【完結】新人機動隊員と弁当屋のお姉さん。あるいは失われた五年間の話

古都まとい

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1章(1)

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 加藤将太かとうしょうた巡査、21歳は頭を悩ませ、さらには腹まで空かせていた。
 警察学校を卒業し、実家近くの交番に勤めて一年。先月、警察本部機動隊への転属を命じられ、4月から機動隊員となった。
 独身者はもれなく本部敷地内にある隊員用の寮「遊武ゆうぶ寮」へ入寮する規則となっているため、将太も例外なく遊武寮へ越したのだが。

 与えられた個室に風呂やトイレ、キッチンといった水回りはなく、すべて共用だった。風呂やトイレが共用なのは、まだ許せる。風呂は近くの源泉から温泉水を引いた大浴場だし、トイレもわざわざ自分で掃除をする必要がないため楽だ。洗面台もしかり。
 しかし、将太がどうしても許せなかったのが、キッチンが共用であること。食べることは生きること、食べるために生きているといいても過言ではない将太にとって、好きにキッチンを使えない環境は死に等しかった。
 一階にある共用キッチンはたいていの場合、非番の先輩たちが酒盛りやつまみを作るために占領しており、新人の将太が割り込んで使えるような雰囲気ではない。

 幸い、部屋に電子レンジと冷蔵庫を置くスペースはあったがキッチンが使えないとなると、やれることは冷凍食品を保存し、加熱して食べる程度に留まった。電子レンジや炊飯器での調理を試みたこともあるが、部屋に水道がなく、食材やまな板などの調理器具を洗うのに階下の共用キッチンを使わなければいけなかったため、面倒になってやめた。
 いい加減、袋が皿代わりになる冷凍チャーハンにも飽きてきたところだ。スーパーの惣菜も悪くはないが、今は猛烈に人の作った温かいご飯を欲していた。

 隣室で同期の小森こもりは、遠距離恋愛だという彼女に、クール便で手作りの冷凍おかずを送ってもらっていた。羨ましすぎて涙が出そうになる。
 警察学校に入学してから半年経った頃、高校生の時から2年付き合った彼女に浮気をされたうえ、振られた将太には縁のない話である。
 朝食は食べず、昼食はカップ麺、夕食は冷凍のチャーハンとサラダチキンか、コンビニの弁当。こんな生活をしていては間違いなく体を壊す。分かってはいるが、先輩を差し置いてまで共用キッチンで自炊をする気も起きない。だからこうして、今日も冷凍食品や総菜を求めて寮から出てきたのだ。

 4月になり日中はだいぶ暖かくなったものの、夜はまだ冷える。できれば出来立ての温かい食事が欲しいが、贅沢は言えない。
 将太は寮の裏手に広がる住宅街を抜け、コンビニやスーパーなどが並ぶ大通りを目指して歩いていた。時刻は18時。家々からは魚の焼けた匂いや、オイスターソースらしき中華のような匂いがたちのぼり、腹の虫もぐうぐう鳴る。
 いつも通り、寮から一番近いコンビニで済ませようとしたところ、将太はぴたりと足を止めた。

 将太がじっと目を止めたのは、コンビニの隣に建つ細長いビル。その1階に、見慣れない黄色の暖簾のれんがはためいていた。ビルは2階のバルコニーがせり出しており、1階の入口を押しつぶすような形になっている。1階の入口を少し奥に設置することで無理やり駐車場を確保したようだが、ぎりぎり軽自動車が2台停まるかどうかといった広さだった。
 全体的にこじんまりとした様子で、普段なら目にも止まらないような一般的なビルだが、将太の目は黄色の暖簾に縫いとめられている。

 寮に引っ越してすぐに見た時は、テナント募集の看板が立っていたような気がするが、今は暖簾をはためかせ、ガラス窓の入口からはやわらかいオレンジの明かりがもれている。
 吸い寄せられるようにふらふらと近づくと、油の匂いが鼻をついた。いざ入口に立ってみると、せり出したバルコニーの圧迫感がすさまじく、もう少し背の高い人なら頭をぶつけてもおかしくないと思うほどだった。奥まった入口は道路から見にくいし、気になってよく見てみないとここに店があるなど、気づけないくらいだ。

 将太は入口にかけられた小さなプレートを見て、思わず喉を鳴らした。そこには丸みを帯びたフォントで『弁当屋みずもと』と書かれている。
 将太の背丈と同じほどしかない小さなガラス戸の入口から店内を覗くと、素朴な木造りのショーケースに、弁当がひしめき合っているのが見えた。レジの横には、瓶詰めの梅干しやおにぎりなどが並んでいる。昔から目だけは良い将太は、並んだ弁当の細部までしっかり見ることができる。この距離でも匂いが伝わってきそうだった。
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