16 / 24
第16話:この町を守るのは
しおりを挟む
学校でいじめられていること。
いじめられていることをおばあちゃんに相談しなかったこと。
天狗の、九里くんや九遠さんと仲よくしていること。
わたしの言ったことで、おばあちゃんは見たことないくらい落ちこんでいた。
あのあと、九遠さんや姫ちゃん先生と別れて、おばあちゃんと一緒に家に入ったけど……。
わたしがトマトでよごれた服をぬいで、お風呂に入っても、夜ご飯の時間になっても、おばあちゃんは一言もしゃべらなかった。
おばあちゃんは、わたしの顔を見ようともしない。
一緒に夜ご飯を食べてるのに、その目はご飯ばかり見つめている。
夜ご飯はわたしの大好きなコロッケだったけれど、おばあちゃんがいつものように「おいしいかい?」と聞いてくれないから、味もよくわからなかった。
「ごめん、おばあちゃん」
わたしはコロッケを食べつづける気分にもなれなくて、箸を置いた。
おばあちゃんが、ちらりとこっちを見る。
「いつからなの?」
「え?」
「学校でいじめられてるって……いつから、いじめられていたのさ」
おばあちゃんは箸で器用にミニトマトをつかみながら、聞いてくる。
いつからだっけ?
学校に行けば、いやな目にあうことがふつうすぎて、わたしはいじめられていないころの自分を、なかなか思い出せない。
たしか、さいしょにいじめられたのは……。
「……小学校2年生の時」
おばあちゃんが、コロッケにのばしていた手を止める。
「2年生になる時に、お母さんがいなくなって名字が変わったでしょ? 2年生になって、みくにとちゅうで名字が変わるなんてヘンだって言われて……」
思えば、その時からずっと、わたしは学校に行くのがいやだった。
2年生の時の担任の先生は、すごくやさしかった。
女の子は大人になったら名字が変わることもあるから、少し先に大人になっただけだって言ってくれたっけ。
でもそれが、ただの言いわけみたいなものだってことも、わたしはわかっていた。
だって先生は、みくにたいしてなにもできなかったから。
みくのお父さんはPTA会長だから、先生たちも大きな声で、みくを怒ることができなかったみたい。
ぼんやりと2年生になった時のことを思い出していたら、おばあちゃんも持っていた箸を置いたところだった。
おばあちゃんがテーブルの向こうから手をのばしてきて、わたしの手を両手でつつむ。
カサカサしているけど、おばあちゃんの手は大きくて温かい。
おばあちゃんが悲しそうな目をして、顔を下に向ける。
「ごめんね、ひな子……あんたにばっかり、つらい思いをさせて」
おばあちゃんは泣きそうになるのをがまんするみたいに、肩をふるわせている。
わたしは「そんなことない」と首をふった。
「おばあちゃんのせいじゃないよ」
おばあちゃんを見ていると、わたしまで泣きたくなってきて、言いたいことを飲みこんでがまんする。
「いいや、私のせいだ。あんたの母親が出ていくのを止められなかったのは、私なんだから」
おばあちゃんが泣きそうな目で、わたしを見る。
「ひな子は、ここにいてしあわせかい?」
しあわせ。
考えたこともなかった。
わたしは今、しあわせなのかな?
「しあわせかどうかは、わかんないけど……」
わたしには自信をもって言えることが、ひとつだけある。
「わたしは、おばあちゃんがいて、天狗の森があって、九里くんや九遠さんがいる――ここが大好きだよ」
天狗の話をしたら、また怒るかなって心配になったけど、おばあちゃんはわたしの手をぎゅっとにぎっただけだった。
おばあちゃんの手をほどいて、もう一回コロッケを食べようと思った時。
ドンドン! と大きな音が、玄関のほうからした。
だれかが、一生けんめい玄関の引き戸をたたいている。
おばあちゃんがさっと立ち上がって、ほうきを手に取った。
「ひな子は台所にかくれておいで。おばあちゃんが、様子を見てくるから」
こんな夜に、だれが来たんだろう?
