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3章(1)
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じめじめと湿度の高い夏がやってきた。今年の夏も猛暑になる予定らしく、まだ8月に入ったばかりだというのに、連日35℃以上の日が続いていた。
こんな暑さでは、食欲もなくなる。毎年のように夏バテを繰り返している将太は、今年も例にもれず夏バテを起こし、弁当屋へ行く気力もなく、コンビニのおにぎりやアイスばかり食べていた。
食べないと気力は出ないし、一生バテ続けることは分かっているのだが、どうにも食べようという気にならない。寮の殺風景な天井を眺めながら思い出す。実家では夏休みになると、一番上の兄がよくそうめんを作ってくれた。3人兄弟の末っ子だった将太は、一番上の兄によく懐いていた。7歳年上の兄は、将太から見ればとても大人だった。
母親はあいかわらず仕事で家にいなかったから、夏休みの食事当番は兄の役目だったのだ。ほとんど毎日のようにそうめんを食べた記憶があるが、飽きはこなかったのは兄がつけ汁や具材などを工夫していてくれたからだろう。夏バテになると祖母の手料理すら食べる気になれなかったのに、兄の作るそうめんだけは食べられた。
将太はベッドの中で寝返りを打ち、壁に背を向ける。無性に、兄に会いたかった。しかし、どんなに願っても、もう二度と会うことはできない。5年前の惨劇が、将太の頭を蝕む。
なぜ兄が死ななければならなかったのか? 5年前から幾度も考えてきたことだ。答えは出ない。出るはずもない。
将太は今年22歳になる。兄が死んだ時の年齢に近づき、そのうち兄を追い越して、どんどん歳を取っていく。その事実に、将太は耐えられない。
将太はベッドから跳ね起き、裸足にサンダルを引っかけた。黙っていても、時間はすぎていくだけである。ならば少しくらい行動しないと、生き残った者として示しがつかないだろう。
◇ ◇ ◇
日が沈んでも、昼間の暑さがまだ残っている。風がある分、少しはましだが、積極的に歩きたい気温ではない。将太は実家から自転車を持ってこなかったことを後悔しながら、久しぶりに弁当屋への道を歩いていた。最後に行ったのが7月の中旬だから、もう2週間は顔を出していないことになる。
2階のバルコニーに押しつぶされたような低い弁当屋の入口をくぐると、すぐにエアコンの冷風が将太の全身に吹きつけてきた。じっとりと汗で湿っていたTシャツが急速に乾いていく。
将太はいつもの癖でショーケースを覗き、日替わり弁当のメニューを確認しようと思ったが、ショーケースにはなにも並んでいなかった。
「ごめんね、さっき全部売れちゃったの」
厨房から顔を出した彩鳥が将太の姿を見るなり、申し訳なさそうに言う。厨房が暑かったのか、彩鳥の首筋にはうっすらと汗が光り、頬も上気していた。
時刻を確認すれば、もう22時である。将太は普段18時頃に来店するため、弁当が売り切れている場面に遭遇したことがなかった。空っぽになったショーケースを前に、立ちつくす。
隣のコンビニで適当におにぎりでも買って帰るか? 弁当がなかったのは残念だが、彩鳥の顔を見れただけでもよかったのかもしれない。
「じゃあ、またきます」
将太がそう言って踵を返そうとすると、レジの向こうからにゅっと手が伸びてきた。
「あ、待って」
熱く、湿った手のひらが将太の腕に吸いつく。将太はその場に足が縫いつけられてしまったかのように、一歩も動くことができなくなってしまった。かろうじて、顔を上げ、彩鳥の表情を確認する。彩鳥に触れられた腕が熱く、そこが心臓になってしまったかのようにドクドクと脈を打つ。
「もしよかったら、ご飯食べていかない? 今日はわたしもここで食べるつもりなの」
こんな暑さでは、食欲もなくなる。毎年のように夏バテを繰り返している将太は、今年も例にもれず夏バテを起こし、弁当屋へ行く気力もなく、コンビニのおにぎりやアイスばかり食べていた。
食べないと気力は出ないし、一生バテ続けることは分かっているのだが、どうにも食べようという気にならない。寮の殺風景な天井を眺めながら思い出す。実家では夏休みになると、一番上の兄がよくそうめんを作ってくれた。3人兄弟の末っ子だった将太は、一番上の兄によく懐いていた。7歳年上の兄は、将太から見ればとても大人だった。
母親はあいかわらず仕事で家にいなかったから、夏休みの食事当番は兄の役目だったのだ。ほとんど毎日のようにそうめんを食べた記憶があるが、飽きはこなかったのは兄がつけ汁や具材などを工夫していてくれたからだろう。夏バテになると祖母の手料理すら食べる気になれなかったのに、兄の作るそうめんだけは食べられた。
将太はベッドの中で寝返りを打ち、壁に背を向ける。無性に、兄に会いたかった。しかし、どんなに願っても、もう二度と会うことはできない。5年前の惨劇が、将太の頭を蝕む。
なぜ兄が死ななければならなかったのか? 5年前から幾度も考えてきたことだ。答えは出ない。出るはずもない。
将太は今年22歳になる。兄が死んだ時の年齢に近づき、そのうち兄を追い越して、どんどん歳を取っていく。その事実に、将太は耐えられない。
将太はベッドから跳ね起き、裸足にサンダルを引っかけた。黙っていても、時間はすぎていくだけである。ならば少しくらい行動しないと、生き残った者として示しがつかないだろう。
◇ ◇ ◇
日が沈んでも、昼間の暑さがまだ残っている。風がある分、少しはましだが、積極的に歩きたい気温ではない。将太は実家から自転車を持ってこなかったことを後悔しながら、久しぶりに弁当屋への道を歩いていた。最後に行ったのが7月の中旬だから、もう2週間は顔を出していないことになる。
2階のバルコニーに押しつぶされたような低い弁当屋の入口をくぐると、すぐにエアコンの冷風が将太の全身に吹きつけてきた。じっとりと汗で湿っていたTシャツが急速に乾いていく。
将太はいつもの癖でショーケースを覗き、日替わり弁当のメニューを確認しようと思ったが、ショーケースにはなにも並んでいなかった。
「ごめんね、さっき全部売れちゃったの」
厨房から顔を出した彩鳥が将太の姿を見るなり、申し訳なさそうに言う。厨房が暑かったのか、彩鳥の首筋にはうっすらと汗が光り、頬も上気していた。
時刻を確認すれば、もう22時である。将太は普段18時頃に来店するため、弁当が売り切れている場面に遭遇したことがなかった。空っぽになったショーケースを前に、立ちつくす。
隣のコンビニで適当におにぎりでも買って帰るか? 弁当がなかったのは残念だが、彩鳥の顔を見れただけでもよかったのかもしれない。
「じゃあ、またきます」
将太がそう言って踵を返そうとすると、レジの向こうからにゅっと手が伸びてきた。
「あ、待って」
熱く、湿った手のひらが将太の腕に吸いつく。将太はその場に足が縫いつけられてしまったかのように、一歩も動くことができなくなってしまった。かろうじて、顔を上げ、彩鳥の表情を確認する。彩鳥に触れられた腕が熱く、そこが心臓になってしまったかのようにドクドクと脈を打つ。
「もしよかったら、ご飯食べていかない? 今日はわたしもここで食べるつもりなの」
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