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6章(7)

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 ガツガツと奥を穿たれ、藍豪ランハオの喉から獣のような呻きが漏れる。
 酸素を求めて開いた唇に、レイの唇が重なる。唾液を流し込まれ、鼻から流れ込む黒煙が喉を焼く。類が狂ったように藍豪の名を呼び、腹を突き破ろうとするかのように荒々しく腰を打ちつける。
 もうなにも考えられなかった。ただひたすら、類の存在を感じる。類がそこにいる。自分のなかに。黒と紫が混じり合い、宇宙のようにきらめく瞳にうっすらと涙の膜が張っている。お互いしか視界に入れたくないというようにどちらからともなく顔を近づけ、唇を貪り合う。

「藍豪、っ……藍豪」

 類がますます激しく藍豪を突き刺し、焼けた喉から咆哮が迸る。
 脳まで揺さぶられながら、藍豪は人間も他の動物とたいして変わらないのだと思った。きっとふたりは、快楽のために肌を合わせたのではない。命を遺そうとしているのだ。藍豪が女であれば、きっと類の種から躰に新たな生命が芽吹いただろう。これは人間の、動物の本能なのだ。子孫を残すという、原始的な本能。本能に突き動かされて、類は藍豪に突き入れ、藍豪は類を受け入れる。本能によって死の間際に産卵する、虫のように。

 火がちろちろと寝室の絨毯を舐めている。壁は一面炎に包まれ、寝台に引火していないのが不思議なほどである。
 煙と熱気に包まれてもなお、ふたりは交合をやめなかった。言葉を持たない二匹の獣のように、ただ交わり、焼け爛れた喉から快感の呻きが漏れる。
 類は根本まで寸分の隙間もなく藍豪のなかに埋め込むと、言葉にならない声を上げながらぶるぶると身を震わせた。酒を流し込まれたように、腹の中がカッと熱くなる。
 藍豪が汗で張りついた類の前髪を避けてやると、類は涙を流しながら微笑んだ。

「――藍豪」

 嵐が過ぎ去った後の、柔らかな声が藍豪を呼ぶ。

「生まれ変わっても、また会ってくれますか?」

 藍豪の目からも、涙が溢れた。煙が染みたのか、感情のゆらぎなのか、それすらもわからなかった。

「ああ、約束する――」

 言葉が、類の唇に吸い込まれていく。

 類の放った炎が生まれ故郷を焼き尽くす。
 畑が燃え尽き、屋敷が焼け落ちても――ふたりはお互いを求め、交わり続けた。


◇ ◇ ◇


 雲南の大規模な山火事のニュースは、またたく間に中国全土を駆け巡った。
 はじめは野焼きの火の不始末が原因だと思われていたが、畑に焼け残った植物が阿片の原料であるケシだとわかると、一気に風向きが変わった。中国政府が人を派遣して調査に乗り出し、焼けた村がかつて香港裏社会に君臨した瑞蜜会ルイミーフイの大規模な阿片栽培地だと判明したのだ。
 中国政府はこの山火事を、瑞蜜会と同じく香港裏社会を牛耳る三千龍団サンチェンロンの抗争によるものと結論づけた。村の麓から見つかった車と運転手らしき人間の遺体、そして屋敷の焼け跡から見つかった遺体の身元が瑞蜜会のウー星宇シンユーだと判明したことが大きかった。実際、時を同じくして香港では両者の抗争が激化している。政府の目が届かないとされていた九龍街区でも逮捕者が出るほどだった。


「死体が見つからない?」

 ホアンウェイは部下の言っていることが理解できずに聞き返した。黄の声が思ったよりも厳しかったせいか、部下が顔色を窺うように身を縮める。
 応答を間違えたら黄に首を落とされるとでも思っているのか、部下の怯えようはいつ見ても苦味を覚える。黄は先代の老板ラオバンとは違い、そんな横暴はしない。

「はい、政府の調査が入る前に人を行かせたのですが……」
「燃えすぎて残骸と見分けがつかなかっただけじゃないのか?」
「いえ、人らしきものは車の中と一階にしかなかったんです」

 部下の話によれば、雲南の村の麓と屋敷の中にそれぞれ一体ずつ遺体を見つけたという。麓の遺体は焼け焦げた車の中に、屋敷の遺体は一階の談話室を思われる部分にあった。人相がわからないほど損傷が激しかったものの、左手の指が二本欠けた遺体は見つからなかったらしい。
 すなわち、リー藍豪ランハオは屋敷にいなかったということだ。また李藍豪と一緒にいると思われた瑞蜜会の類の遺体も、見つからなかった。
 黄は唇を噛んで思案する。類は自分と面会した時にたしかに言った。李藍豪の遺体を見つけたら、きちんと埋葬してほしいと。その時点で、類の中に李藍豪が死亡する可能性も組み込まれていたはずである。しかし現実には、遺体は見つからなかった。

 彼らは、どこへ行ったのか? 五階建ての屋敷は、ほとんど燃え尽きて屋根まで崩れ落ちていた。瑞蜜会の吴星宇が一階の談話室で死んでいたことからも、彼が誰かに客人としてもてなされていたことを意味する。吴星宇をもてなしたのは、類と李藍豪のはずだ。
 いくら考えてもわからなかった。考えられることといえば、類と李藍豪はともに死んでいないということだ。吴星宇を屋敷に引き入れ、村に火を放って自分たちだけ逃げ出した。今もどこかで生きているから遺体は見つからない。そう考えるしかなかった。
 部下が時間を告げる。そろそろ、商談の時間だ。

「今日の相手は誰だったかな」

 黄偉がコートを着込みながら部下に尋ねる。部下は懐から取り出した分厚い手帳をめくり、黄の予定を確認した。

「相手はワン類豪レイハオと名乗っています。最近カンボジアで勢力を増している新興組織のリーダーです」

 コートのボタンを留めようとしていた黄の手が止まる。その名は、まるで――。

ホアン老板ラオバン?」

 動きを止めた黄に、部下が訝しげに声をかけてくる。

「いや、なんでもない。行こう」

 考えすぎだろうと、浮かび上がった想像を振り払う。なんにせよ、会えばわかる。
 黄偉の頭の中では、いつまでも類の冷え切った声が響いていた――。





―完―
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