12 / 46
姫と侍女
しおりを挟む
シェリアル姫の替え玉として輿の中で寝起きすることはや三日。長旅なので、几帳で仕切られた座所の他に、衣装箪笥、長椅子と卓、寝台と調度品が一通り揃っている。毛足の長い敷物は蓮星と唐草の文様。
移動中、終始揺れることを除けばなかなか快適な乗り心地だ。わざわざ誂えた専用の輿だと聞いている。
「道中、姫に不便をおかけするわけにはまいりませんからね」
それがこんなことになってしまって。シェリアル姫があまりにも不憫だと頭をふるジウスドラ参謀を御簾越に聞きながら侍女シャオチェも頭を振る。
その姫様は婚礼前日まで「殿下と共に討伐に赴くことだってあるかも知れないでしょう?」と仰って名人に弓や剣の師事を仰ぎ、野宿と称して何度も城の郊外で夜を明かしていたことは優しい従者には伏せておいた方がいいようだ。この件とまた違う意味でがっかりされてしまう。
三蹄重種の歩みが止まって、車駕の軋みが静かになった。やおら外が騒がしくなった。
集落に入る前に殿下一行と合流する手はずになっている。姫がお戻りになられたのかしら。姫のお顔を拝見するのは三日ぶりです。
いそいそと姫の着替えを用意しているシャオチェの耳に、「竜にやられた」「怪我の手当てを」「マナの補充は」といった聞き捨てならない言葉が飛び込んできた。
御簾越しに外の様子を窺うと、わき腹を押さえたダキア殿下、従者のカイン竜騎士とマナ使いのリョウが、頭に麻布を被せられ後手に縛られたサピエンスの猟師とおぼしき不審者を引っ立てている。
え?やだちょっとなにがあったんです??あの猟師はなんなんです?
「ちょっともう離せってば!」
「なんだこいつは」
「俺は怪しいもんじゃないって言ってんだろふざけんなこの唐変木!」
もしかしてあれがアシルの宮司の仰ってたサピエンスなんです?
「静かにしろ」
「兵站の荷車に放り込んでおけ、集落で検分する」
よかった、それよりシェリアル姫はどうなされたのです?なぜ一緒にいないのです???まさか姫にもなにかあったのですか????
外に出るべきかどうしようか、迷ったシャオチェが輿の中で珊瑚色と山吹色のキトンを抱えてあたふたしていると、シェリアル姫が戻ってきた。
「殿下の白嶺を馬番の方に預けるのに手間取ってしまって」
俯き加減の姫の声が微かに震えている。それを聞き逃すほどシャオチェは鈍感ではない。
「どうされたのですか!?」
思わず咎めるような口調で問うてしまい、姫が弾かれたように面をあげた。その姿を見てシャオチェは声にならない悲鳴が喉から出たのを自覚した。三日ぶりに顔を合わせた姫の瞳が涙にぬれていたからだ。
「大丈夫です」
シェリアル姫はそう言いかけたが、ぼろぼろと涙をこぼし、嗚咽を漏らし始めた。
後々、シェリアルは「御簾の中の様子は外から見えない。ここにいるのは親身になってくれる侍女が一人。今は人目を気にしなくてもよい。そう思ったら、涙が止まらなくなった」そう告白してシャオチェを感涙にむせばせている。
聞けば、殿下が竜を屠るのにしくじって軽いけがを負ったのだという。
怪我をしたのが姫じゃなくてよかったと胸を撫で下ろしたのがシャオチェの正直な本音だ。ダキア殿下は殿方ですし、まぁ多少の怪我くらい当たり前ではないでしょうか。
「サピエンスも捕まったし、これで一安心ですよ」
と、慰めるが、姫は泣き止まない。
「私、何もできなかった」
「出来なかった、と仰いますのは」
