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ゼハンプリュはこんなに可愛かったのか?(サムロの回想)

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 俺は皮肉のこもった、いかにも自分が上だという、威圧的な、命令調の声に我に返った。
 零コンマ一秒以下の時間、唖然とした俺だが、すぐに状況を理解した。今、学院の卒業式後のパーティーにいるのだということがわかった。そして、自分が婚約者のガマリアを探し、カーキ公爵家令嬢ゼハンプリュ嬢がミカエル王太子を探、して、俺に声をかけてきたのだということを理解した。
 この後次々に事が進行した。恒例のダンスの時間の始まる直前に、ミカエル王太子殿下がガマリア嬢と寄り添って現れ、そのままダンスが開始。俺とゼハンプリュ嬢は、やむ無くそのままパートナーになって、衆人の好奇の視線を浴びながら、ぎごちないダンスを始めることになった。
"どうするこのままでいいのか?"と迷った。俺の視線は優雅に踊る、パパイ大公とその婚約者ピール公爵家令嬢デュナ嬢に視線を向けた。なんでだ?彼女と視線があった。俺達は小さく頷きあっていた。それで全てがわかるような感じがした。この関係で・・・ゼハンプリュ嬢をパパイ大公に渡すな、デュナ嬢からパパイ大公を奪わせてはならないと、即俺は決めていた。どうしてかはわからなかった。まるで、もう一人の自分から告げられているような違和感すらしたが、それに逆らう気持ちはいだかなかった。俺が思ったのは、今直ぐに何かしなければならない、無言でいてはいけない、ということだった。
「ゼハンプリュ様。落ち着いて下さい。まあ、私も、まだ、落ち着けてはいないんですけどね。」
「これは、私達二人を驚かす、皆を驚かすための演出かもしれません。」
「まずは、私にまかせて下さい。私が、殿下と私の婚約者に真意を確かめますから。」
「私は、最後までゼハンプリュ様の味方ですから、ご安心ください。」
 一応は彼女は頷いたものの、ほとんど無言で、いや、一度だけ、
「そ、そうね。殿下は私のことを・・・・。あの娘は良い娘だし・・・。」
と自分に言い聞かすように言ったが、美しいが怖い顔で俺を睨みつけていた。こんな女が相手では、ミカエル殿下に同情してしまうね、今更ながら。 

 第一回目の演奏が終わると、いてもたってもいられないという調子の彼女の手を掴んで、できるだけゆっくりと、周囲の視線を集中させて、視線が痛いよ、俺は彼女と並んでミカエル殿下とガマリアの方に歩み寄った。途中からゼハンプリュ嬢は、俺に歩みを合わせるようになった。
「ミカエル殿下。ガマリア嬢。これは、何かの演出ですか?婚約者である私達をパートナーとしなかったのは?」
と膝まづいて、ゼハンプリュ嬢も俺にならって膝まづいた、すごい圧迫感とどす黒いオーラを感じたな、問いかけた。
 困った顔のミカエル殿下と涙目のガマリア二人の口から出たのは、
「ゼハンプリュ殿。私は真の愛を見つけた。君との婚約は破棄する。コリアンター公爵殿。君には悪い事をしたと思っている。」
「ゆ、許して下さい。」
だった。
 ガマリアの涙、なんかこいつの心の中が分かるようだ、ミカエル王太子殿下を放っておけなかった・・・。
 俺はガマリアを失った悲しみと喪失感でいっぱいになり、分かっているのにという声が聞こえてきたが、しばらくして奪われた怒りの炎が上がり、すぐに消えた。ボーとしている場合じゃないぞ。脇を見ると、怒りのオーラを火山のように吹き出しているゼハンプリュ嬢に気が付いた。慌てて、
「今ここで騒いでは、負けですよ。ここは堪えて、私にまかせて、一旦は引きましょう。」
と囁いた。何とか彼女は堪えてくれた。よかった~。
「それでは、お二人の幸せを願っています。ここは、退出させていただきます。」
と立ち上がり、頭を下げた。彼女も同じように一礼した。不覚にも、涙があふれ出てきた。彼女も涙を浮かべていた、必死に耐えていたが、健気に、高貴に、りりしく見えた、そんな彼女が。俺のは悲しみの涙だっけど、彼女のは怒りの涙だだったろうか。

「坊ちゃま。大丈夫ですか?」
「お、お嬢様。大丈夫ですか。」
 両家の侍女達の声が聞こえてきた。
 とにかく、ゼハンプリュ嬢の手を取って、俺は、とにかくここを出ようとした。行く先は、決まっている?何故かそう思った。

「カーキ公爵令嬢ゼハンプリュ様。私の領地にいらっしゃって下さい。」
 パパイ大公だった。その彼の腕に、彼の婚約者であるピール公爵家令嬢デュナ嬢が必死に取りすがっていたのが目に入った。俺はすかさず、ゼハンプリュ嬢の耳元で、
「今度はあなたが、他人の婚約者を寝取るおつもりですか?」
と囁いてやった。彼女は弱弱しく頷き、
「大公閣下。ご配慮ありがとうございます。でも、私には所要がありますので、失礼します。さあ、コリアンダー公爵閣下行きましょう。」
と俺の腕をかえって引っ張ってその場から歩み去った、皆の視線を集めながら。ピール公爵家令嬢が、すがるような目で大公閣下を見ている姿に、大公閣下はまだあきらめきれないという顔だったが、ため息をつくと、彼女を抱きしめて行ってしまったようだった。そして、俺達は小さな噴水が近くにある、これまた小さな東屋の前で、テーブルを挟んで、椅子に座っていた。俺とゼハンプリュは、俺とガマリアのお気に入りの場所で、俺とデュナが・・・?で、見つめ合っていた。

 俺達は、互いの婚約者のことを語り合った。
「どうしてこうなったのかしら?私は一生懸命にやったのに・・・。」
と泣き出す彼女に真実を伝えるしかなかった。
 微温的ながらも進歩派の方向に進まざるを得ないのが、我が国の現状であり、王家はその方向で進んだきたこと、ミカエル王太子殿下は進歩派で微温的政策を続けるつもりで、実際に進めている、既に国政を国王陛下に丸投げされて、が、色々な勢力からの圧力で苦悩している。カーキ公爵は、保守派の巨魁であり、ゼハンプリュが王太子殿下の側近会議や閣議に加わろうと度々して、彼の臣下、国の行政官から阻止され怒り狂ったことを指摘した。彼の苦悩を理解し、癒すことも、彼の微温的な進歩的政策を支持することもなく、既に家族は、王妃ですら直接国政に参加はできない時代であり、それを敢えてそのようなことをした彼女を、ミカエル王太子殿下がどう見るか、と問うた。
「でも、私の領地では。」
「私達の領地内では、私的領地という面があるからです。それに、カーキ公爵は保守的な方。決して、善政をしていないわけではありませんが、私の領地ではありえないような権力を振るっておいでです。」
「わ、私は、そんな、そんなに嫌な女だったの?みんなから嫌われていたの?」
と言って泣き出してしまった、大きな声で、子供のように。
「あ、あなたも、そう思っているの?私を嫌っているの?私はそんなにいやな女なの?そ、そうなのね?そうなんでしょう?私と一緒にいるのも嫌なんでしょう?」
 取りすがるように、実際とりすがってきた、すがるような、捨てられた子猫が通り過ぎる人間を見つめるような目で見上げてきた。
「そ、そんなこと・・・はないです。ゼハンプリュ様は、美しく、聡明で・・・ずっとあこがれていましたよ。」
 あ―、嘘つきの俺、大嘘つきだ。でも、こう言わざるを得なかったんだよ~。

 全裸に近い彼女は、俺にまたがって、やや小ぶりだけど、いや、けっこう大きいよな、誰かと比較している?、弾力のある形のいい乳房を俺の胸に押し付けて、
「私を捨てないで・・・お願い捨てないで・・・。いつまでも私を愛して、私を守って、一緒にいて。」
と泣きながら嘆願しながら、動き、喘いだ、ひたすら。
「捨てないよ、絶対。絶対、いつまでも愛して、守るよ、一緒にいる。」
と俺は言い続けた。
 ひたすら愛し合つて、ぐったりなって見上げる彼女の表情は、ひたすら可愛い、弱弱しく、守ってやりたいと思う女のそれだった、今までの印象、噂とは正反対の。
 どうもこの時を境に彼女は変わってしまったらしい。どちらが、彼女の本性なのだろうか。パパイ大公は、私に抱かれてうっとりして、安心しきっている彼女を、弱弱しいくらいに可愛い彼女を知ることがあったのだろうか?

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