記憶探しの旅に出ます

あかくりこ

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光明

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 奥の院に戻る通路を歩き始めたダキア一行の許に、年若いサピエンスが数人、アシルの神官とはまた異なる装束のルプスを伴ってやってきた。
「砂漠の、グラディア、テュールの、ダキア殿下、ですね」
 急いで来たのか息せき切っている。
「私は」
 若いサピエンスが名乗ろうとする前にミザル、アルコーがさっと間に割って入った。
「いい加減にしとけや」
 もうこれ以上サピエンスとは関わり合いになりたくない。なる気も無い。そんな意志を込め、低い唸り声をあげて宮司のひ孫を威嚇する。
「まて。ミザル、アルコー」
「控えなさい」
 ダキア、シェリアル双方に言われ熊兄弟が口を噤む。
 年若いサピエンスはマルスと名乗った。宮司の曾孫だという。
 連れ立ってやってきたサピエンスはフルリ、シャルマ、ネルガル、ルプス神官は、ナラン、ナル、ソリルと名乗った。
 ナランの顔を見たリョウが驚きの声をあげた。
「あ、あんたは奥の院の」
 ナランもリョウに気づくと
「君はあの時のキツネ君か」
 と懐かしそうに笑った。

「あらためて曽祖父数々の非礼の段、お詫び申し上げます」
 その声は、さきほど広間で大音声で宮司を非難した声と同じものだ。
「詫びとしてその目を再建させてください」
「再建?」
「殿下の体内を巡るマナを義眼に入れたマナと繋ぐのです」
 恐ろしく透明度の高い無色透明の水晶玉の表層に、無色透明の方解石を融合させて網膜にした義眼をダキアのマナで結合させるという。
「この水晶内部のマナが眼球の役割を果たしてくれます」
 流石のダキアも、これには逡巡した。原理が分かるようでいまいち分からない。おまけに今のダキアにはサピエンスに対する疑念と猜疑心が芽生えてしまっている。
 ダキアは静かに答えた。
「失敗したらどうするつもりだ?」
 否定的な反応をされるとは想像していなかったらしい。マルスが虚を突かれた表情にかわった。
「そ、それは」
「まだ全幅の信頼も無い相手に、何の保証もない再建手術を持ちかけるその意図はなんだ?」
 ダキアの問いに、神官のナランが代わって返答する。
「その目ゆえにマルス様は申し出られております。失礼ですが殿下はいまだ距離感が掴めておらぬのでは?」
 今度はダキアが返答に詰まる。
 嫌なところをついてくる神官だな。砦で意識をとり戻して以降、シェリアルが必ず傍に着いていたから不自由なく歩けるように感じられていただけなのは、他ならぬダキア自身がもうとっくに気付いていた。
 この状態で寒季の討伐遠征に出られるか不安だったのだ。慣れるしかない。
「失敗しても構わぬからと徒に提案申しているのではありません。殿下の御立場を慮っての事です」
 グラディアテュールのアンシャル城にいる実父サージャルの姿が脳裏をよぎった。もしこの再建手術とやらが成功したら。彼らの技術で父の下半身も再建できる?白竜討伐で腕を足を指を耳を無くした者たちへの大いなる福音になる?
 そう考えれば、この手術はまたとない実証であるとも言える。
 父が再び自らの力でグラディアテュールの地を踏みしめることが出来る。
「再建手術が成功した暁には、アンシャル城にそなたらを招きたい。再建を施してもらいたい者がいる」
「任せてください」

 ダキアと宮司の曾孫が連れ立って処置室に入る。
 どうしてそこまでサピエンスを無条件に信じられるんだ、熊兄弟が吠え、竜騎士カインも流石に二人に同調した。ここまでの経緯を考えたら仕方ない造反だ。
「最愛の伴侶がサピエンスを信じて身体を託すと決めたのなら、それにしたがうだけです。ですが、もし殿下の命が危険にさらされる事になったなら、そのときは、報復も辞さない。そう心に決めています」
 カイン、ミザル、アルコー、リョウはシェリアルの指先が震えていることに気づいた。彼女が信じているのは伴侶のダキアであって、サピエンスを無条件に信じているわけではないのだ。

