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第3章 二人の覚悟

恋闇の侵入者 iii(Selina and William)

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「ウィル、あのね…?」

 セリーナは慎重に切り出した。

「あなたが望むなら、私は不特定多数の方が集まるような社交場ところへ行くのは控えるわ。知り合う機会すらない人を誰も欲しがったりしないでしょう? 今だってウィルがいない時に参加するのは女性だけの集まりのみで夜会はお断りしているの。ほとんど変わりないのだもの、問題ないわ。王宮主催のものや、父の仕事上のお付き合いだとか、王都にいては欠席するのが難しいようなら、来年からは療養という名目で領地に篭ってしまえば良いのだもの。だから……そんなに心配しないで? 今まで通り、何かあったら……いいえ、そうなる前に何かが起こりそうな気配を感じたら即、あなたに必ず連絡するわ。それなら安心でしょう?」


 今季に社交入りしたばかりの自分を見知っている者はまだまだ少ない、だからウィリアムが戻ってからまた改めて婚約者として知っていって貰えば良いと、セリーナは微笑んだ。
 これからも自分たちの関係は変わらない。ちょっと会えない時間が長くなるだけだ……そう納得させるように語りかける。




 だが、セリーナは解っていなかった。

 初登場デビューしたその日に大胆な舞踏を披露して、王太子にまで言葉を賜り、一時期かなり持て囃されたウィリアムに付き添ってエスコートしてもらいながら舞踏室にパートナー役で現れた未婚女性デビュタントの顔と名前がすでに多くの人の知るところにあるということを。
 最初の一回以来なかなか公の場に姿を見せない彼女との再会を待ち望んでいる者が多くいるということを。
 それほど多くはないとはいえ、同じサロンに参加していた女性たちを出どころに、彼女の噂が未だに流れ続けているということを――







 ウィリアムは嘆息した。そんな簡単なことでは無いのだと言いたいが、そもそもが自分の運の無さや計画の至らなさが原因なので指摘しづらい。
 自分の意思ではないとはいえ、結果的に彼女を騙すことになり、伝えられた嘘に便乗して話を合わせている状況だというのに……己の希望や不安ばかりを押し付けている。浅ましい男だろう。


 自分と彼女セリーナの間には、抱えている不安ものに大きな差が生じている。
 そのことに気が付いたウィリアムは、その要因である重要事項がまだ彼女に伝わっていないことをようやく知ったのだった。


「ごめん、リーナ……まだ、伝わってなかったんだな。任務出向中、僕は仕事役目に専念することになっていて……たとえ家族でも部外者とは連絡が取れない。私的なやり取りは一切禁じられているんだ」
「……そ、れは……やっぱり、お国柄が関係しているの?」
彼方あちらの国と言うよりは、此方こちらの国の事情かな……」

 ウィリアムは嘘ではないぎりぎりの表現で説明する。
 一度あちらに出向いたら、数年は帰って来られないこと。任務役割に専念するため、鳥を飛ばして行き来させたり、セリーナの身の回りに残る動物たちを自分から呼び寄せることが出来ないこと。高度な働きのできる動物ものたちは仕事上の都合で自分に同伴させてしまうので、残った動物たち彼らでは不測の事態になったらその先の判断が臨機応変には出来ないと思われること。
 それ以外にも様々なしがらみがあり、自由になる日がいつになるのか見当がつかないこと。目処がついたとしても、伝える術が無いということ――


 みるみると精気を失っていくかのように無表情になっていくセリーナを目の当たりにしたウィリアムは、言いようのない後悔と罪悪感から今にも懺悔したい思いに駆られ、頭を掻きむしりたくなるような衝動を必死に押し込めていた。

「だから、本当に……リーナにはものすごく辛い思いをさせると思う。もしかしたら僕は噂程度ならリーナの近況ことを知る術があるかもしれないけど、リーナが僕の近況ことを知る機会はまず無いと思う」
「…………そうなの……」




〝仕方がないわね〟

 まるで自分に言い含めるように、絞り出された声は震えていた。


 ウィリアム自身、彼女セリーナ自身を落ち着かせるための、長い長い沈黙が辺りを支配した――


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