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4章(3)
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2014年10月31日 15時00分
宝井の抵抗は予想通りだった。絶対に犯人と顔を合わせたくないという宝井と、人質の解放が優先だという特捜班との間で、激しい攻防が繰り広げられている。
なぜ犯人は、宝井を指定したのか? ただ警察と交渉したいだけなら、他の署員でもいいはずだ。組織のトップと話すことが目的なら、警備部の部長である宝井よりも、県警の本部長の方が適任だろう。
犯人に関する情報が圧倒的に足りない。特捜班が捜査をしているはずだが、こんな短時間ですべてが分かるはずもない。電話の前に座る署員は、必死に時間を稼いでいるようである。まるで、一度連絡が途絶えたら、もう二度と銀行内部の情報を知ることはできないというように。
「中にいるのは何人ですか? それと、怪我をした人はいますか?」
署員もなるべく情報を得ようと必死だ。子どもに話しかけるような口調で、やさしくゆっくり問いかけている。
『たぶん、20人くらいだと思います……それと、加藤くん、あの加藤優太という新卒の行員が撃たれました』
スピーカーから聞こえる女性のすすり泣きに、相沢は拳を固く握りしめる。
『頭を撃たれて、すぐに動かなくなって――』
「分かりました、他に怪我をしている人は?」
署員は冷静に事を進めようとしているが、ボールペンを持つ手が細かく震えている。必死に犯人に対する怒りを抑えているのだ。感情を排し、職務を全うする。それができなければ、警察官は務まらない。
相沢は押し問答を続ける宝井と、特捜班の面々を見た。少し、加勢してもいいだろう。重い腰を上げる。
◇ ◇ ◇
相沢が特捜班と宝井に近づいていくと、宝井はすでに到着時のスーツ姿ではなく、機動隊の装備一式を着せられていた。しかし宝井は用意されたパイプ椅子に座り込み、動く気配をまったく見せない。顔は絶望の色で濃く彩られ、しきりに貧乏ゆすりを繰り返している。
相沢の姿を見た特捜班が、わずかに頷く。相沢は過去、刑事課に所属していたこともある。特捜班の中にも顔なじみの署員が数人いた。機動隊の大隊長も集まっており、宝井の警備と、突入計画についての案が練られている。
「本当に、わ、私が行かなければならないのかね……?」
宝井は怯え切った様子で、特捜班や大隊長を見つめている。
「いや、ぎりぎりまで時間を稼ぎましょう……犯人の狙いが分かれば、宝井部長が出向かずとも事件は解決するやもしれません」
大隊長が気休めのような言葉を吐く。本当はそんな平和的な解決など、とうに望めなくなっているというのに。
相沢は報告を装って、宝井に声をかけた。
「若い男性行員がひとり、犯人に撃たれて即死のようです。これ以上の被害を出さないためにも、部長が速やかに交渉のテーブルへ着く必要があるかと」
相沢の言葉に、宝井の貧乏ゆすりがぴたりと止まった。ヘルメットの下で、顔がみるみるうちに紅潮していく。
「なんだと? お前は俺に、人質の代わりに死ねと言うのか!」
瞬間的に、口をついて出そうになった言葉を相沢は無理やり飲み下した。こいつは自分が死に追い込んだ人間のことを覚えていないのか? お前のようなクズの命ひとつで、20数人の命が助かるなら安いものじゃないのか?
手のひらに爪が刺さるほど拳を強く握りしめて、表情筋を固める。
「まだ死ぬと決まったわけじゃないでしょう。それとも、部長は誰かから殺されるほどの恨みを買っている自覚でもあるのですか?」
「おい、相沢。口を慎め」
顔なじみの署員が、宝井に食らいつく相沢を引き止める。上官に歯向かってもメリットなどひとつもない。分かっているのに、どうしても相沢は言わずにはいられなかった。宝井とすごした苦い記憶が、心の奥底からやり返せと叫んでいる。その衝動を必死に抑え込む。私情は挟んではいけない。それが地獄のような苦しみを伴うものだとしても。
相沢に恨みをかった記憶があるのか、と問われた宝井は見るからに動揺していた。しきりに手をすり合わせ、きょろきょろと辺りを見回している。特捜班の面々は、それを見逃さなかった。
「宝井部長、なにかあるならはっきり仰ってください。犯人は警察のトップとか、偉い人とかそういうことではなく、部長を指名してきたんです。そこに、犯人につながる手がかりがあるはずなんです。部長が心当たりを話していただけたら、動機の特定、ひいては人質を安全に解放するための交渉にも使えるはずなんです――」
「言えるわけないだろう!」
宝井がパイプ椅子を蹴飛ばして、立ち上がる。一斉に周囲の署員が気遣わしげな視線を投げかけてきた。居心地が悪くなったのか、宝井は自分で蹴飛ばしたパイプ椅子を立て直し、再度腰を下ろした。
「時間がない……」と署員が呟くのが聞こえる。電話で女性を通じ、犯人との交渉を図っている署員の時間稼ぎも限界なようだ。無線では切迫した連絡が飛び交っている。特捜班と大隊長も顔を合わせ、決心をするしかなかった。
大隊長がしゃがんで、パイプ椅子の上で縮こまる宝井に目線を合わせる。
「機動隊から警備の人員をつけます。なにがあっても宝井部長をお守りします。だからどうか、人質のためにも決断してください」
特捜班と大隊長が、そろって宝井に頭を下げた。宝井はますます縮こまり、手のひらで顔を覆う。宝井の返事を待たず、大隊長がすっと立ち上がり、無線を手に取った。
「機動隊。添木を配備から外せ。宝井部長の警備を頼む」
宝井の抵抗は予想通りだった。絶対に犯人と顔を合わせたくないという宝井と、人質の解放が優先だという特捜班との間で、激しい攻防が繰り広げられている。
なぜ犯人は、宝井を指定したのか? ただ警察と交渉したいだけなら、他の署員でもいいはずだ。組織のトップと話すことが目的なら、警備部の部長である宝井よりも、県警の本部長の方が適任だろう。
犯人に関する情報が圧倒的に足りない。特捜班が捜査をしているはずだが、こんな短時間ですべてが分かるはずもない。電話の前に座る署員は、必死に時間を稼いでいるようである。まるで、一度連絡が途絶えたら、もう二度と銀行内部の情報を知ることはできないというように。
「中にいるのは何人ですか? それと、怪我をした人はいますか?」
署員もなるべく情報を得ようと必死だ。子どもに話しかけるような口調で、やさしくゆっくり問いかけている。
『たぶん、20人くらいだと思います……それと、加藤くん、あの加藤優太という新卒の行員が撃たれました』
スピーカーから聞こえる女性のすすり泣きに、相沢は拳を固く握りしめる。
『頭を撃たれて、すぐに動かなくなって――』
「分かりました、他に怪我をしている人は?」
署員は冷静に事を進めようとしているが、ボールペンを持つ手が細かく震えている。必死に犯人に対する怒りを抑えているのだ。感情を排し、職務を全うする。それができなければ、警察官は務まらない。
相沢は押し問答を続ける宝井と、特捜班の面々を見た。少し、加勢してもいいだろう。重い腰を上げる。
◇ ◇ ◇
相沢が特捜班と宝井に近づいていくと、宝井はすでに到着時のスーツ姿ではなく、機動隊の装備一式を着せられていた。しかし宝井は用意されたパイプ椅子に座り込み、動く気配をまったく見せない。顔は絶望の色で濃く彩られ、しきりに貧乏ゆすりを繰り返している。
相沢の姿を見た特捜班が、わずかに頷く。相沢は過去、刑事課に所属していたこともある。特捜班の中にも顔なじみの署員が数人いた。機動隊の大隊長も集まっており、宝井の警備と、突入計画についての案が練られている。
「本当に、わ、私が行かなければならないのかね……?」
宝井は怯え切った様子で、特捜班や大隊長を見つめている。
「いや、ぎりぎりまで時間を稼ぎましょう……犯人の狙いが分かれば、宝井部長が出向かずとも事件は解決するやもしれません」
大隊長が気休めのような言葉を吐く。本当はそんな平和的な解決など、とうに望めなくなっているというのに。
相沢は報告を装って、宝井に声をかけた。
「若い男性行員がひとり、犯人に撃たれて即死のようです。これ以上の被害を出さないためにも、部長が速やかに交渉のテーブルへ着く必要があるかと」
相沢の言葉に、宝井の貧乏ゆすりがぴたりと止まった。ヘルメットの下で、顔がみるみるうちに紅潮していく。
「なんだと? お前は俺に、人質の代わりに死ねと言うのか!」
瞬間的に、口をついて出そうになった言葉を相沢は無理やり飲み下した。こいつは自分が死に追い込んだ人間のことを覚えていないのか? お前のようなクズの命ひとつで、20数人の命が助かるなら安いものじゃないのか?
手のひらに爪が刺さるほど拳を強く握りしめて、表情筋を固める。
「まだ死ぬと決まったわけじゃないでしょう。それとも、部長は誰かから殺されるほどの恨みを買っている自覚でもあるのですか?」
「おい、相沢。口を慎め」
顔なじみの署員が、宝井に食らいつく相沢を引き止める。上官に歯向かってもメリットなどひとつもない。分かっているのに、どうしても相沢は言わずにはいられなかった。宝井とすごした苦い記憶が、心の奥底からやり返せと叫んでいる。その衝動を必死に抑え込む。私情は挟んではいけない。それが地獄のような苦しみを伴うものだとしても。
相沢に恨みをかった記憶があるのか、と問われた宝井は見るからに動揺していた。しきりに手をすり合わせ、きょろきょろと辺りを見回している。特捜班の面々は、それを見逃さなかった。
「宝井部長、なにかあるならはっきり仰ってください。犯人は警察のトップとか、偉い人とかそういうことではなく、部長を指名してきたんです。そこに、犯人につながる手がかりがあるはずなんです。部長が心当たりを話していただけたら、動機の特定、ひいては人質を安全に解放するための交渉にも使えるはずなんです――」
「言えるわけないだろう!」
宝井がパイプ椅子を蹴飛ばして、立ち上がる。一斉に周囲の署員が気遣わしげな視線を投げかけてきた。居心地が悪くなったのか、宝井は自分で蹴飛ばしたパイプ椅子を立て直し、再度腰を下ろした。
「時間がない……」と署員が呟くのが聞こえる。電話で女性を通じ、犯人との交渉を図っている署員の時間稼ぎも限界なようだ。無線では切迫した連絡が飛び交っている。特捜班と大隊長も顔を合わせ、決心をするしかなかった。
大隊長がしゃがんで、パイプ椅子の上で縮こまる宝井に目線を合わせる。
「機動隊から警備の人員をつけます。なにがあっても宝井部長をお守りします。だからどうか、人質のためにも決断してください」
特捜班と大隊長が、そろって宝井に頭を下げた。宝井はますます縮こまり、手のひらで顔を覆う。宝井の返事を待たず、大隊長がすっと立ち上がり、無線を手に取った。
「機動隊。添木を配備から外せ。宝井部長の警備を頼む」
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