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第一章

絶望と無力

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「いつの間にっ……」全く気配を感じ取れなかった。これほど禍々しいオーラを放っているのにも関わらずなぜ気づかない。

『我も全く気づかなかった。瞬間移動の類か?』神威も気づかないという程の隠密能力。いや、神速?瞬間移動?どういうことだ?

 こいつは一体何者だ?

「私はクトゥ。一応悪魔やってるよ?」

「悪魔?悪魔は地獄に封印されているはずじゃないのか?」アグラはクトゥの言葉に怪訝な目を向ける。

「まあそうだけどね、私だけはこの現実世界に降臨できてるんだよ。」

 クトゥは未だに不敵な笑みを浮かべこちらを嘲笑ってる。不気味でしかない。

 こいつの目的はなんなんだ?なぜ悪魔がここに、そして俺たちに接触するんだ?

「なんで悪魔が接触してくるんだーって言いたそうな顔だね。いいよ、教えてあげる。単刀直入に言うけど、君たちに動かれるとこっちとしても困るんだよね。だから無力化してってお達しが入ってるんだ。」

「殺すのか?俺らを。」

「いや、それはしないな。それをしちゃうと、逆に私たちにとっても不利益だからね。あくまでも無力化。」

「何が困るんだ?何が目的なんだ!あの爆発といい、魔種の件といい、お前らは全ての元凶なのか?」

「あの爆発と魔種は私たちがもちろん犯人だけど、その目的までは教えられないんだよな。ごめんねー。」

 なんだこいつ?いつまでもヘラヘラとして。俺にとってのホームタウンだったアストレアを混沌に陥れ、俺が国を去ることになった元凶がこんな奴なのか?許せない。

 俺の怒りは、絶頂を迎えようとしていた。

「何怒ってるの?顔赤いよ?もしかして具合悪い?」クトゥは心配そうな顔をしてこちらを見つめる。

 駄目だ。こいつは絶対ここで屠る。

 俺はインベントリーから魔剣ディアボロスを召喚し、クトゥに切り掛かる。アドレナリンのせいか、いつもよりも瞬発力がある気がする。過去最高の速度でクトゥに迫ったはずだった。

「あれ?君思ったより遅いね?」

 一秒、いや一ミリ秒前は確実にそこにいた。絶対にディアボロスの刃はクトゥを捉えたはずだった。だったはずなのに、クトゥはいつの間にか俺の背後へと回り込んでいた。

「ちょっと残念だけど、まあ無効化するには苦労しないし、一応よかったのかな?」クトゥは悪気などない素振りで俺を煽る。いや煽っているというより、これが自然体なのだろう。

「アグラ、援護を頼む!」

「お、おう!」

 この時、薄々悪い予感がしていた。本当に俺たちで倒せる相手なのか、ここで全滅するのがオチじゃないのか。そんな不安を必死に取り除いて、自身を奮い立たせる。

 戦うんだ。そして勝つんだ。

「うーん、そのクルシュ族の人も微妙だし、まあさっさと終わらせようか。」

 そう言い切った瞬間、クトゥは消えた。それも跡形もなく。空気の揺らぎすらなく、本当に消えたのだ。気配もしない。一体どこから攻めてくるんだ。

「ユウマ!後ろ!」

 アグラの叫び声と同時に背後をふりむくと、そこにはクトゥが何かしらの魔法を放とうとしていた。

 不味い。間に合わない。直撃を覚悟したその瞬間ー

「あぅ!!」

 れいちゃんは魔法の動線上に飛び込み、魔法をその小さな身で受けた。

「れいちゃん!!!」
「まじかよ!」

 魔法が直撃したれいちゃんは力なく地面に落下した。急ぎれいちゃんを抱え上げると、体の節節に妙な刻印が刻まれていた。

「れいちゃん!れいちゃん!!!」

 俺は必死に呼びかけるが返事はない。

「勇者さん、気を失ってるだけだって。そんな必死じゃなくてもいいでしょ。」
 
「何をしたんだ!」

「呪いをかけたんだよ。全くもう、大人用の呪いなんだけどなー赤子が受けたらどうなるか。ちょっとわかんないけど死ぬことはないかな?」


「お前!!!絶対ー」
「ユウマお兄ちゃん、ここは任せて欲しいんだけど。」

「あ?」

 先ほどまで不動だったコユキちゃんが初めて口を開く。

「ユウマお兄ちゃん。あなたはクトゥに敵わない。」

「そんなのやってみないとわかんないだろ!」

「いや、わかるのよ。こいつは悪魔四柱の一人時空の悪魔クトゥなのだから。」

「悪魔四柱?」

「ええ。悪魔族の幹部四人のうちの一柱だわ。あなたにはまだ敵わない。」

「へぇー知ってるんだ。私のこと。珍しいね。」

「時空を操るあいつに勝つ術なんてない。いい勝負ができるのは私くらいよ。だから大人しく逃げなさい。」

「でも……」

「れいちゃんを置いてく気?今すぐにでも処置すべきなのに?」

「うっ……」

「アグラ、援護して?」

「私もか?」

「ええ。アグラが居ればまだ敵うと思うから。」

「しょうがねぇ。二人が逃げるくらいの時間は死んでも稼いでやるよ。」

「でも、お前らだけじゃー」
「黙って行って!」

 コユキちゃんが初めて声を荒らげた。

「絶対に帰るから。安心して逃げて?」

「約束か?」

「約束よ。」

 わかった。俺は小さく頷いて、れいちゃんを抱え上げる。約束したからな。絶対に帰ってこい。

 俺は二人を惜しみながらも下山を急ぐ。足を必死に回して、一刻も早く隣国まで辿り着く。

 数百メートル離れると、ものすごい衝突音と魔法陣の光を感じる。クソ、俺がもっと強かったら。俺がもっとちゃんとしてれば。

 れいちゃんはどこか苦しそうに息を荒らげてる。額に手を当ててみると熱い。

 クソ、熱だ。俺は更に下山のスピードを上げる。

 なんて不甲斐ない父親なんだ。息子に何度も救われて。こんな目に遭わせて。俺は最低の父親だ。

 でもせめて、せめてこの子だけは助ける。どんだけ不甲斐なくても、死んでもれいちゃんを救う。

 俺は歯を食いしばって、更に速く走る。頼む。間に合ってくれ。



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