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腹の探り合い(サムロは見る)

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「先日、叔母上様とお会いしましたよ、お若い方ですね。」
 そんなことをにこやかに、そして探るような目をしているニーン侯爵に、俺は、
「上の叔母上は、私と十歳しか違いませんし、実年齢よりも若くみえますからね。それで、旅を楽しんでいるようでしたか?」
 俺は邪気のない微笑を作って返した、少し無理をして。隣のデュナが、真ん中へんのところで、思いっきり俺の足を抓って痛くて、思わず悲鳴をあげそうになるのを必死に耐えたからだ。こいつは、本当に嫉妬深いやつだ。まあ、そこが可愛いわけだし、それだけ俺を愛しているということだから・・と思うことにした。

 俺とデュナは、俺の領地と接している隣国、ポーンカ王国のニーン侯爵に招かれて、その邸宅の夕食会にいるのである。やや腹の出かかっている、30過ぎたばかりばかりの丸っこい顔の一見人当たりのよさそうな侯爵と小柄だ地味が顔だちだが、わりと肉惑的な体の夫人はどちらも金髪だった。何故、隣国の貴族の夕食会に招待されたかと言うと、その前に俺達が境を接するポーンカ王国の貴族達を夕食会に招待したからである、その返礼というわけだ。我が領内の熊肉、鹿肉、イノシシ肉料理、沿岸で捕れた鯨肉料理、我が家自慢のビール、さらにピール家秘蔵のワインまで提供したのだ。そう簡単には、舌つづみを打つことはできないものだ。何故、そんなこと?こういう関係だから、別に突然のことではなく、以前から普通に行っていることだ。へたな武力衝突など起こさないようにするための習慣的なものだった。

 が、今回はちょっと違う。互いの状況、腹の内を探ろうという目的が、双方に、かつ切実にあることだった。
 相手の戦争への準備態勢がどの程度進んでいるか、本当に戦争を始めるつもりなのか、その矛先が自分達の向けられるのか等々を自分達自身、自分達の国、王家に命じられて探ろうとしているのである。ただ、あちらが内戦になれかどうか、パパイ大公軍の勝算はどうか、侵攻した場合の抵抗はどうかということであり、こちらにとってはパパイ大公に加担して、侵攻してくる意志があるか、その意志があるなら準備状況はどうかということが関心の中心である。招待されたら返礼に、招待しなければならない。相手に自分の領地内を見せたくないが、見たければ見せなければならない。
 ニーン侯爵家は、俺達とは違ってもう既に、世の趨勢にならって軍事貴族という殻は脱ぎ捨てているが、戦争の準備を国全体で始めていれば、何かしら国境の地域でも動きはみられるものだ。

 しかし、境を接しているのに、つまりお隣さん、近くの外国に過ぎないのだが、食事が、極端に言うと、ジャガイモとハムとステーキとキャベツの漬物しかないのか?しかも料理の仕方の種類も、おおざっぱで少ない。同じジャガイモ料理でも我が家の方が種類ははるかに多く、繊細で、手が込んでいる。パンも黒パン、それはいいとして、こちらの各種雑穀パンより不味い。軍事貴族を標ぼうする我が家は、質実剛健を胸としているけれど、食事の栄養は戦闘力、味は士気を高め、菓子と酒は英気を養い、よい兵器と戦法を産み出すということで、食事の質量は重視しているが、我が家からみても不合格なのだが、どういう感覚なんだ。デュナが、にこやかにしているが、
「不味いわよー!これ。」
と心の中で抗議しているのが分かる。まあ、それでもちゃんと食べ、飲んでいるが。俺も同様だけど。叔母達がこの国の中心部、王都などでさえ、
「食事がまずいわ。」
「2日で飽きたわ。」
「乾パンかと思ったわ、ここの菓子は。」
「砂糖を入れ忘れたかと思ったわ。」
と不満たらたらの報告、もちろん冒頭部分ではあるが、に必ず書き綴っているのがわかるくらいだ。持つ論、叔母達の目的は、物見遊山を装った敵情視察である。軍事基地とかなんかは見ない、もともと近づけないし危険だ。厳しい目で見れば、市井の雑踏の流れでも、わかることはわかるのである。物見遊山をすることでもわかる、情報は入ってくる。だから、叔母達は物見遊山も一生懸命している、物見遊山を隠れ蓑にしている以上に・・・多分・・・。まあ、ちゃんと詳細な報告文になっているから、大丈夫だろう。

「そういえば、デュナ様の大剣の扱い方には、足元にも及ばないと叔母上様は言っておられましたよ。我が国軍の騎士達相手に、完勝した後に。」
 叔母達の姿を思い浮かべて、思わず噴き出した。それをなにに勘違いしたのか、デュマが膨れていた。
「叔母は、私の妻であるピール公爵の大剣から銃砲の扱い方まで高得点を与えているのですよ。」
「大剣を振り回して、敵陣に殴り込んで数十人殺してどうにかなる時代ではありませんから。今では、銃砲多数を装備して、集団で戦う時代、銃砲の数が勝利の鍵となる時代ですからね。わたしのなど、宴会芸でしかありませんわ。ねえ、サムロ?」
「デュナの言われるとおりですよ。」
「しかし、ご両家には脅威力の野戦重砲があるとか。」
「は?」
 一瞬二人で目を点にしたが、意味はすぐわかった。
「夜に限られているのが、我が方には幸いですが。あと、連発に限りがあると。」
 俺達は吹き出した。そして、
「昼間でも可能ですよ、なあ?」
「全く・・・。あなたの頑張り次第よ。」
「君に煽情的な服を着させて・・・、そうだな・・・。」
「ちょっと、何変なことを考えているの?」
と俺達が、夫婦漫才を演じてやると侯爵も吹き出していた。
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