気づいたら記憶喪失だった

或真

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第一章

アズルの修行 その2

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「いいか、アズル剣術は、一撃必殺の剣術だ。相手の動きをいち早く予測し、それに合わせて早いかつ強い一撃を打ち込む。それで倒せたら万々歳、無理なら繰り返す。」

「なるほど。でも一撃必殺ってどうやってやるんだ?そう簡単に首は切らせてもらえないし。」
一撃必殺は難しい。一度で命を奪える攻撃は首、胸、頭の三箇所にダメージが入ったときのみ。そしてもちろんその三箇所は武具で防御されてることが多い。だからいくら予見をできても無理のはずなのだが。

「いやいや、お前は分かってないね。相手を気絶させれば十分だって。殺すのはその後でもいいだろ?」

「なるほど!意識を奪えば無防備になる。その隙にトドメを刺せばいいってことか!」

「そういうことだ。で、俺の剣術だ。俺の剣術はな、意識を飛ばす攻撃を重点に置く。一撃目で意識を、二撃目で命を奪う。それがアズル流だ。」

なるほど。確かに俺は殺すことばっかり考えてたな。違うんだ。まずは無力化、結果として死亡がついてこればいいんだ。

「じゃあ教えるぞ。気を失わせるにはツボって言うのに刺激を与える。ツボは背中、尻、両腕、両足、首にある。その地点を正確に剣で刺す。」
アズルが俺の背中を棒で突くと、一瞬意識が暗転した。

「だからッ!実演するな!」

「ごめんごめん!」
何度も思うが、絶対に反省してないな。

「じゃあ、お前も俺に実演してみるか。」
アズルが思いがけない提案をした。

「え、マジで?」

「うん。練習だよ。一撃で俺の意識を飛ばせたら合格な。じゃあ、突いてみろ。」
突いてみろか。ツボは確か背中、両腕、両足、首、尻だっけ。
てか、ツボってどこなんだ?範囲が広すぎてわからん。

「うーん。」

「どうしたアーサー?俺に仕返ししないのか?」

「いや、ツボの位置がわからない。尻とか背中の範囲が広すぎて、どこか特定できない。」
尻と言ってもツボとなり得る所は無数にある。適当に押してってツボを見つけることもできるが、男の尻を触りなくない。

「そうだな。ツボって言ってもどこにあるか言われてないから分からないよな。」

「だから教えてくれないとできないんだよ。」

アズルが考え込む。
「アーサー。人間の意識を飛ばせるために最も重要なのはなんだと思う?」

「脳への衝撃とか?」

「違う。血液の巡り具合を悪くすることだ。人間の脳は血液が無ければ機能しないんだ。だから一瞬でも血液の循環を乱せばー」

「気を失うってことか?」

「ああ、そん通り。」
アズルが満足そうに呟く。

「ということは、ツボっいうのは太い血管の近くってことなんだな。」

「ご名答!君頭いいね!」
アズルが俺の導き出した答えに感嘆している。

「すなわち…」
俺は指を立てて、頸動脈を一突きした。
その瞬間、アズルは地面へと無気力に倒れ込んだ。
気を失っている。

分かったぞ。すなわち大きな血管に瞬間的な強い衝撃を与えることで血液循環を乱す。そして乱れた敵は一時的に気絶する。その隙に一撃を打ち込むということか。

「痛ッーな!どんだけ飲み込みが早いんだよ。」
アズルが目を覚ましつつ愚痴を漏らした。

「どうだった?」

「合格だ。実剣を使えば相当な威力だこりゃ。」

「よっしゃー!」
一日でグングン強くなってく気がする。今ならダイヤ冒険者にも届く気がする。

「本当ならこれを4日間くらいで教えるつもりだったんだけどな。まさか1日でとは。」
アズルが髭を撫でながらそう話す。

「じゃあ、今日は暗くなってきたし、終わりにしよう。明日は実戦形式だ。準備しとけ。」

「応!任せろ!」

「じゃあ、また明日、朝の9時にここ集合な。」

「うす!」

「じゃあまたなー!」
そう言い残すと、アズルは俺を置いて早々に広場を立ち去っていった。

では俺はどうしようか。正直言って宿に戻るのもバカバカしいし、金も勿体無い。
飯は金の薔薇の時のオオカミの肉があるから大丈夫だし。だったら、ここで居残り修行した方がいいのかもな。でもまずは飯だ。

保存容器から調理しといたオオカミの肉を出す。やっぱり冷めても美味そうだ。
豪快にオオカミの肉にかぶりつく。美味しいな。この瞬間のために生まれてきたような気持ちだ。
あ、気づいたらもう無いじゃないか。美味すぎて無くなったことにも気づいていなかった。

(はあ、幸せ幸せ。)
腹を撫でながらそう思った。

「じゃあ、居残り修行してみるか。」
腹も膨れた訳だし、休憩もできたし。明日の実戦に向けて準備してみるか。

今日学んだことを一旦整理しよう。まず、予測の極意。相手の表面的な情報と意図を分析して次の行動を予測すること。そして予測を用いて相手の血液循環を見出し、気絶させる。そして最後に止めを刺す。

明日は実戦形式となる以上、重要視されていくのは予測の速度だろう。相手が動く前に行動を予測する。それができなければ俺が先に喰われる。予測だ。予測。

(クソッ、眠い。)
色々のことを考えているうちに少しずつ眠気に襲われていく。
疲れた。もう寝たほうがいいかもしれないな。

大きくあくびをする。
そうだな、睡眠は大事だし、寝るとするか。

広場の地面に寝転がる。本当は宿の方がいいんだけだど、金が勿体無いし。野宿でいいや。
いざ地面に寝転がると、案外気持ちよくて、すぐ眠ってしまった。

(明日は頑張るぞー)
そう最後に思い、ついに眠ってしまった。
____________________________

「おいアーサー!」
アズルの声が頭に響く。
なんだ?俺に何のようだ?

「へぇ?」
思わず変な声が出てしまった。

「へぇ?じゃねえよ!修行を始めるぞ!」
もうそんな時間なのか?そうか昨日野宿して…

「なんで広場で野宿してるんだよ?普通宿とかに泊まるだろ!」

「嫌、金が無駄すぎるんだよ!俺はお前と比べて貧乏なんだよ!」
これだから王国のお膝元冒険者のアズル君は。

「チッ、まあいいわ。さっさと修行するぞ。」
どうやら金持ちであることは否定できないようだ。羨ましいな。

俺は立ち上がり、黒剣を拾い上げる。
目はスッキリ覚めたし、体もすこぶる調子がいい。
実戦形式でも勝てる気しかしない。

「じゃあいくか!」
俺は雄叫びをあげる。

「よし。今日は実践形式だ。俺に一度でも勝てたら推薦状をやるよ。」
そう言うと、懐から推薦状を見せびらかして来た。

「待て、お前を気絶させれば推薦状ゲットってことか?」

「その通り!黒剣を使ってもらって構わないぜ。」

最終試験。アズルを一度でも気絶させればダイヤ冒険者への大きな一歩だ。
アドとついに並べる。昨日まではとてつもなく遠かったアドの背中が近くに感じる。
やってやる。アズルを超えてやる。アズル流剣術を絶対に身につけてやる。

予測と気絶。その二つを徹底して、推薦状を頂くぜ!
俺の自信が最高潮を迎えた中でアズルとの修行はついに最終節を迎える。
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