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戦争に向けて

「恩知らずが」「恩?よく言うよ」

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 リツシユン王国とシユン王国は、互いに兵を退いた。それは戦争の終わりではなく、戦争の回避でもなく、まして平和の始まりではなかった。あくまで停戦であり、一時的な休戦状態であり、次の戦争のための準備期間、熟考期間でしかなかったのだ。

「根は素直で優しい子であったのに・・・。あなたにも、優しい子でしたのに・・・。どうしてこうなってしまったのかしら・・・、やはり私が母親としては失格だったのかもしれませんね。」
「大聖女様。そのようなことはありません。子供の私から見ても、大聖女様は、あの男に慈母のように接しておられました。それが分からない、大聖女様のお気持ちが分からない、あの男が悪いのです。」
 聖女ケイが、彼女の前任者である、四十歳を超えてもまだまだ美しい、彼女に聖女の座を譲って大聖女の称号をもらった、聖女と、そんなやり取りをしていたのは、リツシユン王国の取り扱いをシユン王国等が協議するために集められた聖都の大聖女教会でであった。ケイもシュン王国国王の一行に参加していたのだ。
 ケイは、流石に教皇と各国国王、諸公の協議に加わるわけにはいかないため、聖都の大聖女教会を訪ねたのである、自分の前任者に会うために。

 広範囲に聖結界を張り、加護を与えることのできる聖女は何人かいる。3人は、リツシユン王国のような魔界、魔族と対峙している所に送られたり、異教徒と対峙している地域の国に送られる。そして、そこの国王と結婚する。夫なった国王が死去すると、場合によってはその兄弟と再婚することもあるが、後任者の聖女が育ち、役目を果たし、現国王と婚約又は結婚すると、その地を去って聖都に戻り、大聖女の称号を与えられ、聖都の大聖女教会で過ごすことになる。もちろん、大聖女に相応しい待遇を与えられて生活し、人々から尊敬され、人々に癒し、加護を与え、聖都の聖結界の維持に協力したりしている。中には、再婚した聖女もいる。不幸な最後を・・・という大聖女はいたとは、されていない。ただ、長年の聖女としての務めの負担のせいか、戻ってから10年以内に亡くなる場合が多い。そのため、大聖女教会には、大聖女は一人だけで、その他、まだ、教育期間が終わらない、幼い聖女が2人いるだけである。

 二人は、大聖女の住む建物の中の一室、特に親しい者や重要人物が訪れた際に使う部屋で、テーブル超しに座って、お茶を飲みながら語り合っていた。いくつもの、聖都ならではの菓子や果物もいくつかの大小さまざまな皿に盛られていた。
「私は・・・彼が3回も辺境に追われるのを防げませんでした。彼が私を恨んでもしかたがない事かもしれません。」
「大聖女様、何を言われます?それは、大聖女様のご意志ではなかったではありませんか?彼の身を案じ、彼に危害が加わらないようにと力を注ぎ、彼の帰還に尽力されていたのは、私は、よく知っておりますわ。大聖女様にどんなに感謝をしても、しきれないくらいですわ、彼は。それを何を血迷ったのか・・・、大聖女様から受けたご恩を仇で返すなど、絶対許されるものではありませんわ。」
 思わず声を荒げてしまったケイは、その非礼を慌てて謝ったが、大聖女はそれを、気にしないでと言って
「それでも、やはり私にはいたらないところがあったのだと思います。とても残念です。」
と弱弱しく微笑んだ、悲しみのオーラを感じさせながら。
「大聖女様・・・。」
 ケイはそういう大聖女に感嘆し、同時に深く同情し、その恩を、思いを裏切ったウスイに怒りを改めて感じた。その時、何故か、自分にはいつも優しかった彼の思い出が突然脳裏に浮かんだ。
"こんなもの・・・。"

「大聖女の心情を思うと、大聖女が気の毒でならないのだ。」
 教皇の言葉に、老修道士は思わず感動の涙を流した。
 各国国王達とともに、リツシユン王国討伐についての会合をした後、教皇はリツシユン王国からわざわざやってきた老修道士を個室に招きいれ、話をしていた。その部屋は、教皇が特別な人物と話をする場合に使う部屋だった。教皇は立派で豪華な椅子に座って、老修道士はぐっと格の劣る簡素な椅子に座っていたが、教皇は老修道士と同じ目線で座っていた。
 老修道士は、教皇の自分に対する配慮に感動し、大聖女や教皇のウスイへの想いを共有し、それが裏切られた二人を深く同情はしていたものの、結局は聖女の子供を王位に就けるために彼を追放に近いことをしたものであり、生活も死なない程度は保証するという程度のことであり、彼らの言動により、かえって厳しい生活を強いられたり、追放期間を長引かされたという実態も知ってはいた。だから、ウスイが、
「恩?なんだそれは?あんなものが恩なものか?」
と思うのは当然ではあったと思うのも無理からぬことだとは思っていた。

 彼は、ウスイの行為は許されないと思いつつも、戦争は回避したかった。それを察して、何も命じることもなく、聖都行をウスイが許したのであろうと、感じていた。
「教皇陛下。今しばらく、彼に猶予をあたえられないでしょうか?」
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