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第一話 今日、私は浮気します

決行日・厳然たる事実

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「母さん、俺のジャージは~?」
「……知らんがな。またベッドの下にでも落ちてるんじゃないの?」

 自分の身支度もそこそこにキッチンに立っていると、中学生になった長男がいつものように探し物が見つからなくて私に聞いてくる。何度言っても元の場所に戻すことができない性格の彼の一人部屋は、いつ見ても散らかり放題だ。
 勝手に掃除すると怒るくせに、くすとすぐ疑うんだから。
 いいかげん放置することにして、最近は助言のみに留めている。間違っても探してあげたりなんかしない。消えようが腐ろうが自己責任よ。

 まるでジャングルのようになってしまったあの部屋も、彼女でも出来れば自分から片付けるのだろう……いつまでも子供ではないのだから。


 朝食の準備と並行して夫婦の弁当をこしらえる。弁当作りが四つだった時に比べれば、今はすごく楽ちんだ。小中学校義務教育中は給食があるし、月々の教育費が保育園の半分以下だから助かってる。今のうちになるだけ節約して、義務教育後の費用に備えなければ。
 そのためには資本である体を損なわないように、しっかり食べて、しっかり働く。


 それから適度に息抜きして、不満があれば発散して、毒や疲れを溜め込まない。
 自分の人生を〝楽しむこと〟を忘れてはならない。





 だって私の人生はたった一度きり。子供のためや夫のためだけでなく、自分自身の幸せのためにも生きるべきなのだ。
 そして、母や妻である前に、ひとりの人間おんなとして成熟していること……これが幸せであるための、最低条件だと思う。


 自分で自分を幸せにする。私はそのために……未熟で未開な部分を認め、すくって育てることに決めたのだ。

 他でもない〝家族〟と〝私自身〟のために。〝家族をもっと大切にできる私〟になるために。
 矛盾してると思われるかもしれない……賛同を得にくい考えかもしれない……

 けど決めた。私は今日、セックス療法を試みる。
 例えそれが世間一般で言うところの〝浮気〟に当たるのだとしても……


 これからはもっと自分のために生きてみる……
 私のために、私が幸せになるための行動を起こすのだ。










 すっかり覚悟を決めてから、向かったはずのシティーホテル。指定された部屋番号の扉の前に立ってから、急激に不安が押し寄せてくる。

――本当にいいの? 後悔しない?

 今ならまだ引き返せると囁く弱気な心を叱咤して「がんばれ美由紀」と激励する。大きく息を吸い込んで、ゆっくり静かに吐き出した。


 すっごいデブった人だったり、生理的に受け付けないタイプの人だったらどうしよう……不安だ。
 いやでも、中身はあの〝弥生さん〟なんだから。もしそうなっても話せば分かってくれるはず。だから大丈夫。きっと大丈夫……


 ドキドキと、期待と恐れで高鳴る胸をおさえながら……そーっとチャイムを押し鳴らす。

 しばらくすると穏やかそうな低めの声が聞こえてきて、部屋に入るよう促される。



 部屋の奥にある扉を開けて出てきた人は、まさに〝私の理想〟そのまんまの人だった。

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