それに、いつもならインターホンのピンポンって音がするのに。
インターホンも鳴らさないで、引き戸をたたくなんて……。
わたしはおばあちゃんに言われた通りに台所へ行って、台所と廊下をつなぐドアを少しだけ開ける。
細く開けたドアのすきまから、おばあちゃんがほうきを片手に、玄関の引き戸を開けたのが見えた――。
「兄さまから、ひな子がここにおると聞いて参った!」
はきはきとした元気な声がする。
おばあちゃんがおどろいたように、持っていたほうきを落として、床にしりもちをついた。
考えるより先に、わたしはドアを全開にして玄関に飛び出していた。
パイナップルの絵が描かれたTシャツを着て、オオカミみたいにするどく、赤い目がわたしを見る。
「九里くん!」
わたしの声を聞いて、九里くんは細かった目をまんまるに開いた。
そして、とつぜんつかれたみたいに、玄関の床にどっかりと座りこむ。
「ああ、よかった! 兄さまのおかげだ……」
九里くんが立ったままのわたしを見上げて、へらっと笑う。
九里くんは、よく見ると汗だくだった。
それに走ってきたのか、息も苦しそうにしている。
「なにか、あったのかい?」
しりもちをついて座りこんでいたはずのおばあちゃんが、怒ったような声で九里くんに聞いた。
九里くんのほうも、おばあちゃんを見て目を細める。
「手を貸してほしい」と言われ、わたしは九里くんの手を引っぱって立たせた。
九里くんとおばあちゃんの間には、見えない火花が散っているみたいだけど……。
九里くんはふっとおばあちゃんから目をはなし、わたしを見て真剣な声で言った。
「5年2組の者たちが夜になっても家に帰らず、行方不明になっておる。兄さまと手分けしてさがしたが……ぶじに家にいるのは、ひな子だけだ」
おばあちゃんがごくっと息を飲みこむ音が聞こえる。
「狐の仕業かもしれぬ」
いじめられていることをおばあちゃんに相談しなかったこと。
天狗の、九里くんや九遠さんと仲よくしていること。
わたしの言ったことで、おばあちゃんは見たことないくらい落ちこんでいた。
あのあと、九遠さんや姫ちゃん先生と別れて、おばあちゃんと一緒に家に入ったけど……。
わたしがトマトでよごれた服をぬいで、お風呂に入っても、夜ご飯の時間になっても、おばあちゃんは一言もしゃべらなかった。
おばあちゃんは、わたしの顔を見ようともしない。
一緒に夜ご飯を食べてるのに、その目はご飯ばかり見つめている。
夜ご飯はわたしの大好きなコロッケだったけれど、おばあちゃんがいつものように「おいしいかい?」と聞いてくれないから、味もよくわからなかった。
「ごめん、おばあちゃん」
わたしはコロッケを食べつづける気分にもなれなくて、箸を置いた。
おばあちゃんが、ちらりとこっちを見る。
「いつからなの?」
「え?」
「学校でいじめられてるって……いつから、いじめられていたのさ」
おばあちゃんは箸で器用にミニトマトをつかみながら、聞いてくる。
いつからだっけ?
学校に行けば、いやな目にあうことがふつうすぎて、わたしはいじめられていないころの自分を、なかなか思い出せない。
たしか、さいしょにいじめられたのは……。
「……小学校2年生の時」
おばあちゃんが、コロッケにのばしていた手を止める。
「2年生になる時に、お母さんがいなくなって名字が変わったでしょ? 2年生になって、みくにとちゅうで名字が変わるなんてヘンだって言われて……」
思えば、その時からずっと、わたしは学校に行くのがいやだった。
2年生の時の担任の先生は、すごくやさしかった。
女の子は大人になったら名字が変わることもあるから、少し先に大人になっただけだって言ってくれたっけ。
でもそれが、ただの言いわけみたいなものだってことも、わたしはわかっていた。
だって先生は、みくにたいしてなにもできなかったから。
みくのお父さんはPTA会長だから、先生たちも大きな声で、みくを怒ることができなかったみたい。
ぼんやりと2年生になった時のことを思い出していたら、おばあちゃんも持っていた箸を置いたところだった。
おばあちゃんがテーブルの向こうから手をのばしてきて、わたしの手を両手でつつむ。
カサカサしているけど、おばあちゃんの手は大きくて温かい。
おばあちゃんが悲しそうな目をして、顔を下に向ける。
「ごめんね、ひな子……あんたにばっかり、つらい思いをさせて」
おばあちゃんは泣きそうになるのをがまんするみたいに、肩をふるわせている。
わたしは「そんなことない」と首をふった。
「おばあちゃんのせいじゃないよ」
おばあちゃんを見ていると、わたしまで泣きたくなってきて、言いたいことを飲みこんでがまんする。
「いいや、私のせいだ。あんたの母親が出ていくのを止められなかったのは、私なんだから」
おばあちゃんが泣きそうな目で、わたしを見る。
「ひな子は、ここにいてしあわせかい?」
しあわせ。
考えたこともなかった。
わたしは今、しあわせなのかな?
