Birds

遠野

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そんなカラスの助手、そして凶暴化した鳥を沈静化させ、
本来の状態に戻す研究を請け負ったのが、私だ。
「まだお若いのに、教授とは・・・よほど優秀なのでしょうね」
「いえ、周りに恵まれただけで、私1人ではとても・・・」
「謙虚であるのも好ましい」
微笑むカラス。
カラス科は総じて知能が高い。それが反映されているのかわからないが、
目の前の彼も聡明そうな男性で、言葉の選び方もそこらの人間よりよほど知的だ。
ただその黒い瞳は、全てを見透かす様に弓なりに細められていて、
見つめられると居心地が悪い。
それから逃れるように、私は書類に目を落とす。
「早速で申し訳ないですが、データを取らせて頂いても良いでしょうか?」
「わかりました」

身長、体重、視力、聴力、血液採取等、
こちらの指示にカラスはちゃんと従ってくれて、
無事に一通りの検査を終わらせることができた。
「お疲れ様でした。どこか具合が悪い所はありますか?」
「大丈夫です」
「では次に触診・・・体を触りますが、構いませんか?」
カラスは驚いたようだったが、
「大丈夫ですよ」
不快そうな様子もなく頷いてくれたので、ホッと息をつく。
「ありがとうございます。では上の服を脱いで下さい」
カラスは指示に従う。
無駄の無い、しなやかな体が晒された。
「どうぞ」
「・・・失礼します」
促され、私はその体に触れる。
人よりも高い体温。
人と同じ脈拍。
滑らかな皮膚。
緩く癖のある黒髪。
理知的な瞳。
ノートにペンを滑らせ、彼の事を記していく。

「ありがとうございました」
次で最後だ。
鼓動が速くなり、緊張しているのがわかる。
声が震えないように気をつけて、私は言った。
「・・・羽を、見せて頂いても、良いですか?」
「わかりました」
あっさりとカラスは頷いてみせると、次の瞬間、漆黒の翼が目の前に広がる。
超自然的なその現象を、余りにも呆気なく披露され、私は放心してしまった。
「触らないのですか?」
「あ、す、すみません」
気を取り直して、観察を始める。
色や構造・触感は、自分の知るカラスのものと全く同じ。
ただ人型に合わせてあるのか、それは人がすっぽりと覆える位大きい。
それを支える付け根は、間違いなくその引き締まった背から生えていた。
一言断ると、その付け根をそっと撫でて、引っ張ってみる。
「感覚はあるんですよね?」
「ええ、羽の一本一本まで」
「消す事は可能ですか?」
「はい」
そう応えるや否や、翼は一瞬で消えた。
先程と同じ、何の予備動作も無く、まるで魔法のように。
何か名残があるかもと触れてみるが、突起や膨らみも無く、
ただの人と変わらない背中があるだけだった。
「出す時に、何か体に変化はありますか?」
「特にありません。痛みも無いですし、飛ぶのに不都合も無い。自分の意のままに操ることができます」
「そうですか・・・」
彼の背中に手を当てる。
手のひらがじんわりと温かくなっていくのを感じながら、
頭の中を、ぐるぐると沢山の考察が浮かんで巡り、消えていく。

フッと笑い声が降ってきた。
「研究者とは、皆そうなのですか?」
顔を上げると、どこかからかう様な、けれど優しい眼差しが私に注がれていた。
どういう意味だ。
答えられずにいると、それを察したのか、
「得体の知れないものに、躊躇無く触るのか、という意味です」
確かにそうだ。
一見人の形をしているが、彼は人ではない。
そう理解はしていたのに、未知のものを知りたい、解き明かしたいという好奇心の方が勝っていた。
「・・・すみません」
すぐに離れようとするが、触れていた手を掴まれる。
「謝る必要はありません。不快ではありませんし。警戒されるかと思いましたが・・・杞憂だったようです」
カラスは微笑む。
「あなたとはうまくやれそうだ」
これからよろしくお願いします。
しっかりと手を握られる。
どうやら私の行動は、彼にとって好印象だったようだ。
私はその手を握り返す。
「こちらこそ。えっと・・・」
とまどう私にカラスは、ああ、と言うと、
「私達は名前というものを持ちませんので、好きに呼んで頂いて構いません。あなたのことは何とお呼びすれば?」
「・・・私も呼びやすいようにしてもらって構いません」
「・・・わかりました。では教授、二人の出会いを祝して、どうですか、お茶でも?・・・と言ってもそんなにゆっくりとはできませんが・・・その後、早速手伝って頂きたい事があります」
「なんでしょう?」
カラスは微笑んだ。
「勧誘です」

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