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婚約者から捨てられたんじゃない?
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イーヨカン王国王立貴族学園の卒業式後恒例の卒業生舞踏会が始まる直前、来賓も含めた誰もが、食べ、飲み、談笑に夢中だった。その中で一人ウロウロしている若い男が私の目にはいった。その男は、高級将校の礼服を着ていた。
知っている顔だった。彼を知らない人間は、ほとんどこの中にはいないだろう。若きコリアンダー公爵家当主サムロである。彼は、この学園の出身者であり、彼の婚約者が今日の主役、卒業生の一人であるブード伯爵家ガマリアであることも、私も含めてここにいる誰もが知っている。学園の男女は、平民の特待生以外は婚約者がいる、いや、その中にも親の決めた婚約者がいる場合は少なくない。
そして、この場には婚約者同士が腕を組んでいる二人がいたるところに見受けられる。中には、熱々の二人もいれば、心は熱々、外見は余所余所しい二人も、本当に内面も寒々しい二人もいる。私は・・・腕を組んでいる婚約者と熱々、ラブラブ状態であることが周囲からもわかる状態・・・よね?
「如何かなさいましたか?コリアンダー公爵様?」
私の言葉に驚いたように振り返った彼は、
「これはピール公爵家ご令嬢デュナ様。それに、パパイ大公閣下ではありませんか。お見苦しいところをお見みせしたようで申し訳ありません。」
と頭を下げた。まあ、人の好さそうな、整った顔立ちだが、目立たない感じの長身の黒髪の彼は、いかにも恥ずかしいという顔をあげた。
「どういたしましたの?可愛い婚約者とはぐれたのですか?それとも喧嘩でもなされたのですか?」
同じ公爵家、我が家とともにカーキ公爵家に次ぐと言われる相手だから、つい対抗心から少し皮肉が入ってしまうのよね。ただ、どちらも権力からは遠ざかっている、故意にそうしているところもあるけど。
さらに困惑し、困ったという感じの顔になった彼、さすがにちょっと同情してしまって、
「多分、婚約者であるあなたに、一番の自分を見てもらおうと、お化粧や衣装選びに夢中になっているのではないかと思いますよ、彼女は。女とは、そういうものですから。殿方は、でんと構えて待っていて、ここぞという時に、それをいっぱい褒めて差し上げるのがよろしいのではありませんか?」
私の言葉に、彼は表情を輝かせたわ。た~んじゅん、すぎるわよ。
「その通りだよ。我が婚約者の言う通りだと思うよ。落ち着いて、彼女が来るのをお待ちになるのがよいのではないかな?軍人たるもの、常に落ち着いていなければならない。このような場所で、取り乱していては戦場で落ち着いてはいられないのではないかな?」
うわー、私を婚約者だって~、人前で-!同い年で、背丈はほんの少し低いけれど、ずっと落ち着いて、優雅で、頼もしくて、何て言っても超男前の金髪のアイオン様は、彼とは比べようもない程素敵よね。この人の婚約者である幸せを、誇らしいほどに、あらためて感じちゃった。
「ありがとうございます。ご助言、深謝いたします。」
礼儀正しく会釈して、その場を離れるサムロの背を見ながら、大公様は私の耳元で、
「多分、彼は婚約者に逃げられたと思うな。」
と囁いた。
確かに、例年この場で婚約者に逃げられる男女はかならずいる。大抵の者は婚約者と踊るのに、一人呆然とたたずむ男女がかならずいるものだ。
確かに、見事な金髪の、やや小柄のブード伯爵令嬢は可憐で、明るくて、優しくて、よく気が付いて、お淑やかで、頑張り屋の努力家で、とっても可愛い。女の私でも、ぎゅっと抱きしめたくなるほど。卒業後、すぐに軍務につき、かといって秀でたところもない、全てにわたって地味な婚約者は、彼女とはつり合いが、身長の差以上に取れない、私達とは違って。彼の方は、5年間、軍務の合間を利用してできるだけ、足しげく彼女の下を訪れたというほど、とても愛していたらしいけど・・・。でも彼女、より上の身分の家にという親、というか曽祖父の意向から、彼と婚約したと聞いているけど、どうするつもりかしら?
いろいろな商売、企業で大儲けした彼女の曽祖父は、多額の献金で男爵となり、法服貴族だ、娘を子爵家に、孫を伯爵家に入れてきた、その財力を背景に。彼女の伯爵家は、由緒正しい、古くからの名門だったけど、落ちぶれた、身分だけの存在だったが、彼のおかげでまともな伯爵家としての体面を維持できるようになったという。
更なる上を目指した彼と政治的背景はなく、名門の血が一応流れ、財政援助も期待できるというコリアンダー公爵家の思惑の一致からの婚約である。更なる上の男でも引っかけないと、曽祖父が納得しないだろうし、コリアンダー公爵家が何をしでかすかわからないし・・・。さらに上なんて考えられない・・・。平民の男と駆け落ちかな?それなら応援してあげようか?身分を超えた愛、ロマンチックよね。コリアンダー公爵家に、彼に、個人的に恨みなど全くないけど、ちょっと面白いかも。
「ガマリアちゃん。頑張ってね!」
この時、私は心の中で声援を送ったわ。平民の恋人と身分を超えた恋ゆえに手に手をとっての駆け落ち、それを知って彼、サムロの唖然として、絶望した顔を思い浮かべて、何か優越感を感じちゃった。その彼を、彼女の恋路が、駆け落ちがうまくいくように、彼をどうやって説得して、慰めてあげようか、ほんの少し甚振ってやりながら・・・とも考えてしまっていたわ。それは大公閣下も同じみたい。お美しい顔が、そんな笑みを浮かべているように思えたわ。やっぱり、理想の婚約者なのね、私達って。考えも、思いも一致して・・・。とても私は嬉しくなった。コリアンダー公爵には悪いけど。
なんたって、他人の不幸は蜜の味ですから・・・。
知っている顔だった。彼を知らない人間は、ほとんどこの中にはいないだろう。若きコリアンダー公爵家当主サムロである。彼は、この学園の出身者であり、彼の婚約者が今日の主役、卒業生の一人であるブード伯爵家ガマリアであることも、私も含めてここにいる誰もが知っている。学園の男女は、平民の特待生以外は婚約者がいる、いや、その中にも親の決めた婚約者がいる場合は少なくない。
そして、この場には婚約者同士が腕を組んでいる二人がいたるところに見受けられる。中には、熱々の二人もいれば、心は熱々、外見は余所余所しい二人も、本当に内面も寒々しい二人もいる。私は・・・腕を組んでいる婚約者と熱々、ラブラブ状態であることが周囲からもわかる状態・・・よね?
