



 って、違うっつーの!!



「じゃ、王雅って呼んであげるから、コレ持って」



 さっき買ったばかりの、パンパンに物が詰まったスーパーの袋を手渡された。
 ずしん、と重みが右腕に落ちる。

「うわっ、重!! 俺、箸より重いもの持ったことねーんだけどっ! こんなの召使の仕事だろっ!!」

「じゃ、大王って呼ぶけど?」

「う・・・・わ、解ったよ! 持てばいーんだろっ、持てば!!」


 本当にありえねーくらい王雅様使いが荒い女だな!
 信じられん。
 しかもこの俺様が、肝心の施設立ち退き話が出来ないなんて・・・・相当手強いヤツだな。 初めてだ。こんなのは。


 何とか良い方法を考えねば。



 結局重い荷物を施設まで運ばされ、ヒマなら子供達と遊んでて、とキッチンを追い出された。



 ヒマじゃねーっつーの!!



 お前が俺の話を聞かねーから、帰るに帰れねーんだよっ、ボケ!!



「お兄さん、お兄さん」



 ツインテールのガキ(えっと、名前は確かリカだ)が俺を手招きしている。「ちょっとお手伝いして欲しいの。リョウ君に内緒で」


「あぁ? 手伝い?」


 ココのヤツ等は、王雅様使いの荒い連中ばっかりだな!
 ミュー仕込みか?

「ウン。飾りつけしたいんだけど、私達小さいから届かなくて困っているの。お兄さん背が高いし、上まで手が届くよね? お願い、手伝って下さい」

 礼儀正しく頭を下げられたので、仕方なくリカから飾り付けを受け取ると、食堂まで引っ張ってこられた。そして、折り紙で作ったカラフルなチェーンを壁に貼り付けるよう言われたので、その通りしてやった。「コレでいいか?」


「有難う、お兄さん!」


 リカは嬉しそうに笑って、ボッチャン刈りのガキの方へ走っていった。「ガックン、出来たよ! お兄さんが手伝ってくれたの!!」


 ガックンとやらが俺の方にやって来た。「お兄さん、このお花も一緒に飾ってもらっていいですか?」



 全く次から次へと!



 結局ガキ共にいいように使われて、部屋の飾り付けを全部やってしまった、俺。



 何でこんなに俺様がコキ使われなきゃいけねーんだ!!


 人を使うことはあっても、使われる事なんて、今まで一度だってなかったんだぞ!!




 あ――――――――ッ、クソっっ!!





 メチャクチャ腹立ってきた!!




 一触即発、という時に、ミューが俺を呼んでいるからキッチンに来て欲しい、とガキに言われた。



 ミュー!!
 もう絶対赦さねーからな!!


 キッチンにずかずか入っていくと、ふんわりケーキの甘い匂いが漂っている。そして笑顔のミューが居た。「あ、ハイこれ。折角だからアンタもやってみなさいよ。そこでちゃんと手を洗ってからね」


 生クリームが入った大きなボウルを手渡された。


「ナンだよ、コレ」


「見て解るでしょ。生クリームよ」


「俺にどーしろってんだよ」


「そこのスポンジケーキに塗って。綺麗にお願いね。見本、見せてあげる」


 ミューは慣れた手つきで、ケーキベラでスポンジに綺麗に生クリームを塗りつけていく。


「何だ、そんなの。俺様にだって簡単にできるっつーの。見てろ。天才が手ほどきを見せてやる」


 手を洗ってボウルを受け取り、生クリームをたっぷりヘラに乗せて、ミューの真似をしてベチャリとケーキに塗りつけた。



 ・・・・あれ?


 っかしーな。


 何か思ってたより上手く塗れねーぞ。
 スポンジの上でクリームがあちこちボコボコ山を作っている。


「流石、天才ね」


「ウルセーっ!! やった事ねーんだから、仕方ねーだろっっ!!」


 ナンだよ、コラ。
 俺に恥をかかせようって魂胆か!
 性悪女め!!
 しかしミューはそんな俺をバカにしたりせず、笑った。「それでイイのよ。誰だって最初から上手く出来ないんだから」


「うっ、ウルセー! こんなのすぐ慣れるっつーの! この天才を見てろ」


 そう言って豪語したものの、相変わらずケーキのスポンジには、ボコボコのクリームの山が出来あがるだけだった。


 クソッ。
 俺はカンペキ主義なんだ。


 ・・・・今度練習しよ。



「じゃあ次は、イチゴを乗せて」

 イチゴはまあ何とかセンス良く盛り付けたが、クリームの乗りが最悪なので、歪なイチゴのホールケーキが完成した。


「さっ、それを食堂に持っていって。あの子達と一緒にお手伝いお願いね」


 ホールケーキを持たされた挙句、またまたキッチンを追い出された。



 カンペキ、コケにされてんな!
 クソッタレ。

 絶対この施設は潰してやる!!


 悪態をつきながらケーキを持っていくと、ガキ共に大歓迎された。

 食堂のテーブルの中央にケーキを置いた頃、大きなトレイにジュースのペットボトルや牛乳、紅茶を乗せたものを運んできたミューも中に入ってきた。


「あら、凄い! もう飾りつけ終わったの? 皆で出来たの?」


「先生違うんです。お兄さんが手伝ってくれて、しかも全部やってくれたんです!」


 ガックンが俺の事をミューに報告している。


 よしよし。良いガキだな。
 褒めてつかわす。



「へえ、いいトコあるんだ。王雅、有難う」



 ミューが、初めて俺の名前を言って、微笑んでくれた。







 ドキン








 まただ。


 俺の心臓はおかしくなってしまったのか?

 ミューが微笑む度に、俺の心臓は急にドキドキするんだ。

 絶対、昨日食ったオムライスかコロッケのどっちかに毒盛ったな。そうに違いない。


「じゃあもう準備終わったから、外で遊んでいるリョウ君とアイリちゃんとユウ君呼んで来てくれるかな? パーティ始めるわよ!」


「はーいっっ」


 こぞってあのサルガキを呼びに行くガキ共。
 何人居るんだよ、全く。

 感心して見ていると、ガックンが俺にクラッカーを手渡してきた。「ハイこれ。お兄さんの分です」


「えっ? ああ・・・・」


 突然だったので、思わず受け取ってしまったじゃねーか!
 何に使うんだよ!


「リョウ君が帰ってきたら、お兄さんも一緒に鳴らしてね」


 ご丁寧に説明されてしまった。
 仕方なくクラッカーを持っていると、ガキが食堂に集結した。





「リョウ君、お誕生日おめでとう――!!」





 リョウが食堂へ入った瞬間、パーン、とクラッカーを鳴らしたので、俺も一緒になってクラッカーを鳴らす。


「うわぁ、スゴイ!!」


 リョウが感激して大きな瞳を更に見開いて、ウルウルしている。


「みんな・・・・どうもありがとう!! 僕、すっごく嬉しいよっ!!」


 紙テープをチリチリ毛に絡ませたリョウが、何度も頭を下げた。ミューがケーキの前に連れて行くと、ガキ共の計らいで、食堂の電気が消された。
 カーテンを予めひいてあったので、電気を消しただけで部屋が薄暗くなり、蝋燭の炎がゆらゆらと揺れている。


「ハーッピバースデー トゥーユー」


 誰かが、ハッピーバースデーの歌を歌いだした。
 すると、次々に歌声が重なり、大合唱となっていく。


「ハッピーバースデー ディア リョウ君ー」


 ハッピバースデーの合唱が終ると、リョウは蝋燭の火を一気に吹き消した。
 火が消えると同時に、ガキ共からのお祝いの言葉がリョウに贈られた。


 



――――・・・・・・・・




『ハッピバースデー トゥーユー

 ハッピバースデー トゥーユー

 ハッピバースデー ディア 自分ー

 ハッピバースデー トゥーユー』



 リョウと同じ五歳の誕生日。

 俺は、一流のパティシエが作ってくれた豪華で美しいホールケーキと山盛りの玩具を前に、一人寂しく自分のパーティをやったんだ。



 父も、母も、仕事ばっかりで。



 お陰で俺は玩具に不自由する事なく育ったが、こういったイベント行事には無縁の人間になった。



 チッ。

 つまんねー事を思い出してしまったぜ。全く!



 絶対、この施設は俺がブッ潰す。

 覚悟しとけ、ガキ共。そしてミュー。





 今に俺の足元に跪かせてやる!!







 ※





 
 パーティが終った後、俺はミューと話をつけるために、応接間でヤツと向き合っていた。
 ミューが入れてくれた紅茶が、湯気を立てている。冷めないうちにどうぞ、と勧めてくるから、仕方なく飲んでやる。そういや、昨日も飲んだが、相当美味い紅茶だった。


「うん、美味い」


 思わず、口からそんな言葉が零れていた。



 ハッ!



 茶を飲んで、美味い、なんて言って和んでる場合じゃねー!

