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婚約破棄された俺は婚約破棄された令嬢の後を追う(サムロの語り)

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「坊ちゃま。お気を確かに。」
 当主になった俺を未だに、坊ちゃま呼ばわりする侍女長の声が、本当に心から心配していることがわかる、耳に飛び込んできた。俺の顔は、そんなにひどいものなのか?確かに、
「だ、大丈夫だ。」
というだけの言葉が中々出てこなかった。頬を生暖かいものが流れているのを感じた。どうしたらいいかわからないでいた。
 目の前で展開した、凛として背を向けて立ち去ろうとするカーキ公爵家令嬢ゼハンプリュ嬢の姿と捨て台詞とすかさず彼女のもとに歩み寄り求婚したパパイ大公とその申し出を受け入れたゼハンプリュ嬢のやりとりを、呆然としてしか見て、聞くことしかできなかった、何も考えられなかった。
 ようやく思いついたのは、婚約者、もう元の字がつくが、フード伯爵家令嬢ガマリアと王太子ミカエル様の後を追うということだった。
 しかし、何を言うのだ?よりを戻してくださいとか私を捨てないでくださいとか女々しく土下座をして訴えるのか?それとも、俺の婚約者を寝取った間男めと、ミカエル様に斬りつけるか?そこまで思いついたところで、姉さん達が、もとい歳のあまり離れていない叔母達と我が家の重臣たちが、一歩早く我に返ってミカエル様達を追っていくのが目に入った。
「叔母達にまかせた方がいい。」
 当主である俺が行くと、女々しいと思われるか、乱心者と思われるだろう。ここは、黙って、落ち着いて待つ方がいいと思ったというより、そう自分自身を納得させて、どうしたらいいのかわからなくなっている自分自身をごまかそうとしただけだ。

 その俺の目の前で、北方風の青と赤を基調とした派手なドレスを着た長身の女が涙を流し、見事な黒髪をたなびかせながら駆けていった、人込みをかき分けて。カーキ公爵家、我がコリアンダー公爵家に次ぐ、国内三番目の大貴族であるピール公爵家デュナ嬢だとわかった。
 彼女も、ガマリア、ゼハンプリュ嬢とともに今夜の主役である卒業生の一人であり、俺の目の前で、婚約者であるパパイ大公アイオンがゼハンプリュ嬢に結婚を申し込んだ結果、婚約を破棄されることになったということが、頭の中に蘇った、鮮やかに、同時に小一時間前には仲睦まじく、彼女がパパイ大公と腕を組んでいる姿もはっきりと思い浮かべることができた。
「俺と同じか。まあ、大したことではないは、関係ない。」
と呟いてしまったが、確かに彼女とは面識はあったが、言葉を交わしたというだけで、今まで交流などはほとんどなかったし、ピール公爵家の女である。気に掛ける、心配する必要もなかったし、そのつもりもなかった。とにかく混乱する頭を冷やしたかった。一人になりたかった。心配する侍女達や側近達を振り切って、俺も、
「一人にしてくれ。」
と人の波をかき分けて、その場を歩み去った。

「とにかくあそこに行こうか。」
 ガマリアと度々過ごした、この学園の一角の小さな噴水とベンチ、そして小さな東屋がある、二人のお気に入りの場所を目指した。とにかく一人になって考える場所は、そこしか思いつかなかったのだ。
「どうしてこうなったんだろうか?」
 俺にとっては、彼女が人生の全てだった。あの日、
「この娘があなたの婚約者です。」
と乳母に抱きかかえられた赤ちゃんを見せられた、当時七歳の俺は一人遊びしかできない、病気がちで、教える者に失望しか与えない子供だった。
 俺はその赤ちゃんを可愛いと思った。そして、あやすとニコニコと笑い、すやすやと眠った。ブード伯爵家の夫人、彼女の母親をはじめ乳母、侍女達も目を大きく開いて驚きの声を上げた。それから、俺があやすとおとなしくなる赤ん坊が面白くて、愛おしくて足しげく、ブード伯爵家に通った、彼女をあやすために。
 俺も、彼女も成長していったが、俺は彼女はいつまでも可愛いく、俺に懐いてくれた。彼女のために、面白い話をしよう、面白がらせることをしよう、喜ばせることをしようと、俺なりに頑張るようになって、その結果俺の人生は明るくなった。俺の性格を、小難しい、面倒な、を理解し、愛し、評価する教師たちに出会ったことや身長がのびスマートになり、病気をしなくなった、大病を一回した後、ことも大きかったろうが。彼女の笑顔を見たいばかりにやったことばかりなのだ。

