記憶探しの旅に出ます

あかくりこ

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ダキア捜索 ウルススの砦

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 ウルススは、ニアミアキスでも二本脚で立つことが出来る。力も強い。持久力もある。火を怖れることも無い。そんな彼らはグラディアテュール軍の主力として王を支え、竜を屠ってきた。

 ダキアが軍の陣頭指揮を執るようになるまでは。




 砦に着いたのはアシル駐屯地を出て一日半たった昼過ぎのことだった。

 荒涼とした岩砂漠に狼の遠吠えが聞こえた。最初は群れからはぐれた個体なのかと思ったが、耳をそばだてると、どうやら一匹だけじゃない。シェリアル姫、カイン竜騎士、マナ使いのリョウを遠巻きに囲んで追跡しているようだ。

「狼と言うのはこんなところでも生きていけるのですか?」

「いや、あいつらはチャラワン指揮下の純ミアキスのルプスの群れっす」

 そういうとカイン竜騎士がおおぅと高らかに吠えた。

 すると、狼どもの遠吠えが止んで、質の違う遠吠えが聞こえてきた。

「おうい。チャラワンか」

 再度カインが遠吠えで問うと

「そういうお前はカインか」

 岩山の上から耳飾りと手甲を付けた狼が姿を現した。カインは殿下直属の側近だから位は上のはずなのに、少々敵意を感じる表情で眼下の三人を睨みつけてくる。

「何用だ、おぬし、ダキア殿下の行幸に付き従っていたはずであろう」

「火急の要件だ、ミザルとアルコーに会わせろ」

「付いてこい」

 それだけ言ってチャラワンは姿を消した。



 砦の門番でハーフミアキスのフェルカドはなかなかにがさつな漢だった。ただでさえ鋭い鉤づめを生やしている手に更に手甲鉤なんて物騒な得物を嵌めている。

「カインよ、おめぇはひよっこ王子の新婚旅行についていたんじゃなかったのかあぁん?」

 鉤爪でカインの顎先をちょいちょいつっつくと、リョウがフェルカドの鼻先から喉元を狙って雷のマナを向ける。

「カインにちょっかい出すのはやめてもらいましょうか」

「相変わらずカイン第一だなこのキツネ野郎は」

 こんなところで小競り合いなんかしてる場合ではない、ラタキア将軍の命令書を差し出して、カインが再度訴える。

「ふん、ラタキアからの書で間違いないようだ」

 付いてこい。そういってフェルカドは砦の奥に引っ込んだ。



 砦は山脈の麓、荒涼とした岩砂漠の中の開けた高台にあった。

「大体の竜はここを通ってハフリンガーに侵入してくるっす」
 万年雪を戴く山峰にも谷がある。そんな峡谷伝いに侵入してくる。高台は峡谷を見下ろす位置に聳えていた。

 白竜みたいな規格外はともかく、ハフリンガーが概ね平和に暮らしていられるのもここに常駐しているウルスス部隊と純ミアキスのルプス索敵部隊のおかげだ。

「雪の時期までに何度かアシルの駐屯地に皮や竜骨を運んできて、鏃なんかの鋳物や鎧に換えて砦に戻るんす」

「砦にサピエンスの鍛冶はいないのですか?」

 シェリアルが問うと、聞かれたくないのか、それだけは小声で返してきた。

「サピエンスを投入させてくれれば問題は解決するんすがね」

「なんか言ったか?」

 案内をしながらフェルカドは聞き耳をたてていたようだ。

 シェリアルには、フェルカドがサピエンスという単語に反応したように見えた。




 赤褐色の固い被毛に覆われた砦の主はミザルと名乗った。

 いかついウルススが武装したままで岩壁を背にして並ぶ姿はひどく物々しい。

「副将のアルコーはミザルの弟、以下門番のフェルカド 、イルドゥン 、アドラステイアー、イーダーが主力っす。他はニアミアキスのチャラワン、イディム、アステリオン、シャラ。後は純ミアキスのルプス族で構成されているっす」

 狭い広間を進みながら手短にカインが紹介する。

「火急の要件と申しておきながらおなご連れとはどういう了見だ、カイン竜騎士」

 ミザルがラタキア将軍の書を吟味する横で、ミザルの弟アルコーが居丈高に問うてくる。

「火急の要件ゆえにお連れした」

「サピエンスの策謀か?」

 門番のフェルカドが口の端から牙を覗かせ唸る。やはり敵意を隠そうとしない。

「否、殿下がかどわかしに遭った」

「何?」

 ミザルが腰をあげ、広間のウルスス、ルプスがざわつき始めた。

「何者だよ、かどわかしたのは」

「何者であれ殺すぞ」

「殺ろう」

「殺ろう」

 カイン竜騎士が待ってくれと場を諫めて話を続ける。

「今は言えん。ただ、ここにおわす方は殿下の伴侶であらせられる」

「やはりサピエンスの謀略だな?こんな場所に貴人が足を運ぶ道理がねぇ」

 ミザルがどっかり座り直した。

 流石におかしい。いくらなんでもこの対応は変だ。

「なぜ。そこまでサピエンスに対して敵意を抱くのですか」

 シェリアルが問いただす。

 婚礼当日からこの40日少々の記憶しかないが、記憶を奪ったのはサピエンスと宮司が下したためにダキアが少々過剰に反応した場面もあったがサピエンスが特になにかしかけてきた覚えはない。

「サピエンスは信用できねぇ、それだけだ」

「それだけ。では道理は通りません」

 シェリアルが食い下がるとウルススたちは顔を見合わせ、それから判断を委ねる、とミザル、アルコーを見遣った。兄弟熊はほんのちょっとの間考え込んだが、

「話すか」

「話そう」

 そう決断した。

「これはキンツェム、グラディアテュールどちらの王も民も知らない話だ。勿論ルドラ先帝、サージャル大帝、シェダル、ダキアのひよっこ兄弟どもも知らん、神殿は分からんが、伏せられてるかも知れねぇ」

 そう前置きしてミザルは語り始めた。



 昔々、ミアキスヒューマンとサピエンスはマナを通じて非常に親密な関係を築いていった。

 最初のうちはウルスス族もその恩恵に与っていた。

「俺たちウルススはニアミアキスでも二本脚で立って、前脚を使えるからな。そいつはサピエンスにも都合が良かったのさ」

 あるとき、領主の息子二人が新たに、砂漠と密林に土地を与えられ、ウルスス族がかき集められ、大掛かりな土木工事が始まった。

「地面に溝を掘って、そこに砂利を詰めて敷石を並べる。単純な作業だ」

 舗装道路の次は砦、砦を築いたら次は環濠と城塞。単純ではあるが重労働だ。従事した多くのウルススが粗食と過労で倒れた。

「サピエンスは誰一人過酷な作業と飢えで疲労困憊の俺たちを気にしなかった」

 見かねた一部のルプスとシンバ、チグリス、パンテラ族がサピエンスの目を盗んで食事とマナを分け与えてくれた。

 そんな中、今度は領主命令としてマナの供出を要求された。

「マナで活力を維持してなんとか命を繋いでいる奴らも大勢いた。そいつらの助命を嘆願したがサピエンスは聞き入れなかった」

 そんな時、妙な噂が流れてきた。

「領主様が禁忌のマナを手に入れた」

「戦になるぞ」

 そうして兄弟はマナを使って天から星が降る大災害を起こした。



「嘘だろ」

 カインは頭を振った。そんな話初めて聞く。

 ハフリンガー建国神話はこうだ。ラフム、ラハムに導かれてアンシャルとキシャルは砂漠と密林に降り立った。一夜にして城を築き、よく民を治めた。エンキは言祝ぎとして「今より100年後、アシルとの婚姻を執り行うべし」そう託宣した。

 それがこの神託の婚礼だが姫の記憶喪失に始まりキンツェム女帝崩御に観察者の襲撃に宮司の手によるダキアの誘拐。言祝ぎどころか呪われてるんじゃないかって勢いの事故と波乱と災難と変事の大盤振る舞いだ。大元の発端が、根幹が、捻じ曲げられて伝わっているからか?

 リョウも驚きを隠せない様子だ。放心した顔で「じゃエンキは何を」そう独り言ちている。



「だから先祖はサピエンスを見限った」

 山を越えてエクウス大陸で拠点に出来そうな土地を探す旅に出た。

「しかし山の向こうはとても住める環境じゃなかった。昼は群れなす巨竜の陰に脅え、夜になると地平線には赤い筋がちらちらしながら昇ってくる。生きた心地なんてなかったそうだ」

 しばらく経って、築城でウルススたちが飢え苦しんでいた時に助けてくれたパンテラ族が追いかけてきた。

「アンシャル様キシャル様がラフム様ラハム様と共に大災害を押しのけてくださった、そう言ったんだ」

 災害を起こしたのはあの兄弟だろう、ウルススの長はそう反論したが、パンテラ族の使いは何を言っているのだ、そんな顔で「ウルススは頭がどうかしてしまったのか」と逆に心配された。

 更に気味の悪いことに、街に戻るとあんなに沢山いたサピエンスが減っていた。

「ミアキスヒューマン一人に対してサピエンスは10人から15人はいた、それがミアキスヒューマン100人にサピエンスが一人二人と、立場が逆転していたのさ」

 当時ハフリンガーで何が起きてたのかは知らねぇ。だがサピエンスは信用するな。そう伝えられてきた。




「それをあのひよっこが」

 ひよっことはダキアのことだ。

「白竜討伐軍にサピエンスをひっぱりこみやがった」

「それで、砦に引きこもったのですか」

 初めてシェリアル姫が口を開いた。

「ああ、どんな悪辣な策を講じて仲間を悪用されるか知れたもんじゃねぇからな」

「殿下を信頼する選択は無かったのですか」

「サージャル大帝と違ってまだ実績も何もねぇひよっこさ、信用するもなんもねぇさ」

「では、サピエンスを登用していなかったらどうしていたのです」

「そんときゃあ、俺らが身体を張ってひよっこを助けるに決まってるじゃねぇか」

 今の問答で判った。この熊たちは殿下に対して害をなすことは考えていない。だからシェリアルは膝をついた。

「ジウスドラ参謀を、サピエンスを登用した殿下を信じられぬというなら、ウルススは私の直属配下に着くとよいでしょう。」

 掌を床に置いた。

「殿下の捜索には砦の助力が必要です」

 そのまま伏して願い出た。

「どうか力を貸してください」

 姫が頭を下げるなど全く想像もしていなかったミザル、アルコーは流石に慌てた。

「待ってくれ姫さんよ」

「頭を下げるだけでは足りませぬか」

 額を床につけた格好でシェリアル姫が更に言い募る。

「一刻を争う事態なのです」



 ミザルの決断は早かった。

「索敵部隊を出せ、俺たちも出るぞ」


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