 オイコラ、と口を開きかけたら、ミューが先に話し始めた。「今日は有難う。飾り付け手伝ってくれて、本当に助かったわ」

「あ、えっ、いや、別に・・・・」

 それより、と続けようとしたら、またミューが先に話し始める。「ケーキ、皆で食べたら美味しかったでしょ?」


「あ、えっ、まあ、美味かったけど・・・・」


 俺が塗ったクリームのせいでかなり形の悪かったが、確かに美味いケーキだった。
 スポンジは柔らかくて、ほんのり甘くて、優しい味だった。

「そりゃあ、アンタが買ってきてくれたケーキも相当美味しいと思うよ? 高いって有名なお店で買ったんでしょ。知ってるわ」

「まあな。俺が特別に作らせたんだ」


 やっと気づいたか。遅いっつーの。


「でも、あのケーキじゃね、一人の人を笑顔にすることは出来ても、皆を笑顔にすることはできないの」


「笑顔?」


「そう。皆でワイワイ言いながら食べるのが、美味しいの。私の手作りじゃ、味はアンタの買ってきてくれたケーキには適わないけど、ケーキの役割は果たしてるのよ」


「役割? ナンだよそれ。そういえば買い物する前にも言ってたな。役割を教えるとか何とか」


「ええ。ケーキは、皆を笑顔にするの。楽しいパーティに欠かせない魔法のお菓子よ。ただ高い、有名で美味しいってだけじゃダメ。愛情のたっぷり篭ったケーキには、皆を幸せにしてくれる魔法の役目がある。それが、ケーキの役割よ」


「ケーキ食っただけで幸せになんのかよ」


「なったでしょ? 子供たちもそうだけど、私も、アンタも」


「なるか!」


「はあ~、お金があっても心が貧しいって、イヤねえ。これだけ言っても解らないなんて」



 何か、信じられないという目をされた上に、おもいっっっっっきりため息つかれた。



 このアマ。ふざけんな!!


「テメエ、フザケテルトホンキデヤッチャウゾ!」


 怒りのせいで、まともにも喋れなくなってんじゃねーか!


「アンタ、まだそんな事言ってんの? それに、私はふざけてないわ。何時だってホンキよ」


「俺だってふざけてねーよ!」俺は目の前のテーブルを拳で叩いた。



「いいか、俺はこの施設の人間を立ち退かせに来たんだ。お前がこの施設に拘る理由なんて知ったこっちゃねーよ! つべこべ言わずにさっさと契約書にサインしろ。それだけで沢山の金が手に入るし、子供達にも裕福な生活させてやれるだろ! 貧乏くさい手作りケーキじゃなくて、一流のケーキ、毎日腹いっぱい食わしてやれるじゃねーか。それが幸せなんだろ? 何時までも貧乏のまんまじゃ、アイツ等だってカワイソウ――・・・・」



 そこまでまくしたてたところで、ミューが傷ついた顔をしている事に気づいて、俺は口をつぐんだ。


「そうよね。確かにこんな貧乏施設じゃ、満足に美味しいものいっぱい食べさせてあげられないけど・・・・」


 ミューの声は震えていた。
 ちょっと言い過ぎたか。いつもだったらもっとスムーズに上手く言えるのに、何でこんな言い方してしまったんだろう。これじゃ、契約書にサインさせられねーじゃねーか。・・・・いや、それよりももっと別の事で、俺はしまったと思っていた。



 契約書とか、そんなことじゃなくて。



 ミューに、あんな悲しい顔させちまったことにだ。



「ここはね、私の両親が一生懸命働いたお金で、建ててくれた施設なの! 孤児で辛い思いをしていた子供達や、虐待で苦しんでいた子供達が、笑顔になれる場所なの!! 幾ら大金出しても、お金なんかじゃ買えない、大切な故郷なの!! だから私だって身体張って守ってる! アンタみたいな金持ちのお坊ちゃまなんかには、この場所が私達にとってどんなに大切な場所なのかなんて、絶対解らないわ! 理解して欲しくもない!! だから、何度来ても同じよ! 帰って! 二度と来ないで!!」



 笑顔の消えてしまったミューの横顔は、とても悲しげで、脆くて。


「俺には・・・・わかんねーよ、お前の気持ちなんて。お前だって俺の気持ち、わかんねーだろ。・・・・また来る」


 俺は、二度と来るな、というミューの言葉を背中で受け止めながら、施設を後にした。
 結局、ケーキの役割なんて、俺にはわからなかった。


 そうだよ。
 俺は何時だって、形の整った美しいケーキを一人きりで食ってきたんだ。
 一人の人間を、笑顔にできるなら、それでいーじゃねーか。
 それで十分だろ。たかがケーキなんだし。

 俺は、アイツが何に傷ついて、何に怒っているのかも、正直よく解らなかった。そんな俺の気持ちだって、ミューが解る筈も無い。





――俺が今、お前の事でどんな気持ちでいるかなんて事さえ、な。




 
 
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