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2章(2)

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 将太の落胆など知らないように、彩鳥さとりはご機嫌な様子でご飯のパックに山盛りの白米を詰め込んでいる。
 落胆はあるものの、将太は彩鳥と話すきっかけができたことを嬉しくも思っていた。旦那が警察官で、しかも機動隊に所属していたことがあるというのなら、彩鳥へ隠しごとをする必要もないだろう。
 というのも、彩鳥から何度か仕事やプライベートの質問をされたものの、警察官であるということを隠したまま上手く答えることができず、はぐらかしていたからだ。これからは気兼ねなく、彩鳥と会話をすることができそうだ。

「旦那さん、今はどこの所属なんですか?」

 レジ前に戻ってきた彩鳥へ何の気なしにそう尋ねたが、彩鳥は少し質問の意味を考えるように黙り込んでから、ゆっくりと将太を見た。黒目がちな瞳に、将太の好奇心混じりの顔が映る。

「それは――秘密です」

 ゆったりと彩鳥が微笑む。将太の背筋に、ぞくりと冷気にも似たものが走った。将太の知っている彩鳥は、いつもやわらかく微笑んでいて、実際の年齢よりずっと幼く見える。絶対そんなことないはずなのに、将太より年下に見えることもあるほどだ。

 しかし、今の彩鳥はちがう。まるで将太のことを骨の髄まで食いつくそうとするかのような、したたかな女の顔をしていた。正直言って、恋愛経験は多い方ではない。けれど、仕事を通じて様々な女性を見てきた。交番にいた頃は痴話喧嘩の仲裁で呼ばれることも多く、女性が普段は隠している本性まで嫌というほど見てきた。
 彩鳥の顔は、これまで見てきたどの女性にも当てはまらない。形容しづらい艶やかさというか、この顔で見つめられたらどんな男も虜になるだろうな、と予感させるなにかがあった。

 実際、将太はしばらく彩鳥に見惚れていた。やわらかな頬に触れ、ぷっくりとした唇を貪ろうと、危うく手を伸ばしかけた。そうしなかったのは、自分にまだ理性の欠片があり、自制がきいたからだろう。

「5つで2,750円です」という彩鳥の声を聞いて、我に返る。

 将太は財布から千円札を3枚出すと、おつりも受け取らずに輪ゴムでまとめられた弁当を抱えて店を飛び出した。傘も店先に置いてきてしまったが、取りに戻る気はない。
 一刻も早く彩鳥から離れたい。心の底からそう思ったのだ。彩鳥の見せた、すべてを食いつくそうという顔。あのまま手を伸ばしていたら。彩鳥は既婚者だ。きっと将太ではまったく歯が立たない旦那がいる。彩鳥が将太に振り向くはずなどないのだ。
 なのになぜ、彼女はあんな顔を見せたんだ?
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