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3章(2)
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彩鳥が入口のガラス戸にロールカーテンを引き下ろし、プレートをひっくり返して閉店を知らせる。将太はその様子をパイプ椅子に座って、ぼんやりと見ていた。ショーケースの前にはパイプ椅子と折り畳み式のテーブルが置かれ、簡易的な食卓が完成している。
彩鳥に聞きたいことはたくさんあった。彼女はここで夕食を食べると言っているが、家で旦那が待っているのではないのか? そもそも彼女はどこに住んでいるのか。そして、客である将太と閉店後の店に二人きりなど……。
疑問だけで腹が膨れそうで、ただでさえ夏バテで食欲がないのに、さらに食べる気力が失われていくようだ。
ロールカーテンを引き下ろした彩鳥がこちらを振り向き、将太の顔を心配そうに覗き込む。
「もしかして、あんまり食欲ない感じかな?」
「ああ……はい、まあ。ちょっと、夏バテで」
将太の歯切れの悪い返事に、彩鳥はますます眉を寄せてつらそうな顔をする。思えば将太は、常に笑顔の彩鳥しか見たことがなかった。こんな思いつめたような、つらそうな顔もするのだな、と他人事のように思う。
彩鳥は店のロゴが入った黄色いエプロンを脱いでパイプ椅子にかけると「ちょっと待っててね」と言って厨房へ入っていった。
静かな店内に調理器具がぶつかり合うガチャガチャとした音と、テンポのいい包丁の音、それになにかを炒める音が響く。将太はやることもなく、はじめは店内を見回していたのだが、小さな店にはそれといって見るものもなく、黙ってスマホを眺めることになった。
メッセージアプリが通知を発している。見ると、同期の菱目頼子からのメッセージだった。菱目から連絡がくる時はだいたい業務に関わることなので、欠かさずメッセージ欄を開く。
『やばいことになった。明日の特練なし』
菱目からのメッセージにはそれしか書いていない。将太は射撃の腕を買われて、機動隊へ配属され、拳銃の特別訓練員でもある。菱目も同じく拳銃の訓練員で、特別訓練に関する情報はすべて彼女から届くようになっていた。というのも、彼女は将太の同期といえど大卒で年上な分、まとめ役を担うようなところがあったからだ。
『やばいことってなんですか? なにかあったんです?』
すぐに既読になればいいな、と一縷の望みをかけて返信してみたものの、既読にはならない。将太は諦めてスマホをしまい込んだ。明日の特練がなくなったところで、朝起きる時間が少し遅くなるだけだ。菱目の言うやばいことがなにかは気になるが、寮に帰って他の特練員にでも聞けば分かるだろう。
そうこうしているうちに、彩鳥が両手に大皿を持ってやってきた。テーブルに皿を置くとすぐに引き返し、さらにもうひとつ大皿と取り分け用の小皿を持って戻ってくる。
テーブルの上に並べられた皿を見ると、なかったはずの食欲がよみがえってきて、情けなくも腹の虫がぐうと存在を主張した。一口サイズのいなりずしに、これもまた一口サイズのつくね。隣にはそうめんがある。そうめんの上には見慣れないなんらかの野菜を炒めたものが乗っており、将太は取り分けようと箸を出している彩鳥を見つめた。
彩鳥もすぐに将太の視線に気づき、説明してくれる。
「これはね、なすときゅうりの炒めものをそうめんに乗せたやつ。夏になると実家の畑で大量になすときゅうりが採れるから、おばあちゃんがよく作ってくれたものなの」
将太が味覚の大半を祖母や兄の料理で形成されたように、彩鳥の中にも祖母の作る料理が根づいているようだ。
「多かったら残していいからね」という彩鳥の気遣いたっぷりな言葉で、二人だけの遅い夕食は幕を開けた。
彩鳥に聞きたいことはたくさんあった。彼女はここで夕食を食べると言っているが、家で旦那が待っているのではないのか? そもそも彼女はどこに住んでいるのか。そして、客である将太と閉店後の店に二人きりなど……。
疑問だけで腹が膨れそうで、ただでさえ夏バテで食欲がないのに、さらに食べる気力が失われていくようだ。
ロールカーテンを引き下ろした彩鳥がこちらを振り向き、将太の顔を心配そうに覗き込む。
「もしかして、あんまり食欲ない感じかな?」
「ああ……はい、まあ。ちょっと、夏バテで」
将太の歯切れの悪い返事に、彩鳥はますます眉を寄せてつらそうな顔をする。思えば将太は、常に笑顔の彩鳥しか見たことがなかった。こんな思いつめたような、つらそうな顔もするのだな、と他人事のように思う。
彩鳥は店のロゴが入った黄色いエプロンを脱いでパイプ椅子にかけると「ちょっと待っててね」と言って厨房へ入っていった。
静かな店内に調理器具がぶつかり合うガチャガチャとした音と、テンポのいい包丁の音、それになにかを炒める音が響く。将太はやることもなく、はじめは店内を見回していたのだが、小さな店にはそれといって見るものもなく、黙ってスマホを眺めることになった。
メッセージアプリが通知を発している。見ると、同期の菱目頼子からのメッセージだった。菱目から連絡がくる時はだいたい業務に関わることなので、欠かさずメッセージ欄を開く。
『やばいことになった。明日の特練なし』
菱目からのメッセージにはそれしか書いていない。将太は射撃の腕を買われて、機動隊へ配属され、拳銃の特別訓練員でもある。菱目も同じく拳銃の訓練員で、特別訓練に関する情報はすべて彼女から届くようになっていた。というのも、彼女は将太の同期といえど大卒で年上な分、まとめ役を担うようなところがあったからだ。
『やばいことってなんですか? なにかあったんです?』
すぐに既読になればいいな、と一縷の望みをかけて返信してみたものの、既読にはならない。将太は諦めてスマホをしまい込んだ。明日の特練がなくなったところで、朝起きる時間が少し遅くなるだけだ。菱目の言うやばいことがなにかは気になるが、寮に帰って他の特練員にでも聞けば分かるだろう。
そうこうしているうちに、彩鳥が両手に大皿を持ってやってきた。テーブルに皿を置くとすぐに引き返し、さらにもうひとつ大皿と取り分け用の小皿を持って戻ってくる。
テーブルの上に並べられた皿を見ると、なかったはずの食欲がよみがえってきて、情けなくも腹の虫がぐうと存在を主張した。一口サイズのいなりずしに、これもまた一口サイズのつくね。隣にはそうめんがある。そうめんの上には見慣れないなんらかの野菜を炒めたものが乗っており、将太は取り分けようと箸を出している彩鳥を見つめた。
彩鳥もすぐに将太の視線に気づき、説明してくれる。
「これはね、なすときゅうりの炒めものをそうめんに乗せたやつ。夏になると実家の畑で大量になすときゅうりが採れるから、おばあちゃんがよく作ってくれたものなの」
将太が味覚の大半を祖母や兄の料理で形成されたように、彩鳥の中にも祖母の作る料理が根づいているようだ。
「多かったら残していいからね」という彩鳥の気遣いたっぷりな言葉で、二人だけの遅い夕食は幕を開けた。
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