気づいたら記憶喪失だった

或真

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序章

記憶喪失、成長する。

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男同士、熱い握手を交わしている中、王座の間への階段を駆け上がる足音が聞こえる。

(ッー!)
聴覚強化という特性を持つタスクがその足音に気づくと、盾を構え、臨戦態勢に入る。
その様子を見て、アーサーも黒剣を構える。

二人は更なる敵の登場を待ち受ける。
足音が徐々に大きくなっていく。
(さあ、ご対面と行こうか!)

階段を駆け登っていた正体が見えてきた。
緑と黒色の髪に龍の角ーって角!

「アーサー!どこなの!」
頼りないアドの声が聞こえた。

敵だと思っていた足音は単にアドだったと思い、ほっとした。
姿が見えると同時に武装を解除する。

「おーいアド!ここだ。」

「アーサー!無事だったのね!」
王座の間へとやってきたアドは血塗れだった。

「アドさんッ!大丈夫ですか!」
タスクが大袈裟に驚いた。まあ常人なら驚くのが正しい反応なのだろうが、アドとそこそこの付き合いとなってくると分かってきてしまうのだ。これは単に敵の返り血なのだと。

「え、ああ、この血ね。大丈夫よ、ただの返り血だから。」
元々フォルフェウスとの戦闘でボロボロだったし、それが血で赤く染まってしまっている以上、確かに負傷したように見えなくはないが、龍種がそもそもけがをするとは思えないからな。

「それよりアーサー、ごめんなさい!私がいながら転移トラップに気づかないなんて。」

「いやいや、俺も油断しすぎていたよ。アドがいれば大丈夫って油断してたんだけど、アドと分断されちゃったらもう終わりだもんな。俺も今後は気をつけるよ。」

「それにしても転移されるのが最上階だなんてな。倒されちゃったら意味がないのに。」

「そうね。アーサーじゃなかったら結構いい罠だったのにね。」
ほんのりと笑みを浮かべてアドは話した。

そしてタスクはアドの血塗れた顔を見てうっとりとしている。
後で聞いた事なのだが、タスクがこのパーティに入ったのはアドがジャンという幼馴染かつ初恋の少女に似ていたからだそうだ。なんとも気持ち悪い野郎だ。

「というかアドお前この短時間で最上層まで攻略したのか!?」

「え、まあ隠し部屋とかに転移されたかもって思って各層を一掃していたのよ。だからちょっと遅くなってしまったのよ。」

つまりこの龍さんは数十分の戦闘の内に1階層から9階層までを一掃していたと。やはり龍は別次元としか言いようがない。

「そういえば、その途中で隠し部屋の宝箱からアイテムがドロップしたから持ってきたわよ。」
そういうと、アドはドレスのポケットから小さな指輪を取り出した。指輪の真ん中にはアドの髪と似た緑の宝石が埋め込まれている。かなり高価そうだ。

「この指輪はギルドに戻ってから鑑定してもらうか。」

「そうね。」

話が一段階つくと、タスクが、
「アドさん!ぼ、僕たち、迷宮の主を単独撃破したんですよ!」
といい出した。「俺有能」アピールで褒めてほしいみたいだ。

「『アーサーが倒した』じゃないの?あんた攻撃できないんだし。」

「違うんです!僕も本当に役立ったんです!」
なぜかムキになっているタスクを見て、アドが面倒臭そうに溜息をつく。

「そうなの?アーサー?」
ジト目でこちらを見てくる。随分イラついている様子だ。

「そのことなんだが、後でちょっと話す必要があると思うから、ギルドででもいいか?」

「チッーまあいいわよ。」
舌打ちされた気がするが、きっと気のせいだろう。

「ということで、とりあえずギルドへ戻ろうぜ!」
と締め括り、タスクとアドを強引に連れていくことにした。

しかし階層を一つ一つ下がっていくと、アドの恐ろしさが理解できる。
石タイルでできていたはずの床はその名残もなく、血と内臓などが階層一面中に広がっていた。
この惨状は魔物がいなかった第三階層を除く全ての階層で行われていたのだ。まさに鬼畜の所業。

これほどまでの被害をこれほどの短時間で弱体化した体で行えるとは。龍の逆鱗には絶対に触れないようにしよう。

強い刺激臭に吐き気がしながらもどうにか第一階層の入り口まで帰ってくることができた。
迷宮から大空広がる草原へと出ると、出ると迷宮前に設置されたギルド直通の転移陣に交通料を3人分支払い、転移する。光に包まれ、収束すると、馴染みのある酒場へと戻ってきた。

もう何人かが酔い潰れている。そんな酒場のいつも通りの姿に迷宮での緊張感がほぐれていく。
生きているという幸福感に包まれ、俺はぼーっとしていると、リナがこちらに小走りでやってきた。なぜか顔を険しくしている。

