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第2章 二人の誤算
ギルバート・ベックマン(Gilbert)
しおりを挟む俺の名前はギルバートだ。
便宜上、今はギルバート・ベックマンと名乗っているが、元々は〝ただのギルバート〟だった。その名の通り平民出だ。つーか、浮浪児ってやつだった。
そんで知らねーうちに付いたあだ名が〝泥棒猫のギル〟だったか〝錠破りのギル〟だったか……
別にどーでもいいが、俺は盗っ人でもなければ錠前破りの玄人でもないんだぜ。
気づいた時には特殊な体質になってた自分の体を利用して、少しばかり他所のお宅に邪魔したことがあるってだけだ。
必要に駆られてそうしただけで、子供だったし悪気はない。その時ちょっくら拝借した物だって、いつかは返すつもりだった。それがいつになるかは見当もつかなかったけどな!
それから懐が寂しくてどうにもならなくなると可愛い子猫よろしく情けを乞うて他人の好意につけ込んで、結果それなりの日数その場所に居座った経験があっただけだな。
特に寒さの厳しい冬とかな。
猫飯でも無いよりマシってやつ。良いところの坊ちゃんとか嬢ちゃんとかに拾われると、かなり良いもんを食べられたし。
育ち盛りだった俺としては、プライドよりも食い物だったわけ。あと金な。
とまぁ、そんな感じで適当に世の中を渡り歩いていたある日、俺は変なオッサンにつかまった。
それがチャーリー・ベックマンとかいう軍人で、そいつにこの能力を気付かれたのが縁というか運の尽きってやつで……
なんだかんだで世話になり、そいつの名を貰うにまで至った。
正直いって俺の扱いはかなり乱暴だった。そりゃ軍人らしいと言えばそうなのかもしれんが、痩せこけた十二の子供にすることじゃねーよ!と、今なら思う。
ろくすっぽ説明もしねぇで、まずはその貧弱な体をなんとかしろとか勝手に吐かしてからの数年間、ひたすら体を鍛えさせられて、合間に要らぬ知識を詰め込まれてった。
俺は暴力からは逃げる主義だった(それこそ特異な体を駆使して簡単に切り抜けられた)から、そこでも何度も脱走した。
しかしだ、手口というか体質を知られているのは思ったよりも厄介で、逃げ出しても逃げ出しても連れ戻され……結局、暴力的な善意から逃れることはできなかった。
そのうち訓練所とやらに投げ込まれ――もうその頃には逃げる気も失せていたが、それは賢い俺が徐々に状況を理解してってたからだ。なにしろオッサンは言葉が足りない。圧倒的に。
それから配慮が全くない。足りないぶんは体当たりでどうにかなるとか思ってるに違いない。そんな無茶苦茶な対話に誰が付き合うかってんだよ。あんなのを上司にもった部下の苦労が知れてるぜ。
とにかく、俺は大事な思春期を棒に振り、無理矢理いろいろと矯正させられて……あー、思い出すだけで腹が痛い。最近やっと落ち着いたと思ったんだが。
まぁでも、今こうして無事に生きてられんのはその施しあってのことだからな。一応オッサンは恩人だ。
もちろん、俺の才能があってこその今だとは思うけどな!