「しあわせかどうかは、わかんないけど……」
わたしには自信をもって言えることが、ひとつだけある。
「わたしは、おばあちゃんがいて、天狗の森があって、九里くんや九遠さんがいる――ここが大好きだよ」
天狗の話をしたら、また怒るかなって心配になったけど、おばあちゃんはわたしの手をぎゅっとにぎっただけだった。
おばあちゃんの手をほどいて、もう一回コロッケを食べようと思った時。
ドンドン! と大きな音が、玄関のほうからした。
だれかが、一生けんめい玄関の引き戸をたたいている。
おばあちゃんがさっと立ち上がって、ほうきを手に取った。
「ひな子は台所にかくれておいで。おばあちゃんが、様子を見てくるから」
こんな夜に、だれが来たんだろう?
それに、いつもならインターホンのピンポンって音がするのに。
インターホンも鳴らさないで、引き戸をたたくなんて……。
わたしはおばあちゃんに言われた通りに台所へ行って、台所と廊下をつなぐドアを少しだけ開ける。
細く開けたドアのすきまから、おばあちゃんがほうきを片手に、玄関の引き戸を開けたのが見えた――。
「兄さまから、ひな子がここにおると聞いて参った!」
はきはきとした元気な声がする。
おばあちゃんがおどろいたように、持っていたほうきを落として、床にしりもちをついた。
考えるより先に、わたしはドアを全開にして玄関に飛び出していた。
パイナップルの絵が描かれたTシャツを着て、オオカミみたいにするどく、赤い目がわたしを見る。
「九里くん!」
わたしの声を聞いて、九里くんは細かった目をまんまるに開いた。
そして、とつぜんつかれたみたいに、玄関の床にどっかりと座りこむ。
「ああ、よかった! 兄さまのおかげだ……」
九里くんが立ったままのわたしを見上げて、へらっと笑う。
九里くんは、よく見ると汗だくだった。
それに走ってきたのか、息も苦しそうにしている。
「なにか、あったのかい?」
しりもちをついて座りこんでいたはずのおばあちゃんが、怒ったような声で九里くんに聞いた。
九里くんのほうも、おばあちゃんを見て目を細める。
「手を貸してほしい」と言われ、わたしは九里くんの手を引っぱって立たせた。
九里くんとおばあちゃんの間には、見えない火花が散っているみたいだけど……。
九里くんはふっとおばあちゃんから目をはなし、わたしを見て真剣な声で言った。
「5年2組の者たちが夜になっても家に帰らず、行方不明になっておる。兄さまと手分けしてさがしたが……ぶじに家にいるのは、ひな子だけだ」
おばあちゃんがごくっと息を飲みこむ音が聞こえる。
「狐の仕業かもしれぬ」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが集団お漏らしする話
赤髪命
大衆娯楽
※この作品は「校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話」のifバージョンとして、もっと渋滞がひどくトイレ休憩云々の前に高速道路上でバスが立ち往生していた場合を描く公式2次創作です。
前作との文体、文章量の違いはありますがその分キャラクターを濃く描いていくのでお楽しみ下さい。(評判が良ければ彼女たちの日常編もいずれ連載するかもです)
校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話
赤髪命
大衆娯楽
少し田舎の土地にある女子校、華水黄杏女学園の1年生のあるクラスの乗ったバスが校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれてしまい、急遽トイレ休憩のために立ち寄った小さな公園のトイレでクラスの女子がトイレを済ませる話です(分かりにくくてすみません。詳しくは本文を読んで下さい)
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる