9 / 17
Part 3. 白綿帽子の相棒
とある大陸の街路にて
しおりを挟む商人の都、カーランでぼろ儲けをした数日後。ニムラと呼ばれる隣町の歓楽街で、豪遊していた時のことだった。
いつもだったら行かないような場所にまでふらりと立ち寄ったのは何の気まぐれだったのか……景気の良さに浮かれていたのかもしれない。
今となっては誰と一緒だったのかも思い出せないが、エトノアは自分のとった行動をとてつもなく後悔していた。男心が非常に傷付いたからである。
(ごめんなさいごめんなさい、もうしません。ごめんなさい!)
羞恥に震えて頬を染め、泣きそうになるのをこらえながら、心のなかで謝罪を繰り返す。
思い返すのも烏滸がましい出来事は、美姫と名高い長身女性の艶めかしい仕草によってもたらされたのだった。
事の始まりは数時間前――
高級娼妓と呼ばれる「美しい花」を味わってはどうかと……支配人から上の階に誘われて、たまには良いかと考えた。
これまで一度として経験したことは無かったが、熟練者から手解きを受けた「花」を借りてするのは自分一人でするのと違い、まるで番と致すような夢見心地になれるのだという……そんな噂を聞きかじっていたこともあり、一度くらい味わってみたいと考えた。
繁殖期の衝動に悩む若者や、半身を失った者を言葉や体で慰めてくれる、見目麗しい男女の住まう娼館――敬天愛人館。その建物内の上階で行われているサービス業を、忌避するものが一定数以上いるのはエトノアも知っている。だが、それは慈善活動のようなものであると認識し、彼に限っては嫌悪感など皆無であった。
自分と同じ、人を喜ばせたり楽しませたりする仕事である。
むしろ〝称賛されるべき職業だろう。否定する奴は頭が固いのだ〟と――同業愛好。懇意にしたいくらいとすら考えていたのも、飲み食い処としてよく使っていた理由かもしれなかった。
エトノアは未婚の男であり、番はもちろん、恋人もいなかった。勧められて断る理由も無かったのである。
しかし、酔っ払った彼は重要なことを忘れていた。
己の獣性が人並み以上に強く、おそらくは番でなければ〝難しい〟と――遠い昔に習ったことの意味、その言葉の重さを。記憶の彼方に葬ってしまっていたのである。
そんなわけでフラフラとした足で個室に通されるままことが進み、娼妓と対面して数十分。
普段の生活からは考えられないほど他人に密着され、その店一番の〝花〟の色香がだんだんと強くなっていくのを感じていると、なぜか不快感が募り、気分は下降していった。
女の手が触れた場所からゾワゾワとした嫌悪感が駆け上がり、全くもってそんな気分になれない。その内すっかり酔いの覚めた頭で認識したのは〝これじゃない〟という喪失感だった。
気付いたときには振り払っていた。慌てて中座し、冷やかしを詫びて金を払い、逃げるように館を飛び出したのだった。
(うう、つらい……もう二度と登楼はしない……)
自分には向いていないというよりも〝不可能だ〟ということを思い出したのは良いが、ついでに男としての自信もごそっと抉られた。
たとえ遊びでも、全く機能しないというのは異常なのではないか。本当に使えるのか。番ができなきゃ一生これは用無しなのか。なんのためのシンボルなのか……と、ぐるぐると考え込んでしまう。
他の者が普通に通っているのを沢山見てきて知っているだけに(でなければ商売が成り立たず、そもそも遊女や芸妓などという職業も生まれなかっただろう)誰かを頼って人恋しい気分を慰めることすらできない己を目の当たりにし、惨めな気持ちになってしまうのだ。
こんな調子では番ができても無理なのではないか?と疑心を抱く。
漠然と描いていた見知らぬ誰かとの賑やかで楽しい日々が、急に靄がかかったように見えなくなって、空想が闇に閉ざされていく。
以前は一人が楽しくて、やりたいことが多すぎて、番など持たずにずっと独身で、自由に身軽に生きたいと思っていたが……百五十歳を過ぎたあたりから、それは若気の至りだったと感じるようになっていた。
親しき者たちがどんどん番をみつけて結婚していったことで幸せそうな光景を目にすることが増えたのも、考え方を変えた起因かもしれない。
(そろそろ本気で探すべきかなぁ……)
探すといっても、これまでの暮らしを大きく変える必要はない。
色んな土地をまわり、色んな種族の、大勢の観客の前で技を披露する舞台芸人であるエトノアは、暮らしそのものが出会いの宝庫となっている。なので、これ以上なにをどうすれば良いのかが分からないというのが本音であった。
行先の最善がわからない。出会いの聖地――番との遭遇率が高い穴場なんかがあればいいのにと、非現実的なことを思わずボヤく彼だった。
そんな簡単に番が見つかる穴場が存在するとしたら、それこそ人が寄って集って大変な騒ぎになるだろう。
どこにいるのか、どんな相手か、だれにも分からないからこそ……血眼になって探したり、開運なんたらの縁結びの札や占いに頼ったり、怪しい呪いや幻術などというものに手を出したりして破産したり破滅する輩が後を絶たないのが現実だった。
(番……番かぁ。オレにも一人、どこかにいるのかなぁ……いたとしても探してくれてんのかなぁ。オレと同じで〝生涯未婚宣言〟とかしてるんじゃないのか? てか、見つかっても仕事に付いてきてくれるのかどうか……前途多難だな。オレの未来)
盛大にため息をつく。
いつになく自信を失って悲観的になるエトノアだが、こう見えて普段の彼は楽観的な自信家で、それなりに人気のある舞台芸人なのであった――
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
転生したらチートすぎて逆に怖い
至宝里清
ファンタジー
前世は苦労性のお姉ちゃん
愛されることを望んでいた…
神様のミスで刺されて転生!
運命の番と出会って…?
貰った能力は努力次第でスーパーチート!
番と幸せになるために無双します!
溺愛する家族もだいすき!
恋愛です!
無事1章完結しました!
私が一番嫌いな言葉。それは、番です!
水無月あん
恋愛
獣人と人が住む国で、ララベルが一番嫌う言葉、それは番。というのも、大好きな親戚のミナリア姉様が結婚相手の王子に、「番が現れた」という理由で結婚をとりやめられたから。それからというのも、番という言葉が一番嫌いになったララベル。そんなララベルを大切に囲い込むのが幼馴染のルーファス。ルーファスは竜の獣人だけれど、番は現れるのか……?
色々鈍いヒロインと、溺愛する幼馴染のお話です。
猛暑でへろへろのため、とにかく、気分転換したくて書きました。とはいえ、涼しさが得られるお話ではありません💦 暑さがおさまるころに終わる予定のお話です。(すみません、予定がのびてます)
いつもながらご都合主義で、ゆるい設定です。お気軽に読んでくださったら幸いです。
【本編完結】番って便利な言葉ね
朝山みどり
恋愛
番だと言われて異世界に召喚されたわたしは、番との永遠の愛に胸躍らせたが、番は迎えに来なかった。
召喚者が持つ能力もなく。番の家も冷たかった。
しかし、能力があることが分かり、わたしは一人で生きて行こうと思った・・・・
本編完結しましたが、ときおり番外編をあげます。
ぜひ読んで下さい。
「第17回恋愛小説大賞」 で奨励賞をいただきました。 ありがとうございます
短編から長編へ変更しました。
62話で完結しました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。
自然神の加護の力でのんびり異世界生活
八百十三
ファンタジー
炎神インゲ、水神シューラ、自然神カーンの三柱の神が見守り、人々と魔物に加護を与えて発展させている異世界・ルピアクロワ。
その世界に、地球で命を落としたごく普通の中学生・高村英助の魂が流れ着く。
自然神カーンの手によってヴァンド市の羊飼い、ダヴィド家に一人息子のエリクとして転生した英助は、特筆すべき能力も見出されることもなく、至極平穏な日々を過ごすはずだった。
しかし12歳のある日、ダヴィド家の家政婦である獣人族の少女・アグネスカと共に、ヴァンド市近郊の森に薪を拾いに行った時に、彼の人生は激変。
転生する時にカーンから授けられた加護の力で「使徒」の資格を有していたエリクは、次々と使徒としてのたぐいまれな能力を発揮するようになっていく。
動物や魔物と語らい、世界を俯瞰し、神の力を行使し。
そうしてラコルデール王国所属の使徒として定められたエリクと、彼に付き従う巫女となったアグネスカは、神も神獣も巻き込んで、壮大で平穏な日常を過ごしていくことになるのだった。
●コンテスト・小説大賞選考結果記録
第1回ノベルアップ+小説大賞一次選考通過
HJ小説大賞2020後期一次選考通過
第10回ネット小説大賞一次選考通過
※一部ボーイズラブ要素のある話があります。
※2020/6/9 あらすじを更新しました。
※表紙画像はあさぎ かな様にいただきました。ありがとうございます。
※カクヨム様、小説家になろう様、ノベルアップ+様、エブリスタ様、ノベルピア様にも並行して投稿しています。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054886818732
https://ncode.syosetu.com/n1574ex/
https://novelup.plus/story/382393336
https://estar.jp/novels/25627726
https://novelpia.jp/novel/179
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
王命で泣く泣く番と決められ、婚姻後すぐに捨てられました。
ゆうぎり
恋愛
獣人の女の子は夢に見るのです。
自分を見つけ探し出してくれる番が現れるのを。
獣人王国の27歳の王太子が番探しを諦めました。
15歳の私は、まだ番に見つけてもらえる段階ではありませんでした。
しかし、王命で輿入れが決まりました。
泣く泣く運命の番を諦めたのです。
それなのに、それなのに……あんまりです。
※ゆるゆる設定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる