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緋色と灰の物語

11.下 獣 ─The Beast─

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 満月の夜、前日

「ディア、ディア!」

 暗闇の中で声が響く。ディアが目を開け視線を向けると其処には凄まじい見幕のルクが鉄格子を強く揺らしていた。その表情を見ただけでディアは理解する。

「・・・っ、なにかあったの?」

「わからない! けど凄い嫌な予感がするんだ! 来てくれ!

 ルクはそう言って手早く扉を開錠する。鉄格子が開き、二人は顔を見合わせ、ディアはルクを追従した。

「見張りがいない? どうして?」

「・・・、シルヴァントゥスが何かの儀式をするって言ってたんだ・・・。種子がどうこうって。だから皆それに行ったんだと思う・・・」

 ルクは忌々し気な表情で事を語る。ルクは元々あの修道院長がどうも気にいらなかった。ずっとずっと鼻先につく様な嫌な感覚を覚え、純粋さの無い穢れ切った邪悪な存在に思えて仕方が無かったのだ。そしてその予感は的中していた。

「でもなんだろう、凄い嫌な予感がする。これは絶対良くないものだって、わかるんだ」
「だからディア、力を貸して!」

 ルクは何時になく否定的で強い言葉を使うことにディアは驚いた。ルクは何時も相手を強く否定しない。そんなルクが強く否定の言葉を使う時は大概、邪悪に対して使う時だ。そんな直感的に邪悪を判別することができる彼の言葉をディアは疑いの余念を持つことは無かった。

「わかった。行こう」

「ありがとう・・・、まずは何か武器になるものを探そう!」

 二人は人の気配が無くなった修道院を散策する。赤錆びた灰色の空が広がり、不気味な静寂だけがそこには広がっていた。白い薔薇は灰色に見え、俯いている。分厚い雲が雷鳴を孕み、重たい唸り声を上げ、そして凶兆の調べを告げる様に稲妻が空を砕く。ぽとり、と地面に薔薇の花が転げ落ちた。
 

「・・・っ」

 雷鳴と僅かな燭台の明かりに照らされた鈍い銀色の刃をルクは緊張した面持ちで手に取った。それは決して騎士が使うような上等な剣ではない。僅かな光照るその刃はスティレット。細く長く、決して他者と斬り合うためのモノでは無い。ともすれば簡単にへし折れそうな心許無いナイフだ。しかしそんなナイフも子供から見れば立派な武器だった。ディア達はスティレットを腰に収め、儀式が行われているであろう礼拝堂へと進む。目には見えないが淀んだ魔力の奔流が讃美歌とも取れる様な詠唱と共に僅かに開いた扉の向こうから溢れ出ていた。

「行こう」

 ルクの言葉にディアは頷き、足を踏み入れようとした時だった。ディアの足が何かを踏んだ。それは修道院に咲く白い薔薇だった。踏みにじられた花から少し、覚えのある匂いが香る。

「血の・・・匂い・・・?」

 それはディアが特別気付けるありふれた匂い。嗅ぎなれ味わいなれた血の匂いを感じた。身体の奥で何かが蠢く。その感覚は心臓に早鐘を打たせ、忘れている事への恐怖に警鐘を鳴らす。ディアは思わず立ち止まり、足が竦むのを感じた。

「・・・なんだ、この感覚・・・」

「ディア? 大丈夫か?」

 ディアを案ずる声と共に礼拝堂の扉が開く。

「おやおや? 何故君たちが此処に?」

「シルヴァントゥス・・・!」

 ルクはその声を聴いた瞬間、ディアも見たことが無い様な表情を浮かべ、忌々し気に声の主の名を叫ぶとスティレットに手をかけ、引き抜いた。

「どうやって抜け出したかは知りませんが・・・いけませんねえ。君は皆と一緒に祈りを捧げて貰わないと。さぁ、戻りなさい。ルク」

 シルヴァントゥスはそういってルクに手を向ける。シルヴァントゥスにとっては取るに足らない障害、その程度の認識だった。元々勘の鋭い雰囲気で邪険な目で己を見ていたことは知っていた。しかしそれが何するもの。子供は所詮子供なのだ。シルヴァントゥスは最初から勝算の答え合わせが必要ない程の解を得ていた。そうこの精神操作の魔法で操ってしまえば良い。ディアの記憶を書き換えた時の様に、現状礼拝堂に集められた人々全員にそうした様に、己の傀儡にしてしまえばよいのだ。ルクはゆっくりと静止し俯くと「はい」と言ってシルヴァントゥスの言葉に従ってしまう。そんな傀儡となったルク見て彼は笑う。

