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第一章
【一】星夜―開かずの部屋②
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「星夜、書斎の隣の物置部屋は散らかってるから、絶対に開けないでね」
祖母ちゃんに念を押されたが、その時は気にも留めなかった。まずは段ボールを片づけるのが先決だ。
「うんわかった」
ガチャリ。
祖父ちゃんの書斎は相変わらず北側の壁一面が本で埋め尽くされていた。懐かしい匂いは、お香の大好きだった祖父ちゃんの匂い。白檀の香りが祖父との思い出を蘇らせる。
『じいちゃん、これ読んで!』
『ガリバー旅行記か。星夜も旅行がしたいのかな』
『うん。大きくなったら、色んな所に行ってみたい!』
『はははは。そうか。祖父ちゃんも沢山旅行したけれど、この町が一番だな』
『ふうん、そうなんだぁ』
今なら祖父ちゃんの言葉が分かる。俺はぎゅうぎゅうに詰め込まれた通学電車に辟易し、海や山の見えない都会でいつも緑を探してた。
両親は、そんな俺を分かっていたんだ。段ボールから本を取り出して、机の横にある棚へと並べていく。父が使っていたシングルベッドが東側の窓辺に移動してあった。十二畳もある部屋は、高校生の俺には贅沢すぎる。祖母らの愛情がありがたかった。転校先の普通科高校は、ここから一キロ離れた麓にある。自転車登校は容易だが、下校は鬼坂を上って行かねばならぬ。うん、若さで乗り切ろう。
桜の咲く頃には、懐かしい友人達に会えるだろうか。今から楽しみだ――。
「にゃーん」
若生家のドアには、足下に『ぬこ様ドア』がくり抜いてある。赤い首輪のルビーがベッドに飛び乗ってきて、俺に何かを要求してきた。時刻は午前三時。眠い。ものすごく眠い。
「若者の眠気なめるなよ……って、ルカ叔母さんに怒られるな」
千代の夜はまだまだ寒かった。Tシャツにボクサーパンツの俺はスウェットを着てからルビーの後を追った。何だろう。カリカリでも寄越せってのか。デブるぞ。俺のディスりを感じたのか、ルビーが急かすように鳴いた。
ガチャリ。パチリ。
真っ暗な廊下の電気を点けると、一瞬目がくらんだ。猫は廊下の一番奥、『開かずの部屋』の前で止まると鳴いた。
「にゃー」
「ここを開けろってのか」
倉庫だからか、ここには『ぬこ様ドア』がない。俺は執事か、はたまた奴隷か……。
「奴隷ですよね。でもね、ルビー様。ここは入っちゃダメなんだよ」
「にゃにゃにゃにゃ~」(私はいいのよ。開けなさい!)
そう言っている気がした。まじか。俺は既に奴隷なのか。
①開けて知らんぷりして戻ればいいのだろうか。それとも、②数分だけ入れて後は抱えて出て行けばいいのか。どうする。一瞬だけ迷った末、②を選択した。
ガチャリ。
「ほら、ちょっとだけだからな」
開けた途端に飛び込んでいったルビーを見失ってしまった。ドア近くを手探りしてスイッチを探す。
パチリ。
視界に飛び込んできたのは、段ボールの山だった。俺が持ってきた数の倍はある。若生家のガラクタ……いや、お宝だろうか。雑然としているが、絶対に開けちゃいけない理由はなんだったっけ。あれ、寝ぼけて開けちゃったじゃん。
「にゃーん」
ドサドサッ。
深夜に響き渡る落下音。
ルビーがダンボール箱に飛び乗った反動で、一番上に積み上げられた箱が開いて中身が床に散乱してしまった。ヤバい。あわあわと散らばった本を拾ったが、目に飛び込んできた表紙に手が止まった。なんだこれは。
上半身裸の男が抱き合ってキスしてるー?
