10 / 49
2章(3)
しおりを挟む
「お前……傘持って行かなかったのか?」
ずぶ濡れで帰ってきた将太に、上司であり、将太の所属する隊の隊長でもある相沢理仁警部補は呆れかえっていた。将太は相沢の問いに曖昧な笑みを返すと、手に持っていた弁当を押しつける。他の先輩たちにはもう配り終わっており、相沢が最後だ。
弁当を持って一度部屋へ引っ込んだ相沢はすぐにバスタオルを持って戻ってきた。
「廊下を水浸しにされても困るからな。とりあえずそれで拭いて、早く風呂に行け」
相沢は将太に弁当代の550円を握らせると、さっさとドアを閉めようとする。将太はためらったのち、相沢に声をかけた。
「なんだ?」
鋭い目つきで睨むように見つめられ、胃が縮み上がるが、構わず息を整える。
「隊長、水本さんって人知ってますか? 機動隊に所属していたことがあるらしいんですけど……」
「水本? 聞いたことないな。弁当屋の旦那か?」
相沢の的を得た指摘に、ぎくりと肩が揺れる。聞いただけで弁当屋と結びつけるとは、洞察力に優れている。将太はきまりが悪そうに、バスタオルで頭をかき回した。
「まあ、そんな感じです。弁当屋の店長が、このサンダル見てここに住んでるって気づいたんですよ。だから少なくとも機動隊の関係者がいるのはたしかなんだろうなって思ったんすけど」
相沢は遠くを見るような目つきで、なにかを考えているようだ。水本という名前の警察官と会ったことがあるかどうか、思い出しているのかもしれない。
「ふむ」と相沢は一区切りをつけて、将太を見た。
「今度、俺もその弁当屋に行ってみよう。顔を見たらなにか思い出すかもしれないしな」
◇ ◇ ◇
予定外の入浴で、弁当はすっかり冷めてしまっていた。先ほど廊下ですれちがった先輩が「おいしかった」と言っていたので、冷めていてもおいしいことには変わりないだろう。
弁当を軽く電子レンジで温め、ポットでお湯を沸かしながら、将太はようやく夕食にありついた。今日の日替わり弁当は鯖の塩焼きだ。きんぴらごぼうと、オクラの塩昆布和えも入っている。自分でコンビニ弁当や惣菜を選ぶ時は、つい肉を買ってしまいがちなので、たまに食べる魚料理は格別だ。
皮目がパリッと焼けた鯖に箸を入れる。肉厚な鯖を口に放り込むと、すぐさま脂が染み出してきた。皮と身の間のわずかな部位が特においしく、しつこくない脂と適度な塩気でどんどん米が進む。
箸休めのオクラに手を伸ばす。塩昆布が使われているがそこまで塩気があるわけではなく、オクラの味が全面に押し出されたやさしい味わいだ。オクラのねばねば感と、噛んだ時に種が弾ける感じが心地いい。
つい鯖と白米を往復してしまうが、副菜のきんぴらごぼうも忘れてはならない。将太はきんぴらごぼうを箸でつまみ、その手を止めた。ごぼうとにんじんだけのオーソドックスなものだと思っていたが、糸こんにゃくが紛れ込んでいた。ごぼうとにんじんのシャキシャキとした食感に、糸こんにゃくのむにっとした食感が加わる。糸こんにゃくはよく味が染みており、これまたご飯が進む味わいだ。
半分あたりまで食べ進めたところで、ポットのお湯が沸いた。食品を入れている棚を漁り、カップのインスタント味噌汁を取り出す。お湯を注げば、あっという間にあおさ味噌汁のできあがりである。
魚を食べるなら味噌汁もなければならないというのが、将太の持論である。あおさをずずっとすすり、骨を取りながら黙々と鯖を食べる。男の一人暮らしでは珍しい、正真正銘の和食メニューだ。
将太は弁当を平らげながら、彩鳥の意味深な笑みを思い出していた。深い意味はなかったのかもしれない。将太がただ、過剰に受け取ってしまっただけの可能性もある。
旦那の所属を秘密だと言ったのも、どこの署に勤務しているかは知っていても、具体的な仕事内容は知らないせいで答えられなかっただけかもしれない。家族にもどんな仕事をしているか明かせない、秘匿性の高い部署があるのも事実だ。将太だって、店の店主に所属はどこ? と聞かれてもはぐらかすだろう。
余計なことを聞いてしまったうえに、おつりも受け取らずに走って帰ってしまったことを将太は恥ずかしく思った。
今度行ったら、ちゃんと謝ろう。空になった容器を見ながら、将太はそう心に決めた。
ずぶ濡れで帰ってきた将太に、上司であり、将太の所属する隊の隊長でもある相沢理仁警部補は呆れかえっていた。将太は相沢の問いに曖昧な笑みを返すと、手に持っていた弁当を押しつける。他の先輩たちにはもう配り終わっており、相沢が最後だ。
弁当を持って一度部屋へ引っ込んだ相沢はすぐにバスタオルを持って戻ってきた。
「廊下を水浸しにされても困るからな。とりあえずそれで拭いて、早く風呂に行け」
相沢は将太に弁当代の550円を握らせると、さっさとドアを閉めようとする。将太はためらったのち、相沢に声をかけた。
「なんだ?」
鋭い目つきで睨むように見つめられ、胃が縮み上がるが、構わず息を整える。
「隊長、水本さんって人知ってますか? 機動隊に所属していたことがあるらしいんですけど……」
「水本? 聞いたことないな。弁当屋の旦那か?」
相沢の的を得た指摘に、ぎくりと肩が揺れる。聞いただけで弁当屋と結びつけるとは、洞察力に優れている。将太はきまりが悪そうに、バスタオルで頭をかき回した。
「まあ、そんな感じです。弁当屋の店長が、このサンダル見てここに住んでるって気づいたんですよ。だから少なくとも機動隊の関係者がいるのはたしかなんだろうなって思ったんすけど」
相沢は遠くを見るような目つきで、なにかを考えているようだ。水本という名前の警察官と会ったことがあるかどうか、思い出しているのかもしれない。
「ふむ」と相沢は一区切りをつけて、将太を見た。
「今度、俺もその弁当屋に行ってみよう。顔を見たらなにか思い出すかもしれないしな」
◇ ◇ ◇
予定外の入浴で、弁当はすっかり冷めてしまっていた。先ほど廊下ですれちがった先輩が「おいしかった」と言っていたので、冷めていてもおいしいことには変わりないだろう。
弁当を軽く電子レンジで温め、ポットでお湯を沸かしながら、将太はようやく夕食にありついた。今日の日替わり弁当は鯖の塩焼きだ。きんぴらごぼうと、オクラの塩昆布和えも入っている。自分でコンビニ弁当や惣菜を選ぶ時は、つい肉を買ってしまいがちなので、たまに食べる魚料理は格別だ。
皮目がパリッと焼けた鯖に箸を入れる。肉厚な鯖を口に放り込むと、すぐさま脂が染み出してきた。皮と身の間のわずかな部位が特においしく、しつこくない脂と適度な塩気でどんどん米が進む。
箸休めのオクラに手を伸ばす。塩昆布が使われているがそこまで塩気があるわけではなく、オクラの味が全面に押し出されたやさしい味わいだ。オクラのねばねば感と、噛んだ時に種が弾ける感じが心地いい。
つい鯖と白米を往復してしまうが、副菜のきんぴらごぼうも忘れてはならない。将太はきんぴらごぼうを箸でつまみ、その手を止めた。ごぼうとにんじんだけのオーソドックスなものだと思っていたが、糸こんにゃくが紛れ込んでいた。ごぼうとにんじんのシャキシャキとした食感に、糸こんにゃくのむにっとした食感が加わる。糸こんにゃくはよく味が染みており、これまたご飯が進む味わいだ。
半分あたりまで食べ進めたところで、ポットのお湯が沸いた。食品を入れている棚を漁り、カップのインスタント味噌汁を取り出す。お湯を注げば、あっという間にあおさ味噌汁のできあがりである。
魚を食べるなら味噌汁もなければならないというのが、将太の持論である。あおさをずずっとすすり、骨を取りながら黙々と鯖を食べる。男の一人暮らしでは珍しい、正真正銘の和食メニューだ。
将太は弁当を平らげながら、彩鳥の意味深な笑みを思い出していた。深い意味はなかったのかもしれない。将太がただ、過剰に受け取ってしまっただけの可能性もある。
旦那の所属を秘密だと言ったのも、どこの署に勤務しているかは知っていても、具体的な仕事内容は知らないせいで答えられなかっただけかもしれない。家族にもどんな仕事をしているか明かせない、秘匿性の高い部署があるのも事実だ。将太だって、店の店主に所属はどこ? と聞かれてもはぐらかすだろう。
余計なことを聞いてしまったうえに、おつりも受け取らずに走って帰ってしまったことを将太は恥ずかしく思った。
今度行ったら、ちゃんと謝ろう。空になった容器を見ながら、将太はそう心に決めた。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クールな生徒会長のオンとオフが違いすぎるっ!?
ブレイブ
恋愛
政治家、資産家の子供だけが通える高校。上流高校がある。上流高校の一年生にして生徒会長。神童燐は普段は冷静に動き、正確な指示を出すが、家族と、恋人、新の前では
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
冷蔵庫の奥で生きて
小城るか
ライト文芸
____冷蔵庫の奥にいたのは、かつての恋人で、妹。
専門学生の耕哉には二人の妹がいた。血の繋がらない上の妹、美鈴とは家庭内別居中。唯一の肉親である下の妹、信香は何故か美鈴の味方。
どことなく孤独な日々の中で虚しさを感じていた耕哉は、ある日冷蔵庫が他の家と繋がっていることに気が付く。
それぞれに冷たいものを抱えた、家族達の物語。
※表紙はやまなし様のフリー素材から。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる