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24.地下室
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レスターが忌々しげに吐き出す。
「もちろん領土や家を守ってくれたことには感謝しています。けれど私は、どうしても彼のことを許すことなど」
三十二年前の内戦、ひいてはレスターの母親にまつわる出来事が、二人の断裂を決定的なものにしていることは間違いない。
それでもレスターはすべてを飲み込み、今もこうして領地を治め、主要な砦にカルナを置いている。
アルマはミーシャを下ろし、そっとレスターの手に触れた。氷のように冷たく、血の通っていない手を労わるように両手で包み込む。装飾品にはめ込まれた緑色の宝石が、アルマの熱で、じんわりと温まっていく。少し節くれだった手は、カルナの燃えるように熱い手のひらとは対照的だ。
どう声をかけていいのか分からず、ただ黙って手を握り続ける。最初はお金持ちの息子で、徳に苦労もしたことのない人なのだろうと思っていた。しかし内情を聞いてみれば、アルマと同じか、それよりも惨たらしい人生を経験している。アルマも母親が姿を消したが、目の前で竜に食べられたわけではない。少なくとも、現時点では。
レスターはなだめるようにアルマの手を解き、廊下の突き当たりにある扉を指した。
「そこが地下への扉です。人を待たせているので、急ぎましょう」
そう言ってレスターは一人で、どんどん廊下を突き進んでいく。足にまとわりついてくるミーシャを踏まないように注意しながら、アルマも慌てて後を追う。
レスターは扉の前に立つと、ポケットから鍵束を取り出し、迷いなく三つの錠を外した。外れた錠前が、大きな音を立てて床に落ちる。やりすぎなくらい厳重に三つも鍵をかけていることにも驚いたが、なにより扉の内側に入ってみると、内から鍵を開けられそうにない構造で、アルマは中へ入るのを躊躇った。人を待たせていると言っていたが、これでは監禁状態に等しい。
本当にこんなところに自分の母親がいるのか?
そしてカルナも、この下に母親と共に待っているはずだが……。
アルマを急かすように、扉が閉まりはじめる。レスターの疑うような目つきに肩が縮こまり、アルマは慌てて閉まりはじめた扉の隙間から体を滑り込ませた。
後ろで扉が閉まり、壁沿いに設置された蝋燭だけが唯一の光源となる。不安定に揺れる灯りを見ていると、過剰に不安を掻き立てられるようだった。
「足元に気をつけて」とレスターが自然な動作でアルマの手を引き、先を歩く。ミーシャは夜目がきくのか、一人ですたすたと先に降りていってしまった。真っ白なミーシャも闇に紛れてしまい、かろうじてぼんやりと緑の目が光っているのが見える。
階段を踏み外さないよう、慎重に歩を進める。途中、ネズミのような甲高い動物の鳴き声が暗闇に響き、ぐっと身を竦ませた。アルマにはその鳴き声が、断末魔のように聞こえたのだ。ネズミよりはるかに大きい生物の発する死の間際の一鳴き。アルマはそんな妄想を頭から追い出そうと努めた。
二十段近く下ったはずだが、まだ終わりが見えない。頼りにしていたミーシャの瞳も、すっかり闇に溶け込んで見えなくなってしまった。二人分の足音と、かすかな息遣いが反響して、自分が今どこにいるのかも分からなくなってくる。
レスターに手を引かれるまま、大きな背中だけを見つめて黙々と階段を下りていく。
「こちらです」
レスターはアルマに声をかけてから、立ち止まった。重厚な黒い金属の扉が二人の前にそびえ立っている。その扉もまた、地上にあった扉と同じように、鍵が三つもかけられていた。
レスターは再度、鍵束を取り出して、三つの錠前を次々に落としていく。同じ光景を二度も見て、ひどい既視感に襲われる。そのまま引き返してしまいたかったが、アルマはこの先で待つ母親のことを思い、ぐっと堪えた。
金属同士のこすれ合う耳障りな音を響かせて、重たい扉が開く。レスターが先に暗闇へ足を踏み出し、壁に備えつけられたランタンへ順に灯りを灯していく。
明るくなるにつれて、部屋の全体像が見えてきた。そこには大きなソファと大理石らしき石でできたテーブル、簡易的な調理場があるだけで、人影はない。奥の方にもうひとつ木造りの扉が見え、おそらくもう一部屋あるようだ。
「後ろの扉を閉めてもらえますか? ここは私の秘密の応接間なんです」
レスターがいたずらめいた口調でアルマに囁く。アルマはミーシャも部屋の中に入ったことを確認して、扉をめいいっぱい押して閉じた。
冷たい空気の流入が止まり、一気に密室の息苦しさを感じる。長くここに留まるのは危険だと、本能が告げていた。
そこまで寒くもないはずだが、やけに肌が粟立ち、無意識に自分の肩を抱く。
レスターに促されるままソファへ腰をかけたが、ソファのやわらかく沈み込む感覚とは裏腹に、アルマの心は固く冷えていった。
「母は、カルナさんは、どこに?」
「さあ、どこでしょう」
アルマの隣に腰を落ち着けたレスターが、歌うように軽やかに嘯く。アルマは不安を悟られないよう、ミーシャを撫でるふりをして手が震えていないか確かめた。