「如何かなさいましたか?コリアンダー公爵様?」
私の言葉に驚いたように振り返った彼は、
「これはピール公爵家ご令嬢デュナ様。それに、パパイ大公閣下ではありませんか。お見苦しいところをお見みせしたようで申し訳ありません。」
と頭を下げた。まあ、人の好さそうな、整った顔立ちだが、目立たない感じの長身の黒髪の彼は、いかにも恥ずかしいという顔をあげた。
「どういたしましたの?可愛い婚約者とはぐれたのですか?それとも喧嘩でもなされたのですか?」
同じ公爵家、我が家とともにカーキ公爵家に次ぐと言われる相手だから、つい対抗心から少し皮肉が入ってしまうのよね。ただ、どちらも権力からは遠ざかっている、故意にそうしているところもあるけど。
さらに困惑し、困ったという感じの顔になった彼、さすがにちょっと同情してしまって、
「多分、婚約者であるあなたに、一番の自分を見てもらおうと、お化粧や衣装選びに夢中になっているのではないかと思いますよ、彼女は。女とは、そういうものですから。殿方は、でんと構えて待っていて、ここぞという時に、それをいっぱい褒めて差し上げるのがよろしいのではありませんか?」
私の言葉に、彼は表情を輝かせたわ。た~んじゅん、すぎるわよ。
「その通りだよ。我が婚約者の言う通りだと思うよ。落ち着いて、彼女が来るのをお待ちになるのがよいのではないかな?軍人たるもの、常に落ち着いていなければならない。このような場所で、取り乱していては戦場で落ち着いてはいられないのではないかな?」
うわー、私を婚約者だって~、人前で-!同い年で、背丈はほんの少し低いけれど、ずっと落ち着いて、優雅で、頼もしくて、何て言っても超男前の金髪のアイオン様は、彼とは比べようもない程素敵よね。この人の婚約者である幸せを、誇らしいほどに、あらためて感じちゃった。
「ありがとうございます。ご助言、深謝いたします。」
礼儀正しく会釈して、その場を離れるサムロの背を見ながら、大公様は私の耳元で、
「多分、彼は婚約者に逃げられたと思うな。」
と囁いた。
確かに、例年この場で婚約者に逃げられる男女はかならずいる。大抵の者は婚約者と踊るのに、一人呆然とたたずむ男女がかならずいるものだ。
確かに、見事な金髪の、やや小柄のブード伯爵令嬢は可憐で、明るくて、優しくて、よく気が付いて、お淑やかで、頑張り屋の努力家で、とっても可愛い。女の私でも、ぎゅっと抱きしめたくなるほど。卒業後、すぐに軍務につき、かといって秀でたところもない、全てにわたって地味な婚約者は、彼女とはつり合いが、身長の差以上に取れない、私達とは違って。彼の方は、5年間、軍務の合間を利用してできるだけ、足しげく彼女の下を訪れたというほど、とても愛していたらしいけど・・・。でも彼女、より上の身分の家にという親、というか曽祖父の意向から、彼と婚約したと聞いているけど、どうするつもりかしら?
いろいろな商売、企業で大儲けした彼女の曽祖父は、多額の献金で男爵となり、法服貴族だ、娘を子爵家に、孫を伯爵家に入れてきた、その財力を背景に。彼女の伯爵家は、由緒正しい、古くからの名門だったけど、落ちぶれた、身分だけの存在だったが、彼のおかげでまともな伯爵家としての体面を維持できるようになったという。
更なる上を目指した彼と政治的背景はなく、名門の血が一応流れ、財政援助も期待できるというコリアンダー公爵家の思惑の一致からの婚約である。更なる上の男でも引っかけないと、曽祖父が納得しないだろうし、コリアンダー公爵家が何をしでかすかわからないし・・・。さらに上なんて考えられない・・・。平民の男と駆け落ちかな?それなら応援してあげようか?身分を超えた愛、ロマンチックよね。コリアンダー公爵家に、彼に、個人的に恨みなど全くないけど、ちょっと面白いかも。
「ガマリアちゃん。頑張ってね!」
この時、私は心の中で声援を送ったわ。平民の恋人と身分を超えた恋ゆえに手に手をとっての駆け落ち、それを知って彼、サムロの唖然として、絶望した顔を思い浮かべて、何か優越感を感じちゃった。その彼を、彼女の恋路が、駆け落ちがうまくいくように、彼をどうやって説得して、慰めてあげようか、ほんの少し甚振ってやりながら・・・とも考えてしまっていたわ。それは大公閣下も同じみたい。お美しい顔が、そんな笑みを浮かべているように思えたわ。やっぱり、理想の婚約者なのね、私達って。考えも、思いも一致して・・・。とても私は嬉しくなった。コリアンダー公爵には悪いけど。
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