漫画のサイズはやや大きめ。カバーはなくて、キラキラ光るカラーの表紙だった。タイトルは『イケメン上司は俺専用。○までキスして♡』。
「なんだこれは……」
「みたなぁ~」
「ぎゃー!」
祖母ちゃんに念を押されたが、その時は気にも留めなかった。まずは段ボールを片づけるのが先決だ。
「うんわかった」
ガチャリ。
祖父ちゃんの書斎は相変わらず北側の壁一面が本で埋め尽くされていた。懐かしい匂いは、お香の大好きだった祖父ちゃんの匂い。白檀の香りが祖父との思い出を蘇らせる。
『じいちゃん、これ読んで!』
『ガリバー旅行記か。星夜も旅行がしたいのかな』
『うん。大きくなったら、色んな所に行ってみたい!』
『はははは。そうか。祖父ちゃんも沢山旅行したけれど、この町が一番だな』
『ふうん、そうなんだぁ』
今なら祖父ちゃんの言葉が分かる。俺はぎゅうぎゅうに詰め込まれた通学電車に辟易し、海や山の見えない都会でいつも緑を探してた。
両親は、そんな俺を分かっていたんだ。段ボールから本を取り出して、机の横にある棚へと並べていく。父が使っていたシングルベッドが東側の窓辺に移動してあった。十二畳もある部屋は、高校生の俺には贅沢すぎる。祖母らの愛情がありがたかった。転校先の普通科高校は、ここから一キロ離れた麓にある。自転車登校は容易だが、下校は鬼坂を上って行かねばならぬ。うん、若さで乗り切ろう。
桜の咲く頃には、懐かしい友人達に会えるだろうか。今から楽しみだ――。
「にゃーん」
若生家のドアには、足下に『ぬこ様ドア』がくり抜いてある。赤い首輪のルビーがベッドに飛び乗ってきて、俺に何かを要求してきた。時刻は午前三時。眠い。ものすごく眠い。
「若者の眠気なめるなよ……って、ルカ叔母さんに怒られるな」
千代の夜はまだまだ寒かった。Tシャツにボクサーパンツの俺はスウェットを着てからルビーの後を追った。何だろう。カリカリでも寄越せってのか。デブるぞ。俺のディスりを感じたのか、ルビーが急かすように鳴いた。
ガチャリ。パチリ。
真っ暗な廊下の電気を点けると、一瞬目がくらんだ。猫は廊下の一番奥、『開かずの部屋』の前で止まると鳴いた。
「にゃー」
「ここを開けろってのか」
倉庫だからか、ここには『ぬこ様ドア』がない。俺は執事か、はたまた奴隷か……。
「奴隷ですよね。でもね、ルビー様。ここは入っちゃダメなんだよ」
「にゃにゃにゃにゃ~」(私はいいのよ。開けなさい!)
そう言っている気がした。まじか。俺は既に奴隷なのか。
①開けて知らんぷりして戻ればいいのだろうか。それとも、②数分だけ入れて後は抱えて出て行けばいいのか。どうする。一瞬だけ迷った末、②を選択した。
ガチャリ。
「ほら、ちょっとだけだからな」
開けた途端に飛び込んでいったルビーを見失ってしまった。ドア近くを手探りしてスイッチを探す。
パチリ。
視界に飛び込んできたのは、段ボールの山だった。俺が持ってきた数の倍はある。若生家のガラクタ……いや、お宝だろうか。雑然としているが、絶対に開けちゃいけない理由はなんだったっけ。あれ、寝ぼけて開けちゃったじゃん。
「にゃーん」
ドサドサッ。
深夜に響き渡る落下音。
ルビーがダンボール箱に飛び乗った反動で、一番上に積み上げられた箱が開いて中身が床に散乱してしまった。ヤバい。あわあわと散らばった本を拾ったが、目に飛び込んできた表紙に手が止まった。なんだこれは。
上半身裸の男が抱き合ってキスしてるー?
漫画のサイズはやや大きめ。カバーはなくて、キラキラ光るカラーの表紙だった。タイトルは『イケメン上司は俺専用。○までキスして♡』。
「なんだこれは……」
「みたなぁ~」
「ぎゃー!」
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