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第一章

【二】青羽―ヴァイキングに囚われて

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 開いたウールコートの内側に抱き込まれ、硬い腹筋が密着した。

「そろそろ俺を恋人にしてくれないか?」

 耳に囁かれて身体が震えた。恋人。セフレじゃないのか?
 唇が触れたので、慌てて手を差し入れた。

「あ、汗で汚いよ」
「俺の家で風呂に入ればいい。それから返事を聞かせてくれ」

 チュ。チュ。
「風呂……返事……」

 頬にキスを落としてから、ママチャリを脇に抱えたイケメンが駐車場の奥へと進んでいった。そちらはビルが隣接していて行き止まりのはず。ところがホテルの壁にシャッターが設置されていて、横の鉄製扉の鍵を開けて社長が入ってしまった。

 ちょ、俺のママチャリ~、カムバッ~ク!

 急いで扉をくぐると、中には黒い大型ワゴン車が駐車していた。

「俺、帰らなきゃ」
「後で自転車ごと送っていくよ」

 雪がチラつき始めていたので魅力的な申し出だった。ワゴン車の横には見たことのないエレベーターが現れ、気づけば二人で上昇していた。階数のボタンは一、二、六階しかない。

 ポーン。
「さあどうぞ」

 踏み出した床はおそらく大理石だろう。玄関扉を開けた水上社長に背中を押されて中へ入る。ふわふわのスリッパに履き替えて白い扉をくぐれば、インテリア雑誌さながらの高級お洒落さんルームが現れた。青いソファー、繊細な彫刻が施されたコーヒーテーブル、巨大なテレビの置かれた、壁一面のリビングボード……。壁紙を鑑賞する余裕もなくバスルームへ案内されていく。

「すぐにお湯が溜まるから身体を洗うといい。着替えは用意しておくよ。さあ、気持ちいいぞ。さっぱりしておいで」
「あれ、このお風呂見たことある」
「スペシャルルームの浴槽だ」

 全面ガラス張りの扉と壁は、ワイパーで水滴を取るのが大変なんだよなぁ。社長は自分で掃除するんだろうか……。ホテル備品と同じ使い捨てのボディースポンジを泡立てて、汗だくの身体を擦る。シャンプーやボディーソープは、明らかにホテルの大衆消耗品じゃなかった。値が張るオーガニック製品だろう。自分が愛用してるモーモー石鹸よりも甘くて、清々しい草原の風を連想させる。そう、水上社長の匂いだ。さっぱりとしたところで並々と張られた湯の中へ身を沈めた。

「はぁぁ~、気持ちいい~」

 ジャグジーのボタンを見つけて、ワクワクしながら押した。
 ボコボコボコボコボコボコボコ。

「うわぁぁ~、最高!」

 Wワークの疲労を取り去って行くぜ~。

「それはよかった」
「わぁ!」

 ガラス戸を開けて歩いてきたバイキングは、はち切れんばかりの胸元が覗くバスローブ姿だった。その筋肉を分けてくれ~。

「ほら。水分も取りながら、ゆっくり浸かるといい」

 ミネラルウォーターのボトルを開封してからよこされた。筋肉マッチョなのにジェントルだな~。てっきり、お湯に入ってくるのかと思ったぞ。

「ありがとうございます」
「仕事中じゃないから、かしこまる必要はないよ」

 ボトルを飲む俺を、浴槽の縁に腰掛けて見つめてくるイケメンの眼差しが、なんだか熱くて怖い。

「髪……」
「え?」
「髪を伸ばすのか?」
「あー……切るお金がないだけ。来月には、さっぱりしてくるよ」

 髪は、冬だから許される肩すれすれの長さだ。そんなにみすぼらしかったかな。

「このまま伸ばしたらいい。梳いて、邪魔な時は結べばいいさ」
「水上社長みたいに?」
「透(とおる)だ」
「親しくないのに、名前でなんか呼べないよ」
「恋人にしてくれれば、親密になるさ」
「出会って一週間も経ってないよ」
「これから知り合えばいい」

 社長が身をかがめて俺の頬を撫でる。その指先が優しくて、なんだか頭がぼうっとしてきたぞ。

「俺経験ないから、つまんないと思うけど……」
「それはいいな。で、返事は?」

 社長は真夏の直射日光並みの眩しい笑顔を浴びせた。瞳は赤い髪の色彩を吸い込んで炎と化している。な、何がいいんだ?

「だめだよ」
 途端に青ざめるヴァイキング。赤い髪とのコントラストにギョッとした。
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