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28.竜のカルナ
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アルマは驚きで階段を踏み外しかける。
「え? じゃあレスター様のお母さまって、本当に魔女だったんですか……?」
「ま、俺の母親でもあるからな」
「ちょ、ちょっと待ってください、頭が」
処理能力をはるかに上回る事実を立て続けに突きつけられ、頭が破裂しそうになる。
では、カルナは竜と魔女の混血で、カルナを産んだ後も魔女はアルフォンライン家で平然と生き続け、老いることなくレスターを産んだ? そして最期は実の息子に、その血肉を分け与えて、家の危機を救った……。
考えれば考えるほど、複雑に絡み合い、解けない運命が見えてくる。
「お前には関係ない家の話だ」
ざっくりとそうまとめられて、うなだれる。
「レスター様がいなくなったら、領主はどうなるんですか?」
「どうとでもなるだろ」
「カルナさんは、ずっとあの砦にいるんですよね?」
「さあ……」
気のない返事をして、カルナは大きく跳躍した。レスターを抱えたまま、何段も飛び越えて、さっさと扉に手をかける。薄闇の中で、何度か取っ手を押したり引いたりしているのが見えたが、扉は頑として動かなかった。
「外から締められたな」
「えっ? 出られない、ってことですか?」
アルマもカルナと入れ替わるように取っ手に触れ、ガタガタと揺らしてみるが開く気配がない。来る時に外した三つの錠前を、誰かが丁寧にかけ直したらしい。
意図的に閉じ込められた可能性もある。アルマは一気に顔が青ざめていくのが分かった。
「そんな顔すんな、竜に喰われるぞ」
まったくもって笑えない冗談に顔が引きつる。閉じ込められたというのに、カルナは飄々としていた。思えば、カルナが焦っているところを見たことがない。
しばらく扉を見つめていたカルナが、ふとアルマを振り返った。思ったよりも真剣な表情で、紅い瞳を細める。
「お前は村に帰らない。俺が竜と魔女の混血であること、アルフォンライン家の血筋に魔女が含まれていることを決して口外しない。誓えるか?」
心臓が跳ね上がる。静謐なカルナの顔は、審判を告げる神のように神々しく、尊大だった。
この答えで自分の運命が決まる。直感的に分かるが、答えに窮する。自分はもう二度と、村へは帰れない。
砦がなくなったら? カルナがアルマを見捨てたら? 心配ごとは湧き水のごとく、とめどなくあふれる。
しかし同時に、答えがひとつしかないこともアルマは分かっていた。
燃えるような紅い瞳を見つめ返す。
「誓います」
「一生、俺に従え、と言ったら?」
「……従います。わたしにはもう、カルナさんの隣以外に、居場所はありません」
カルナの瞳が発光する。本当に瞳の中で炎が揺らめいているように見える。
「上出来だ」
後のことは一瞬だった。まばたきをする間もなく、カルナの体は鱗と共に変質しはじめた。体は何倍にも膨れ上がり、両側の壁やびくともしなかった扉をことごとく吹き飛ばしながら、長い尾と大きな翼を携えた竜へと変わっていく。
人の形は見る影もないが、光を受けてきらめく紅い瞳が、かろうじてカルナであることを思い出させてくれる。
カルナは大きな口で器用にレスターを摘まみ上げると、ひょいと放って自分の背中に乗せた。
それからアルマをじっと見つめ、レスターの方にも、ちらちらと目線を向ける。
「落ちない自信があるなら、背中に乗れ」
「もし落ちたら」
「間違いなく死ぬ」
カルナがぐっと身を低めて、アルマが乗りやすいように背を向けてくれる。落ちない自信がなかったために歩いて後を追おうとも思ったが、ミーシャがそれを許さなかった。
渋るアルマの背を、ミーシャがぐいぐい押してくる。カルナの背に乗る直前、振り返ったアルフォンラインの屋敷は、カルナが竜へ変質した衝撃で半壊していた。
ふと、レスターの妻や地下に残された遺体のことを思い出して、乗りかけた足を止める。
「どうした」
「いえ、レスター様の奥さまのことが気になって」
「レスターの嫁? あんなもんとっくの昔に死んでるよ」
カルナはアルマの手首ほどもある大きな牙を剥き出しながら言った。
「じゃあ外からわたしたちを閉じ込めたのは……」
「おい、こんなところで時間食ってるとレスターが死体になるぞ」
