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3.社長にキスしたら、何かがおかしくなった模様(全力で否定)

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「それよりも、指一本でも触れたら即刻退社するとお伝えしたのをお忘れですか? 先程の抱擁はどういうおつもりで?」

「好きだから抱いた、それだけだ」

「語弊のある言い方はやめて下さい。まるで貴方のものになったみたいな言い方じゃないですか」

「いけないか? 仮にも偽装の恋人関係の契約をしたのだ。問題あるまい」


 この男も一応社長だから弁が立つ。言い負かせられない所が困るな。


「紗那。つべこべ言わずに、俺にキスをしろ」

「つべこべ言います。嫌です」

「なんでっ」

「そういう行為は、好きな男としたいからです。社長の事は、好きではありません」

「くうーっ」


 何かを噛みしめるように、ぎゅっと目を瞑って社長が胸を押さえた。「今日はお前がキスしてくれると思ったから、それはそれは色々頑張ったのにっ。占いの言う通りだ。今日の運勢は残念ドン底。思い通りにならない事が多い一日。ラッキーランチの親子丼を食べて一日を乗り切りましょう、最愛の人に笑顔を向ければハッピーになれる、ラッキーナンバーは11。今、十一時だろう?」


 だから何だ。



「せめて最後、ハッピーになれるようにしてくれないか? 明日からまた胃が痛くなるような会食祭が俺を待っているんだ。紗那がキスしてくれたら、明日から頑張れる。でもしてくれなかったら、多分・・・・無理。もうここで力尽きる」

 社長が端正な顔を歪め、眉根を潜めた。
 ああ、綺麗な顔だな。喋らなかったら変態ぶりが解らないから完璧なのに。

「恋人関係を解消されたら、困るのはお互い様だろう? だから、頼むよ。淋しい独り身なんだ。枕を涙で濡らして明日の業務に差し障るとお前も困るだろう? こんな事は、恋人契約を結んでいる紗那にしか頼めない」

 はあー。もう。
 思わず特大のため息を吐いた。

「じゃあ、目を瞑って」

「えーっ。見たい。紗那が俺にキスする所」

「お・す・き・に・ど・う・ぞ」(笑顔)


 面倒なのでネクタイを乱暴に引っ掴んで、彼の頬にぷちゅっ、とキスしてやった。


「お終いです」

「えっ。唇じゃないの?」

「唇だなんて一言もおっしゃっておりませんでしたが、何か?」

「ぷっ。あっははは。紗那らしいな。一本取られた。でも、めちゃくちゃ嬉しい」


 彼は笑った。私が一年間傍で見て来て、一度も見た事が無い顔。
 彼は顔面をくしゃくしゃにして、満面の笑みを私に向けたのだ。




 ドキン




 うそっ。
 やだっ。


 社長の笑顔に、不覚にもトキめいてしまった。おかしい。何てこと――



「今日は沢山無理をさせてすまなかった。また明日も頼む。やっぱり紗那がいないと、元気が出ない」

「さ、左様でございますか。そ、それではお疲れになられたと思いますので、早くお帰り下さい。お休みなさいませ」

 動揺を悟られないように、早口でまくし立てた。

「ああ。良蔵さんに用があるから、声を掛けてから帰るな。また明日、社で。紗那もゆっくり休め」

 ふわっと大きな手が頭の上に置かれた。優しい眼差しで私を見つめた社長は、そのまま微笑みながら頭を撫でてくれた。「今日は本当に助かった。ありがとう」



 再びドキリ、と心臓の音が大きく動く音をはっきりと聞いた。



 おかしい。
 どうして。





 こんな変態社長に私がときめくなんて、あり得ない――





 
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