【完結】新人機動隊員と弁当屋のお姉さん。あるいは失われた五年間の話

古都まとい

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3章(8)

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「ちょ、ちょっと待ってください」

 頭の整理が追いつかず、将太はあかつきがさらに話し出そうとするのを止める。
 将太も薄々、気づいてはいた。あの遺影が彩鳥の旦那かもしれないという思いは、将太の心の底でくすぶっていた。しかし、認めたくなかったのだ。

 将太自身、彩鳥さとりが既婚者で残念に思ったことはある。独身だったらいいな、と願ったこともある。けれど、早くに旦那と死別した悲しい未亡人だとは決して思いたくなかった。彩鳥にはそんな暗い過去より、旦那と仲睦まじく暮らしている明るい今が似合うと思ったからだ。
 添木迅そえぎじん。5年前に24歳だったということは、生きていれば現在29歳。

「あの、失礼なんですが、水本さ……いや、添木さんは今おいくつなんですか?」

 肩を縮めながら彩鳥に聞く。本当に、女性に年齢を聞くのは失礼だ。分かってはいる。でもどうしても、確かめなければならなかった。将太は勝手に彩鳥のことを菱目ひしめと同い年くらいの25歳だと思っている。大学生だと言われても信じるくらい、彩鳥は若いというか、幼い顔つきをしている。
 おずおずと答えを待つ将太に対し、彩鳥はなんてことないようにさらりと「32歳よ」と言い放った。
 嘘だろ、と言いかけたところで隣の菱目が思い切り太ももを叩いてくる。将太は慌てて口をつぐんだが、時すでに遅かったようだ。

「もっと若いと思った?」

 彩鳥がいたずらっ子のような笑みを浮かべて、将太に問う。答えに窮する。予想通りですと言うのはあまりに失礼だし、かといって正直に20代だと思ってましたと言うのも、それはそれで彩鳥が子どもっぽいと指摘しているようで失礼である。結果、将太は曖昧に肯定とも否定ともとれる不思議な頷きを繰り返すしかなかった。

「ということは旦那さんの方が年下だったんですね」

 菱目は彩鳥の年齢になど興味がないようで、話を先に進めようとする。

「そうね……わたしが25歳、夫が22歳の時に結婚したのだけれど、2年でいなくなっちゃったから」

 彩鳥が過去を思い出すように目を伏せる。たった2年の結婚生活の思い出を抱え、彩鳥は旦那がいなくなった後の5年を生き抜いてきたのだ。いつから弁当屋をはじめたのか定かではないが、生きるために悲しみを押し殺し、必死に働いてきた彩鳥のことを思うと、将太は苦しみで胸を締めつけられた。将太も兄を亡くしているが、愛した人を亡くすのは想像を絶する痛みを伴うはずだ。5年前、将太の心にぐっさりと刺さった釘がいまだ抜けないように、彩鳥も5年間、痛みに耐えてきたのだろう。

 5年前? 将太の脳が勝手に過去を再生し、きりきりと頭が痛み出す。
 将太の兄は、5年前に亡くなった。そして彩鳥の旦那も、5年前に亡くなった。将太の兄は銀行の行員で、彩鳥の旦那は警察官だった。
 繋がってはいけない線が、繋がっていく感覚がする。将太は兄の青白くなった顔を、家に押しかけるマスコミの姿を、鮮明に思い出す。思い出したくもないのに。

「ちょっと加藤、大丈夫? 顔色が最悪だけど」

 菱目が将太の顔を覗き込む。こんなに心配そうな顔をしている菱目ははじめて見た。気力を振り絞って、小さく「大丈夫です」と返事をする。
 もう忘れなければならない。母にも言われたはずだ。兄の代わりではなく、自分の人生を歩むべきだと。分かっている。将太は忌まわしいフラッシュバックを振り払い、顔を上げた。目の前には驚くほど静謐せいひつな、彩鳥の顔がある。

「……旦那さんは、どうして亡くなったんですか」

 自分の声とは思えない、か細く頼りない声が出た。それでも撤回することはできない。痛みをこらえながら、じっと彩鳥の返事を待つ。彩鳥は将太とはちがい、不安げな様子はない。しっかりと前を向いて、顔をゆがめた将太と目線を合わせる。
 彩鳥がすうっと息を吸う音が聞こえた。

「わたしの夫は5年前、銀行強盗事件で上司の盾になって死んだの。死んだ?」

 ちがう、と彩鳥が力を込めて言う。目には昏く、怪しい光を灯して。

「殺されたのよ、あの男に……」

 それは彩鳥が5年間温め続けた、怨念の塊だった。
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