上 下
36 / 65
平和に向けて?あるいは新たな戦いの幕間

聖女は平和のために旅立つ

しおりを挟む
 教皇は、十字軍の事実上の解体を苦々しく思うほど、野心は生々しくはなく、政権欲も強くなかったから、がっくりとしたというところが正確だった。それでも、政治と宗教、両方の顔をもつ教皇の務めを疎かにする、放り出すということはなかった。
 それでも、聖典唯一派教会等新教派諸国との対立の再激化はともかく、三位一体教会派諸国の対立の高まりは酷く頭を悩まされた。情報を得ると、速やかに和解を促す教書を送り、使節を送り調停させるなど対策をとった。各国は、教皇の調停を即受け入れて、平和を約束したが、それが表面的なものであることが分からないほど、教皇は愚かではなかったし、お人好しでもなかった。

 その中で、リツシユン王国で、三位一体教会の司祭3人が司祭領の統治者から解任されただけでなく、司祭領領主として善政を敷いて、領民の支持を受けているスガル司祭も解任されるという情報が入ってきた。新教国では、三位一体教会信徒の弾圧を進めると同時に、教会領の没収を行う。教会領とはいっても、領主=司祭は封建領主そのものであり、世襲ではない、三位一体教会教皇が任命するということが違うだけである。政教分離を説く再洗礼派教会ではあったが、過激な手段は望まず、教皇に敬意を払っていたし、ウスイもそれへの復帰で、教会領に手を付けることはなかったる再洗礼派教会信徒が大部分の国であるから、隣国のシユン王国より教会領はずっと少ないという事情はあった。逆に、シユン王国では度々、その没収があり、教皇との対立を招き、かえってリツシユン王国内ではすこしばかりではあるが、ここ数十年の間に新設されている。
 しかし、遂にあの異端者達が、ウスイが、この状況の乗じて本性を現わしたのではないかと教皇は感じた。
 だが、それは杞憂だった。逆に、後により複雑な、困ったことが生じてしまったのだが。

 ウスイからの使節がきた。その使節の長はかの老修道士だった。
 三位一体教会信徒は、彼と僅かな彼の弟子達、護衛兼従者も兼ねていた、ウスイがそれを認めていたし、彼が積極的に勧め、募集した経緯もある、だけであるから、彼らだけ聖都に入れて、後の随員は聖都の外で夜営させた。これは、嫌がらせである、露骨な。何故なら、異教徒でさえ、交渉のための使節なら聖都に入れていたからである。ただ、彼らへの食糧、水の提供、場所の確保にはかなり配慮した、配慮したつもりである、教皇庁としては。

「スガル司祭の元に使者としていってもらいたいと国王陛下から言われた時にピーンときました。スガル司祭の解任、教会領の没収の使者であると、思いました。そのため、かの司祭がいかに善政を敷いて、正しき信徒だけでなく、異端の者達、すなわち再洗礼派教会信徒達にさえ慕われている事実を指摘いたしました。すると国王陛下はお笑いになられて、そのようなスガル司祭を解任するほど私は無能ではない。私が老師に依頼したいのは、そんな乱暴なことではないが、もっと厄介な問題なのだ、とおっしゃられました。スガル司祭には、管轄以外のの教会領、スウ、ガア、ルウ教会領の管理を教皇様から新たに担当する司祭が任命され、着任されるまでの間、その統治を兼任してほしいということを承諾してもらいたいということでした。この3区の司祭は異端に厳しいということは確かですが、正しき信徒達からも忌み嫌われるほど、私利私欲を求め、規定にある信徒の負担以外のものを要求し、その負担に苦しみ奴隷に堕ちる信徒を省みないどころか、悪徳な奴隷商と結託しているありさまです。商業も営業権も賄賂の高で決め、異端の者とは言え理由なく土地を没収し、その土地を縁故や賄賂で他の者に引き渡すなど、酷い悪政をしておりました。国王陛下は、スガル司祭の協力で捕らえ、教皇猊下が新たな司祭を任じられるまでの間、その3区の管理をスガル司祭に依頼したのです。どうか、かの3人を正式に解任し、新たな司祭の任命をいただきたく存じます。」
「その3人の身柄は?」
「新司祭の着任とともに、聖都に送るとのことです。」
「う~ん。そうか。」

 三位一体教会の聖職者の任免権は、全て教皇にあるというのが、教皇、教皇庁の主張である。特に、教会領の統治に関係する準司祭以上については、強く主張している。このことは、常に各国王、政府と対立が生じているところである。リツシウン王国国王ウスイの行動は、ぎりぎり教皇の主張する権限を侵さない、尊重する範囲に収まっていると思われた。ある意味、他の諸国にこの程度の配慮はしてほしいと思うほどだが、十字軍まで組織させ侵攻させた手前、リツシウン王国の要請を受け入れては、各国に示しがつかないようにも思われた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最後に言い残した事は

白羽鳥(扇つくも)
ファンタジー
 どうして、こんな事になったんだろう……  断頭台の上で、元王妃リテラシーは呆然と己を罵倒する民衆を見下ろしていた。世界中から尊敬を集めていた宰相である父の暗殺。全てが狂い出したのはそこから……いや、もっと前だったかもしれない。  本日、リテラシーは公開処刑される。家族ぐるみで悪魔崇拝を行っていたという謂れなき罪のために王妃の位を剥奪され、邪悪な魔女として。 「最後に、言い残した事はあるか?」  かつての夫だった若き国王の言葉に、リテラシーは父から教えられていた『呪文』を発する。 ※ファンタジーです。ややグロ表現注意。 ※「小説家になろう」にも掲載。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

異世界村長:目標は生き残ること。神は信じない

薄味メロン
ファンタジー
日本生まれ、日本育ちの鞍馬康之27歳は、神から『テンプレ通りだから』の一言だけを賜り、異世界転生に転生した。  神に期待しないことを覚えつつ、異世界で成長していった康之は、ひょんなことから村長に抜擢される。  命の危機はなんどもあったが、多くの仲間やメイドたちと巡り会い。村人達と助け合いながら、のびのびと異世界で生きていく。

目覚めれば異世界!ところ変われば!

秋吉美寿
ファンタジー
体育会系、武闘派女子高生の美羽は空手、柔道、弓道の有段者!女子からは頼られ男子たちからは男扱い!そんなたくましくもちょっぴり残念な彼女もじつはキラキラふわふわなお姫様に憧れる隠れ乙女だった。 ある日体調不良から歩道橋の階段を上から下までまっさかさま! 目覚めると自分はふわふわキラキラな憧れのお姫様…なにこれ!なんて素敵な夢かしら!と思っていたが何やらどうも夢ではないようで…。 公爵家の一人娘ルミアーナそれが目覚めた異なる世界でのもう一人の自分。 命を狙われてたり鬼将軍に恋をしたり、王太子に襲われそうになったり、この世界でもやっぱり大人しくなんてしてられそうにありません。 身体を鍛えて自分の身は自分で守ります!

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...