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1章(5)

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 将太は弁当が冷めないように、どこにも寄り道することなく一直線で寮まで帰ってきた。部屋の鍵を閉めるのももどかしく、将太は履いていたサンダルを脱ぎ捨てて部屋へ駆け込む。

 ちゃぷんと揺れた豚汁の波が収まるのを待ち、そっと蓋を開ける。まだほんのりと温かく、うっすらと湯気が立っている。ショーケースに入っていたおかずは少し冷めていて、将太は電子レンジで温めるか迷った。というのも、温かいタルタルソースはあまり好みではないからだ。しかしすでにかけられたものを別の皿によけるのも面倒である。迷った結果、30秒だけかけることにした。

 加熱が終わるまでの30秒で、ご飯の容器も開ける。割り箸で上下を返すと、ほこほことした湯気が上がった。上面にいた米粒は、底の水分を吸って勝手にやわらかくなるというやり方である。コンビニ弁当ばかり食べていると言った時に、寮暮らし5年目の先輩が教えてくれた。
 小さなテーブルの上に加熱の終わったおかずとご飯のパック、そして豚汁が並ぶ。
 はやる気持ちを抑えて、将太はかすかに湯気の立つ豚汁をすすった。甘めの味噌の風味に、少しだけごま油と生姜の香りがする。箸でかき混ぜると、大きく切られたさつまいもや白菜、こんにゃくなどの具材がこれでもかというほど入っていた。

「おいしい……」
 豚肉の量はさほど多くはなかったが、たっぷりと入っている野菜や油揚げのおかげで十分に出汁が出ている。ごま油と生姜の香りだけでも食欲をそそるのに、どうやらにんにくまで入っているらしい。豚肉を噛んだ時に、じゅわっと溢れ出す脂とにんにくの香りが、米に合わないわけがない。
 将太は夢中で豚汁をすすり、白米をかき込む。ふと気づいた時には、パックに残るご飯は半分まで減っていた。まだおかずに一切手をつけていないのに。

 さつまいもの甘みを噛み締めながら、大きなチキン南蛮を持ち上げる。食べやすいようにカットされてはいるが、それでも重みで箸が震えるほどの大きさだ。
 タルタルソースをこぼさないよう気をつけながら、大きく口を開けてかぶりつく。じゅわっと鶏肉の脂が染み出し、温められた甘酢だれの酸味が口と鼻いっぱいに広がる。タルタルソースは玉子と玉ねぎだけというシンプルなもので、酸味はほとんどないため、甘酢だれと合わせて食べやすいようになっていた。タルタルソースというよりは玉子サラダのような雰囲気だが、これはこれでおいしい。

 500円という破格だから、てっきり胸肉を使っていると思っていたが、食べてみると皮のついたもも肉だった。それも一枚まるまるである。飲食業に詳しいわけではないが、採算が取れているのか不安になるほどだ。

「あ……もう米ないじゃん」

 豚汁とチキン南蛮だけでご飯を平らげてしまった将太は、思い出したかのように副菜に手をつけた。チキン南蛮に添えられていた千切りキャベツは、甘酢だれとタルタルソースが染み込んで絶品だし、いんげんのごま和えも茹で加減がちょうどよく、シャキシャキとしていていい箸休めになる。

 そしておそらく自家製らしいポテトサラダには、缶詰のみかんが入っていた。おかずに果物を入れることを嫌う人種がいるのは知っているが、将太は果物入りのおかずが大好きだ。祖母がよく作ってくれたポテトサラダには必ず缶詰のみかんが入っていたし、マカロニサラダにはりんごや柿が入るのが当たり前だった。
 ほくほくとしたじゃがいもと、噛むとぷちっと弾けるみかんが将太を祖母の家へと連れ戻す。母子家庭で育った将太は、幼少期のほとんどの時間を祖母の家ですごした。祖母はハンバーグやビーフシチューなんていう洒落た洋食はまったく作らなかったけれど、和食はどれを食べても絶品で、将太の味覚を作ったのは祖母の和食だと言っても過言ではない。

 思わぬところで祖母の手料理を思い出し、将太は少しだけ懐かしさとホームシックのような寂しさを覚えた。しかし、そんな寂しさもすぐに心の隅に追いやられる。心も腹も満ち、幸せだけが将太の身を渦巻いている。
 片づけもそこそこにベッドに寝転がると、得も言われぬ幸福感が将太を包んだ。幼い頃、お腹いっぱい夕食を食べて、母親が食器を片づけている姿を後ろから眺めていた時のような、大人になってからはそうそう味わえるものではない種類の幸福だ。

「なんか、いい匂いするな」

 鍵を閉め忘れたドアから、隣室の小森こもりがひょっこりと顔を出す。どうせ彼女の手作り弁当を自慢しにきたのだろうが、今の将太はそんなものを見せられても羨ましがることはない。
 将太は鷹揚おうように小森を部屋へ上げると、空になった弁当の容器を指した。
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