「アーサーさん!迷宮で何かあったんですか?」

「え?いやー」
攻略を終えたと説明しようとした途端言葉を遮られてしまった。

「まさか迷宮にアドさんと渡り合えるほどの獣人がまた出てきたんですか!」

「リ、リナさん!落ち着いてください!」

「え?」

「そうよ、リナ!私たち迷宮攻略を完了して、帰ってきただけなのよ!」

「迷宮を攻略?こんな短時間で?まさか記憶を操作されているんですか!」

「おいリナ!落ち着け!」
俺が叫ぶと、リナはどうにか落ち着いた様子だ。

「と、とりあえず、話は奥で聞きます!」
そう言うと、俺たちはステータスを測定した応接室へと案内された。
いつも通り落ち着く空間だ。リナが出してくれたお茶を啜りながら周りを見渡していると、リナが口を開いた。

「えっと、迷宮を攻略したとおっしゃっているんですけど、迷宮攻略に出発したのが今日の朝。今はまだ真昼ですよね!そんな数時間で迷宮攻略なんて馬鹿げています!」

「いやいや、でも本当に攻略したんだよ!」

「そんなに言うならアーサーさんは証拠を持ってるんでしょうね!」

まずい。ラタトスクの目玉か何かを持ち帰るべきだった。証拠を出せって言われてしまってはなんとも言い返せない。

「ありますよ。これ。」
そう落ち着いてタスクが言うと、ラタトスクの王冠を彼の重いリュックから出した。

「この王冠は、ラタトスクっていう迷宮の主のゴブリンが身につけていたものです。鑑定に出して頂ければきっと本物だと分かると思います。」

タスクが非常にナイスプレーをかます。いつの間にかきちんと証拠を持ち帰っているとはなんてできる男なのだろうか。少しタスクへの評価が上がった。

そしてその王冠を見てリナが驚いている。
「えっとな、リナ実はー」
驚いている内に俺たちの経路を話した。転移トラップで最上階で初見殺しに遭いそうだったこと、アドが数十分で9層分を一層したこと。ラタトスクとの激戦やタスクの能力の覚醒まで何から何までも隠さずに話した。

「あのですね、そもそも迷宮攻略は最低で3人パーティでの攻略、ギルドとして推奨しているのは大人数での攻略なんです。それでも1週間はかかるのが通常なのに、そもそも一日以内に迷宮を一つ攻略するなんて、アズルさん以来ですよ!ありえません!しかも全員ダイヤ冒険者というわけではなく、逆に銀冒険者の方が多いなんて!」

俺たちは突然アドにキレられてびっくりしている。
「な、なんかすみません。」

「そうですよ!アーサーさんとタスクさんに限っては、冒険者ランクの昇進を本気で検討しないといけないじゃないですか!あの手続きクソめんどくさいんですよ!」

通常なら、一つ冒険者ランクが昇進するには数年かかるのが普通のはずなのに、俺に限っては1週間、タスクに限っては三ヶ月での昇進検討のため、異常らしい。

「でも放っておいたらもっと面倒臭そうなんで、今昇進検討をしてあげます!」

昇進への条件は冒険者ランクによって違うらしい。銅から銀は魔物の累計撃破数や、ステータスの上昇で、銀から金は累計撃破数、ステータスに加えて、魔物討伐や獲得賃金も要因となるという。最後に金から白銀、については白銀の場合は現役白銀冒険者二人またはダイヤ冒険者一人の推薦、ダイヤ冒険者への昇格については現役ダイヤ冒険者二人以上からの推薦が必要らしい。それに加えてもちろんのこと実績やそれに見合った戦力が必要らしい。アドの時は戦闘力が異常、そしてアズルが裏でどうやらダイヤ冒険者に推薦していたらしく、ダイヤ冒険者になれたらしい。

俺たちの場合は、戦闘力、獲得賃金と実績の三要素で昇進条件を満たしているのかを判断するそうだ。
という訳で、二度目のステータス測定が行われることになった。

黄ばんだ紙が2枚俺とタスクの前に並べられると同時に、リナの魔法が発動する。
「能力鑑定ッ!」
黄ばんだ紙に次々と文字が浮かんでくる。

(どうだ、どうだ?)
前回と比べてみると変化は…

「なんじゃこりゃ!」
フォルフェウスとの戦闘、今回の戦闘を通じてステータスが爆発的に上昇していた。

その内容としては耐久力80000、俊敏力50000、攻撃力40000、魔力100000、体力40000と、合計ステータスは310000へと成長していた。1週間前と比べて約数十倍へと成長していた。そして耐性も、疲労軽減、魔法耐性と、物理攻撃軽減と増えていた。個人スキルにおいては未だに「忌食習王」というスキルが黒塗りで隠されている。とても不気味だ。また、個人スキルも一つ増えており、「ゴブリンの英雄」というスキルが追加されていた。能力の内容としては、ゴブリン単体、もしくはゴブリンの群れ、もしくはゴブリン軍隊を十年に一度召喚できるという能力らしい。しかし、召喚されるゴブリンの規模は完全に運任せらしい。しかも十年に一度なんて、今一回使ったら十年間待たないと使えない能力なんて本当になんて言う能力だ。

正直言ってハズレ感が否めない能力は無視して、タスクのステータスを見てみよう。

「「おー!」」
俺とアドが共にステータスを覗き込むと、最初に見せてもらった能力とは大きく成長している。
残念なことに魔力、攻撃力は共に0だが、耐久力は400000、俊敏力は50000、体力は50000と、総合値500000に成長していた。耐性に変化はないものの、個人スキル「守護者」が発現していた。まさに盾と言うべき能力値へと成長していた。

リナは2枚の紙の能力値を見比べて、驚きながらも、頭をコクコクと頷いていた。

「わかりました。確かに迷宮攻略の実績に加え、十分な戦力を確認できました。これなら、金冒険者へ昇格しても問題ないかと判断いたしました。」

すなわち、昇進だ。
「ということは、金冒険者になれるってことですか?」
「二人とも?」

「はい。その通りです!」

「「よっしゃー!」」
これによって更に報酬の良い依頼を受けられるようになる上に、ギルドから受けられる福祉もより手厚くなる。宿の割引や、オーダーメード武器代が一月に一品分無償になったりと、かなり有利に依頼を進められる。

「おめでとうございます。会員証の指輪を交換しますので、指輪をお預かりしますね。」
俺とタスクは銀の指輪をリナへと渡すと、数分後、リナに金の指輪を渡された。

人差し指につけられた輝く金の指輪は明るく煌めいていてとても美しい。

「じゃあ要件がそれくらいなら外で報酬のご案内をいたします。」
途中から俺たちが異常だと割り切ったのか、冷静な態度で接している。

報酬の金貨4枚を受け取りにギルドの受付へと戻る。

「こちらにサイン頂ければ、迷宮攻略の依頼を正式に完了し、ギルドから報酬をお支払いします。」
契約書が一枚渡されると、それに俺が代表してサインをする。
リナが契約書のサインを確認すると、どこからか金貨6枚を取り出した。

「あれ?リナ数え間違えてないか?報酬は金貨4枚だぞ?」

「いいえ、金冒険者への昇進報酬で一人当たり金貨一枚お支払いしているんですよ。」

まじか。なんて素晴らしい職場なのだろうか。
だが…

「あれ?私はダイヤ何ちゃらだけど私には何もないの?」
とアドが妬ましそうに訊いた。

「申し訳ないんですけど、昇進祝いなので、アドさんにはありません。その代わりとなるかは分かりませんが、ダイヤ冒険者の武器費用は全品全額無料となっています。」

「あら、そうなの?ならいいわ。」
武器の全額無料に感銘を受けたのか、アドはすんなり引き下がった。

金貨を受け取ると、リナに挨拶を交わし、受付を離れる。
そしてギルドの酒場でくつろぎながら報酬の分担を開始する。

「アーサーさん、僕の報酬は金貨一枚で構いません。今回限りのパーティでしたし、命を救ってもらえた上に昇進のお手伝いまで受けられました。感謝で一杯すぎて、昇進報酬だけで十分です。」
とタスクが急に言い出す。

「えっとな、そのことなんだがタスク、お前俺たちとパーティを組まないか?」
タスクが驚愕して、目を大きく見開いている。

「今日一緒に戦ってみて、分かったんだよ。お前は強いってな。しかも二人よりは三人の方が心強いだろ?」

「でもアーサーさん、アドさんが言ったように僕じゃあ弱すぎます!釣り合いません。」

「えっとそのことなんでけど、私が悪かったわ。アーサーからあんたの話を聞いたけど、あんたやるわね。「逆転」と「逆襲」その二つだけでも脅威だと私は思うわ。だから前言撤回よ、あなたがパーティに必要なの。私たちとパーティを組んでくれないかな?」

「そうだぜ。だから報酬は一人2枚ずつだ!どうだ?俺たちのパーティに入ってくれるか?」

タスクはリーベとジャンを失ってから永いこと孤独だった。誰からも必要とされず、一人ぼっち。常に貧困で一日分の食料を確保できない日もあった。そんな見どころがない自分を必要としてくれている人がいる。その人のためならタスクは何でもする。必要としてくれる人の機体に応えるためなら、魂を悪魔に売ることも厭わない。

(この二人とならどこまでもいける気がする。)
タスクの心は決まった。

「もちろんです!これからよろしくお願いします!」

「分かったんだが、ちょっと堅苦しいから敬語はやめてくれ。俺たちは今日から仲間なんだからさ!」
「私の場合は敬語でもいいからね!」

タスクの目が涙ぐむ。
「うん!」

(ありがとうリーベ、ジャン。僕は新しい生きがいを見つけられたよ。)
亡きジャンとリーベに感謝をしつつ、アーサーたちに元気よく返事をした。
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