【完結】後輩男子の、嘘と罠。【R18】

古都まとい

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 本当にいいのか、と何度も念押しされ、芽衣めいはようやく坂田さかたを部屋へ引き入れた。
 この期に及んで、坂田は迷っているらしい。
 渋々といった様子で部屋に足を踏み入れる。

「地下鉄、終日運休だって」

 終電まで再開の目処が立たなかったらしい。帰宅難民でホテルの部屋が埋まってしまう前にいい部屋を取れてよかったと思う。
 ホテルといっても、いわゆる繁華街にあるラブホテルのため、当然のようにダブルベッドだけれど。

「服濡れてて気持ち悪いでしょ? 早くシャワー入ってきたら?」
「あー……遠井とおい先輩って、意外と積極的なタイプ?」
「なに言ってんの?」

 風邪を引かないように、と心配して言っているのに、変な邪推をされるのはごめんだ。
 坂田の背をぐいぐいと押し、洗面台兼脱衣場に閉じこめる。
 坂田がシャワーをひねる音がしてから、芽衣はぐったりとベッドに横たわった。

 成り行きでここまで来てしまったけれど、本当はまずいのではないか?
 もしバイト先の子に、ホテルへ入っていくところを見られていたりしたら……。
 いや、これは緊急事態だ。地下鉄は明日まで動かず、外は土砂降り。仕方なく、たまたま居合わせた後輩とホテルへ避難しただけだ。
 どっと疲れがわいてきて、芽衣はうとうとし出す。
 そのまま、意識は深い沼へと引きずりこまれていった。



◇ ◇ ◇



 はっと目を覚ました時、芽衣は一瞬、自分がどこにいるのか分からなかった。
 見慣れない派手な天井に、淡いオレンジのライトがぼんやりと室内を照らしている。
 意識が引き戻されていくうちに、芽衣は自分の置かれた状況を思い出しはじめた。起き上がって、きょろきょろと部屋の中を見回すが、坂田の姿がない。
 スマホを見ると、時刻は二十三時。一時間以上は眠っていたことになる。
 芽衣はバルコニーで、ほんのりと光る赤い光を見た。雨が降っていないことを確認して、そろそろとガラス戸を開ける。

「起きました?」

 咥えタバコの坂田が、ちらりとこちらを見た。雨で濡れた服は脱ぎ捨て、部屋に備えつけられていたタオル地のガウン一枚だけを羽織っている。
 その様子がひどく様になっていて、芽衣の頭は混乱する。

「ま、まって坂田くん」
「ん?」
「まだ二十歳じゃないよね?」

 坂田はなにを言われたのか分からないというように、きょとんとした顔を見せた。
 しかし、すぐにじわじわと笑みが広がり、眼鏡の奥の瞳が細められる。

「一年だから十九歳だって思ってました?」
「だって、現役って言ってなかった?」
「あー、あれ嘘です」

 坂田がさらりと言ってのける。

「俺、今年二十歳ですよ」

 一年浪人したんで、と坂田は平然と言った。
 狼狽えるのは芽衣のほうだ。年下だと思い込み、坂田くん、なんて呼んでタメ口を聞いていたけれど。

「同い年!?」
「ちがうでしょ」

 痛いところをつかれて、押し黙る。

「なんでわたしが二十一だって知ってるの?」
「だって遠井先輩、明らかに他の二年と比べて大人っぽいですよ」

 浪人したことは、サークルメンバーにも言っていない。それを坂田はいともあっさり見抜いてしまった。
 慌てふためく芽衣には構わず、坂田は短くなったタバコの火をもみ消し、携帯灰皿にしまい込む。
 つ、と芽衣の顔を見て、坂田はにっこりと笑った。

「顔色、良くなりましたね。寝不足だったんですか?」

 バルコニーから引き上げた坂田が、ゆっくりとガラス戸に手をつく。ガラス戸と坂田の間に挟まれた芽衣は、狼狽えながらも坂田の顔を見上げた。
 フレームの細い眼鏡の奥で、ひんやりとした目がじっと芽衣を見つめている。
 大人っぽいと思っていた坂田の顔も、なんのことはない、実際に他の一年生よりひとつ年上だったのだから。
 ガラス戸についていた坂田の両手が、芽衣の顔を包み込む。少し冷たく、タバコのキャラメルのような焦げた甘い匂いが香る。

「嫌なら言ってください。なにもしませんから」

 坂田の目は真剣で、とても芽衣をからかっているようには見えない。
 坂田をここへ誘った時から、こうなることは予感していた。けれど、実際に真正面から見つめられると芽衣は恥ずかしさで声も出せなくなる。
 坂田の指先が、そろそろと芽衣の頬を撫でる。

「い、嫌じゃ、ない」

 坂田になら。そう思う自分は、伊織に振られたショックで自暴自棄になっているのだろうか。
 坂田の理知的な瞳に、自分の姿がぼんやりと映っている。

「じゃあ嫌になったら言ってください」

 坂田はそれだけ言うと、ほんの少し触れるかどうかのついばむようなキスをした。
 まるで壊れ物を扱うかのように、芽衣の後頭部にやさしく手を差し入れ、支える。
 上から見下ろすようにキスをされて、応える芽衣の顔も自然と上を向く。
 あらわになった芽衣の白い喉に、坂田はかぷりと噛みついた。ほとんど歯を立てない、甘噛みのようなキスの延長線のような刺激に、ぶるりと寒気にも似た震えが這い上がる。
 喉、首筋、耳と場所を変え、強弱をつけ、まるで自分のものだと主張するようにキスを落としていく。

「ね、坂田くん……」

 芽衣の囁きに、坂田が顔を上げる。
 ねだるように坂田の顔を見上げる芽衣の目は潤みきって、とろんとしている。

「舌、出してください」

 言われるままに、ちろりと舌を出す。坂田が、芽衣の舌を甘噛みし、吸う。
 肉厚な舌が唇を舐め、舌が絡まり合う。
 下腹部がきゅうっと疼き、芽衣は両腕を坂田の首に絡ませた。
 脚が震え、立っていることもままならない。
 芽衣の体重を受け止め、坂田は唾液の一滴まで飲み干そうとするかのように芽衣の唇を貪る。

「ん、っう……」
「……っは、大丈夫? 立てます?」

 荒く息を吐く芽衣を、坂田が軽々と持ち上げる。
 ベッドに下ろされる直前、芽衣はあることを思い出し声を上げた。

「っ、あの! シャワー入ってからでも……」

 坂田が喉の奥で笑った声がした。

「俺が洗ってあげましょうか?」
「だ、大丈夫! 自分でできる!」

 坂田は芽衣を脱衣場に下ろすと、悠々とドアを閉めて消えていった。
 雨と汗で湿っぽくなったスーツを脱ぐ。
 その身体には、伊織いおりの噛み跡が茶色の痣となって残っていた。
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