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第11話:わたしの希望
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わたしは九遠さんに案内されるまま、森のさらに奥へとやってきていた。
九遠さんは、歩く速度をわたしに合わせてくれているみたいで、長い脚をちょっとずつ前に出している。
白衣を着ている様子を見ると、保健室の先生みたいだな、と思った。
「保健室の先生みたいって思った?」
九遠さんがふり返って言う。
わたしの心の中、読まれてる?
「お、思いました」
ごまかすこともできなくて、正直にそう言う。
九遠さんはまんまるの目を細めて、笑った。
「僕はね、人間と一緒に学校に通って、お医者さんになるための勉強をしてるんだ」
うっかり忘れそうになるけれど、九遠さんも九里くんと同じく天狗だった。
――人間の友がいれば、我は天狗の森を出ることができる……。
九里くんの言っていたことが本当なら……。
九遠さんにも人間の友だちがいて、その友だちと一緒に学校に通っているのかな?
「聞きたいことがあれば、なんでも聞いていいよ」
九遠さんはまた、わたしの心をのぞいたみたいに話す。
わたしは九遠さんの後を追いかけながら、聞いてみたいことを考えた。
まずは……。
「九遠さんにも、人間の友だちがいるから天狗の森を出られるんですか?」
「そうだね、僕が人と友だちになったのは……ひな子さんが産まれるより、もっと昔のことだったな」
九遠さんが目を細めて、遠くを見る。
昔を思い出しているみたいだ。
「……どうして、天狗は人と友だちじゃないと森を出られないんですか?」
わたしの質問に、九遠さんは目をまんまるに開いた。
なんだか、おどろいているみたい。
わたし、そんな変なこと言ったかな?
九遠さんが、わたしの顔をじっくり見るから、はずかしくなってきて下を向く。
「君は……天狗がこわくないのか? 家族の人から天狗について聞いたことは? どうしてここが天狗の森とよばれるようになったのか、その理由は知ってる?」
「えっと、あの……」
一気に質問されて、頭が混乱する。
気づけば、九遠さんは立ち止まって悲しそうな顔をしながら、わたしのことをじっと見ていた。
わたしも顔を上げて、九遠さんの目を見て、聞かれたことに答えようと、ぎゅっと手をにぎりしめる。
「さいしょはこわかったです。おばあちゃんにも、天狗の森には入っちゃいけない、天狗は人をさらって食べるからって言われてたけど……」
わたしは自然に、九里くんの笑顔を思い出す。
「でも、九里くんと会ってわかりました。天狗は人のことを食べないし、おばあちゃんが言ってるみたいなこわい天狗はいないし、それに――」
「それに?」
九遠さんがやさしい声で、わたしに話のつづきを求める。
「それに、九里くんはクラスの子とちがって、いつもわたしにやさしかった。友だちになってくれて、困った時は助けてくれました」
頭の中で、九里くんの笑顔がはじける。
いつも一緒に帰ろうってさそってくれる九里くん、わたしのかわりにみくに怒ってくれる九里くん、わたしのために……。
女子トイレに入って、先生に怒られた時の九里くんのムッとした顔を思い出す。
――我はひな子を助けただけだ! それのなにがいけない?
わたしは、九里くんに助けられてばかりだ。
助けてもらうばかりで、九里くんになにもしてあげられていない。
わたしは九遠さんの顔を見つめていた目を、下に向けた。
なにもできない自分がいやだ。
わたしだって、九里くんの力になりたい。
そのために、ここに来たんだから。
ぽんっと頭の上になにかが乗った。
顔をあげると、九遠さんがわたしの頭に手を乗せて、やさしそうに笑っている。
「ひな子さんは九里のことを、大切な友だちだと思ってくれているんだね」
ふんわりとやわらかい声で、九遠さんは言う。
「で、でも、わたし九里くんのためになんにもできなくて、九里くんはわたしを助けてくれたのにっ……」
「そんなことないよ」
九遠さんがきっぱりと言う。
ビー玉みたいにまんまるで赤い目が、わたしをじっと見る。
「君が九里と友だちになってくれたから、九里は変わった。ひな子さん、君が、九里に希望を与えたんだ」
「わたしが……」
九遠さんが、力強くうなずく。
「僕は君を信用してる。だから、すべてを話そうと思う。人が天狗をおそれ、僕たち九萬坊天狗が、この森に封印されることになった理由を」
九遠さんは、歩く速度をわたしに合わせてくれているみたいで、長い脚をちょっとずつ前に出している。
白衣を着ている様子を見ると、保健室の先生みたいだな、と思った。
「保健室の先生みたいって思った?」
九遠さんがふり返って言う。
わたしの心の中、読まれてる?
「お、思いました」
ごまかすこともできなくて、正直にそう言う。
九遠さんはまんまるの目を細めて、笑った。
「僕はね、人間と一緒に学校に通って、お医者さんになるための勉強をしてるんだ」
うっかり忘れそうになるけれど、九遠さんも九里くんと同じく天狗だった。
――人間の友がいれば、我は天狗の森を出ることができる……。
九里くんの言っていたことが本当なら……。
九遠さんにも人間の友だちがいて、その友だちと一緒に学校に通っているのかな?
「聞きたいことがあれば、なんでも聞いていいよ」
九遠さんはまた、わたしの心をのぞいたみたいに話す。
わたしは九遠さんの後を追いかけながら、聞いてみたいことを考えた。
まずは……。
「九遠さんにも、人間の友だちがいるから天狗の森を出られるんですか?」
「そうだね、僕が人と友だちになったのは……ひな子さんが産まれるより、もっと昔のことだったな」
九遠さんが目を細めて、遠くを見る。
昔を思い出しているみたいだ。
「……どうして、天狗は人と友だちじゃないと森を出られないんですか?」
わたしの質問に、九遠さんは目をまんまるに開いた。
なんだか、おどろいているみたい。
わたし、そんな変なこと言ったかな?
九遠さんが、わたしの顔をじっくり見るから、はずかしくなってきて下を向く。
「君は……天狗がこわくないのか? 家族の人から天狗について聞いたことは? どうしてここが天狗の森とよばれるようになったのか、その理由は知ってる?」
「えっと、あの……」
一気に質問されて、頭が混乱する。
気づけば、九遠さんは立ち止まって悲しそうな顔をしながら、わたしのことをじっと見ていた。
わたしも顔を上げて、九遠さんの目を見て、聞かれたことに答えようと、ぎゅっと手をにぎりしめる。
「さいしょはこわかったです。おばあちゃんにも、天狗の森には入っちゃいけない、天狗は人をさらって食べるからって言われてたけど……」
わたしは自然に、九里くんの笑顔を思い出す。
「でも、九里くんと会ってわかりました。天狗は人のことを食べないし、おばあちゃんが言ってるみたいなこわい天狗はいないし、それに――」
「それに?」
九遠さんがやさしい声で、わたしに話のつづきを求める。
「それに、九里くんはクラスの子とちがって、いつもわたしにやさしかった。友だちになってくれて、困った時は助けてくれました」
頭の中で、九里くんの笑顔がはじける。
いつも一緒に帰ろうってさそってくれる九里くん、わたしのかわりにみくに怒ってくれる九里くん、わたしのために……。
女子トイレに入って、先生に怒られた時の九里くんのムッとした顔を思い出す。
――我はひな子を助けただけだ! それのなにがいけない?
わたしは、九里くんに助けられてばかりだ。
助けてもらうばかりで、九里くんになにもしてあげられていない。
わたしは九遠さんの顔を見つめていた目を、下に向けた。
なにもできない自分がいやだ。
わたしだって、九里くんの力になりたい。
そのために、ここに来たんだから。
ぽんっと頭の上になにかが乗った。
顔をあげると、九遠さんがわたしの頭に手を乗せて、やさしそうに笑っている。
「ひな子さんは九里のことを、大切な友だちだと思ってくれているんだね」
ふんわりとやわらかい声で、九遠さんは言う。
「で、でも、わたし九里くんのためになんにもできなくて、九里くんはわたしを助けてくれたのにっ……」
「そんなことないよ」
九遠さんがきっぱりと言う。
ビー玉みたいにまんまるで赤い目が、わたしをじっと見る。
「君が九里と友だちになってくれたから、九里は変わった。ひな子さん、君が、九里に希望を与えたんだ」
「わたしが……」
九遠さんが、力強くうなずく。
「僕は君を信用してる。だから、すべてを話そうと思う。人が天狗をおそれ、僕たち九萬坊天狗が、この森に封印されることになった理由を」
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