【完結】新人機動隊員と弁当屋のお姉さん。あるいは失われた五年間の話

古都まとい

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6章(3)

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 知り合いの家へ行くといって将太と居酒屋の前で別れたはいいものの、相沢あいざわはその知り合いになんの連絡もしていなかった。実際に知り合いの家へ行こうとしていたわけではなく、ただなんとなくひとりで歩きたかっただけだ。
 将太も思いつめたような顔をしていたし、ひとりで考えを整理する時間が必要だっただろう。これでよかったのだと自分に言い聞かせる。

 小隊長という立場は、自分には荷が重すぎる。相沢が率いる小隊にはおよそ20人の部下が所属しているが、自分は部下の手本になれるような人間ではない。部下が慕ってくれるのは純粋に嬉しいと思う一方で、上に立つ人間としては自分は不出来だと常に思っていた。
 相沢の本当の姿を知れば、部下たちはことごとく幻滅するだろう。こんな人間のもとで働いていたのかと、失望するはずだ。
 相沢の背には、墓場まで持っていかなければならない秘密が多く背負わされている。誰にも知られず、死ぬ時まで、ずっと離さず持ち続けるのだ。それが相沢なりの、贖罪のつもりだった。



◇ ◇ ◇



 相沢の足は自然と、ある場所へ向かっていた。閑静な住宅街に溶け込むように、その場所はある。
 一見すると普通の一軒家。相沢は間隔を空けてインターホンを三度押した。特に返答もなく、遠隔で玄関の鍵が開く。

 扉を開けてすぐ目に飛び込んでくるのは、地下へ続く長い階段。相沢は壁に備えつけられた頼りない照明の明かりを頼りに地下へ下りていった。
 地下まで下りて分厚い黒塗りの扉を開ける。簡易的なバーカウンターに、丸いテーブルといくつかの一人掛けのソファ。


 そこは定年退職した警察官の開く、会員制のバーだった。バーといってもバーテンダーはおらず、酒類はセルフサービスで場所だけ貸しているような状態だ。県警の上層部や県議会の人間が密談に使っているとも聞く。ここで話したことが、外部にもれたことは一度もない。
 相沢がこんなところで会う人間は限られている。目当ての人物は相沢の姿を認め、ソファに座ったまま長い脚を組み替えた。オレンジ色の照明が、ぼんやりと男の長い黒髪を照らしている。切れ長の目を細めて、あかつきはにこりと笑った。

「そろそろオレに会いたくなる頃じゃないかと思ってね」
「お前に会いたいと思ったことなど、一度もないな」

 暁の目の前に腰を下ろす。テーブルには開けられたばかりとみられるウイスキーのボトルが置かれていた。ちゃっかり相沢の分のグラスもある。球体の氷が明かりを受けてきらめいた。
 暁が相沢の分のウイスキーを注ぎ、強引に自分のグラスとかち合わせる。

「相沢先輩の働きに、乾杯」

 俺はお前の先輩ではない、と言いかけた言葉をぐっと飲み込む。この男はなにを言っても軽口で返してくる。言うだけ無駄というものだ。
 ウイスキーで軽く唇を湿らせてから、相沢は口を開いた。

「なぜ加藤を巻き込んだ」
「あれ、怒ってるの?」
「怒っていないと思ったか? もしお前とつながっていることがバレたら、俺だけじゃなくあいつの首も飛ぶんだ。頼むから、俺の部下は巻き込むな」
「でも、加藤くんを求めてるのはオレじゃないから」と暁は悪びれもせずに言った。

 軽薄な笑みを浮かべて、相沢とは事の捉え方がちがう。

「加藤くんは彩鳥さとりちゃんにとって大事なお友達だ。同じ5年前の被害者同士、惹かれるものがあるんじゃないかな」
「それは、お前の妄想だろう。加藤も、添木そえぎの父親も、お前は巻き込むべきではなかった」

 相沢はグラスに残ったウイスキーを一気に流し込むと、暁を睨んだ。暁がじんの父親に接触し、犯行をそそのかしたことは容易に想像がつく。お得意の、恨みを晴らそうとか復讐を遂げようとか、そんな甘い言葉を吐いて地獄に引きずり込んだのだろう。理解が及ばない点があるとすれば、宝井たからいの妻子と迅の父親の間に見知らぬホームレスが挟まれていることだ。なぜ迅の父親ではなく、無関係の人間に妻子を殺害させる必要があったのか。

「ああ、それはね」

 相沢の言いたいことに気づいたらしい暁が、切り出す。

「父親が女子どもは殺したくないと渋ったからだ。自分の息子を殺した男の家族を殺るより、見ず知らずの男を殺す方がいいってね」
「そこまでして父親を加担させる意味があったのか?」
「意味というか、彼がそう望んだのだから仕方ない。自分は、彩鳥さんのためにもやるべきことをやるんだって」

 彩鳥の名前を聞くたびに、相沢の顔が強張る。

「すごいよね、彩鳥ちゃんと寝た男はみんな、彼女の犬になる。宝井への殺意が、彼女をそっくり作り変えてしまったんだとしか思えない。知ってるかい? 彼女が旦那の葬儀で宝井を殴り殺そうとした話」
「風の噂程度には」

 もちろん知っている。というか、相沢はその場に居合わせた。骨壺を振り上げる彩鳥から逃げ出した宝井を当時の本部長たちと一緒に保護し、自宅まで送り届けたのだから。あの時の彼女の瞳。絶対に宝井を殺すという強い決意、底なしの殺意。

 その目を思い出すたびに、相沢は今でも臓腑が縮み上がる気がする。同時に、彼女が迅を深く愛していたことを思い知らされる。迅への愛が、そのまま宝井への殺意に反転する。彩鳥はもはや、夫を奪われた憎しみをエネルギーに生きているといっても過言ではなかった。

「彼女は復讐のためだけに、5年間を生き永らえたんだ」

 暁がすがるように、相沢を見る。背中を悪寒のようなものが駆け抜け、相沢は寒くもないのに身震いをした。
 そして暁の口から、最後の宣告がもれ出す。

「10月31日に、宝井を殺す」
「そんなことを聞いて黙っていられるほど、俺は警察官として腐っていないぞ」
「今からあの記事を載せてもいいんだよ?」

 じっと相沢の感情を探るような目で、暁が顔を覗き込んでくる。
 相沢は暁に、絶対に知られてはいけない秘密を知られている。その情報を人質に、黙っていろと言うのか。

 自分ひとりのことなら、いくらでもバラしていい。自分の秘密など、なんの価値もない。しかし、相沢にはどうしても巻き込みたくない人間がいた。彼がなにも知らずに笑顔でいられるのなら、自分は泥に塗れてもいい、暁の靴を舐めることだっていとわない。

「オレはなにも心配していないけれどね。相沢さんは今回もまた、オレの言う通りに動いてくれるはずだから」
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