その言葉に慌ててカルナの背にしがみつく。アルマは後ろ髪を引かれる思いで、屋敷を後にした。
「え? じゃあレスター様のお母さまって、本当に魔女だったんですか……?」
「ま、俺の母親でもあるからな」
「ちょ、ちょっと待ってください、頭が」
処理能力をはるかに上回る事実を立て続けに突きつけられ、頭が破裂しそうになる。
では、カルナは竜と魔女の混血で、カルナを産んだ後も魔女はアルフォンライン家で平然と生き続け、老いることなくレスターを産んだ? そして最期は実の息子に、その血肉を分け与えて、家の危機を救った……。
考えれば考えるほど、複雑に絡み合い、解けない運命が見えてくる。
「お前には関係ない家の話だ」
ざっくりとそうまとめられて、うなだれる。
「レスター様がいなくなったら、領主はどうなるんですか?」
「どうとでもなるだろ」
「カルナさんは、ずっとあの砦にいるんですよね?」
「さあ……」
気のない返事をして、カルナは大きく跳躍した。レスターを抱えたまま、何段も飛び越えて、さっさと扉に手をかける。薄闇の中で、何度か取っ手を押したり引いたりしているのが見えたが、扉は頑として動かなかった。
「外から締められたな」
「えっ? 出られない、ってことですか?」
アルマもカルナと入れ替わるように取っ手に触れ、ガタガタと揺らしてみるが開く気配がない。来る時に外した三つの錠前を、誰かが丁寧にかけ直したらしい。
意図的に閉じ込められた可能性もある。アルマは一気に顔が青ざめていくのが分かった。
「そんな顔すんな、竜に喰われるぞ」
まったくもって笑えない冗談に顔が引きつる。閉じ込められたというのに、カルナは飄々としていた。思えば、カルナが焦っているところを見たことがない。
しばらく扉を見つめていたカルナが、ふとアルマを振り返った。思ったよりも真剣な表情で、紅い瞳を細める。
「お前は村に帰らない。俺が竜と魔女の混血であること、アルフォンライン家の血筋に魔女が含まれていることを決して口外しない。誓えるか?」
心臓が跳ね上がる。静謐なカルナの顔は、審判を告げる神のように神々しく、尊大だった。
この答えで自分の運命が決まる。直感的に分かるが、答えに窮する。自分はもう二度と、村へは帰れない。
砦がなくなったら? カルナがアルマを見捨てたら? 心配ごとは湧き水のごとく、とめどなくあふれる。
しかし同時に、答えがひとつしかないこともアルマは分かっていた。
燃えるような紅い瞳を見つめ返す。
「誓います」
「一生、俺に従え、と言ったら?」
「……従います。わたしにはもう、カルナさんの隣以外に、居場所はありません」
カルナの瞳が発光する。本当に瞳の中で炎が揺らめいているように見える。
「上出来だ」
後のことは一瞬だった。まばたきをする間もなく、カルナの体は鱗と共に変質しはじめた。体は何倍にも膨れ上がり、両側の壁やびくともしなかった扉をことごとく吹き飛ばしながら、長い尾と大きな翼を携えた竜へと変わっていく。
人の形は見る影もないが、光を受けてきらめく紅い瞳が、かろうじてカルナであることを思い出させてくれる。
カルナは大きな口で器用にレスターを摘まみ上げると、ひょいと放って自分の背中に乗せた。
それからアルマをじっと見つめ、レスターの方にも、ちらちらと目線を向ける。
「落ちない自信があるなら、背中に乗れ」
「もし落ちたら」
「間違いなく死ぬ」
カルナがぐっと身を低めて、アルマが乗りやすいように背を向けてくれる。落ちない自信がなかったために歩いて後を追おうとも思ったが、ミーシャがそれを許さなかった。
渋るアルマの背を、ミーシャがぐいぐい押してくる。カルナの背に乗る直前、振り返ったアルフォンラインの屋敷は、カルナが竜へ変質した衝撃で半壊していた。
ふと、レスターの妻や地下に残された遺体のことを思い出して、乗りかけた足を止める。
「どうした」
「いえ、レスター様の奥さまのことが気になって」
「レスターの嫁? あんなもんとっくの昔に死んでるよ」
カルナはアルマの手首ほどもある大きな牙を剥き出しながら言った。
「じゃあ外からわたしたちを閉じ込めたのは……」
「おい、こんなところで時間食ってるとレスターが死体になるぞ」
その言葉に慌ててカルナの背にしがみつく。アルマは後ろ髪を引かれる思いで、屋敷を後にした。
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