【R18】お前が好きだから、仕方なく付き合ってやる ～笑顔でお断りしましたが、何か？～

８．専務に呼び出され、社長と神戸に出張へ（緊張します）

７

　工具を持ち、不良靴と向き合った。ひとつひとつ丁寧に磨き、汚れを取り、乾かす為に箱を開けておいた。汚れは様々違うので、それに合った方法で不具合を直していく。
　隣で作業をしている社長を見た。真剣に靴を見て、無駄のない動きであっという間に不良靴を直していく。

　靴業界に携わっていると、どうしても不具合を自分で直したりしなければならない時に直面する。検品の際、発覚した不良がかなりの数だという事はよくある話だ。自社生産なら余計に責任を問われる。
　社長はフクシに入社する際、靴づくりを徹底的に基礎から学んだと言っていた。二代目だから労せず会社を引き継ぎ、社長の椅子に座った訳では無い。父から譲り受けた会社という意味では神原も同じかもしれないが、彼は頭脳派だから、修理やら実践では力を発揮しないだろう。しかし福士社長は違う。自分で、私よりも早いスピードで、あっという間に靴を生き返らせてしまう。

　この男の技術は、本当に凄い。でも、それを誰にも見せない所も凄い。
　もっとその技術を自慢してもいい位なのに、何時も底抜けに明るい性格で、自分よりも遅く出来ない社員にも、労（ねぎら）いの言葉は忘れないし、頑張る社員を誰よりも大切にしている。

　私がスギウラで育ってきたから、商品や人情味を大切にするこういう人となりが、好きなんだろうな。


　社長の真剣な横顔。素敵だ。


　私も彼に負けないように、丁寧に靴を磨いた。
　汚れを落としたり、綺麗にする工程は好きだ。靴が生き返って、また、誰かを喜ばせるお手伝いができるのだから。
　今、不具合を起こしているこの商品は、浅岡専務の所が手掛けた、藤並社長とのコラボ商品だ。箱の上部にシリカゲルが付いていなくてはいけないのに、全ケースにそのシリカゲルが付いていなかった。だから劣化して汚れや錆び等が出てしまったのだ。
　夏場の倉庫はどうしても多湿で高温になるから、仕方がない。

　ブーツに取り付けられたチェーンの錆びを、金属磨きで磨いて落としながら考えた。
　このブーツは、低ヒールだ。浅岡専務のデザインは基本的にミセス向けだが、お洒落に仕上がっている。
　あ。こっちのジッパー付きのブーティーは、シルキースエードを使っている。
　シルキースエードとは、革の一種の事である。スエードは、革の裏面をサンドペーパーなどでベルベッド状に起毛したなめし革の事で、毛足が短くソフトなものほど上質とされる。
　勿論本革になると大変高級品だから、フェイクなのだろうけれど、この美しい手触りに、思わずため息がでそうになる程だ。滑らかで漆黒で艶やかだ。私も一足買おうかな。

　側面のゴム部分に汚れがあったサイドゴアブーツは、ヌバック素材を利用したものもあった。
　ヌバックは、革の表皮層(銀面)の磨りと染色を繰り返し滑らかに起毛した表面に仕上げたもの。 汚れや傷がつきやすいため高級なバッグに使われる。勿論本革じゃないからフェイクだけれど、それでも手触り抜群だ。生地の選定がすごくいい。冬用のパンプスに、シルキースエードやヌバックの素材も使いたいけれど、幾らフェイクとはいえ、生地代が高くなってしまうなぁ。