結果だけ見ればラッキーな巡り合わせだったんだろう。死なずに成人できたわけだし。
その日暮らしで明日をも知れぬ底辺の身分だったのが……モノ好きな大人に拾われたおかげで、今じゃこうしてお役所仕事という数段階も上の立派な(面倒だけど立派な人扱いされる)職にありついてる。
衣食住が揃ってるだけでもスゲーのに、たぶん将来も安泰だ。
そうは言っても身分が一番下の〝平民〟であることに変わりはない。んで、大人になってからはそれを蔑む輩が後を絶たない特殊な世界で生きている。
意味なくその差を得意げに話すヤツらは、なにか勘違いしてやがるんだよなぁ。この国のほとんどが平民だっつーのに……
自分たち特権階級たる身分を支えるのは〝平民〟と呼ばれる下々の存在だっつーのに、それを蔑むなんてどうかしてる。自分の足元が見えてない。生まれが偉いと頭がバカになるらしい。
どこに行っても身分がどうとか、出自がどうとか、礼儀作法がなってないとか(この点に関しては俺も同意するが)、とにかくどーでもいいことでイチャモン付けてきたり差別してくるヤツがわんさかいる。
多過ぎていちいち相手にしてられねーけどな。
逆に言えば、そうでないヤツも少ないが存在する。筆頭はチャーリーだが、貴族の中では良識派も変人もみんな等しく変わり種扱いだから真性との見分けが難しい。分かりにくいが、中にはまともな健常者も多くいるらしい――というのはオッサンの言だ。
だから、というわけじゃないが、俺は別に〝貴族〟が嫌いなわけじゃない。気にくわないヤツが嫌いなだけだ。
そんな〝気にくわないヤツ〟の典型と思われた最初の頃の予想がウソみたいに、今じゃけっこう親しくなった男が一人いる。
そいつの身分は伯爵子息という、俺からすれば大層な身分なんだが、本人は次男だからとかそんな理由で意味はないとか言っている。いやいや、意味あるよな? 全然違うよな?
付き合いは浅いが、同じ寮室で寝食を共にしていれば嫌でも相手の為人だとか生活習慣の一部を覗くことになる。
そうして知ったアイツの中身は、バカみたいに真面目で、気持ち悪いくらいに筆忠実で、アホみたいに一途にいろいろ痩せ我慢してて、ちょっと……いやかなり面白い男だということだ。
気づいたらソイツをからかうのが日課になってた頃、俺は不本意だった官吏集団に属するための寮生活がだいぶ楽しくなっていた。
地味な新人研修も〝まあ、やってやるか〟という気分になれた。そういう意味ではソイツに感謝だな。
今日はその面白い友人――しかも同じ異能仲間であるウィリアムに、久しぶりに会いにきた。
最近またよく分からん現象が俺の身の回りで起こってて、なんの罠かと思えば意外なところで別の痕跡と繋がった。なんか知らんがアイツもこの謎現象に関わって(巻き込まれて?)いるらしい。
面白くなりそうだから報告してやることにしたわけだ。
例の想い人との行方(報われない日々)がどうなったのかも気になるしな!
ってな感じで楽しみにしてたのに。意外や意外、今のアイツはけっこう幸せそうだった。
なんだ、ようやく報われたのか?と思ったら、相変わらずの童貞で。拍子抜けだが、正式に婚約した(やっとかよ、貴族の手順はややこしくて面倒いな!)らしいので、とりあえず祝い酒を一杯おごってやることにした。
まぁ、コイツはコイツで苦労したみたいだし? お貴族様には平民には解らない悩みとやらもあるのかもしれないし。
周囲に期待の目があって〝自由に出来ない〟というのは意外とメンドイことだと、最近の俺は学んでいた。
昔の俺は誰かに期待されたり頼られたりすることなんてまず無かった。住む場所や食いもんに困ったことはあっても、自分がおこす行動を制限されることは絶対に無かった。
誰も俺を気にするヤツなんかいなかったからだが……したい事をしたい時に出来なくなるのは、案外ストレスが溜まるもんだ。
人並みな生活の基盤を得た代わりに、窮屈な規律に縛られている。
そうは言っても、昔じゃ出来ない金の使い方を知り、別の発散方法を学んだから、この暮らしもそんなに悪くない。
とりあえず、あのオッサンがくたばるまでは、今の生活を維持してみようと思っている。
薄汚れてない〝一般人の俺〟は意外と好評で、下町の方に限って言えば、知人もそれなりに多くなっている。
金持ちってわけでもないが、女ウケもそこそこ良い。
楽しみが全くないわけじゃない。
それにこうして平和な日常を刺激する、面白そうなことも起こったりするしな……しばらくは退屈しなそうだ。
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