「ルクッ! お前ッ・・・何を!」

「フフ、その様子では私の魔法は貴方の中でもまだ生きているようですねぇ?」

 シルヴァントゥスはディアの様子を見て不敵に笑う。かつてこの礼拝堂で邂逅した折、ディアはシルヴァントゥスの魔法により記憶を改竄させられてしまっていた。それは記憶に霞をかけ混濁させる程度の魔法ではあるが、それに対抗する術を持たないディアはその日の記憶を隠蔽するなど造作も無い事だった。

「ルクの事は少々の想定外でしたが・・・。私はキミを迎えに来たのですよ?さぁディア、私と共に来なさい。貴方に贖罪しょくざいの機会を与えましょう」

「何・・・? 贖・・・罪・・・?」

 シルヴァントクスは両腕を広げ、芝居が掛かった口調で言葉を並べる。「贖罪」それは罪ありき者が何かを差し出して罪を償うことを指す。

「貴方は烙印者スティグマだ。それは紛れもない事実。それは生まれながらにしての罪に他ならない。」

 生への否定。生まれるべきではなかったと小さな子供に突きつける。それはあまりにも残酷で惨い仕打ちと言えるだろう。しかしそれはシルヴァントゥスが厳格な聖職者故でもあった。それ故に妄信の狂気は理解の及ばぬ存在にとってはただの理不尽へと変り果てる。

「僕が生まれた事が・・・罪・・・」

「そうです。烙印者は皆、旧神イシュタリアの信徒。彼の神は我らを見捨て、我らを放逐し、そして自分だけはこの世から逃げおおせた裏切者! その存在を信仰するのは正しく邪教といって然るべき! 貴方は人に非ず、悪魔の仔だ!」

 シルヴァントゥスは胸を張ってディアを糾弾する。

「貴方は罪は重く。貴方の罪は死を持って裁かれるに値するもの。そしてその友たる存在、モニカ、カリーナ、ルク。この三名もまた貴方と同じ罪人だ。同じ罰を受けるに値する!」

「・・・!彼等は関係ないだろ!」

「いいえ? ありますとも。彼等もまた悪しきに身を委ねた存在。死を持って償うべき重罪人だ! 特にカリーナは聖職者でありながら既に不浄の身体。貴方もその色香に誘われたのでしょう? あの男の様に」

「・・・ッ! そんな風に言うな! 彼女の境遇はお前も知ってるだろ! 何故そんな風に言える⁉ 彼女は誰よりも献身的にこの修道院に尽くしていたじゃないか!」

「・・・そう。その点を考慮したのですよ。だから貴方に贖罪の機会を与えたのです。」

 シルヴァントゥスはまるでその言葉を待っていたのかの様に怪しく笑う。そう、例えディアが烙印者だったとしてもその貢献は嘘ではないのだ。ディアという存在がすべてマイナスであったとしても、ルクとモニカとカリーナは違う。マキナスの信徒にとって彼等は人であり、ディアは獣だ。そして人間は人を一人と数え、獣を一匹と数える。決定的に違っていた。もうシルヴァントゥス・・・否、目の前のマキナスの信徒たちと自分の考えは同じ目線の存在ではない。獣と人はその存在そのものとして違えているのだから。

「貴方がここで罪を濯げば、彼等にかけられた罪もまた全て不問となるでしょう。」

 「お前が言いなりになれば彼等は救ってやるぞ」とそう聞こえた。ディアの中で芽生えた自己否定と自罰意識が此処にきて大きくなっていく。自分が居たら彼等は不幸になってしまうかもしれない。その問いかけの答え合わせはこうも簡単にやってきてしまったのだ。

「本当に・・・、僕が罪を濯いだら、彼等は・・・モニカは、カリーナは、ルクは! ・・・救われるの?」

「えぇ。えぇ!勿論です。解って頂けますか?」

 ディアは両手を力なく降ろして項垂れる事しかできなかった。この儀式で自分が何をされるかなど理解は出来ていない。だが、少なくとも彼等を思えばこうすることが最善だと思えて仕方が無かった。

「やはり神は私を求めておいでだ! 烙印者すら調伏するとはこれぞ間違いなくマキナスの導き!アンティキティラへと私を導くために機会をお与えになったのだ! 全て神の求道の元に記された通り! 嗚呼神よ! ともに完遂しましょう! その果てに私は貴方の御前へと参上し、名立たる聖職者に殉じましょうぞ!」

 全てが上手く進んでいた。己が望むがままに。これは間違いなく神が己を正しき方向へと導いている証だとシルヴァントゥスは信じてやまなかった。だから今までの行い全てが肯定されているかのような絶頂は彼の正気を狂わせ、そして神を妄信させる毒となる。もう何も怖いものなど無い。後は全て神の思うがままに身を任せ、この地の封印を解くだけだ。その先の事は考えただけでも甘美そのもの。その先に待ち受ける更なる絶頂は誰にも脅かされない・・・そんな風に思った時だった。

「うぐっ⁉」

 ジャクッと、肉を裂く音が鳴り響き、彼の絶頂は閉幕の時を迎える。

「き、貴様ぁ・・・! 何故! 何故動ける⁉」

「ルク⁉」

「黙って聞いてれば好き放題言いやがって・・・! 全部思った通りに進むと思うな!」

 スティレットの刃がシルヴァントゥスの腹に浅くだが突き刺さっていた。ぽたぽたと刃を伝って血がしたたり落ちる。シルヴァントゥスは耐え難い表情でルクを振り払う。しかしルクはその腕を潜り抜け、膝下蹴とばすとその勢いで刃を引き抜いて距離を取った。

「馬鹿な事を・・・! 教導に盾突こうと言うのか⁈ お前とてマキナスの教徒の一人であるならばこの崇高を理解できるはずだ! 神の元へと至れるその始まりの儀式だぞ! 今までの継ぎ足しだけの生贄を求める儀式とは違う! 全ての宿業から解放されるというのになぜ私の邪魔をするのだ! それともディアの浄罪を無駄にしたいのか!」

「浄罪? ふざけんなよ! ディアは罪人なんかじゃない! お前達が勝手に決めつけて勝手に罪人にしたんだろうが! 意味わからねえ御託ばっかり並べやがって!」

 ルクは張り裂けんばかりに声を荒げた。

「関係ねぇんだよ! 友達でいる事の何が悪い⁉ 神様がそんなに大切か⁉ 神様は友達は選べって教えるのか⁉ ならそんな奴は神様なんか俺は信じない! 俺は俺が選んだんだ! カリーナもモニカも自分で選んでコイツと友達なんだ! お前らが勝手にとやかく言うな! 余計なことをするんじゃねェよ!」

「お、愚かな・・・! 盾突くだけではいざ知らずその存在すら否定しようと・・・! なんて愚鈍! なんという不敬!なんたる恥知らず! 死をもってしても償えるとは思うまい!」

 血走った目でシルヴァントゥスはルクを睨む。この子供一人に計劃けいかくを頓挫させられる。そう強く認識してしまった。子供とは思えないルクから溢れる様なその覇気にも似た何かに圧倒される感覚・・・。それはシルヴァントゥスにとっては受け入れ難くそして屈辱的なものだった。

「神に仕える修道士たちよ! 我が袂へ集いなさい!」

 シルヴァントゥスはその屈辱から逃れたい一心の叫びをあげた。その声に呼応するように礼拝堂から兵隊の様に統率の取れた動きの修道士たちが現れる。各々が持っている武器はディア達が持っているスティレット等比べ物にならないほど立派であり、血に飢えた鈍い銀色の輝きと矛先はルクへと突き付けられた。しかしルクはそれに動じる事は無くただ堂々とした面持ちでそれを迎え出る。

「ルク、そんな事しなくていい! そんな事しなくていいんだ! 僕が、僕が償えば・・・!」

「ディアの気持ちは嬉しいけどその自己犠牲、俺は嫌いだよ。」

 ルクは初めてディアを拒絶した。ディアはその視線のまま、ルクの顔を見ることなく言葉を続ける。

「生まれて来ちゃいけないとか、生きる事が罪だとか。そんなものはないよ! 教えにだって書いてなかったんだ! コイツらが勝手に言ってるだけなんだ・・・!」

「だから、ディア。俺と来い!」

「・・・!っ・・・!・・・」

「・・・うん・・・!」

 ディアは自らの意思で立ち上がり、スティレットを引き抜いてルクの横に立ち並んだ。

「・・・! 貴様ら・・・これまでの恩を忘れて・・・! 儀式素材までが私に歯向かうなどと!」

「神よ! おお神よ! この愚か者共は如何にしましょうか⁉ 貴方を否定し、貴方へ至るべき大義を妨げる不敬者は如何しましょうか⁉」

 シルヴァントゥスは両手を広げ、天へと答えを乞う。その問いに答えるものは存在しないが、彼は納得のいく答えのみを神の言葉として吐きつける。

「おお、なんと私共わたくしどもにこの者を裁けと申しますか! えぇ、えぇ! その真言、承ればこそ、神に尽くす者とし至上の喜びとし、汝が名の元に全うしましょうぞ! 我がめいにかけて!」

 
「殺せ」


 冷たく言い放つと同時に剣を、槍を携えた従者たちが二人に襲い掛かる。二人は意を合わせると素早く左右に散開し降り注がんとした刃を回避した。子供という小さな利点を生かし刃の間をすり抜ける。ディアはスティレットの刃先を槍の柄の上を滑らせ、瞬く間に一人目の首筋を切り裂いた。暗殺者というに相応しいその動きは戦い慣れを想像させる。まるで今までそうして生きて来たかのようだった。ディアは手には人の肉を切り裂いた感覚が酷く馴染む。最もそれに感覚があるだなんて考えになるほどではなかった。しかしルクは違う。ルクは恐らく才能という点には長け、大人を相手にしていながらもその攻撃を裁けるだけの実力は持ち合わせていた。ルクは自分を狙った刃をスティレットで往なし、払う。だが刃物で相手を切裂くその瞬間。力が抜ける様だった。やらなきゃ自分が殺されるという状況でもなお、ルクは自分に襲い掛かる修道士たちに致命的な一撃を与える事が出来ずにいた。しかしその横でディアは容赦無く修道士に刃を振り下ろす。手数を増やさず最短で最小の動きを意識しながら刃物を突き刺し続けた。避けては隙をついて急所を刺す。避けて刺す。避けて刺すを繰り返すだけの機械となっていた。

「・・・ルクは優しいんだね」

 ルクの性格を心から理解している。だからきっとを無意識に遠ざけているのであろう事も見ただけで理解できた。ディアはそんなルクが羨ましく思いながら、彼に存って自分にない物を自覚した。
 ディアは殺せた。殺せてしまった。人を殺す事に何の躊躇いもなかったのだ。その事実はどんなに願ったとてやはりディアとルクが違う生き物だと伝えてくるようで、苦しかった。だが苦しんでも居られない。事実を片隅に置き、今ディアに出来る事はだった。

「人の子とは思えませんな」

 シルヴァントゥスの声が響く。ディアは視線だけをシルヴァントゥスに向けた。彼の言う通り今のディアは血濡れの獣そのものだ。人の子とは到底思えないほどの血を被り、その爛と輝く紅い瞳は鋭利な刃そのもので仄暗い紅月の様だった。

「その身のこなしにその練度・・・。ただの子供では無いとは思ってはいましたが・・・、どうやら貴方は本当に逸材の様だ。故に解りませんねえ? 何故烙印者スティグマなのです? その才能は神から賜わった者でしょう? イシュタリア亡き今。貴方方烙印者がそのようなものを賜るとは到底思えませんな。」

「違うよ。これは祝福なんてものじゃないよ。大人ならわかるでしょ? ヒト殺しの才能なんて嬉しくない」

 ディアは顔についた血を手で拭うと刃を逆手に構えシルヴァントゥスと対峙する。最もこの才能と呼ばれたものはディアのモノでは無い。ディアが殺し喰らった誰かの力をそのまま奪ったが故の実力だ。その中には手誰も多く居たのだろう。しかしディアはそれを知らない。血肉に問うたとて血肉が物言わぬのと同じなのだ。

「いいえ? 同種族を殺せるのは大切な才能ですよ? それが出来ないから我々マキナスの信徒はマキナスの信徒のみを人と教えているのですよ」

「嗚呼、そうか、やはり貴方は人ではない。最初から答えは出ていましたねえ」

「貴方は紛れもなく悪魔の仔だ。人の皮を被り、従順な信徒たちを誑かす悪しき存在だ。嗚呼、なんて哀れな子供達だ。貴方という存在に誑かされ、皆道を踏み外してしまった」

 シルヴァントゥスは心苦しいと言わんばかりに声を震わせ、ディアを再び糾弾する。

「そんなことわかってるよ。でも、それでいいんだ。それでいいって言ってくれる人を守る為なら僕は・・・誰だって殺せるよ。お前だって殺す。死にたくなかったらモニカとカリーナを返せよ。後はお前たちが何しようが僕には関係ないし興味も無い。邪魔もしないよ。それでいいでしょ?」

「私が否と答えたら貴方はどうするのです?」

「殺してでも奪い返す。」

 ディアはスティレットをシルヴァントゥスに投擲する。風を切る刃が一直線にシルヴァントゥスに向けて放たれるが、彼は首をずらしてそれを避けて魅せた。しかしディアも止まらない。スティレットで気を逸らし、足元に転がった修道士から剣を奪うとそのままの勢いで斬りかかった。しかしこれもシルヴァントゥスは最小の動きで回避する。それはまるで最初から軌道が読めて分かっていたかのようだった。

「・・・」

 妙な違和感があった。まるで舞い散る木の葉、或いは影とでも戦っているかのように手ごたえも無く、ひらりひらりと避けられてしまう。ルクの不意打ちが刺さる相手とは思えないほど、機敏かつ達者な動きだった。

「当たりませんよ。君の攻撃など」

「ならコイツはどうだよ!」

 そう叫んだのはルクだった。ルクはディアの後ろから思い切り槍を投擲する。ディアが身を翻した瞬間、それはシルヴァントゥスに直線軌道で襲い掛かった。ルクは残りの修道士を全て倒し、ディアに加勢する。

「何!」

 シルヴァントゥスはその攻撃に驚き、反応が遅れてしまう。しかしそれは命中することは無く、顔を掠るだけに終わった。槍は命中せずとも、シルヴァントゥスの頬から血が伝っていく。

「掠っただけか・・・」

 残念そうに呟くルクに対して、ディアは疑問が深まるばかりだった。あんなに達者に動けていたはずの相手が、不意打ちとはいえ完全に避けられないものだろうか? そんな疑問が降り積もる。

「まさか・・・」

 ディアはシルヴァントゥスの言葉を思い出す。「その様子では私の魔法は貴方の中でもまだ生きているようですねぇ?」と口走った事を。

「僕の心を読んでいる⁉」

 あるいは既に操られて、攻撃が外れる様にされているのかもしれない。様々な憶測が一気に込み上げる。

「フハハハ! 漸く気が付きましたか。ですがもう遅い、そして貴方が気付いたことにより私の魔法は更に力を増すのですよ!」

 シルヴァントゥスはそういってディアを掌に載せる様に見据える。その瞬間、ディアの身体は魔力に縛り上げられ、身動きが利かなくなりディアは苦悶の声を漏らしながら剣を落とした。魔法の兆候を感じ取ったルクはすぐさまシルヴァントゥスに特攻する。

「させるかッ!・・・なッ⁉」

 しかしルクの足に何かが引っ掛かる。それはルクが倒した修道士たちの手だった。意識はない筈なのに彼等はうめき声を上げながらルクに今だ襲い掛かる。彼等もまたシルヴァントゥスの術中に落ちていたのだ。

「自分が術中にハマっている。そう気づけるのは素晴らしい事だ。だが、そう認識すればするほど身体は魔術の影響を受けやすくなるモノなのですよ? これは魔術の基本です。知れて良かったですねえ? ではさようならディアくん。貴方は儀式の素材として使ってあげますよ。」

「我は汝を定め、導かん。真なる因果を此処に・・・、フェイタル・テイム!」

 瞬間、ディアの視界が弾けた。

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