そして決定的な言葉を口にする。
「騙したんですか?」
「もちろん領土や家を守ってくれたことには感謝しています。けれど私は、どうしても彼のことを許すことなど」
三十二年前の内戦、ひいてはレスターの母親にまつわる出来事が、二人の断裂を決定的なものにしていることは間違いない。
それでもレスターはすべてを飲み込み、今もこうして領地を治め、主要な砦にカルナを置いている。
アルマはミーシャを下ろし、そっとレスターの手に触れた。氷のように冷たく、血の通っていない手を労わるように両手で包み込む。装飾品にはめ込まれた緑色の宝石が、アルマの熱で、じんわりと温まっていく。少し節くれだった手は、カルナの燃えるように熱い手のひらとは対照的だ。
どう声をかけていいのか分からず、ただ黙って手を握り続ける。最初はお金持ちの息子で、徳に苦労もしたことのない人なのだろうと思っていた。しかし内情を聞いてみれば、アルマと同じか、それよりも惨たらしい人生を経験している。アルマも母親が姿を消したが、目の前で竜に食べられたわけではない。少なくとも、現時点では。
レスターはなだめるようにアルマの手を解き、廊下の突き当たりにある扉を指した。
「そこが地下への扉です。人を待たせているので、急ぎましょう」
そう言ってレスターは一人で、どんどん廊下を突き進んでいく。足にまとわりついてくるミーシャを踏まないように注意しながら、アルマも慌てて後を追う。
レスターは扉の前に立つと、ポケットから鍵束を取り出し、迷いなく三つの錠を外した。外れた錠前が、大きな音を立てて床に落ちる。やりすぎなくらい厳重に三つも鍵をかけていることにも驚いたが、なにより扉の内側に入ってみると、内から鍵を開けられそうにない構造で、アルマは中へ入るのを躊躇った。人を待たせていると言っていたが、これでは監禁状態に等しい。
本当にこんなところに自分の母親がいるのか?
そしてカルナも、この下に母親と共に待っているはずだが……。
アルマを急かすように、扉が閉まりはじめる。レスターの疑うような目つきに肩が縮こまり、アルマは慌てて閉まりはじめた扉の隙間から体を滑り込ませた。
後ろで扉が閉まり、壁沿いに設置された蝋燭だけが唯一の光源となる。不安定に揺れる灯りを見ていると、過剰に不安を掻き立てられるようだった。
「足元に気をつけて」とレスターが自然な動作でアルマの手を引き、先を歩く。ミーシャは夜目がきくのか、一人ですたすたと先に降りていってしまった。真っ白なミーシャも闇に紛れてしまい、かろうじてぼんやりと緑の目が光っているのが見える。
階段を踏み外さないよう、慎重に歩を進める。途中、ネズミのような甲高い動物の鳴き声が暗闇に響き、ぐっと身を竦ませた。アルマにはその鳴き声が、断末魔のように聞こえたのだ。ネズミよりはるかに大きい生物の発する死の間際の一鳴き。アルマはそんな妄想を頭から追い出そうと努めた。
二十段近く下ったはずだが、まだ終わりが見えない。頼りにしていたミーシャの瞳も、すっかり闇に溶け込んで見えなくなってしまった。二人分の足音と、かすかな息遣いが反響して、自分が今どこにいるのかも分からなくなってくる。
レスターに手を引かれるまま、大きな背中だけを見つめて黙々と階段を下りていく。
「こちらです」
レスターはアルマに声をかけてから、立ち止まった。重厚な黒い金属の扉が二人の前にそびえ立っている。その扉もまた、地上にあった扉と同じように、鍵が三つもかけられていた。
レスターは再度、鍵束を取り出して、三つの錠前を次々に落としていく。同じ光景を二度も見て、ひどい既視感に襲われる。そのまま引き返してしまいたかったが、アルマはこの先で待つ母親のことを思い、ぐっと堪えた。
金属同士のこすれ合う耳障りな音を響かせて、重たい扉が開く。レスターが先に暗闇へ足を踏み出し、壁に備えつけられたランタンへ順に灯りを灯していく。
明るくなるにつれて、部屋の全体像が見えてきた。そこには大きなソファと大理石らしき石でできたテーブル、簡易的な調理場があるだけで、人影はない。奥の方にもうひとつ木造りの扉が見え、おそらくもう一部屋あるようだ。
「後ろの扉を閉めてもらえますか? ここは私の秘密の応接間なんです」
レスターがいたずらめいた口調でアルマに囁く。アルマはミーシャも部屋の中に入ったことを確認して、扉をめいいっぱい押して閉じた。
冷たい空気の流入が止まり、一気に密室の息苦しさを感じる。長くここに留まるのは危険だと、本能が告げていた。
そこまで寒くもないはずだが、やけに肌が粟立ち、無意識に自分の肩を抱く。
レスターに促されるままソファへ腰をかけたが、ソファのやわらかく沈み込む感覚とは裏腹に、アルマの心は固く冷えていった。
「母は、カルナさんは、どこに?」
「さあ、どこでしょう」
アルマの隣に腰を落ち着けたレスターが、歌うように軽やかに嘯く。アルマは不安を悟られないよう、ミーシャを撫でるふりをして手が震えていないか確かめた。
そして決定的な言葉を口にする。
「騙したんですか?」
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