気づいたら記憶喪失だった

或真

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序章

記憶喪失、依頼を受ける。

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むにゃむにゃ。
なんか眩しいな。

眩い光に目を細めながら、俺はゆっくり目を開けた。

(ん?なんで俺は机の上で寝てるんだ?)

意識が朦朧としているものの、自分がどうやら机に突っ伏して寝ていたことに気づいた。
ゆっくり起き上がると、なんとも言えない腹の気持ち悪さがあった。今にも吐き出しそうな気分だ。
昨日変な物を食べただろうか?と疑問に思いながら記憶を振り返ってみた。

(確か誰かと飯を食べて、なんか迫られたような…)

記憶の断片をゆっくりくっつけていくと、少しずつ思い出していった。
昨日、アズルとアド、俺の3人で飯を食おうとなったんだった。そこで大量の料理を格安で食べた後、酒を一気飲みしろと迫られて、気づいたら酔い潰れていたと。その証拠にまだ机の上に飲み終わった酒のコップが置いてある。しかも大量に。酔った勢いで大量に酒を大量に頼んでしまったみたいだ。こんなに飲めば気持ち悪くなるよな。

「あら、おはようございますアーサー様。」

声をかけられた先には昨日の受付の少女が何か用意をしていた。
茶髪で小柄、そして眼鏡をかけている、どちらかというと地味な少女だった。
しかし眼鏡の下には整った顔立ちをしている。

「お、おはようございます。」

「昨日はスゴかったですよ、酒を10杯連続で一気飲みするんですもの。おかげでぶっ倒れましたけどね。」
クスクス笑いながら教えてくれた。

「あの、会計は誰が?」

「アズル様が金貨の礼とか言って払われてましたよ。」

まじか。アズルはぶっきらぼうに見えて、なかなか面倒見がいい奴だな。
アズルの評価を見直さないと。

「そういえば、アドは?」

「部屋で今も寝ておりますよ。確か二階の一番奥の部屋です。」

「部屋代を払わー」

「アズル様がもうお支払いになりましたよ。」
クスクスという笑い声がギルド内に良く響く。

あれ?よく響く?
周りを見渡すと、昼みたいな人混みは無く、とても静かだった。酒場には俺以外誰もいない。
キョロキョロ見渡して不思議そうな顔をしているのが気づかれ、説明してくれた。

「ギルドの閉店時間なんですよ。ギルドだってずっと営業してる訳じゃないんです。」

ギルドはどうやら深夜前に閉店し、酒場などは消灯するらしい。ギルド内の宿に泊まる人は部屋へと各々戻っていくらしい。閉店後部屋外に出てはいけないという暗黙のルールがあるという。

(あれ?俺机で寝てちゃダメだったってこと?)
起こさずに寝させてくれた優しさに感謝しよう。

「ということは今は開店準備を?」

「はい、そうですね。新しい依頼の掲示だったり、装備の仕入れだったり、色々やってますね。」

「あの、よかったら、準備を手伝っても構いませんか?」
寝させてくれた恩は返さないといけないし、このギルドの構造などを知るにはいい機会だと思うし。

「え、いいんですか!じゃあ、お願いしちゃいます!」

快く、そして嬉そうに提案を受け入れてくれた。

「じゃあ、早速ですが、清掃からやっていきましょう!」

ギルドは広い。宿の部屋は少なくとも10部屋、食堂形式の酒場、依頼を受けられる大広場と、一人で清掃するには明らかに広すぎる。開店時間までは2時間を切っており、二人で終わるかどうか怪しかった。

「ちなみにこれ全部一人で運営してるんですか?」

「そんな訳ないですよ、私以外に9人居ますよ。」

どうやら運営に関わっているのは合計で10人で、みんな別々の分野を担当しているそうだ。
今日はどうやら清掃担当なのだと。

「いつも何時に起きてるんですか、えっとー」

「リナです。えっと、6時くらいですね。」

「すごいですね。俺には無理そうだなー!」

そうやって他愛の無い会話を交わしながら、モップを動かす。
最初は大広場、次は食堂、最後に部屋前の廊下。協力して部屋を次々と水拭きしていく。
本当なら一時間以上かかる清掃が、なんと30分程度で終わっていた。

「いやぁ、アーサー君のお陰で早く終わったわ!」

「いやいや、当然のことにしただけですよ!」

あれ?アーサー様からアーサー君になっている。
何かしらの絆が芽生えたと捉えていいのかな?
友達認定でいいのかな?
と自分がぬか喜びしていたら、

「そんな優しいアーサー君にお礼をさせてほしいんだけど、いいかな?」

おっと、お礼だと。何がもらえるか心が躍る。
やっぱり人助けはするに越したことはない。

俺は頭を激しく縦に振ると、一枚の紙を渡された。

(なんだこれ?)

「あのね、実は今日営業仲間から受け取った最新依頼なの。簡単な上、給料がかなりいいのよ。これどうかしら?」

依頼内容は薬草採集だと言う。東のキルガノン共和国との間に位置する広大なポラリス高原の中心部に位置する金のバラを採集するのが依頼である。給料は金貨2枚。依頼受託可能最低ランクは銀だから俺でも受けられる。しかもこのポラリス高原は出現する魔物も弱く、かなり難易度が低く、美味しい依頼だった。しかも移動用の馬車も付いているという。もう断る理由など無かった。

「もちろん受けるさ!ありがとうリナ!」

「どういたしまして!」

そう礼を言うと、アドが眠る部屋まで走っていった。
もうそろそろ9時になるくらいだ。ギルドが開店する。
部屋の扉を鍵を破って無理矢理開けると、大きないびきをかいているアドを起こした。

「おーい!アド起きろー!仕事の時間だぞ!」

「うーん、うるさいわよ…」

寝ぼけているようだが、そんなのお構いなしで話を続けていく。

「あのな、金貨が2枚楽に稼げる依頼を受けたんだ!ポラリス高原での薬草採集をするだけの簡単な仕事だ。しかも移動手段込み。これほど美味い依頼はそうないぜ!」

金貨2枚という言葉の反応したのか、気づいたら完全に起きて、さっきまでボサボサだった髪は綺麗に整えられていた。

「アーサー!いくわよ!」
と既に出発する気満々なのだが、まずはすることがある。

「待てアド、俺の服を見ろ。スーツだ。こんなのでは戦えないし、そもそも動きずらい。依頼に挑戦する前に、まずは武器を調達しにいくぞ。」

「えー。」
そうやって給料日が遠のいたことにやや不満そうだったが、渋々受け入れてくれたようだ。

という訳で、武具を買いに、街へと出てみることにした。
パンをギルドで食べ、朝ごはんを済ました後、街をぶらつき始めた。

予算は金貨一枚。今回はアドさんの装備は我慢してもらって、自分の武具を買うことにした。
特に必須となるのは、動ける防具である。あと武器。金貨一枚でどれくらいのものを買えるのか未だにはっきりとしないから不安ではある。

数分ほど歩くと、ギルドからちょっと北上した所に寂れた武器店があった。
武器店の両端の店は栄えているのに、なぜか武器店だけ栄えていない。全く売れてなさそうだ。
人も武器店をなるべく避けるように道を歩いている。不安要素しかないが、まあ入ってみて損はないだろう。

店内へと入ると、カウンターの奥にフードを被った男らしき人物が居座っていた。
いかにも喋りかけるなという雰囲気を醸し出していたので、早々に店から出ようと思っていたのだが、アドが声をかけてしまった。

「ねぇあなた!武器が欲しいのよ、特に防具。何かあるかしら?」

フードの男は動じない。ただ静かに居座り続けるだけ。

「ねぇ!聞いてるの?」
そう言い放つと、アドは男に詰め寄り、フードを力ずくで脱がした。

(えっ?)

次の瞬間、男はアドを押し離して、フードを慌てて被った。

『見たな!』
男はそう激昂した。

そう。俺たちは見てしまったのだ、この男のフードの下を。
フードの下にはあるはずの顔もろとも頭は無く、そこにあったのは純白の骸骨だった。
良く見ると、服で覆われているものの、腕や脚、胸回りが明らかに細すぎる。

「あ、あいつはアンデッドよ!」

そう、人国であるはずなのに、武器店の店主は悪しき魔物であるはずのアンデッドであった。

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