32 / 37
地下の宮殿
しおりを挟む
グラディアテュール第二王子ダキア、アシルの姫君でダキアの伴侶シェリアル、竜騎士カイン、マナ使いリョウに加えて砦から加わったミザル、アルコー一行はアシルの街に着いた。
否、着いてしまった。
グラディアテュール領に向かう道を逆にアシルに向かっていけば、輿とはち合わせる。そこでラタキア将軍、ジウスドラ参謀に仔細を説明し、「行幸は仕切り直し、軍をアシル神殿に向かわせる」指示を出すつもりだった。
それが、行けども行けども行幸の隊と会わない。駐屯地まで戻って理由を察した。夜明けの陽が射す少し前の薄明の空の下、行幸の輿が出立の整備もされていない状態で、宿舎前につくねんと置かれている。
「ラタキア、ジウスドラ、どこだ」
「将軍、参謀、どこっすか」
「シャオチェ?いないのですか?」
ダキアとカインが宿舎を見て回り、シェリアルが呼んでもどこからも返事が無い。食堂にも練兵場にも誰もいない。
「お前たちは敷地内を見回ってくれ、俺は姫と街を見てくる」
ダキアと別れたカインたちが厩に向かうと、馬たちが馬房に入れられたまま、人を呼んで嘶き、空の水桶を噛んでのどの渇きを空腹を訴えていた。
カインとミザル、アルコーが馬栓棒を外し、馬を放牧地に出してやる。
いつもなら賑やかなアシルの街も、気味が悪いくらいひっそりと静まり返っている。人々が行きかう通りも広場も。売り子と客の、「値切れまけろ」「これ以上はまからん」の値段交渉の威勢のいい掛け声が飛び交う市場にも。大人が自慢の禽竜の鳴き声を競わせたり、闘竜に興じたり、泥だらけになって転げまわっている路地裏にも。一日探し回ったがどこにも人っ子一人いない。
陽はとっくに天頂から傾いて、だいぶ暗くなってきている。静寂がのしかかる大通りでダキアとシェリアルは顔を見合わせる。
「一体何が」
「シチフサのしわざ?」
でも何故。
ジウスドラがいればサピエンスならではの視点で活路も見いだせたかもしれないが、いない以上あてにはできない。
駐屯地の宿舎に戻ると、カイン、リョウ、ミザル、アルコーの熊兄弟は顔を突き合わせてヒソヒソ話をしていたのだが、ダキアたちが戻ってきたことに気づくと「殿下、リョウが具申したいと」進言してきた。
「事態が事態だ、直接申せ」
「神殿には宮司がいるはずです」
とダキア、シェリアルに神殿に事態の収拾を押し付ける案を具申した。
「エンキの持ち逃げもシチフサの宮司偽証も元を糺せば神殿の不手際の産物です。我々が抵抗を感じる謂れはありません」
リョウの言い分は確かに一理あるのだ。ここまで知らぬ存ぜぬを決めこまれると神殿は分かってて放置したのか、またはシチフサと共謀している、まであり得ない話じゃない、そうみられても仕方ない。
そうしてリョウの案内でアシル神殿の禁足地の奥の院の隠し通路から、一行は奥に踏み入った。
「ここです。ここが奥の院」
「狭いな」
「足元には注意しろ」
暗い細い狭い階段を降りた先に、水晶のマナの入った提灯を持った神官のルプスがいた。
濃紺の衣。宮司の次に高い位に就いている権宮司だ。
「グラディアテュールの第二王子ダキアである、宮司はおられるか」
権宮司にしてみればダキアたちはあり得ない場所から姿を現したはずで、ましてや砂漠の蟲の消化液に溶かされかけたダキアの風貌外見は、大分変ってしまっている。なのに驚くでも咎めるでもなく、権宮司は一行に向かって、恭しい態度で深々と一礼した。
「案内いたします」
と、奥に先導始めた。
「.........どうぞこちらに」
地上では考えられない場所、としか言いようのない場所だった。
洞窟のはずなのに、地下なのに、明るい。ダキア一行は上を見上げて息を詰まらせた。そこには、天井がなかった。ここは洞窟だから、岩壁が続いているはずなのに、水中から水面を見上げた時に見える光景のように外の世界、アシルの湖をとりまく樹々がそのまま映り込んでいた。
「浮遊のマナの力です。湖の水を押し上げ、水底に空間を作り出しているのです」
果樹園と思しき区域では、地上では見たことも無いくらい大きな林檎、無花果、桃、葡萄、梨が鈴なりに実をつけ、枝をたわませていた。圃場も、刈り取り間近の稲穂と芽吹いたばかりの苗が隣り合う区画に整然と並んでいた。
透き通った壁に仕切られた部屋では渓流の魚が、シャイヤー湾の魚が、生きたまま宙を舞っていた。
もしこの場に観察者たちがいれば、これは初期のコロニー構想に見られる農園や養殖場ではないかと、目を輝かせて構造の解析やサンプル収集を開始するところだがミアキスヒューマンは観察者ではないから、正直、気味の悪い場所としてしか捉えていない。この自然の法則を無視した空間に違和感を抱いている。
不気味な畑の先には、アシル、キンツェム、グラディアテュールのどの様式とも違う宮殿が建っていて、そこには数多のサピエンスが生活していた。にわかには信じられないくらいサピエンスの群衆の数にダキア一行は目を疑った。
「彼らは一体」
「100年前よりここに住まうもの、と聞いております」
100年前。地上のサピエンスが僅かな数を残して一斉に姿を消した時期だ。
否、着いてしまった。
グラディアテュール領に向かう道を逆にアシルに向かっていけば、輿とはち合わせる。そこでラタキア将軍、ジウスドラ参謀に仔細を説明し、「行幸は仕切り直し、軍をアシル神殿に向かわせる」指示を出すつもりだった。
それが、行けども行けども行幸の隊と会わない。駐屯地まで戻って理由を察した。夜明けの陽が射す少し前の薄明の空の下、行幸の輿が出立の整備もされていない状態で、宿舎前につくねんと置かれている。
「ラタキア、ジウスドラ、どこだ」
「将軍、参謀、どこっすか」
「シャオチェ?いないのですか?」
ダキアとカインが宿舎を見て回り、シェリアルが呼んでもどこからも返事が無い。食堂にも練兵場にも誰もいない。
「お前たちは敷地内を見回ってくれ、俺は姫と街を見てくる」
ダキアと別れたカインたちが厩に向かうと、馬たちが馬房に入れられたまま、人を呼んで嘶き、空の水桶を噛んでのどの渇きを空腹を訴えていた。
カインとミザル、アルコーが馬栓棒を外し、馬を放牧地に出してやる。
いつもなら賑やかなアシルの街も、気味が悪いくらいひっそりと静まり返っている。人々が行きかう通りも広場も。売り子と客の、「値切れまけろ」「これ以上はまからん」の値段交渉の威勢のいい掛け声が飛び交う市場にも。大人が自慢の禽竜の鳴き声を競わせたり、闘竜に興じたり、泥だらけになって転げまわっている路地裏にも。一日探し回ったがどこにも人っ子一人いない。
陽はとっくに天頂から傾いて、だいぶ暗くなってきている。静寂がのしかかる大通りでダキアとシェリアルは顔を見合わせる。
「一体何が」
「シチフサのしわざ?」
でも何故。
ジウスドラがいればサピエンスならではの視点で活路も見いだせたかもしれないが、いない以上あてにはできない。
駐屯地の宿舎に戻ると、カイン、リョウ、ミザル、アルコーの熊兄弟は顔を突き合わせてヒソヒソ話をしていたのだが、ダキアたちが戻ってきたことに気づくと「殿下、リョウが具申したいと」進言してきた。
「事態が事態だ、直接申せ」
「神殿には宮司がいるはずです」
とダキア、シェリアルに神殿に事態の収拾を押し付ける案を具申した。
「エンキの持ち逃げもシチフサの宮司偽証も元を糺せば神殿の不手際の産物です。我々が抵抗を感じる謂れはありません」
リョウの言い分は確かに一理あるのだ。ここまで知らぬ存ぜぬを決めこまれると神殿は分かってて放置したのか、またはシチフサと共謀している、まであり得ない話じゃない、そうみられても仕方ない。
そうしてリョウの案内でアシル神殿の禁足地の奥の院の隠し通路から、一行は奥に踏み入った。
「ここです。ここが奥の院」
「狭いな」
「足元には注意しろ」
暗い細い狭い階段を降りた先に、水晶のマナの入った提灯を持った神官のルプスがいた。
濃紺の衣。宮司の次に高い位に就いている権宮司だ。
「グラディアテュールの第二王子ダキアである、宮司はおられるか」
権宮司にしてみればダキアたちはあり得ない場所から姿を現したはずで、ましてや砂漠の蟲の消化液に溶かされかけたダキアの風貌外見は、大分変ってしまっている。なのに驚くでも咎めるでもなく、権宮司は一行に向かって、恭しい態度で深々と一礼した。
「案内いたします」
と、奥に先導始めた。
「.........どうぞこちらに」
地上では考えられない場所、としか言いようのない場所だった。
洞窟のはずなのに、地下なのに、明るい。ダキア一行は上を見上げて息を詰まらせた。そこには、天井がなかった。ここは洞窟だから、岩壁が続いているはずなのに、水中から水面を見上げた時に見える光景のように外の世界、アシルの湖をとりまく樹々がそのまま映り込んでいた。
「浮遊のマナの力です。湖の水を押し上げ、水底に空間を作り出しているのです」
果樹園と思しき区域では、地上では見たことも無いくらい大きな林檎、無花果、桃、葡萄、梨が鈴なりに実をつけ、枝をたわませていた。圃場も、刈り取り間近の稲穂と芽吹いたばかりの苗が隣り合う区画に整然と並んでいた。
透き通った壁に仕切られた部屋では渓流の魚が、シャイヤー湾の魚が、生きたまま宙を舞っていた。
もしこの場に観察者たちがいれば、これは初期のコロニー構想に見られる農園や養殖場ではないかと、目を輝かせて構造の解析やサンプル収集を開始するところだがミアキスヒューマンは観察者ではないから、正直、気味の悪い場所としてしか捉えていない。この自然の法則を無視した空間に違和感を抱いている。
不気味な畑の先には、アシル、キンツェム、グラディアテュールのどの様式とも違う宮殿が建っていて、そこには数多のサピエンスが生活していた。にわかには信じられないくらいサピエンスの群衆の数にダキア一行は目を疑った。
「彼らは一体」
「100年前よりここに住まうもの、と聞いております」
100年前。地上のサピエンスが僅かな数を残して一斉に姿を消した時期だ。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
No One's Glory -もうひとりの物語-
はっくまん2XL
SF
異世界転生も転移もしない異世界物語……(. . `)
よろしくお願い申し上げます
男は過眠症で日々の生活に空白を持っていた。
医師の診断では、睡眠無呼吸から来る睡眠障害とのことであったが、男には疑いがあった。
男は常に、同じ世界、同じ人物の夢を見ていたのだ。それも、非常に生々しく……
手触り感すらあるその世界で、男は別人格として、「採掘師」という仕事を生業としていた。
採掘師とは、遺跡に眠るストレージから、マップや暗号鍵、設計図などの有用な情報を発掘し、マーケットに流す仕事である。
各地に点在する遺跡を巡り、時折マーケットのある都市、集落に訪れる生活の中で、時折感じる自身の中の他者の魂が幻でないと気づいた時、彼らの旅は混迷を増した……
申し訳ございませんm(_ _)m
不定期投稿になります。
本業多忙のため、しばらく連載休止します。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

エンシェントソルジャー ~古の守護者と無属性の少女~
ロクマルJ
SF
百万年の時を越え
地球最強のサイボーグ兵士が目覚めた時
人類の文明は衰退し
地上は、魔法と古代文明が入り混じる
ファンタジー世界へと変容していた。
新たなる世界で、兵士は 冒険者を目指す一人の少女と出会い
再び人類の守り手として歩き出す。
そして世界の真実が解き明かされる時
人類の運命の歯車は 再び大きく動き始める...
※書き物初挑戦となります、拙い文章でお見苦しい所も多々あるとは思いますが
もし気に入って頂ける方が良ければ幸しく思います
週1話のペースを目標に更新して参ります
よろしくお願いします
▼表紙絵、挿絵プロジェクト進行中▼
イラストレーター:東雲飛鶴様協力の元、表紙・挿絵を制作中です!
表紙の原案候補その1(2019/2/25)アップしました
後にまた完成版をアップ致します!

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる