【完結】竜人騎士と墓守少女

古都まとい

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27.レスターの真実

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 入口で亡霊のようにさまよっていたアルマを、大股ですり抜ける影が喋り出す。幾度となく聞いた、ひんやりと心を撫でる声に涙があふれてくる。

「……カルナ、さん」

 つとアルマに目線を寄越したカルナは一見すると無表情だが、腹の底には静かな怒りがくすぶっているように見える。
 カルナは肩のあたりまで、鱗で覆われつつあるレスターを見下ろしながら言った。

「自分の欲求を満たすためだけに竜の名を騙るなんて、とんでもねぇ人間だな?」

 底冷えするような低い声に、アルマまで震えがぶり返してくる。
 ミーシャは姿こそ猫ではないが、愛玩動物らしい仕草で、カルナの足元にすり寄った。カルナが育ての親に見えてくるから、不思議な光景である。
 カルナは悠長にミーシャの背を撫でてやっている。目を細める仕草は猫の時から変わっていない。

「自分の欲求のためだと? 私が一体、どんなことを思っているか、貴様に分かるはずないだろう!」

 掴みかからんとする勢いのレスターを、カルナはあくまで冷ややかに見据える。

「お前が女を痛めつけて喜ぶ変態なのは知っている」
「なにを……」
「全部言わねぇと分かんないか? 三十二年前、自分の目の前で腹裂いて死んだ母親を見て興奮してたクソガキがお前だろ? ビビりすぎて泣けないのかと思っていたが……あの気持ち悪い顔は、この歳になっても忘れらんねぇな」

 カルナが嘲るように笑う。レスターは鱗の浸食を受けながらも、反論しようと口を開いては閉じている。羞恥心なのか、表情が歪む。

「あの、つまり、どういうことで……」

 アルマはたまらず口を挟んだ。先ほどのレスターの自供から、レスターが女性の死に際の美しさに囚われていることは分かった。
 けれど、その源流が母親だと言うのか?
 アルマは困惑するしかない。

「私はただ、あの美しい光景を再現したかった……。苦しみながら、竜に喰われ、死んでいく女の表情に、私はどうしようもなく魅せられたのだから……」

 倒れるように床に腰を下ろしたレスターが呟く。

「普通の女じゃ、満足できない。目の色が違う女なら、もしかしたら魔女かもしれない……人間なら即死の苦痛を超えて、あの表情が見られるかもしれない。そう思ったのに――」

 鱗に蝕まれていく自分のことなど意に介さず、レスターは喋り続ける。

「魔女はいない……貴様が殺した、私の母以来! 私は一度として同じ快感を味わうことができなかった!」

 喉を引き裂くような絶叫だった。
 すでに鱗はレスターの顔面を半分ほど埋め尽くし、新天地を求めて行進を続けている。アルマは本能的に、レスターに残された時間は、そう多くないことを悟った。

「言いたいことは、それだけか?」

 さして興味もなさそうな問い方で、カルナは死にゆくレスターを見やる。
 一歩も動くことができないまま、アルマの脳内には様々な思いが駆け巡っていた。
 カルナの言う通り、レスターは自分の欲求のために、アルマの母親を殺した。そして、アルマのことも砦に連れてきた。アルマがカルナに喰われ、苦しむ姿が見られるかもしれないと、打算的な考えを持って。

 計画が成功しないと分かると、今度は自分で手を下そうとしたのだ。アルマの母親も、セリモッドの妻ドルシーも、一度は砦を出られたのに、レスターの毒牙にかかった。
 それは、アルマも。カルナが来なければ、ミーシャがいなければ、今頃は息をしていないか、瞳だけくり抜かれていたかもしれない。すべては竜であるカルナを利用した、レスターによる壮大な狂気の演劇だったのだ。

 憎まないわけはない。他でもない母親の命を奪ったのだから。
 けれど、一人きりの墓地から救い出してくれたのもまた、レスターなのだ。過去が帳消しになるわけではないし、そもそもレスターが母親を連れていかなければ、アルマが一人になることもなかった。
 意味が分からない。相反する二つの感情を持て余している。しかし、ここでレスターを殺してしまうのだけは、避けたかった。
 まだ聞かなければならないことがあるはずだ。なにより、ここで死んでしまえばセリモッドが報われないような気がした。

「待ってください、カルナさん」
「なんか言いたいことが?」とカルナが気だるげに視線だけをアルマに向ける。自分を見る目が厳しいことにたじろいだが、ひりつく喉からどんな言葉を紡ごうか逡巡した。

「ここで、殺すつもりなんですか?」
「生かしておく理由がない」
「で、でも、まだ母のことが聞けていなくて……その、もう生きていないだろうってことは分かったんですけど」

 カルナの体が、ふるふると震えた。どうやらアルマの言葉を聞いて笑いを噛み殺しているらしい。
 揺れに合わせて、ミーシャも牙を見せつけるようにがばりと口を開く。どこか誇らしげだったが、猫の面影が一切ないその生物を、もう一度可愛がることができるかは未知数だ。

「拷問にかけて全部聞き出してから殺せってか?」
「そういうわけでは」
「お前もいい趣味してんな」

 よほど面白かったのか、カルナはまた肩を揺らす。拷問にかけたいなどとは露ほども思っていないが、すべてを聞き出したいという気持ちは痛いほどにある。そして、ここにはあいないセリモッドも、同じように思うはずだ。

 カルナはいとも簡単にレスターを担ぎ上げた。すっかり鱗に覆われてしまったレスターは、大きな蛹にも見える。かすかに身じろぎしているため、死んではいないようだが、いつ息を引き取るか分かったものではない。
 暗く長い階段を上りながら、アルマはしきりいカルナを急かした。ミーシャがふわふわろ飛びながら、アルマの周りを旋回している。

「心配すんな。魔女の血を引いてんだから、すぐには死なねぇよ」
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