 しばらくしてダキアとマルスが処置室から出てきた。
「上手くいきました、殿下の持つマナの力が強かったから」
 ナランの言葉にシェリアル、カイン、ミザル、アルコーが一斉に駆け寄る。
 透明度の高い水晶を嵌め込んでいるから、片方の眼球だけががらんどうで、眼窩でマナが虹彩のようにちらちらと瞬いているように見える。なんというか異様な外見だがそんな事には目もくれず、シェリアルがダキアに問いかける。
「本当に見えるようになったのですか?!」
「なった」
 当のダキアが一番驚いているようで、もともとの目と水晶の義眼を手のひらで交互に隠して眉を顰めたり、ううむと唸っている。
 だけど、こりゃなんだ。声には出さなかったが、見え方が激変していた。
 義眼で見る時だけ、そこにいるサピエンス、ミアキスヒューマン全員から、一人ひとり、身体を包むように白く輝くマナが陽炎のようにゆらゆらと立ちのぼっているのだ。
 よく見ればシャリアルが纏うマナはほんのり好ましい印象のピンクがかっていて、そこに紫が混じっている。ミザルとアルコー、カインはとげとげしさを感じる赤い火花がぱちぱちと散っているし、カインはうっすら水色で揺蕩っている。マルス、フルリ、シャルマ、ネルガル、とナラン、ナル、ソリルは濃淡、色味の差異はあれど、どいつも透明感のある青味のさした白に、温かい色味の茶とオレンジ、黄色が入り混じっている。
 これは、感情が色として見えているのか?赤が怒りだとすると青から水色は冷静沈着だろうか。黄色から橙にかけては活発さといったところか。緑は…なんだろう?

 上手く説明が出来ない変な副作用だが、奥行きのおぼつかない、視野に常時不安が付きまとう状態に比べたら天地の差だ。
「では、奥の院から、アシル城へ」
「行こう、行こう」
「帰ろう」
 思い思い口にし、地上へと向かう。

 初めて地上に出る連中は相変わらず黄色からオレンジ色の生き生きしたマナの色だ。表情も底抜けに明るくて、不安なんて微塵も感じさせない。その様子にシェリアルのマナが感化されたように綺麗な緑色に変わった。楽しそうにころころ笑って、たじろぐカインとミザル、アルコーには紫がチラついている。緑は幸福、紫は困惑とかそういった感情のようだ。
 そんな中、ダキアはなんとはなしにマルスに尋ねた。
「宮司に挨拶はしなくていいのか」
 マルスのマナが一瞬揺らいで、冷たさを感じる茶色を帯びた。ひりつく印象を受けるから、これはよくない感情だ。
「いいんです。あんな礼儀知らず、くたばっちまえばいいんだ」
 今度はどす黒い赤に暗い青がまじっている。
 ダキア自身、父や兄にそんな憎悪の念や殺意に近い感情を抱いた記憶はないから、ひどいことを言うもんじゃないと口にしかけて思いとどまった。肉親なのに。肉親だから。マルスの怒りがそういう複雑な発露なのだとしたら、他人の俺が出る幕ではない。
 現時点、全幅の信頼が無いのはこちらも同じだ。
「そうか」
 悪いことを聞いた、そう言ってダキアは話を打ち切った。

 後々思い返すと虫の知らせだったのかもしれない。





 ひ孫のマルスがダキアと共に奥の院に向かったと権宮司から報告を受けた宮司曽祖父クマルビは大きなため息を吐いた。


 エンキは情に厚く、周囲の者たちを深く愛していた。しかしその一方で、彼は統治者としての能力に大きな欠点があった。情に流されやすく、重要な決断を躊躇したり、誤った判断を下したりすることがしばしばだった。
 初代の本家と分家が砂漠と密林に分かれた後、初代直系の後継者がいなくなったアシルの統治者として選ばれたのは、初代の血筋とは全く無関係の庶民アラルだった。そのアラルの息子が現宮司クマルビだ。


 背中に繋いだ生命維持の水晶に新たなマナを補充する付き人に広間から退くよう命じ、権宮司以外誰もいなくなったことを確かめ、クマルビは独り言ちた。
「今更どんな面下げて地上に出られると言うのだ砂漠の王子よ」

 そなたらが弱きものを挫き見捨てるのが流儀だというなら。

 そんなわけあるはずなかろうがよ。
 我はここで朽ちることを選択したのじゃ。

 マナの色が見えるようになったダキアが今の宮司と対面したら、先刻の広間での質疑は本心ではなかったと看破するかもしれない。



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