 学園に入学、卒業前に士官学校に入り、その後軍務につき、各地を回ることになり、彼女と会える日々が減ったが、できるだけ都合をつけて彼女に会いに行った。彼女は、会うたびに美しくなっていった。
 彼女の学園入学後、彼女はすぐに二人だけで、何時でも語り合える、お気に入りの場所を見つけてくれた。そこで、俺は辺境での軍務の辛さを愚痴ったり、面白い体験を話したりした。彼女は、俺を慰め、面白がり、感動すらしてくれた。俺が、ささやかな働きで感状を二度貰った時は、どちらの時も俺の報告に、我がことのように喜んでくれた。彼女の話も面白かったし、感心し、役に立つことさえあった。最近の新思想や新しい音楽、絵画はては流行まで、彼女を通じて知り、感心を持ち、学んだり、見て、聞くようになったことも多かった。彼女が虐めにあわないか心配だった。彼女の曽祖父は成功した商人、企業家で、その莫大に財で男爵の位を買い取り、娘を子爵家にいれ、孫を伯爵家にいれた。彼女の実家の伯爵家は、由緒は我が家以上に古かったものの、零泊していたが、彼女の曽祖父のおかげでその体面を維持できるようになった。だから、彼女は由緒正しい血筋とその正反対の血筋を両方持っているわけだから、貴族にも平民の特待生にも反発される面を持っていた。
 それもあって、虐めの先鋒になりそうなゼハンプリュ嬢のあつかましいと思える卒業生の推薦を受け入れて、雇い入れることもした。まあ、彼女自身がガマリアを気に入って可愛がったし、彼女の推薦した人材は誰もが優秀で感謝したいくらいだったが。
 体験の為だという理由から、家臣達の言うままに高級娼婦で、男しての初体験をしたが、それとてもガマリアを喜ばせるためだという思いからだった。全ては順調にいっているはずだった。持参金、さらなる財政支援と由緒正しい血の両方を得られることで、婚約を受け入れた両親もすっかり彼女を気に入ったいた。俺は、コリアンダー公爵家を正式に継ぎ、彼女は、俺にふさわしくなるためといって武術の鍛錬も熱心にして、期待以上に上達したことも両親が気に入った理由だ、我が家はそのような家柄だったから。それ以上に、両親も彼女の魅力の虜になっていたということだが。

 それが突然、ミカエル王太子とあんな関係になっているなんて・・・。確かに、美男子で明るいオーラを放つ王太子とガマリアとは、その身長のバランス以上に、少なくとも外見はぴったりではある。二人が寄り添っている姿を見、そしと結婚を宣言するのを聞いた時、奪ったことへの殺意と裏切ったことへの憎しみが沸き上がる前に、俺の全てが崩壊してしまった。
 今、少し考えられるようになったが、殺意と憎しみが沸き起こる前に、それが王家に刃を向くことになるという思い、恐怖が頭を覆ってしまった。どうしたらいいか、もうわからなくなっていた。
 女々しいと自分でも思いつつ、彼女との思い出が走馬灯のように頭をよぎる中、二人の思い出の場所に行くことしか思いつかなかった。

「ん?」
 俺の歩む前を。ふらふらと歩く女の姿が目に入った。ピール公爵家のデュナ嬢だった。さすがに、夜中に、誰もいない林の中を、学園内とはいえ、若い女性が一人歩いているのは危険だと思って、その歩みを見守った。彼女は、そして、俺とガマリアとの思い出の場所で、月を見上げながら呆然と、虚ろな目で立ちすくんでいた。これは、声をかけてやらないと危険だなと思った。
「学園内とはいえ、深夜に人気がないところで、若い女性が一人でいるのは危険ですよ、ピール公爵家ご令嬢デュマ様。」 

 
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