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第二章
【三】星夜ー赤い絨毯と短期留学生①
しおりを挟むキーンコーン。カーンコーン。
二時限目のベルが鳴り響いた。
「「!」」
「月子、止めろ!」
海人が妹のスマホを取り上げようとしたが、躱されてしまった。
「ただし、条件がふたつ。……ええ、お祖母さま。分かっています。……はい。一つ目は、世の女性が羨むロマンチックなシチュエーションの演出。二つ目は、私が心から欲しがっているプレゼントを持ってくる。以上です。ええ。多忙なのは重々承知です。でも、私との結婚に価値を見いだしているのなら、一人くらいは来るでしょう?」
教室は水を打ったように静まり、事の成り行きを見守っていた。通話を終えた月子ちゃんはクラスメイト達に向き直った。
「私は星夜君とお付き合いしていません。これで納得してもらえたかしら?」
「ほら、ベルがなったぞ。席に着きなさい」
紀文(きぶん)先生が教科書を抱えて教室に入ってきた。今の話を聞かれただろうか。俺は月子ちゃんを止めるべきなのか?
斜め前の海人は憮然たる面持ちで座っている。当然だ。クラスメイトは困惑や興味津々、無関心など、三人三様の表情を浮かべていた。
「ところで萩野さん」
「はい」
いじめがあったのか聞くつもりなのか、紀文先生?
「放課後に登録者以外の人間が送迎する場合は、変更届を出すように」
「へ?」
変更届とは?
素っ頓狂な声を発した俺に、紀文先生が気づいてしまった。
「若生君は自転車通学だから該当しないけれど、送迎車登校の生徒は乗降ロータリーを使用するには申請が必要なんだ。セキュリティー上、変更届けは生徒本人が申請する決まりだよ」
「それって、誘拐を防ぐためですよね」
「おお、よく知ってるな。前の学校はうちよりも警備が厳しかっただろうね」
「若生君、どこの学校だったっけ」
教室内がざわめく。
「先生、校門の外なら届けは不要ですよね」
月子ちゃんは校門で待つつもりなのか。俺も付き添わないと。
「ああ。でも一応、警備員に知らせるので職員室へ来なさい」
「分かりました」
送迎のやり取りは終わり、授業へ移ってしまった。昼休みに海人と一緒に月子ちゃんを説得しないと……。
四時限目終了のベルが鳴ると、海人と月子ちゃんがいつも通り机をくっつけてきた。
今まで周囲を気にしたことがなかったけれど、女子生徒が何人か遠巻きに俺たちを観察していた。その中には月子ちゃんを目の敵にした蜂谷さんもいた。彼女は俺と目が合うと、あからさまに視線を逸らした。どうやら酷く傷つけてしまったらしい。男子も誰ひとり近寄っては来なかった。
萩野兄妹のお弁当は、お抱えシェフ特製の松花堂弁当だ。俺は祖母ちゃんの手作り。蓋を開けると、海人がおねだりしてきた。
「星夜、甘い卵焼きと唐揚げ交換してくれよ」
「いいぜ」
「お兄様は、若生家の卵焼きが大好きね」
「女の子って、なんで恋したがるのかな」
俺はまだ、誰かと二人きりの世界になりたくないだけなのに。
「恋に恋したいだけなのよ」
煮物に箸をつけながら、月子ちゃんが俺を諭す。
「それよりも、月子、ほんとうに婚約者を決めるつもりなのか?」
「ええ。でも見合い相手が来るけれど『乗ってはいけません』とお祖母さまに止められたの。今日は挨拶程度で終わりよ」
「そうなのか!」
はぁ~っと、海人が大きな息を吐いた。
「後日、改めて見合いをするわ。今日は生徒達にアピールすることが目的なの。私、星夜君のファンに嫌われているから」
「俺のファンなんているわけないだろ」
Bランクの生徒は学園の80%を占めるのだ。父親は天才だけど、俺は平凡そのものな高校生。どこにモテ要素があるんだ。脇の下のホクロか?
どこか別の場所で弁当を食べたかったけれど、二学年は一階の中庭を使う権利がない。
回廊式の校舎の中庭は三年生のセレブカップルがベンチや芝生で優雅なランチタイムを取る場所で、下級生は上階から羨望を込めて眺めるイベントが存在している。
転校した翌日に月子ちゃんから説明されたが、理解でなかった。
今日もベランダでは数人の女子が歓声をあげてはしゃいでいた。
「他人のイチャコラを眺めるなんて野暮だな」
「全くだよな」
俺の意見に海人が同意した。
「もうっ。お兄様には『推しカプのランチデートを見守る』ファンの気持ちが分からないのね」
「月子ちゃんの『推しカプ』って誰?」
「私はズバリ、生徒会長の秋保成人(あきうなるひと)様と、副会長の広瀬鈴香(すずか)様のカップルよ!」
月子ちゃんのスマホには、芝生で生徒会長が亘理(わたり)いちごをアーンしている画像が。
「盗撮じゃないのか。大丈夫か?」
盗撮は犯罪だぞ?
「これは公認カメラマンが撮影して、生徒会が販売している画像だから大丈夫!」
売ってるのかよ。エグいな、生徒会。
「月子。放課後の件だが、俺も横にいるからな」
「俺も。護衛をやるよ!」
「星夜君は、ただの学友でいいのよ」
「その……万が一お前が気に入ったら、結婚する気か?」
兄の質問に、妹が答える。
「ええ。もちろん。お兄様の意見も参考にするけれど、私がビビビ~ッときたら結婚するわ」
「ビビビ婚てやつだな!」
祖母ちゃんの昔好きだったアイドルがそうだったぜ。今はどうなったか知らんけど。
「星夜、お前はいいのか?」
「俺?」
「もし月子に惚れてるなら……」
「ない、ない。俺、恋愛ゲームとか、執事ゲームはこりごりだよ」
「恋愛ゲーム! この前聞いた話と違うじゃないか」
「私は執事ゲームが気になるわ!」
いや、お前らの心配事はどうした?
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