気づいたら記憶喪失だった

或真

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序章

記憶喪失、友達を作る。

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目が痛む程の閃光の後、目の前に居たのは瀕死の龍ではなく、漆黒のワンピースを着た、可憐な少女であった。



少女と言っても、15・16歳程だろう。黄緑の肩までかかる髪と真珠のような美しい目、整った顔立ち。そしてその端麗な見た目とは裏腹に、付け物だと思う程の立派な2本の角と翼、岩を噛み砕けそうな鋭い牙がくっついていた。



信じたくはなかったが、この美少女はあの邪智暴虐の龍で間違えないらしい。



「あんた!なにしてくれてるのよ!」



(ーえ?)



「永命の虹林檎を盗むわ、私をぶった斬るわ、あんたどうにかしてるんじゃないの!?終いには全裸じゃないの!」



後に聞いた話なのだが、俺が食べようとした虹果物は相当貴重なもので、食べると不老不死になる代物らしい。それで、この虹果実が悪用されないように守護していたのがこの龍さんなんだか。



「えっと、さっき切った龍さんですよね?」



「そうですよ!あなたが私を真っ二つにしたから、仕方が無くこの姿になったのよ!ほんとにやってくれるわね!」



どうやら、あの傷のせいで本来の龍の姿を維持できず、生命維持の為に人化したらしい。

待てよ、と言うことは、俺は急に理不尽な龍に襲われた訳ではなくて、結局全部自業自得だったのか?



相当ひどい被害妄想だったな…



ちょっとした自己嫌悪に陥りそうだったが、今回は不可抗力だったのだと自分に言い聞かせる。

空腹には抗えないのだ。うん、そうだよね。



「でもしょうがなかったんですよ!気づいたらこの森にいて、腹が減ってて、自分が何者か分からなくて、しょうがなかったんですよ!」と叫んでみた。



「し、知らないわよ、そ、そんなこと!」



おっと?案外攻められると弱いのでは?もうちょっと攻めてみるか。



「じゃあ、あなたは空腹で生きていけますか?無理ですよね?流石に理不尽じゃないですか!そもそもそんな貴重な果実だなんて知らなかったんだし!」



まさに子供の屁理屈であるが、意外にもこれが功を成す。



「わ、分かったから!そ、そのぶら下がってる汚らわしい物をしまって頂戴!」



どうにか龍さんの怒りを鎮められたようだ。

そういえば、俺はずっと全裸だもんな、少女には刺激が強いよな。

しかし仕舞えって言われてもな、服がそもそもないんだよね。



「え?服がないですって?」



はい。そうなんです。

気づいたら全裸でここに居たんで。



「と、とりあえずそこら辺の葉でその裸体を隠してちょうだい!」



ちょっと肌寒かったので、とりあえずそこらへんに落ちていた、大きな葉を腰回りに巻いた。ちょっと分厚くて動きにくいが、なかなか暖かい。大事な部分も隠せているので、尚更いい。そうやって感慨深くなっていると、龍さんが急に何かを言い出した。



「で、あんたさっさと殺しなさいよ。私はあなたに負けたのだもの。」



弱肉強食。それは自然界では当たり前のルール。弱者が強者の糧となるのは必然なのである。それはこの森でも当然。敗者は必ず勝者の踏み台となり消される。この龍さんは俺に負けたのだから、

糧となるのは常識なのだ。しかし、俺的にはこの龍さんを殺したくないのだ。龍だけれども、可憐な少女を手にかけるのはやはり抵抗があるし、彼女はこの広大な森から抜け出す唯一の希望でもあったのだ。そもそも、暴力は嫌いだし、自業自得なのだ。だから、絶対に殺すということはしたくない。



「あの、出来れば殺したくないんですけど…ほら、少女を手にかけると罪悪感が…」



「少女に抵抗があるなら、中年男性の体なら良いの?」



「そういう問題じゃなくて!俺はできれば血を流したくないんだ。もっと平和的な解決法はないんですか?」



そう問うと、彼女は黙り込み、考え込んでしまった。



「方法はあるわ。私と、契約を交わしましょう。」



「契約?」



「契約とはいっても、その本質は主従関係を結ぶところだわ。要するに、私はあなたのペットになるの。」



確かに暴力よりはマシだけれど、この龍さんを奴隷のように扱うようなことはできない。自分がやらかした事なのに、龍さんにこんな目に合わせるなんて許されない。ならば…



「この契約の条件って、俺が決めていいんですか?」



「まあ、あなたが勝者なのだから私は口出ししないわ。」



なら、話は簡単だ。



「俺は、あなたと対等な関係という条件下で契約を結ぶ!」



「え?あのね、私は確かに条件は勝手に決めていいと言ったけれど、あなたは勝者、私は敗者。敗者が勝者と同じ土俵には立っていけないの。敗者は死ぬか服従すべきなの。」



「でも、虹果実を奪ったのは、俺なんです!全部俺のせいなのに、龍さんがこんな目に遭うことはあってはいけないんです!」



「とんだお人好しなのね。」



「お人好しで悪いですか!僕はあなたと友達として契約したいんです!」



「私は2000年以上生きてきた中で、あなた程バカでお人好しな人は見たことがないわ。ほんと呆れちゃう…でも嫌いじゃないわ。わかったわ、あなたの条件を飲む。あなたの友達として、君と契約するわ。どちらにしろ、君は危なっか過ぎて放って置けないしね。」



さらっと悪口を言われた気がするのだが、龍さんはどうやら俺の友達になってくれるそうだ。本当によかった。そういえば龍さんの名前を聞いていなかったな。



「そういえば、龍さんの名前はなんですか?」



「言ってなかったかしら?大地之竜王アースドラゴンロードだわ。」



いや種族名じゃん。どうやらこういう魔物にはちゃんとした名前はついていないようだ。



『うーん、ちょっと長くて言いにくいですね。えっと、代わりに「アド」なんてどうかな?』



この名前は、アースドラゴンロードの初めの文字と終わりの文字をとっただけなのだが、どうやら気に入ったらしく、



「勝者が決める事だわ。あと、敬語はやめて頂戴…もう友達なんだから。」



と顔を少し赤くしている。とても可愛い。



「というか、あなたの名前はなんなの?」



起きた時からずっと記憶がないのだが、唯一覚えているのが名前だ。



「アーサー。俺の名前はアーサーだ。よろしくな。」



「アーサーね。いい名前じゃない。なら改めてよろしく、アーサー」



「ああ、アド!」



そう言ってお互いに握手をすると、握っていた手が眩く光出した。その閃光は徐々に収束し、熱を増してゆくと、お互い手のひらを貫通した。熱っ!と思って手のひらを見ると、丸い焼き入れがついていた。どうやら、これが契約成立の証のようだ。



「契約成立よ、アーサー。これで正式に友達だわ。」



「おう!色々教えてくれよ、アド!」



急に襲ってきた龍さんと友達になったことで、俺の心は多少軽くなっていた。

(とりあえず近くの街に向かってみよう。)

俺とアドは、街へと旅立つことにした。

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