まさか記憶もないのに一緒に戦おうとしたんじゃ。想像してシャオチェは卒倒しかかった。
「私は、殿下が危険な目に遭っていたのに、ただ、見てることしかできなかった・・・・・・私に出来ることがあれば」嗚咽交じりに、訥々と訴える。
シャオチェとしては心配極まりない。出来れば危険の及ばないよう大人しくしていてほしいのですが。そう言っても聞かないでしょうし。
「それでしたらマナを使って後方支援にまわるというのは」
「マナ?」
シェリアル姫が小首を傾げる。
可愛らしい仕草だけど、シャオチェは、何故姫がこんな反応をするのか一瞬訝しんだ。それから、思考を巡らし理由に思い当って愕然とした。
ミアキスヒューマンにとってマナが見える。使える。それは当たり前の日常。今の姫はマナが見えていてもそれが何なのか知識がすっぽり欠落している状態なのだ。
こんな大事なことを失念していたなんて。なんて不甲斐ない。
涙を堪えてシャオチェはマナの説明をして聞かせた。
「つまり、私たちにとって欠かせない生活必需品、というわけです」
「そうだったのですね」
涙の跡も痛々しいけれど、前向きな姫の笑顔。
「ありがとう、・・・・・・シャオ、」
シャオ、って。それ私の愛称ですよ姫。多分呼びやすいから、そう呼んだだけだと思いますけれど、記憶が戻っているわけではないのでしょうけど、私を愛称で呼んでくださった。つられてシャオチェも嬉し涙をこぼす。
「さぁ、涙を拭いて、お髪を結い上げて。本日の晩餐のお召は春緑に藤色と薄桃の袍など如何でしょう」
いそいそと手水鉢を用意してまっさらな白布を浸して絞ると、姫の顔を丁寧に拭いて、着替えの支度を始めた。
移動中、終始揺れることを除けばなかなか快適な乗り心地だ。わざわざ誂えた専用の輿だと聞いている。
「道中、姫に不便をおかけするわけにはまいりませんからね」
それがこんなことになってしまって。シェリアル姫があまりにも不憫だと頭をふるジウスドラ参謀を御簾越に聞きながら侍女シャオチェも頭を振る。
その姫様は婚礼前日まで「殿下と共に討伐に赴くことだってあるかも知れないでしょう?」と仰って名人に弓や剣の師事を仰ぎ、野宿と称して何度も城の郊外で夜を明かしていたことは優しい従者には伏せておいた方がいいようだ。この件とまた違う意味でがっかりされてしまう。
三蹄重種の歩みが止まって、車駕の軋みが静かになった。やおら外が騒がしくなった。
集落に入る前に殿下一行と合流する手はずになっている。姫がお戻りになられたのかしら。姫のお顔を拝見するのは三日ぶりです。
いそいそと姫の着替えを用意しているシャオチェの耳に、「竜にやられた」「怪我の手当てを」「マナの補充は」といった聞き捨てならない言葉が飛び込んできた。
御簾越しに外の様子を窺うと、わき腹を押さえたダキア殿下、従者のカイン竜騎士とマナ使いのリョウが、頭に麻布を被せられ後手に縛られたサピエンスの猟師とおぼしき不審者を引っ立てている。
え?やだちょっとなにがあったんです??あの猟師はなんなんです?
「ちょっともう離せってば!」
「なんだこいつは」
「俺は怪しいもんじゃないって言ってんだろふざけんなこの唐変木!」
もしかしてあれがアシルの宮司の仰ってたサピエンスなんです?
「静かにしろ」
「兵站の荷車に放り込んでおけ、集落で検分する」
よかった、それよりシェリアル姫はどうなされたのです?なぜ一緒にいないのです???まさか姫にもなにかあったのですか????
外に出るべきかどうしようか、迷ったシャオチェが輿の中で珊瑚色と山吹色のキトンを抱えてあたふたしていると、シェリアル姫が戻ってきた。
「殿下の白嶺を馬番の方に預けるのに手間取ってしまって」
俯き加減の姫の声が微かに震えている。それを聞き逃すほどシャオチェは鈍感ではない。
「どうされたのですか!?」
思わず咎めるような口調で問うてしまい、姫が弾かれたように面をあげた。その姿を見てシャオチェは声にならない悲鳴が喉から出たのを自覚した。三日ぶりに顔を合わせた姫の瞳が涙にぬれていたからだ。
「大丈夫です」
シェリアル姫はそう言いかけたが、ぼろぼろと涙をこぼし、嗚咽を漏らし始めた。
後々、シェリアルは「御簾の中の様子は外から見えない。ここにいるのは親身になってくれる侍女が一人。今は人目を気にしなくてもよい。そう思ったら、涙が止まらなくなった」そう告白してシャオチェを感涙にむせばせている。
聞けば、殿下が竜を屠るのにしくじって軽いけがを負ったのだという。
怪我をしたのが姫じゃなくてよかったと胸を撫で下ろしたのがシャオチェの正直な本音だ。ダキア殿下は殿方ですし、まぁ多少の怪我くらい当たり前ではないでしょうか。
「サピエンスも捕まったし、これで一安心ですよ」
と、慰めるが、姫は泣き止まない。
「私、何もできなかった」
「出来なかった、と仰いますのは」
まさか記憶もないのに一緒に戦おうとしたんじゃ。想像してシャオチェは卒倒しかかった。
「私は、殿下が危険な目に遭っていたのに、ただ、見てることしかできなかった・・・・・・私に出来ることがあれば」嗚咽交じりに、訥々と訴える。
シャオチェとしては心配極まりない。出来れば危険の及ばないよう大人しくしていてほしいのですが。そう言っても聞かないでしょうし。
「それでしたらマナを使って後方支援にまわるというのは」
「マナ?」
シェリアル姫が小首を傾げる。
可愛らしい仕草だけど、シャオチェは、何故姫がこんな反応をするのか一瞬訝しんだ。それから、思考を巡らし理由に思い当って愕然とした。
ミアキスヒューマンにとってマナが見える。使える。それは当たり前の日常。今の姫はマナが見えていてもそれが何なのか知識がすっぽり欠落している状態なのだ。
こんな大事なことを失念していたなんて。なんて不甲斐ない。
涙を堪えてシャオチェはマナの説明をして聞かせた。
「つまり、私たちにとって欠かせない生活必需品、というわけです」
「そうだったのですね」
涙の跡も痛々しいけれど、前向きな姫の笑顔。
「ありがとう、・・・・・・シャオ、」
シャオ、って。それ私の愛称ですよ姫。多分呼びやすいから、そう呼んだだけだと思いますけれど、記憶が戻っているわけではないのでしょうけど、私を愛称で呼んでくださった。つられてシャオチェも嬉し涙をこぼす。
「さぁ、涙を拭いて、お髪を結い上げて。本日の晩餐のお召は春緑に藤色と薄桃の袍など如何でしょう」
いそいそと手水鉢を用意してまっさらな白布を浸して絞ると、姫の顔を丁寧に拭いて、着替えの支度を始めた。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
【本編完結】獣人国での異種族婚
しろねこ。
恋愛
獣人とひと言で言っても多種多様だ。
力の強いもの弱いもの、体の大きいもの小さいもの、違いがあり過ぎて皆が仲良く暮らすというのは難しい。
その中でも変わらず皆が持っているのは感情だ。喜怒哀楽、憎悪や猜疑心、無関心やら悪戯心……そして愛情。
人を好きになるのは幸せで、苦しい。
色々な愛情表現をお楽しみください。
ハピエン厨なので、こちらもそのような話となる予定。
ご都合主義、自己満、それと両片思いが大好きです(n*´ω`*n)
同名キャラにて色々なお話を書いておりますが、作品により立場、性格、関係性に多少の違いがあります。
他サイトさんでも投稿中!
勝手にダンジョンを創られ魔法のある生活が始まりました
久遠 れんり
ファンタジー
別の世界からの侵略を機に地球にばらまかれた魔素、元々なかった魔素の影響を受け徐々に人間は進化をする。
魔法が使えるようになった人類。
侵略者の想像を超え人類は魔改造されていく。
カクヨム公開中。
犬の散歩中に異世界召喚されました
おばあ
ファンタジー
そろそろ定年後とか終活とか考えなきゃいけないというくらいの歳になって飼い犬と一緒に異世界とやらへ飛ばされました。
何勝手なことをしてくれてんだいと腹が立ちましたので好き勝手やらせてもらいます。
カミサマの許可はもらいました。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
転生幼女の攻略法〜最強チートの異世界日記〜
みおな
ファンタジー
私の名前は、瀬尾あかり。
37歳、日本人。性別、女。職業は一般事務員。容姿は10人並み。趣味は、物語を書くこと。
そう!私は、今流行りのラノベをスマホで書くことを趣味にしている、ごくごく普通のOLである。
今日も、いつも通りに仕事を終え、いつも通りに帰りにスーパーで惣菜を買って、いつも通りに1人で食事をする予定だった。
それなのに、どうして私は道路に倒れているんだろう?後ろからぶつかってきた男に刺されたと気付いたのは、もう意識がなくなる寸前だった。
そして、目覚めた時ー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる