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1章(6)
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「近くに新しい弁当屋ができたみたいでさ。日替わり弁当が500円だったんだよ。ご飯大盛りでも550円」
「まじで?」
「しかも豚汁までおまけしてくれた。神だよ、あのお姉さん」
小森は空になった容器を見下ろすと、ニヤニヤと笑い出した。ベッドで寝転がる将太の脇腹をつついてくる。
「お前はそのうち、弁当じゃなくてお姉さん目当てで店に通うようになる。これは予言だ」
「なっ、そんなわけないだろ!」
必死に否定してみたものの、小森は信じていないようである。そして将太自身も、否定してみたものの、顔が熱い。手のひらにすっぽりと収まった白くて細い、なめらかな指の感触が鮮明に思い出される。それに、照れたようにはにかむ小さな顔も。
「いやいや、ない。絶対ない」
将太が今日知れたのは、名前くらいなものだ。どこに住んでいるのかも、年齢も、彼氏はいるのか、そもそも結婚しているのかどうかも知らない。知らないことだらけの女性に、心奪われることなど……。
「一目惚れですかね、加藤さん」
小森はそう将太を茶化しながら、部屋のドアを開けっぱなしのまま出ていった。
将太が惚れたのは彩鳥ではなく、彩鳥の作る弁当だ。祖母の作ってくれた料理に似ていたから、少し親近感を持ってしまっただけだ。これは断じて一目惚れなどというものではない。絶対に。
◇ ◇ ◇
彩鳥はベッドで寝そべりながら、ベランダで紫煙をくゆらせている男を見た。ベッドサイドのランプと、遠い街灯の明かりを受けて、男の姿がぼんやりと見える。やがて一本吸いきったのか、男は煙たい空気をまとわせながら、室内へ戻ってきた。
男は彩鳥よりもずいぶんと長い黒髪を、後ろでゆるく束ねている。髪の内側には、紫色のインナーカラーが入っており、本人はお洒落だと思っているようだが、彩鳥はアニメに出てくる悪役のようだと常に思っていた。
「そんな顔しないでよ」
男の細い指が、彩鳥の頬を撫でる。
「煙草臭い人は嫌いって、言わなかったっけ?」
彩鳥は怠さの残る四肢を動かして座り、ベッドに腰かけた男と向き合う。
「旦那が酒も煙草もやらない、つまらない男だっていうからオレはあえて逆行してるんだけどな」
「そんなこと言ってないわ。勝手に捏造しないで」
男がおかしそうに首をかしげると、長い黒髪が肩からさらりと零れる。男は彩鳥の首筋に顔を埋めると、深く息を吸った。男の耳を彩るピアスたちが彩鳥の耳元でカチャカチャと鳴る。
「君の店に、警察官が一人出入りしてるそうじゃないか」
彩鳥は弾かれたように男を突き飛ばした。店を監視されている? この男なら、客の情報を探ることくらい、造作もないことかもしれないけれど。男はへらへらと笑いながら、彩鳥を抱きすくめる。
彩鳥の唇をついばみながら「使えると思わない?」とささやいた。男の舌を受け入れ、脳までかき混ぜられるような快感に溺れながら、彩鳥は回りもしない頭で考える。そして、ひとつの答えを出す。
「……あの子は、夫に似てるから」
「罪な女だねぇ」
彩鳥は男に身を委ねながら、ぼんやりと外を見た。警察本部の方角を。
「まじで?」
「しかも豚汁までおまけしてくれた。神だよ、あのお姉さん」
小森は空になった容器を見下ろすと、ニヤニヤと笑い出した。ベッドで寝転がる将太の脇腹をつついてくる。
「お前はそのうち、弁当じゃなくてお姉さん目当てで店に通うようになる。これは予言だ」
「なっ、そんなわけないだろ!」
必死に否定してみたものの、小森は信じていないようである。そして将太自身も、否定してみたものの、顔が熱い。手のひらにすっぽりと収まった白くて細い、なめらかな指の感触が鮮明に思い出される。それに、照れたようにはにかむ小さな顔も。
「いやいや、ない。絶対ない」
将太が今日知れたのは、名前くらいなものだ。どこに住んでいるのかも、年齢も、彼氏はいるのか、そもそも結婚しているのかどうかも知らない。知らないことだらけの女性に、心奪われることなど……。
「一目惚れですかね、加藤さん」
小森はそう将太を茶化しながら、部屋のドアを開けっぱなしのまま出ていった。
将太が惚れたのは彩鳥ではなく、彩鳥の作る弁当だ。祖母の作ってくれた料理に似ていたから、少し親近感を持ってしまっただけだ。これは断じて一目惚れなどというものではない。絶対に。
◇ ◇ ◇
彩鳥はベッドで寝そべりながら、ベランダで紫煙をくゆらせている男を見た。ベッドサイドのランプと、遠い街灯の明かりを受けて、男の姿がぼんやりと見える。やがて一本吸いきったのか、男は煙たい空気をまとわせながら、室内へ戻ってきた。
男は彩鳥よりもずいぶんと長い黒髪を、後ろでゆるく束ねている。髪の内側には、紫色のインナーカラーが入っており、本人はお洒落だと思っているようだが、彩鳥はアニメに出てくる悪役のようだと常に思っていた。
「そんな顔しないでよ」
男の細い指が、彩鳥の頬を撫でる。
「煙草臭い人は嫌いって、言わなかったっけ?」
彩鳥は怠さの残る四肢を動かして座り、ベッドに腰かけた男と向き合う。
「旦那が酒も煙草もやらない、つまらない男だっていうからオレはあえて逆行してるんだけどな」
「そんなこと言ってないわ。勝手に捏造しないで」
男がおかしそうに首をかしげると、長い黒髪が肩からさらりと零れる。男は彩鳥の首筋に顔を埋めると、深く息を吸った。男の耳を彩るピアスたちが彩鳥の耳元でカチャカチャと鳴る。
「君の店に、警察官が一人出入りしてるそうじゃないか」
彩鳥は弾かれたように男を突き飛ばした。店を監視されている? この男なら、客の情報を探ることくらい、造作もないことかもしれないけれど。男はへらへらと笑いながら、彩鳥を抱きすくめる。
彩鳥の唇をついばみながら「使えると思わない?」とささやいた。男の舌を受け入れ、脳までかき混ぜられるような快感に溺れながら、彩鳥は回りもしない頭で考える。そして、ひとつの答えを出す。
「……あの子は、夫に似てるから」
「罪な女だねぇ」
彩鳥は男に身を委ねながら、ぼんやりと外を見た。警察本部の方角を。
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