《短編集》美醜逆転の世界で

文月・F・アキオ

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①一目惚れした私と貴方 / 10,660文字

0. 変わった世界

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その日、私はいつものように電車で居眠りしていた。終点まで行くので安心して眠ることができると熟睡してしまったのが悪かったのか、目が覚めたら何故か電車の外にいたのである。しかも駅でもない場所に。

「え? え……?」

(なんで? どこ? どういうこと?)

私は起き上がってあたりを見渡した。どう見ても樹海という感じの、道のない森の中だった。

(な、なにこれ……誘拐?)

咄嗟に思いついたのはそんなことだった。でも、何故こんなところに放置されているのか分からない。そもそもいい歳した大人の私を誘拐する目的もわからない。私は決して裕福な家庭育ちではなかった。

(カバンもない……どうしよう)


私はとにかく出口を求めて彷徨い歩き、やがて喉が渇いてきたので水場を求めて歩き続けるようになっていた。


     ※  ※  ※


パシャリ、パシャリと、どこからか水が跳ねるような音が聞こえ、私はようやく一筋の光が見えた気がした。
水音の発生源を目指して茂みをかき分けて進む。そして少し開けた場所に出ると、そこには綺麗な泉があってホッとする。

そうして視線を上げた先に、人がいるのを見つけた。その人は裸で水浴びをしていたようで、私を見て驚いたのか固まった。
同時に私も固まった。その人はあまりにも端正で、芸能人もビックリなほど、人間離れした美しさを持っていた。

「…………」
「…………」

宝石のように綺麗な青い瞳を持った、目鼻立ちのハッキリとした美男子で、程よく鍛えられた筋肉が美しい体躯で細剣のようなものを構えている。その姿勢がまた様になっていてカッコ良く、まるで映画の中から飛び出してきたような銀髪の男性。
あまりの美しさに絶句していると、なぜか男性は頬を染めていく。

それに気付き、私はようやく彼の水浴びを邪魔してしまったことを自覚した。

「ごっ、ごめんなさい! 決して覗くつもりはなくって! あの、私、迷子で! よかったら道を、この森の出口を教えていただけませんか」

私は彼を直視しないように両手で顔を覆い隠してそう言った。


     ※  ※  ※


彼は衣服を身につけて「もういいぞ」と声をかけてくれた。その声に従って見てみると、顔に仮面がつけられていて、私は少し不思議に思う。
しかし詳しい事情を話すうちに、彼が怪しい見た目に反して良識的で、親切な人であることを知った。

「スラーダの森、ですか……」

私は飲み物をわけてもらいながら、聞き慣れない言葉の数々に戸惑う。彼の服装やアンティークな持ち物からしても、ここが現実の世界であるかも怪しく思い始めていた。

「なら、目が覚めたらこの森に放置されていたのか」
「はい。そうなんです。なぜ誘拐されたのかも、なぜ森に捨てられたのかもわかりません……」
「確かにな。あんたほどの美人なら人攫いに合うのは納得だが、売らずに捨てるのはおかしい。暗殺の依頼でもなければ」

さりげなく混ぜられたお世辞に戸惑いつつも、私は暗殺という新たな可能性に怯える。私は誰かに恨まれていて、遭難死させるべく森に捨てられたのだろうか。

「暗殺ですか……それにしては森に捨て置くだけなんて不確実ですよね。犯人はどうして私をちゃんと殺さなかったんでしょうか」
「あんたが美しすぎるから、女神を殺すようで出来なかったんじゃないか?」
「えぇ? まさか!」

外国人の血が混ざっているからか、彼は冗談を言うのが得意らしい。それか、不安に揺れる私を気遣って、わざと笑わせようとしてくれているのかもしれなかった。

これまでの人生で初めて見る、最高レベルの美しさを持った彼は、ユリウスさんと言うらしかった。やっぱりハーフか何かなのだろう。
私の話を親身になって聞いてくれて、身を案じ、さりげなく体調を気遣いながら、街まで案内してくれると言う。心までも美しい人のようだった。


     ※  ※  ※


森を出るのに数時間、そこから更に歩くこと数十分。ようやく街の入口が見えてくる頃には、足がかなり痛くなっていた。
そしてその頃には私はある可能性に気付いていたのだが、聳え立つ門を見上げて確信し、絶句してしまう。ここは明らかに異世界だった。私はまだ夢の中にいるのかもしれない。

「大きな門、ですね……」
「ガラドューラに来るのは初めてか?」
「あ、はい。こんな……大きな街は、初めてです」

人の出入りが多くなっていて、私ははぐれないように彼のローブをつかむ。親切なナビゲーター的な彼を見失ってしまったら、それこそ悪い展開になってしまう予感がしたのだ。

露店街を歩きながら確信する。ここは確かに異世界だと。
老若男女たくさんの者達の服装や持ち物、カラフルな髪色、そして外国映画の中みたいな街並み。城下に騎士団があるということからも、日本とはかけ離れた世界だった。

私の服装や顔立ちが異国風なせいもあるだろうが、特に珍しいらしい髪色のせいで沢山の人が私達を振り返ったり足を止めたりして見ているのがわかる。
道中でユリウスさんが説明してくれた通り、私は目立つ容姿のようだった。

「……やっぱり黒髪って珍しいのですね。周囲からの視線が痛いです」

誘拐されてこの国に迷い込んだと思われている私は、騎士団に保護を求めるのが最良らしく、ユリウスさんはそこまで案内してくれている。
しかし特に急ぐ様子はなくて、途中で休憩をしたり、飲み物や食べ物を差し入れしてくれたり、市場の見慣れない物についてあれこれと説明してくれたり、まるで観光しているかのようだった。正直言って楽しかった。



自警団のような役割を持つらしい騎士団にたどり着き、私を保護した経緯を説明してくれるユリウスさん。
その頃には私はずいぶんと彼に心を許していて、楽しい時間が終わることが惜しかった。離れ難く感じるほどに。
でも、だからといっていつまでも彼の世話になるわけにもいかないし、この街に住んでいるらしい彼に、いつかきっとご恩返しをしようと、私は心に決めたのだった。


     ※  ※  ※


騎士団に引き渡されたあと、聴取を受けた私だったが、まずその年齢に驚かれることになる。私はこちらではかなり若く見えるようで、れっきとしたアラサーなのに、十代に見えたと聞いて思わず笑ってしまった。こちらの人は総じてお世辞が上手いらしい。

そうして、身元を証明する物を一つも持たない私は、まずは商業ギルドに登録すると良いと、この街で暮らすためのアレコレを色々と教えてもらう。
支度金を貸してくれて、ギルドの場所まで案内してくれて、オススメの求人まで手配してくれた。騎士団の人達はとても親切で、私は感謝するばかりだった。

私は住み込みで働ける求人に応募して、その日のうちに採用され、なんとか衣食住の全てを確保したのだった。


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